Interview | Victory Over the Sun | Vivian Tylinska


構造やパターンが進化しながら、パラメータの範囲内に収まらなければならない

 近年、刺激的な音を数多く生み出してきたポスト・ブラック・メタルの潮流は、DEAFHEAVEN『Sunbather』が10周年の節目を迎え、LITURGYが自ら集大成と位置付ける『93969』を完成させた2023年、ひとつの峠に辿り着いた観もある。そんな中、またまたユニークな存在感を発揮する俊英として、ポートランド在住のマルチ・プレイヤーVivian Tylinskaによるプロジェクト・Victory Over the Sunを紹介したい。

 Haela Ravenna Hunt-Hendrixの背景に宗教哲学があるのに対し、Tylinskaは数学の教養をバックボーンとして持っている。ギターのフレットを付け替え、一般的なチューニングとは全く違う音階で鳴らす“微分音ギター”の導入も、そうした資質と無関係ではないだろう。そして、TylinskaもHunt-Hendrixと同様に、自身のジェンダー / セクシャリティも含めて、既存の枠を超越していこうという意識を自然に身につけているように感じられる。数学的な知識と幅広い音楽の趣味に加え、ロシア・アヴァンギャルドから編み物に至るまで、独特のセンスを取り込んだ彼女のエクストリーム・ミュージックは、本当におもしろい。


 まずは、以下のインタビューで基本事項を確認しつつ、今年5月にリリースされた最新アルバム『Dance You Monster To My Soft Song!』や、前作『Nowherer』(2021)に耳を傾け、その独創性に触れてみてほしい。


取材・文 | 鈴木喜之 | 2023年7月


――あなたはドイツのドルトムント出身だそうですね。どのような幼少期を過ごし、どんな音楽環境の中で育ってきたのでしょうか?

 「私はドルトムントで生まれ育ったけれど、6歳のときにアメリカに引っ越したので、ドイツにいた頃のことは正直あまり覚えていない。両親はそれほど音楽を聴かなかったし、私に教えてもくれなかった。ただ、彼らはプロの社交ダンサーだったので、彼らが踊っていた曲をたまに聴くことはあった。ワルツやタンゴが好きなのは、その影響だと思う」

――音楽をやり始めることになった経緯を教えてください。あなたはギターだけでなくドラムもプレイできるようですが、当初はどんな音楽を演奏していたのですか?
 「中学、高校のスクール・バンドでトロンボーンとチューバを吹いていて、15歳か16歳くらいから独学でベースを始めた。残念ながら金管楽器は、大学に入ってからやめてしまった。そのうちベースに加えてギターも弾くようになって、20歳の頃にはドラムを始めたんだけど、本当に夢中になってしまって、それ以来ドラムの練習と演奏に最も時間を費やしてる」

――オレゴン州ポートランドに移り住んだ理由は?この街に良質なインディ・ミュージック・シーンがあることは、日本でもよく知られていますが、現地のシーンとは、どういう関わりを持っていますか?
 「大学進学のためにポートランドに引っ越してきて、結局そのまま住み続けることになったんだ。いくつか素晴らしいバンドがいるよね。ここ数年はあまりライヴ活動ができなかったけれど、これからシーンとまたコネクトできることに興奮してる!」

――TRUCKというデュオでドラムを叩いていたこともあったようですが、そのほかには、どんなキャリアがあったのでしょう?
 「以前ほど活動はしていないけど、今でもTRUCKでドラムを叩いてるよ。あとHORSEBAGっていうパンク / ノイズロック・バンドでも演奏しているし、近いうちに新しいバンドを立ち上げたいとも考えてるんだ。数年前はSWEATっていうデスメタル・バンドでドラムを叩いていたこともあった」

――Victory Over the Sunの作品に協力してきているAki McCulloughという人は、DREAMWELLというプロヴィデンスを拠点にしたバンドのメンバーのようですが、彼女はどんな人物なのですか?
 「Akiは、数年前からSNSを通じての友人。彼女は『Nowherer』のマスタリングとミキシングについてアドヴァイスをくれたし、 『Dance You Monster To My Soft Song!』ではミキシングとマスタリングだけじゃなくて、バック・ギターとアンビエンス、3曲目のヴァイオリン・パートもやってくれた。素晴らしいミュージシャンであり、サウンド・エンジニアであり、DREAMWELL、A CONSTANT KNOWLEDGE OF DEATHというバンドもやっていて、そこでも素晴らしい仕事をしてる」

――あたなは、大学で数学を学んだそうですが、そこで培われた数学的な資質が、音楽表現においてどう影響していると思いますか?
 「正確に特定するのは難しいけど、思春期に数学というものを強く意識して過ごしていたことが、作曲の方法に影響を与えたのはたしかだと思う。それは、リズムやパターンに基づいた側面により多く現れているんじゃないかな」

――LITURGYやKAYO DOTが好きだとのことですが、そういった先鋭的なヘヴィ・ミュージック / ポスト・ブラックメタルに興味を持つようになったきっかけは?
 「高校時代は、プログレッシヴ・ロックやプログレッシヴ・メタル、ポスト・メタル、マスロック、クラシカルに大きな興味を持っていた。LITURGYとKAYO DOTは、2012年から2014年にかけて、たぶん友人の勧めで聴いたんだと思う。最初に聴いてから、この2つのバンドを深く理解できるようになるまでには少しかかったけれど、時間が経つにつれて、私が最も興味を持っている音楽的な要素の多くを彼らはたくさん持っているっていうことに気付いたんだ」

――DEAFHEAVEN以降、ポスト・ブラックと呼ばれるジャンルは興味深い発展を遂げ、ユニークな作品が数多くリリースされてきています。Victory Over the Sunの音楽も、そうした系譜にあると感じていますか?
 「そのシーンから生まれたアーティストの中には、私にとって非常に魅力的で影響も受けたアーティストが一握りはいる。多くの人が、私の音楽も同じシーンに属するものだと考えるのはわかるよ。自分自身の芸術を客観的に見るのは難しいから、私の音楽をどう特徴づければいいのかはよくわからないけれど、まあ公正な評価なんだろうね」

――最新アルバムは、まず『Dance You Monster To My Soft Song!』というタイトルがおもしろいと思いました。Maria Schneiderに同名曲があるほか、David Starkeyによる同じタイトルの著作物もあるようですが、このフレーズをタイトルにした理由は?
 「タイトルは、パウル・クレーの絵から採ったんだ。以前までは、作曲のかなり早い段階からアルバムのタイトルを考えていたんだけど、これに関してはすべてを書き終えてから思い付いた。付けた理由を明確に言うのは難しいけれど、とにかく、このアルバムにぴったりだと感じたんだよ」

――本作は、ノイジーで、先鋭的な作品という感触もありつつ、あちこちにキャッチーでフックが効いた部分も持っていて、そのバランスがまた魅力的だと感じましたが、こうした点も意識したタイトルなのでしょうか?
 「そう!明るくポップなエネルギーが伝わってくるから、このタイトルに惹かれたんだと思う」

――3曲目「The Gold of Having Nothing」では、トランペットとテナー・サックスとヴァイオリンが、5曲目「Black Heralds」にはバスクラリネットがフィーチャーされています。あなたにはジャズの資質もあるのでしょうか?
 「私はジャズも大好きだけど、この曲に関してはジャズというより、直接的にはミニマリズム、特にPhilip Glassの影響を受けたと考えてる」

――フレットを改造した微分音ギター microtonal guitarを導入していることも、あなたの音楽をユニークなものにしていますね。どのようにしてこの技法に興味を持ち、実践することになったのでしょう。シェーンベルクの音列主義のような、伝統的な枠組みを逸脱したいという欲求が、あなたの中にあったということなのでしょうか?
 「2017年頃から微分音音楽にハマって、2018年からギターのリフレット(フレットの位置を変える改造)を始めた。それを使ってアルバム用の曲を書いてみようと思ったのは2020年になってから。ちなみに、シェーンベルクは12音システムを開発したけど、それは12音平均律の調律システムとは違うんだ。シェーンベルクのシステムは、調性の中心を避けるために12の音程のどれにも優先順位をつけない技法で、(ほぼ)20〜21世紀の特定のクラシカルの中でしか使われなかった。一方、12音平均律は、18世紀から19世紀にかけて主流になった調律法だね。それはさておき、私が異なるチューニング・システム(17EDO)を使おうと決めたのは、音楽の中で異なる色を用いたいと考えたことと、(特に12EDOに慣れた耳には)独特の不協和音をメタル・ミュージックに適応させるためだった」

――ギターの指板からフレットを外して、新しい位置を自分で決めてズラしてつける、という作業を、あなたは実際どんなふうにこなし、それを自分の曲にどう生かしているのか、具体的な工程を教えてくれますか?
 「始めたばかりの頃は、フレットプーラーでフレットを外して、溝を埋めてから、新しい位置を測ってカットしてた。その後は、フレットマーカーのインレイを正しい位置に追加できるように、フレットボードをブランクの状態から始めるようになった。17EDOで作曲するにあたっては、特定のトーン・システムにはこだわらず、完全に耳で聴いて弾いている」

――あなたは、どのように作曲をしているのでしょう?Victory Over the Sunの曲には10分以上の長いものも多いですが、最初に全体の構成を考えながら設計図を引くのか、それとも思うがままに音を鳴らしていると自然に長くなっていくという感じなのでしょうか?
 「曲はとても有機的に育っていくんだ。まずパートを書いて、他のパートと繋げて、テーマやリズムを再文脈化する。それから、書いたものをよりまとまりのある構成にするために曲を書き直して、またその作業を繰り返すこともある。長い時間がかかるし、最終的にどんな作品になるか、途中ではわからない」

――バンド名はロシア未来派のオペラ作品から採ったものですし、また、ロシア・アヴァンギャルドを代表する芸術家カジミール・マレーヴィチの著書『無対象の世界』(1927 | 原題 Die gegenstandslose Welt)も影響源として挙げていましたね。どのようにロシアの芸術運動を知り、どんなところに惹かれたのでしょう?
 「私は10年ほど前から、20世紀初頭のロシアのアヴァンギャルド・シーンにとても興味を持っていた。多くの点で、芸術と社会における芸術の目的について、最も急進的な再認識のひとつが起こっていたと思う。少なくとも私が知る限りではね。世界中で社会的な大激変が起こった時代だし、そこで生み出された芸術を観るのは魅力的だよ」

――ジャケットのアートワークも、前作『Nowherer』に続き、そんなあなたの芸術意識を反映しているように感じます。新作『Dance You Monster To My Soft Song!』のジャケットについて、これがどのようなものを表しているのか、差し支えない範囲で解説していただけますか?
 「直近2作のアートワークは、Helvetica Blancが担当してる。どちらの場合も、私はあまり指示を与えないようにして、この音楽を表現していると思うアートについて自由に考えてもらったよ」

Victory Over the Sun | Vivian Tylinska

――基本的に、あなたの個人プロジェクトであるVictory Over the Sunですが、ライヴ・パフォーマンスについてはどのように行なうのでしょう?
 「まだライヴをしたことはないけれど、生バンドで練習しているから、今年の秋くらいにはライヴを始めたい」

――2015年、前身バンドであるCichy Duchを始めた頃から振り返ってみて、現在のVictory Over the Sunは、どういう進化を遂げてきたと自分自身では感じていますか?
 「このプロジェクトをスタートさせた始めた頃に比べて、大きな成長があったと思う。1stアルバムを作り始めたときには、まだ数曲しか書いたことがなかった。それ以来、ソングライティングの能力はかなり磨かれたんじゃないかな。それから、VOTSを始めたのはトランジションを始める少し前だったから、人間としても、興味や優先順位に関しても大きな変化があった。自分の作る音楽にどんな音楽的要素がよく含まれているのか、振り返ってみるのは楽しい。VOTSのための作曲は、ミュージシャンとしての自分、そしてどんな音楽を世に送り出したいのか、どんな音楽を世に送り出すことができるのかを追求する旅であって、トランジションの経過も自分が人間としてどうありたいかを熟考することだった」

――ところで、ウェブでショールの網図を公開しているのを見つけましたが、あなたが編み物に興味を持ったきっかけなどを教えてください。この趣味も、数学と関係しているでしょうか?
 「2013年頃から編み物を習って、2018年くらいからはレース編みをたくさんしてる。編み物も数学も音楽も、私の頭の中では似たような働きをしていると思う。どれもパターンに基づいているという点でね。レースのパターンをデザインするには、構造やパターンが進化しながら、パラメータの範囲内に収まらなければならない。それは一種の作曲だと思う」

――最後に、日本の音楽に興味はありますか?
 「日本の文化や音楽についてそれほど詳しくはないけれど、越 美晴、BOREDOMS、青葉市子、武満 徹、Boris、戸川 純とか、好きな日本のバンドやミュージシャンはたくさんいるよ」

Victory Over the Sun Bandcamp | https://votsband.bandcamp.com/

Victory Over The Sun 'Dance You Monster To My Soft Song!'■ 2023年5月26日(金)発売
Victory Over The Sun
『Dance You Monster To My Soft Song!』

https://votsband.bandcamp.com/album/dance-you-monster-to-my-soft-song

[収録曲]
01. Thorn Woos The Wound
02. WHEEL
03. The Gold of Having Nothing
04. Madeline Becoming Judy
05. Black Heralds