Review | D'Angelo『Voodoo』とチリワイン


文・写真 | コバヤシトシマサ

 お酒を飲みめた頃からワインが好きで、これまでさんざん飲んできた。銘柄等にこだわりはなく、スーパーで買ったものを飲む。のだけれど、最近改めてその豊潤を感じるようになった。わかる。ワインの良さがぐんぐんよくわかってくる。年齢と共に、やたらとガブ飲みしなくなったからかもしれない。

 普段はたいてい赤ワインを飲む。ソムリエ風の講釈を垂れたいわけではないけれど、つまるところ赤ワインの醍醐味は3つの要素に集約される。タンニンの苦み、ワイン特有の酸味、それからブドウの果実味。これらはそれぞれ独立した基準でありながら、グラスに注がれたワインにおいて、互いに干渉しあっている。口に含めば、苦みと酸味と果実味とが“まだら”にコントラストを成す。それこそがワインといっていい。飲みながらときどき考えることがある。苦みや酸味をも伴うこの複雑で起伏に富んだ飲み物は、まさしくヨーロッパの文化だと。革命があり、処刑によって王の首を落としてきた部族の文化。日本酒や焼酎にはない野蛮と洗練が、あの深い紫に含まれている。

 おっと。気取りすぎた。ワインが欧州の文化だとしても、いつもはチリのワインを飲んでいる。主に経済的な理由からチリ産を愛飲していて、これはつまり予算1,000円でワインを楽しむなら、絶対にチリ産がおすすめだということ。苦み・酸味・果実味が織りなす複雑なコントラストを存分に楽しむことができる。無論、フランスやスペインのワインは素晴らしい。しかし予算1,000円とした場合、当たり外れのばらつきが大きいのも事実。

Photo ©コバヤシトシマサ

 ところでワインとの”マリアージュ”を楽しむなら、肉料理やチーズもいいが、ここはひとつD'Angeloの『Voodoo』(2000, Virgin | EMI)なんてどうだろう。世紀の名盤といわれる『Voodoo』は、ワインによく合うけれども、それだけではない。およそありとあらゆる嗜好品、チョコレート、コーヒー、シャンパン、煙草、どれとも相性がいい。そもそもあの作品自体、最上級の嗜好品でもある。数多の愛好家によってその魅力が語り尽くされた感もある本作について、ワインの酔いに任せて書いてみよう。

 本作はその特徴的なリズムについて語られる傾向がある。ご存じのかたも多いかもしれない。あの独特にヨレたリズムのアクセント。アルバム冒頭の「Playa Playa」から、そのエッセンスは爆発している。本作でドラムを担当した?uestlove(THE ROOTS)は、レコーディングに際してD'Angeloからある指示を受けたことを告白している。曰く、酔っぱらっているみたいに演奏するよう指示されたと。当時のD'Angeloが、ヒップホップの伝説的なプロデューサーであるJ Dillaのトラックメイクからインスピレーションを得ていたのは公然の事実。J Dillaはビートのサンプルを組み立てるに際して、わざと揺らぎやズレを残したままにするテクニックを使った。D'Angeloはそれを生演奏に応用しようとしたのだ。

 こうした経緯は、今ではR & B、およびヒップホップの歴史の教科書に掲載された史実となっている。あの革命的なサウンドは、実際にそうした経緯で生まれた。異論は全くない。しかしそれは本アルバムの醍醐味の片面でしかない。本作を傑作たらしめている重要なファクターがもうひとつある。それはこのアルバムが、オーヴァー・ダビングを駆使した録音芸術の頂点をなしている点。オーヴァー・ダビング?録音芸術?録音に際して複数の演奏トラックを重ねるのは、ごく一般的な手法だ。およそどんなジャンルの音楽であれ、ひとつのトラックのみで録音されるものは、現在では稀だろう。しかし本作における、とくにヴォーカル・トラックの構成には、ちょっと特別な魔法がかかっている。

 全編に亘ってD'Angeloのヴォーカルは複数回オーヴァー・ダビングされている。同じメロディを複数回歌い、それが重ね合わされている曲もある。それだけではない。D'Angeloによる歌、ブレス、ファルセットのコーラスに加え、時に何者かの合いの手や、拍手や、笑い声まで。それらが楽曲上でまだらに重なり合っており、そうしたいわば“ガヤ”が、本作特有の揺らぎに大きく寄与している。無論、そうした手法自体も『Voodoo』に限ったものではない。R & Bやヒップホップにおいては常套手段といっていい。しかし前述したヨレたリズムのテクニックとも相まり、本作においてそれは奇跡的な効果をもたらしている。

 名曲揃いのこのアルバムにおいて、「The Root」はとくにその意匠が顕著に現れる。複数のヴォーカル・トラックがあり、どれがメイン・パートでどれがハモり・パートなのか判然としない部分もある。それらが断続的に現れては、消えていき、時に重なり合う。この宙釣り感は曲の最後まで一貫しており、楽曲は不安定な状態を維持したまま進行していく。えもいわれぬ浮遊感。なんたることか。メロディの断片のようなものが寄せ集まり、ドラムがリズムの定位をかろうじてキープしつつも、しかし歌のフロウはいつまでも定位に収まることがない。口の中でまだらなコントラストを成す、あの苦みと酸味と果実味のように。

 次点は「Chicken Grease」だろうか。これまた最高。くぐもったヴォーカルは、しどろもどろに何かを言い淀むつぶやきのようにも聞こえる。ベースもまた同様に言い淀み、間合いをとり、進行しないまま、ひとところで右往左往を繰り返す。そこに唐突なファルセットが被さってきて……わお。息を飲む。

 D'Angeloの『Voodoo』。チリワインでぜひ。

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Photo ©コバヤシトシマサコバヤシトシマサ Toshimasa Kobayashi
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会社員(システムエンジニア)。