Column「アルメニアってどこ?」


文・写真・絵 | Rei Sinkevich

| 第1回: 2週間の夏休みが、大冒険へ

Самое страшное — прозевать прекрасное.
最も恐ろしいのは、美しいものを見逃してしまうことだ。
――セルゲイ・パラジャーノフ

 映画の聖地巡礼をしていたら、いつの間にか別の国で暮らしていた。

 アルメニアってどこ?

 コーカサスは黒海とカスピ海の間に広がる地域で、様々な文化や言語が交わる場所。アルメニアはその南部に位置し、山々と火山性の地形に囲まれている。

 日本では、アルメニアという国自体をほとんど聞いたこともない人も多い。一方、知らないうちにアルメニアに触れていることもあるかもしれない。例えば、学校でも取り上げられるハチャトゥリアンの『剣の舞』(1942)や、セルゲイ・パラジャーノフの映画『ざくろの色』(1971)、『火の馬』(1964)。

 私にとってアルメニアは、ソビエト時代の文化を通して、どこか身近に感じられる国。私はロシアと日本にルーツを持ち、モスクワで育ち、7年間東京で暮らした。様々な漫画や、サブカル・アートの活動をしてきた。昔から、文化を通して、その土地や人々を知ることが好きだった。そんな私には、異なる文化の中で暮らすことは自然なことだったのかもしれない。

Photo / Artwork ©Rei Sinkevich

 夜明け直前の空港を出ると、たくさんのツバメが飛び交っていた。日本とはまったく違う、カラッとした空気をすぐに肌で感じられる。夏休みのヴァケイションはジョージアとアルメニアに決まった。コーカサスの文化に興味を持ったのは、どこか身近なのに、同時にまったく知らない世界だから。学生の頃から、レールモントフの『ムツイリ』を通して知ったコーカサスをいつか実際に自分の目で見てみたかった。

 アルメニアは、世界でも最も古い国のひとつ。4世紀初頭には世界で初めてキリスト教を国教とし、405年にはメスロプ・マシュトツによってアルメニア文字が作られた。20世紀初頭には、オスマン帝国のアルメニア人が大量虐殺と強制移住を経験をする。これは現在「アルメニア人ジェノサイド」と呼ばれ、歴史と記憶の中に深く残る出来事。その後、ソ連の一部となり、1991年に独立を回復した。

 興味本位と、幼馴染を訪ねることが目的だったはずの旅行が、気が付けば大冒険になっていた。想像していた以上に新たな景色や感覚。東京都心ではなかなか味わえない。

Photo ©Rei Sinkevich
ただ裏道をふらついているだけで入ってくる、花と木の甘いの香り、鮮やかな蔦の緑、ゆったりうろついている野良の動物たち、まだ音だけでは聞き取れない現地の会話。

 特に心を奪われたのは、山の上にそのまま街が入り込んでいるような場所。巨大な自然と、人の暮らす都市がひとつの風景の中で交わっている。その組み合わせに圧倒された。

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アルメニア・エレヴァンは建物がそれほど高くないため、晴れた日にはほとんどどこからでもアララト山を見ることができる。ノアの方舟の物語と結び付けられている、あの山。現在はトルコ領にあるが、今でもアルメニアを象徴する存在のひとつ。

 一方、ジョージア・トビリシの街はもっと入り組んでいた。角を曲がって細い路地に入るだけで、突然まったく違う場所に出てしまう。まるで不思議なラビリンスを通り抜けていくようだった。

Photo ©Rei Sinkevich
写真に写る建物の屋根を見ても、その違いが感じられる。より整然としたエレヴァンと、地形に沿って街が不規則に広がっているトビリシ。

 アルメニアとジョージアを旅していると、隣り合うふたつの国でも暮らしの空気がとても違うことにびっくり。あるところでは旧ソ連の面影が残り、また別の場所ではヨーロッパのような雰囲気が漂っていた。

 アルメニアで驚いたのは、歴史や文化の中にまだ知らないことがたくさんある一方で、ソ連崩壊後の空気を通して知ってきた多くの文化的な感覚が、どこか身近に感じられたこと。

Photo ©Rei Sinkevich
ロシア語も比較的広く使われていて、街の建築からはソビエト時代の名残もはっきりと伝わってくる。

 一方トビリシでは、壁に描かれたグラフィティや独特のストリート・ファッション、ゴリゴリのテクノ・クラブなどを見ていると、現代のヨーロッパに近いものを感じる。

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若い世代の多くの人はロシア語を話さず、ヨーロッパで暮らした経験を持つ人もかなりいた。

 私がコーカサスに惹かれる理由のひとつは、長い歴史を持つ独自の文化と、そこから生まれる才能、そして伝統を現代的に読み替えていく感覚。

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 アルメニアとジョージアには、それぞれ独自の言語と文字、古くから続くキリスト教文化があり、ペルシャ、オスマン帝国、そしてソビエト連邦から長い間様々な影響を受けながらも、両国はそれぞれのアイデンティティを残してきた。

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だからこそ、街の中では古い建築、ソ連時代の遺産、そして現代の文化的な影響が、ひとつの風景の中に混ざり合っている。

 落ち着くエレヴァンや、どこか誘惑的トビリシは素敵だった。けれど洒落た蚤の市や、夜中に愉快に騒がしいバーよりも、また別のちょっと遠い場所に私の心は惹かれていた。情報がぎっしり詰まった都会に住んだことしかない。田舎の生活どんなものかあんまり考えたこともなかった。農業暮らしはどこか御伽話のような世界にも思えたときもある。

「ヴァリク・ジャン。ディリジャンではね、台所で普通の蛇口をひねるだけで、水が出てくる。それが世界で2番目においしいんだ!」
「じゃあ、一番はエレヴァン?」
「いや、サンフランシスコだ」
「じゃあ、ボルジョミは?よく考えてから言えよ」

――ゲオルギー・ダネリヤ『ミミノ』1977

Photo ©Rei Sinkevich

 子供の頃からこの会話を何度も見返した。『ミミノ』は何世代にもわたって愛されてきたソビエト時代のコメディ映画(『私はモスクワを歩く』や『不思議惑星キン・ザ・ザ』でも知られるゲオルギー・ダネリヤ監督。ジョージア出身)。この作品では、ジョージアの小さな村から大型航空機業界の空を夢見るヘリコプター・パイロット、ヴァリコ・ミザンダリが、最終的に自身のルーツの価値に気付く姿を描いている。その中でヴァリコは、大都会で出会ったアルメニア人のルビーク・ハチャキャンとの友情を通して、故郷を離れて都会へやってきた人々が互いに助け合う姿も見せてくれる。

 半分冗談、半分本気で、世界で2番目においしいという水を味わいに、ディリジャンに行こうと思った。

 郊外へ向かう道では、アルメニア最大の湖であるセヴァン湖へと続く暗い火山性の山々の中に、大きい鷲の像が立っていた。そこから風景はガラッと変わっていった。

 セヴァンに着くと、とてもシンプルなものに安らぎを感じた。草の中に咲く赤いポピー。澄みきった静けさ。温められた大地の匂い。頬をなでる柔らかな風。そして、ひとつの生き物のようにゆっくりと形を変えながら空に広がっていく、厚い雲。

Photo ©Rei Sinkevich
悩みや慌ただしさが、突然とても小さなものに思えた。ただ目の前にある美しい景色を眺めながら暮らしたら、私はどう変わるだろうか。

 アルメニア北部には、森と山に囲まれた小さな町がある。緑に包まれたディリジャンは、不思議なところだった。とっても渋い場所で、何かを求めて行くよりは、探検をしに行くためのところだった。苔に囲まれた角や、蔦と合体しているような建物。

Photo ©Rei Sinkevich
世界で二番目においしい水には感動しなかったけれど、澄んだ空気が心地良かった。
Photo ©Rei Sinkevich

 そして、現地の馬の牧場の人たちと知り合って、普通の旅行者では行かないようなところを見た。彼らの生活リズムや、毎日過ごす日々はまだ私が触れたことない日常であった。私たちは友人になり、思いがけず、ここで暮らす機会をもらった。

 「冒険」というものを忘れていたのかもしれない。これから先、自分が何をして、半年後にどうなっているのか、まったく想像がつかない。今しかできない人生の実験をしてみるような気持ちで、アルメニアに来た。

 それでは、私と翼を広げる鷲と共に、この旅をもう少し続けてみるのはいかがでしょうか?

Artwork ©Rei Sinkevich

Rei SinkevichRei Sinkevich 小林 玲
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漫画家 / イラストレーター。ロシア・モスクワ育ち。
2019年に日本へ移住し、桑沢デザイン研究所でデザインを学ぶ。
2020~2024年は「まんだらけ」に勤務し、同時期に漫画を描き始める。様々な展示やパーフォマンスで活動。
2024年から約1年間は「CORNER PRINTING SELF」でシルクスクリーン印刷やグッズ制作に携わる。
これまでに『Tea with Lemon』『mononucleosis』『ボーバ 子供たちの物語』『私が白髪になったら』(いずれも自費出版)などの漫画を上梓している。