文・写真 | コバヤシトシマサ
先日久しぶりにJames Brownを聴いたときのこと。曲は「Cold Sweat」。これまでに何度も聴いた曲。鉄壁のリズムに乗ったJBがシャウトでアクセントをつける。2コーラスを歌い終えたJBは、「Maceo, C’mon Now, Brother」とサックスのMaceo Parkerにソロを促す。唐突にサックス・ソロを指示されたParkerは、ほんの一瞬たじろぐようにしてソロ演奏を始める。その場面のザラっとした揺らぎがなんともスリリングで震えてしまった。あのサックス・ソロはリハーサルにないアドリブだったのではないだろうか。バンドが生み出す魔術的なリズムのグリッドを前に、サキソフォンの神のひとりであるMaceo Parkerが一瞬だけ戸惑っているように聴こえる。あくまでそう聴こえるという話であり、空想の域を出ないのだけど。
何が言いたいのかというと、聴き慣れたポップスのフォーマットに、芸術の極致がふいに垣間見えるときがある。そしてジェイムズ・ブラウンの音楽はまさしくそうしたもののひとつだろう。
話は続く。去る2022年9月23日、待ちに待ったウ山あまねのニュー・アルバム『ムームート』がリリースされた。よっ、待ってましたっ!変異を続けるハイパーポップ・カルチャーの、現段階における最新アップデートがとうとう配布されたということになる。
断りなく“ハイパーポップ”なんて言葉を使ってしまった。ハイパーポップ?? とりま、そう呼ばれる新しい音楽の潮流がある。もはや“新しい”とも言えないだろう。ハイパーポップとはなんぞや?との問いに対する公式な回答はひとまず他に譲るとして。DTMでの音楽制作が一般的になった現在、それまでのポップスの形式を刷新する音楽が現れている。音楽的な特徴としては、本来なら楽音としては使われないサウンドを大胆に導入している、とでもなるだろうか。日本では先行するかたちでボーカロイドが普及 / 発展していたことも、その一端を担ったのかもしれない。DTMの普及を考慮に入れるなら、現在のポップスにおいて何がハイパーポップで、何がそうでないかを限定するのにはあまり意味がない。ボカロがそうであるように、その潮流はもはや流行の盛衰に留まるものでもない。ハイパーポップは音楽の文化圏におけるひとつの標準を成しており、今なお拡張を続けている。以上がムーヴメントとしての“ハイパーポップ”についての自分の見立て。
その真打と(勝手に)目しているウ山あまねのnewがとうとうshareされたのだ。やったね。
ニュー・アルバム『ムームート』。再生するとすぐに奇妙なサウンドがあちこちに散らばる。吐息のような音。シーツを引っ掻いたような小さな音。ポテチのパッケージを破くみたいなチリチリ。衝突のクラッシュ音。ウ山の楽曲にはそうしたノイズが多分に含まれる。と言うと耳障りな騒音を連想するだろうか。彼の音楽を聴いたことのある人ならよく知っている通り、断 じ て そんなことはない。彼のサウンド・プロダクションは非常に緻密なもので、まったく耳に障らないどころか実に快楽的だ。引っ掻くような小さな音も、巨大なクラッシュ音も、隅々まで微細によく聞こえるよう設計されている。ほとんどサウンドアートといっていい。例えばCorneliusの音楽がそうであるように。シーツもポテチもクラッシュも、すべてが楽音となり、リズムを補強して、メロディを修飾する。そしてここが大変重要なのだが、そうした芸術的ともいえるサウンドプロダクションが“歌”をまったく棄損しない。どころか“歌”の持つ感情的な起伏をブロウアップする。
そう、重要な論点を見落とすところだった。ウ山あまねの音楽は“歌”なのだ。J-POPと呼んでも差し支えないだろう。『ムームート』に収録された楽曲も総じてポップスである。歌詞に関してかなり抽象的な部分があるだとか、ベースがあまり入っていないなどの特異点もあるにはある。ポップスとしては実験的な部類に入るかもしれない。それでもあくまで平易な言葉とメロディがメインになっており、声高にならないフラットなテンションの歌に引き込まれ、思わず口ずさんでしまう。J-POPのフォーマットにサウンド・アートが混入し、増殖している。なるほどこれがハイパーポップか。ハイブリッドか。ミュータントか。どう呼ぶにせよ、鼻歌の軽やかさでウ山あまねはそれをやってしまっている。もっとも洗練された芸術として、もっともふくよかな歌として。
アルバムの中では「Hiuchiishi」が一番好きだなー。
なあきいてやあ
ドキドキが止まらない
最近インビジブルとラブの挟み撃ち
今後はどうすればいい
君しかいないのに
君しかいないのに昨日、火打石に打たれた時
来週のバッドフィーリング予知して涙出そう
松明で照らし 壁に掘る文字は
君しかいないのに
君しかいないのに君しかいないのに
君しかいないのに――ウ山あまね「Hiuchiishi」より
■ 2022年9月23日(金)発売
ウ山あまね
『ムームート』
https://809.lnk.to/au_mumuto
[収録曲]
01. いたるところ
02. 来る蜂
03. タペタ
04. デン
05. ランドリー
06. Hiuchiishi
07. 粉
08. キチュンシツン