Interview | WRENCH


整理整頓しないほうがいい

 1992年に結成されて以来、極東の地で異形のヘヴィロックを屹立させ続けててきたWRENCH。2019年にリリースした12年ぶりのアルバム『weak』でも、他に類を見ない独自のサウンドを最新形へと更新してみせた。あれから約4年を経て、「Breaking Man」と「MOONSHOT」の2曲をダブルA面として収録した12"シングルが完成。

 この間には、世界を覆ったパンデミックに加え、メンバーにも大きなことが起きていたが、それを乗り越えて、結果的にツイン・ドラム体制となって、バンドはさらなるパワーアップを果たした。2曲だけでもアルバム並みに強力な新作をチェックしたうえで、ぜひライヴで体感し、現在の彼らの到達点を確認してほしい。


 以下、ふたりのドラマーMurochin(以下 Mu)とMasato(以下 Ma)、そしてギタリストのSakamoto(以下 Sa)を中心にインタビュー。なお、ベーシストでアートワークも担当するMatsudaは諸事情により欠席、ヴォーカルのShige(以下 Sh)は終盤に駆けつけてくれるかたちでの取材となった。


取材・文 | 鈴木喜之 | 2023年4月


――まず新作について話を聞く前に、ツイン・ドラム編成になった経緯について改めて教えてください。2019年にアルバム『weak』がリリースされたときにもインタビューさせてもらいましたが、その時点ではMurochinさんも普通に取材を受けていたのに、記事が公開されるタイミングで唐突に活動休止という知らせが入り、Masatoさんが加入。そして、Murochinさんが戻った後も、そのままMasatoさんは残ったという、この流れについてお話しいただけますか?

Mu 「ちょうどアルバム『weak』発売前のプロモーションをやってる最中の2019年1月に、妻の病気が発覚して、ちょっと休まなきゃいけないな……っていう状況になったんです。でも、すでに決まっていたライヴを中止にしたくなかったし、誰か代役をと考えたときに、もうMasatoしかいないと思って。ABNORMALSっていうバンドをやっていたとき、俺が辞めた後にMasatoが入って、ハマりかたがハンパなかったんですよね。普段から遊んでいる仲間だったし、相談したら快くOKしてくれた。その前からWRENCHのライヴをいろいろ手伝ってくれていたりもして、すでにみんなと仲が良かったんです。それで手伝ってもらった。残念ながら、その年の8月に妻が亡くなったんですけど、1年半くらい経って少し落ち着いた頃 にそろそろどう?なんてまっちゃん(Matsuda)から電話をもらって、とてもありがたく、救われた気持ちで戻ってきました。ただ、俺が戻ったからといって、単に入れ替わるのはもったいないな、こんなにできあがっているのに、と思ったんですよね。Masatoとは普段から2人でスタジオに入って、ツイン・ドラムでセッションを毎月やっているんですけど、そのドラムの合奏的なものを、このバンドにプラスしたら、きっとおもしろいと思って。みんなに相談したら、いいね!っていう反応で、この体制になったという感じです」

――Masatoさんは、いきなり話をもらったときには、どんな感じだったんですか?
Ma 「『weak』が出るっていうニュースがあったのと同時くらいに、Murochinさんから連絡がきて、“もう来月にはライヴが決まってるけど”って音源を渡されて、みたいな。そうですか……って(笑)。そんな感じでした。まあ、やりたいし、やるしかないだろうと。それで2019年は、僕がずっと叩いて、っていうかたちでしたね。2020年になって、そろそろ入れ替わろうかっていう具体的な日程の話もしてはいたんですけど、コロナでライヴが全部なくなっちゃって。代わりに配信でやることにしたら、それがツイン・ドラムをやり始めるにはちょうどいいタイミングだったというか。今はもう対バン形式でガンガンやってますけど、けっこうセッティングとか大変なんで。そういう意味では、配信ライヴの、ちょっとゆっくりした時間で始められたのはよかったと思います」

――ちなみに、配信ライヴって、やっていていかがでしたか?
Sa 「今から考えると辛い状況でしたね。配信はあまり楽しくなかったから……楽しくないってこともないですけど、お客さんの前でできないっていうのは……」
Mu 「お客さんとの一体感がね」
Sa 「ライヴではないですからね。まあ、いい経験になったとは思っていますけど」
Ma 「慣れるという点では、こういうふうにツイン・ドラムをセッティングしたほうが早くなるな、みたいな細かいことですけど、そういうところでの準備期間になったと思います。おかげで、今はもう普通にやれているので」
Sa 「貸切状態だったから」
Mu 「時間も気にしなくていいしね」

――配信ライヴをやったことで、自分たちの演奏を観る機会も増えたのでは?
Sa 「客観的に観る機会は増えました。配信のほうが演奏的にはシビアなんですよね。じーっと見られているから。そこはたしかに勉強になった。あとはVJを入れてやってみたりもして、いい感じの映像を使えたのも良かったです」
Mu 「編成も、丸くなってやってみようかって、お互いの顔を見ながら演奏したり。実験はいろいろできました」
Sa 「そういう映像を残せたって考えたら、良かったですね」
Mu 「あんなことがなければ、なかなかないからね」

――これまでドラム1台でやってきた曲の中に、もう1台のドラムの居場所を作るというのは、どんな作業だったのでしょう。
Mu 「MELVINSですね。ユニゾンです。ユニゾンだ!って2人でスタジオに入って、音を取って合わせるみたいなことを日々繰り返しながら揃ってきて。同時に新曲、今回リリースする2曲を作りつつ、どういうふうにツイン・ドラムをするかを考えながら、掛け合いをするようなところも組み立てていってます。あとは楽器を、こっちはアコースティック、こっちはエレクトリックって分けるようなこともしてますね」

――MELVINS以外に、ツイン・ドラムをやっている他のバンドを聴いてみたりとかは?
Ma 「ツイン・ドラムって言うと、それぞれ違うことをしているのが一般的というか、逆にユニゾンで貫き通しているみたいなバンドは、あまりいない。我々にも掛け合いはちょっとありますけど、どっちかというと愚直にユニゾンしようって。それこそ日本のROVOとかを聴いてみたりしましたけど、我々が出すサウンドとは違うっていうか、これじゃないと感じた。ハードな音でガツンというのが2倍になっている、みたいなほうが俺たちっぽいと思って」
Mu 「より、うるさい(笑)」
Ma 「あと、KYLESAとかも聴いたりしました。KYLESAは、わりと僕らのヴァイブスに近いようなハードロックをツイン・ドラムでやっている感じですね」

――Sakamotoさんは、ギタリストの立場から見て、ドラムが2台になったことはどんな変化だったでしょう?
Sa 「もう音圧がスゴくて、やっぱりギター・サウンドにも影響は出ました。音域に関しても、あんまり中低域をガーッと出す必要がなくなって。もっと張りのある高音のほうに楽に行けるというか。今までは、そういうのをやりたくても、ちょっと音が薄くなっちゃうからやれなかった。そういうアプローチができるようになったという意味ではいいですね」

――なるほど。では、今回リリースされる4年ぶりの新作について訊いていきたいと思います。この2曲を作っていたのはパンデミックの間ということになりますよね?
Sa 「そうですね、思ってもみなかったようなことが起こっちゃって。バンドでリモート飲み会みたいなのもやったりしたんですけど、あまり盛り上がらなかったですね(笑)。そこで、ライヴはとりあえずないから曲を作ろうか、みたいな話になった。アルバムじゃなくて、3〜4曲でシングルみたいなのをやろうって。それで曲作りが始まった感じです」

――そうして完成したのが、この2曲なんですね。
Mu 「2曲しかできなかった(笑)。もっと作りたかったんですけど、1曲がスゴすぎて、結果、倍かかったんですね」

――濃密な内容ですからね。
Mu 「作業的にもスゴかった。しょうがない(笑)」
Sa 「気付いたら、あっという間に1年経っていて。なんでこんなにかかったんだろう」
Mu 「50歳過ぎると時間が経つの早いな、みたいな(笑)」

――新曲では、どうツイン・ドラムを反映させようと考えたのですか。
Mu 「ちょっとレコーディングしてみないことにはよくわからないな、と思って。ずっと音が二重になっても、どうなっちゃうのか、実際に録ってみないとわからないから。いろいろと保険をかけつつレコーディングしたんですけど、結果、わりといい感じに音が分離して録れた。パートパートで、2人になったり1人になったりみたいな感じで聴かせることができていると思います」
Sa 「エンジニアのカオルくん(三浦カオル)が、素晴らしい仕事をしてくれて。最初はほんと、ツイン・ドラムどうなっちゃうんだろうと思っていたんですけど、完璧にまとめてくれました」

――芯の通った、強靭なドラム・トラックになってますよね。
Ma 「ずーっと2つ鳴っているのは、うるさいだろうと思っていたけど、うまくまとめてくれたな、って思います」

――「Breaking Man」はどんなふうにできていったのですか。
Sa 「これは、俺が基本ラインを作った曲です。最初に持って行ったときは、これじゃ普通すぎるとか言われて、マジかよって(笑)。それから真ん中のカオスみたいな展開を付けたんですけど、そこが時間かかった」
Mu 「あそこだけ半年くらいやっていたかもしれない」
Ma 「半年以上だね」
Sa 「最初の2分半くらいは、わりとすんなり、その日のスタジオでできたくらいの感じだったのに、そこから半年以上かかって(笑)」

――まあ、でも、WRENCHにとっては、よくあることというか。
Sa 「想定内っちゃ想定内」

――もう1曲の「MOONSHOT」は、作詞もWRENCHというクレジットになっていますが、メンバーみんなで歌詞を書いたということなのでしょうか?
Sa 「Shigeに頼まれて“言葉をくれ”って言われたから、単語を送りました。歌詞の分量が多いみたいで、“自分が考えただけじゃまだ足りないから、ヒントになる言葉をくれ”みたいな感じで。文章として反映されてはいないけど、その単語が登場するような感じです。普段Shigeといろいろ話していて、ネット界隈に出てくる宇宙の話とか、そういうところから言葉を選んだりしました」

――そういう歌詞の作りかたはこれまでにもよくあったんですか?
Sa 「ちょくちょくありましたね」
Mu 「毎回ある」
Sa 「ヒントになりそうな単語を送っているだけなんで、共作っていうほどではないと思う。それを連なったものにするのはShigeだから。それで着想を広げてくれればいいかなという」
Mu 「Shigeちゃんが納得したところで、もう終わりっていうか、それ以上はない」

――“ムーンショット”という言葉は、一般的に「とても困難ではあるが、実現しさえすれば多大な効果を期待できる研究や計画」という意味で使われているようですが。
Ma 「これは”ムーンショット目標”(*)からなんです。あれがShigeさんにはショックな内容だったみたいで」
Sa 「この話、バンド内でムチャクチャ盛り上がっていたんですよ。なんじゃこりゃ!って、飲みながら盛り上がったから、そこから出てきたんだと思う。ものすごい話ですよね。アバターで1人あたり何体とか、言っちゃえば、ポスト・ヒューマンの話で。こんなこと内閣が言うのか、恐ろしいなって」
Ma 「この曲の最後の方に、“Half Mechanism”っていう、WRENCHの1stアルバム(1994)に入っていた昔の曲の歌詞が入っているんですよ。その意味で言ったら、昔からそういう思想がShigeさんの中にはあったんじゃないですかね」
* 註 | 内閣府のサイトに掲載された「ムーンショット型研究開発制度」のページには、「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」などといった”ムーンショット目標”が掲げられている。

――さっき話した、Sakamotoさんからヒントになる言葉を送る、という段階では、もう「ムーンショット」が題材になることは決まっていたんですか?
Sa 「そうですね。もう曲名も決まっていて、ライヴでもやってたし。“MOONSHOT”は、もう1年半くらいやってる」
Mu 「新曲ですとか言ってますけど、2年近くやってるなあ、みたいな(笑)」
Ma 「“Breaking Man”のほうは、レコーディングに入る直前くらいにできて、1回だけライヴでやった感じ」

――この2曲だけ間に合った、という話でしたが、他にもうライヴで試せそうな、完成しつつある曲はないのでしょうか?
一同 「ないですね(笑)」
Mu 「出し切っちゃいました」

――(笑)。でも、現代はストリーミングが主流になったこともあって、アルバムという単位にこだわらず、シングルをどんどん出していくというやりかたも普通になってきていますから。
Sa 「これも、musicmineからアナログ盤でも出そうかっていう話をもらう前は、もともと配信だけで出すっていう話だった」
Mu 「嬉しいですわ。アナログ出せるのは」
Ma 「僕は、人生で初めてなんです。アナログ盤で音源を出すというのが」

WRENCH 'Breaking Man / MOONSHOT'

――ジャケットも大きくなって、Matsudaさんによるアートワークも映えますよね。壁にかかっている絵とかも、ひとつひとつが見やすくなるでしょうし。
Ma 「それは、アウトサイダーな人たちが描いている絵だって言ってました。なんかシリアルキラーみたいな人が描いた絵があるらしくて、そういうのを集めてるんでしょうね。逸脱している人たちがずっと好きで、そこから着想を得てるんじゃないですか」

ここでShigeが到着

――Shigeさんが来る前に、少し歌詞の話もしていたんですが、改めて「Breaking Man」とは誰なのか、話してもらえますか?
Sh 「これは、30年来の親友が、ブッ壊れちゃいまして。ブッ壊れちゃったその日に、そのままを書いた歌詞なんです。だけど、よくよく歌い込んでみたら、これはひょっとして自分のことを言ってんじゃねえかなと思ったりもしますね」

――『weak』での歌詞に関しては、懺悔だと言っていましたが、今回はもっと外向きな内容になっている感じも受けます。
Sh 「そうですね、前回で出し切っちゃったなあというところはある。まあ、いい意味であまり作り込まないほうがいいんじゃないかと思って」

――「MOONSHOT」については、どうでしょう。
Sh 「これはみんなに言葉をもらって、リリック・アレンジで、っていうところなんですけど。“ムーンショット目標”っていう、あれを思いっきりディスってます。内閣府が“身体からの解放”って言っちゃいけないですよね。税金で成り立っているところが、いきなり“身体からの解放”だよ、スゴすぎる。でも、けっこう前なんだよね。ちょうどコロナの頃に。最初はなにかのミラーサイトなのかと思った(笑)。ここ最近で一番おもしろかった、というところですね」

――では、Shigeさんにとって、ツイン・ドラム編成になったことはどうですか?
Sh 「リハ中のお酒の量が増えました、とかかな(笑)。より、まとまりが悪くなりましたね。大の大人が5人も揃って……四文屋っていう、下北のスズナリ横丁のところに、すごくいいお店あるんですけど、そこで、うるせえ!って言われて。出禁になっちゃった(笑)」
Mu 「みんな耳がバカになってるから(笑)。静かに!静かに!ここだけの話だけどさぁ!って(笑)」
Sh 「あと、リンキィディンクっていうスタジオでやっているんですけど、そこでも苦情が来ちゃって、出している音が相当デカいんだなあと思って(笑)。ツイン・ドラムなんで、負けないようにやっていたら、スタジオのシンセのモニターがピカーって光っちゃって。リミッター超えちゃってる。よく光るんですけど、それくらい出さないと。やっぱりツインになったぶんスゴいですからね。だから、ワン・ドラムには戻れない。迫力が、これがベースになっちゃって、増えていく一方だから(笑)。ずっと足し算で、引かない引かない。追加するだけでしょ。だから、ツイン・ヴォーカルもいいのかな?とか思ってる(笑)」

――そういうところからも、肉体性の復権というか、原点回帰みたいなモードだったりするのでしょうか?
Sh 「ああ、自分でも“MOONSHOT”とかには、1stアルバムにちょっと近しい空気を感じたりしていて、ライヴでもそう言ったりしているんですけど、誰にも響かない(笑)。まあ、オルタナ感がちょっと戻ってきたかなあ、っていうのはある。より整理整頓しないほうがいいのかなって。整理整頓するとダメですね、ツイン・ドラムとかも含め。お淑やかになっちゃうとマズいんで」

WRENCH Official Site | http://wrench.jp/
『Breaking Man / MOONSHOT』 Special Site | https://breakmoon.wrench.jp/

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EDGE of CHAOS
12" Vinyl EP Release Party
https://clubque.net/schedule/176/

2023年6月17日(土)
東京 下北沢 CLUB Que
開場 18:15 / 開演 19:00
前売 3,000円 / 当日 3,500円(税込 / 別途ドリンク代)
e+ | LivePocket | ローソン

出演
WRENCH
Guest: MELT-BANANA / 黒電話666 (PROTOTYPE018)
DJ: L?K?O

チケット + メンバー・サイン / シリアルナンバー付限定12"
5,750円
https://hebuys.shop/goods_detail.php?goods_number=MMDS23001LIVE

WRENCH 'Breaking Man / MOONSHOT'■ 2023年5月26日(金)発売
WRENCH
『Breaking Man / MOONSHOT』

12" Vinyl + DL Code MMDS23001EP 3,000円 + 税

[Side A]
01. Breaking Man

[Side B]
01. MOONSHOT