Interview | 9m88


感情は分け隔てなく伝わる

 R & Bやジャズを軸に、歌謡曲やヒップホップ、ボサノヴァなど様々なジャンルを融合させ新たなサウンドを作り出すチャレンジングなネオソウル・シンガー、9m88(ジョウエムバーバー)。台北に生まれ、幼い頃から現地のマンドポップを聴いて育ち、青春時代はダンスに没頭しながら90s R & Bに感化され、ファッション・デザインを学んでいた大学時代にジャズと出会って本格的に音楽を志した9m88は、その後ニューヨークの名門校The School of Jazz & Contemporary Musicでジャズを専攻し、2019年にデビュー・アルバム『平庸之上 Beyond Mediocrity』、2022年に2ndアルバム『9m88 Radio』を発表。現在では台湾の音楽シーンに影響を与える存在となった彼女が、待望の3rdアルバム『Sent』を10月6日にリリース(フィジカルはCDで11月2日発売)。セルフ・マネジメントで音楽のみならず、PVやスタイリングでも個性的なスタイルを体現し、自らの道を切り拓く彼女が新作『Sent』に込めた意味とは――。

取材・文 | 小嶋まり| 2023年10月
通訳 | AnGEL / エンジェル
写真 | Jac Chung Wan

9m88

――今回のアルバムのタイトル『Sent』という言葉で最初に思い浮かんだのが、“メール送信完了”というイメージでした。カヴァー・フォトには「I sent you a message, but you never read it.(私はメッセージを送ったけれどあなたは読まなかった)」という一文が添えられているのですが、『Sent』というタイトルに込めた意味を教えてください。
 「アルバムの制作を始めた頃はまだタイトルを決めていなくて、最終的に各々の曲ができあがったときに歌詞を見返したら、私なりのメッセージが込められていると感じたので、“メッセージを送信したよ”という意味合いで『Sent』にしました。ジャケットにある “私はメッセージを送ったけどあなたは読まなかった”という一文は、“前に比べて成長した自分がいるので、もしメッセージを受け取られなかったとしても私は大丈夫”、という現在の私の姿を表しています」

――ジャジィでシンプルな構成の「頭髪 Hair」、ファンクやロック要素の強い「足久無見 Tsiok Kú Bô Kìnn」、フォーキーなギターと歌声が際立つ「決定不想你 Sent」、ボサノヴァ調の「夏天妳要離開我了 Farewell Summer」など、様々なジャンルがクロスオーヴァーするカラフルなアルバムになっていますが、いろいろなサウンドをひとつのアルバムに入れた理由は?
 「曲を作るとき、歌詞から作る、メロディから作るみたいなルールは特になくて、最初に心に浮かんだものを捉えるようにしています。今回、それぞれの曲に合うジャンルが異なったので、意図せずさまざまな要素を取り入れたアルバムになりました」

――自由な作曲スタイルとのことですが、突発的に曲のアイディアが浮かんだときは、どうしていますか?
 「スマートフォンのヴォイスメモに録音しています。地下鉄に乗っているときにアイディアが浮かんだら、他の人にどう見られるかは気にせずに、ヴォイスメモにすごく低い声でささやきながら録っちゃいます」

――今回は全て中国語での歌詞となっていますが、そのきっかけは?
 「前作は、世界中の人に届きやすいように英語で作詞したのですが、今作は主にアジア圏に浸透するよう中国語で作りました。私が台湾人であるということも認識してもらえたらと思っています。でも、そこに偏るというわけではなく、幅広く受け入れてもらえるように新しいジャンルにも挑戦しました」

――今は台湾を拠点にグローバルに活躍されていますが、国や地域によって好まれるスタイルや流行が異なり、それに向き合わなければいけないこともあると思いますが、トレンド的な流れや場所的な垣根を越えて制作する秘訣はありますか?
 「絶えず新しいことにチャレンジする好奇心を持つこと、そして、感情を歌に込めて思いを伝えること。言語と違って感情は分け隔てなく伝わるものだと思っています」

――台湾出身のミュージシャン / プロデューサーで今は亡き張 雨生の「若我告訴你其實我愛的只是你–What If?」をカヴァーされましたが、この曲をカヴァーしたきっかけは何でしたか?
 「昨年、張 雨生のメモリアル・イベントに参加した際に、主催されていたチームのかたがたに“彼の曲を歌ってみてはどうですか?”と誘われて、彼が最後にリリースしたアルバム『口是心非』(1997)に収録されているラスト・ソング、“若我告訴你我愛的只是你”をカヴァーすることにしました。この曲のメロディがとても好きですし、彼がこの曲に込めた、変化するということ、自分をアップデートしていくという心境が今の私にしっくりきて共感したので、自分なりに解釈したものを再び皆さんに聴いてもらえたらと思い、この曲に決めたんです」

9m88

――「若我告訴你我愛的只是你」の原曲を聴きましたが、とてもポップで心が躍り出すような、存在感のある色褪せることない曲だと思いました。9m88さんのカヴァー・ヴァージョンは、ジャジーなトランペットのパートなどが斬新で、ヴォーカルも9m88さん特有の繊細でエモーショナルな部分が感じられる仕上がりとなっていますが、アレンジされる際に意識した点はありますか?
 「原曲の1980〜90年代の曲調に、現在のジャズとファンクが似合いそうだと思って、現代に甦るよう自分なりにアップデートしてみたところかな」

――「若我告訴你我愛的只是你」ではトランペッターの黒田卓也氏が参加していらっしゃいますが、彼とコラボレートすることになったきっかけは?
 「ニューヨークで大学に通っていた頃から黒田卓也さんのことは知っていたんですけど、お会いしたことはなくて。でも、いろいろな場所で活躍されているのは知っていました。“若我告訴你我愛的只是你”をカヴァーすることになったときに台湾在住の日本のプロデューサーのかたに相談して、黒田卓也さんにトランペットのパートをお願いすることになりました。この曲の制作中、彼は日本とニューヨークを行ったり来たりで忙しかったので、リモートでのやり取りでしたが、曲のイメージと方向性を共有して、あとは全てお任せしてインプロヴィゼーションで演奏してもらいました。その後、曲が完成してからようやく彼と会うことができました」

――『Sent』制作中に、よく聴いた音楽や感銘を受けて作品に反映させたものなどありますか?
 「何かの反映とかではないんですが、今回は作りかたを変えてみたんです。今までは作詞作曲は全部自分でこなしていたけれど、『Sent』ではいろんな人に依頼したり共作したりして作りました。自分の制作を人に任せるということは初めてだったのですが、曲に込められるストーリーを皆とシェアして私らしさを追求した結果、多方向からのメッセージが込められた作品になったと思います。“野獸派 Fauvism”という曲は台湾のアーティスト、黄宣(YELLOW)さんと共作したのですが、死後に歩く道は一体どういうものなのか、というのを一緒に想像しながら作りました。ちなみにそのストーリーは何かで読んだり観たりして出てきたものではなくて、そのときに私がよく考えていた、死んだ後ってどこへ行っちゃうんだろう?という純粋な疑問だったんです。宗教観とかじゃなくて、夢の中を彷徨っている様子を描き出す、みたいな感じですね。制作するときは、集中できなくなってしまうしオリジナリティを損ないたくないからなるべく情報を遮断して、自分自身が一番気になっていることから発想を得るようにしています。でも制作から離れるお休み期間中は、いろんなことを目一杯吸収しています」

――ちょっと気になったのですが、自分の思うことであったり興味が湧いたことだったり、日々のあれこれを記録する日記はつけていますか?
 「書くようにしています。癒しになりますね。でもだいたいネガティヴなことしか書いていないなぁと気付いて反省したりもしています(笑)。最近は良いことも書き残せるように心がけています」

――ニューヨークのThe School of Jazz & Contemporary Musicでジャズを学ばれたそうですが、それまで大学で専攻していたファッション・デザインとは違う分野に飛び込んだことだったり、ニューヨークではマジョリティではない人種であることだったり、言語、音楽業界で感じる性別の差など、さまざまな違いに直面されたと思います。その中で乗り越えなければいけない一番大きな壁というのは何でしたか?
 「ニューヨークでジャズを学び始めてまず男女の差の激しさを実感しました。ヴォーカルをメインとする女性が多くて、女性は楽器ができないという先入観を持たれてしまうのが一番大変でした。そういう固定されたイメージを払拭するためにいろんな楽器も練習して、一定のレベルまで達するよう努力しました。台湾にいるときはそういう差は感じたことはなかったです。なぜなら、そもそもジャズという分野で活躍している人が少ない場所だったので。一番印象に残っているのは学校で出会った先生に、“アジア人の女性ジャズ・シンガーということでジャッジされることが多いかもしれないけれど、そんな偏見に左右されないよういつも自分のベスト・コンディションでいられるようにしなさい”と言われたことでした。その言葉は今でも覚えています」

9m88

――パンデミックも落ち着き、内向的だった世界から再び外へ向かう社会になってきましたが、それと並行して心境の変化というのはありますか?
 「せっかちな性格で生き急いでいた感じがあったけれど、パンデミックを目の当たりにしてから、今までは必要だと考えていたものがそこまで重要じゃないと気付いたり、周りの大切な人と一緒に過ごす時間を重視したいと思うようになりました。パンデミックをきっかけに、プライベートと仕事のバランスが上手に取れるようになってきたと思います」

――これからチャレンジしてみたいことは?
 「日本語で歌ってみたいなと思っています」

――では、最後の質問になりますが、最近ハマっていることはありますか?
 「ゼルダ(即答)!」

9m88 Official Site | https://9m88.co/

9m88『Sent』■ 2023年10月6日(金)発売
9m88
『Sent』

CD PCD-94171 2,400円 + 税 | 2023年11月2日(木)発売
https://p-vine.lnk.to/qfRmV5

[収録曲]
01. 頭髪 Hair
02. 看向我吧 Look At My Way
03. 足久無見 Tsiok Kú Bô Kìnn
04. 決定不想你 Sent
05. 野獸派 Fauvism
06. 若我告訴你我愛的只是你 What If?
07. Frenemy
08. 夏天妳要離開我了 Farewell Summer