Review | 東京・三軒茶屋「twililight」


文・撮影 | 鷹取 愛

「twililight」手書きのロゴ | Photo ©鷹取 愛

 10年前に私が京都に住んでいた頃、当時、書店「ガケ書房」で働いていたうめのたかしから、「おもしろい人が遊びに来ているから会いに行かない?」と連絡があった。それがイベントや展示を企画する「ignition gallery」の熊谷充紘(以下 ミツくん)だった。そのミツくんが、2022年3月11日に書店、ギャラリー、カフェを併設する「twililight(トワイライライト)」を東京・三軒茶屋にオープンした。

 本屋もカフェもゼロからのスタートだったため、地元、愛知・名古屋の書店「ON READING」や、イベントを共にしてきた京都の本屋「誠光社」などにも相談し、まずは本を仕入れる仕組みを勉強した。内装業者とのやりとりや、お店を始めるための様々な契約。引っ越しも併せて、本当に寝れない日々が続いたという。たった3ヶ月で人生が激変した(人生って本当におもしろい)。このお店には、ミツくんの熱量の高いこれまでの活動がすべて詰まっていると思うので、長くなるが、じっくり書きたいと思う。

「twililight」店主・熊谷充紘 | Photo ©鷹取 愛

 私が出会った頃のミツくんは、東京の大企業を退社して間もなく「Ginza ignition」という企画を立ち上げ、東京・銀座「椿サロン」内ギャラリーでの展示企画や、毎週月曜日の夜に開かれるクリエイターのための様々なトーク・サロンを主催していた。ミツくんは会社員時代から、芸術家志望の若手作家たちが夢を諦めずにいられるように、しっかりクライアントになり得る人に作品を見てもらえる、もっと広がっていける場を作りたいと考えていたそうだ。そんな想いから、作家が展示している会場で、トップ・クリエイターをゲストに迎えたトーク・ショーを開催し、訪れた人々にもれなく展示も見てもらえるような場所を作ることにしたという。

 林 央子、伊藤ガビン、片桐 仁、瀬田なつき、武内 昭(THEATRE PRODUCTS)、山下敦弘などのトーク・ショー登壇者に依頼するきっかけは、ミツくん自身がまず各表現者の一番のファンであり、企画のすべては情熱から始まるものがほとんどだったように思う。植原亮輔(D-BROS)、渡邉良重(現KIGI)のおふたりを招くきっかけも、知り合いの紹介ではなく熱烈な手紙を双方に送ったことからだった。そういう熱い思いに、ゲストの先輩たちが答えてくれていた気がする。

「ロマンチック叡電プロジェクト」 | Photo ©吉次史成

 その後「ignition gallery」が続く過程で、ミツくん、うめの、私の3人で様々な企画をするようになった。私が当時勤めていたカフェ兼ギャラリーでの展示やイベントをはじめ、うめのとの繋がりが強かった京都・叡山電車の動く車内で展示やライヴをする「ロマンチック叡電プロジェクト」という企画も始まった。詩人・谷川俊太郎と刺繍作家・有本ゆみこ(SINA SUIEN)のコラボレーションによる刺繍列車や、AOKI,hayato、haruka nakamura、おお雨(坂本美雨 + おおはた雄一)などによるライヴの開催。2013年には叡電での『銀河鉄道の夜』朗読劇を共にした出会いから、ミツくんと翻訳家・柴田元幸との様々な取り組みも始まる。柴田と、寺尾紗穂、U-zhaan、マヒトゥ・ザ・ピーポーといったアーティストたちの共演の場を作り、それは現在も続いている。

 ミツくんのブッキングは本当に夢みたいな出会いがいっぱいあった。想いを実現してゆく素晴らしさと同時にハプニングも多くあり、ときめきとドタバタが同居している危うさも、全てがミツくんらしいと思う(偉そうにごめん、褒めています)。そして、パートナーの玲子ちゃんのサポートがあってこその実現だと思う。

「twililight」店内 | Photo ©鷹取 愛

 その後も「ignition gallery」の勢いは止まることなく、栃木・那須「SHOZO CAFE」、愛知・名古屋「テレビ塔」、京都・一乗寺「恵文社一乗寺店」など日本各地を巡りながら、ライヴ・ペインティングと音楽を組み合わせた「本をめくると音楽が聴こえてきた」(前田ひさえ × アキツユコ、山口洋佑 × mama!milk、狩野岳朗 × 青木隼人など)シリーズや、作家・多和田葉子、翻訳家・岸本佐知子らの朗読イベント、作家・柴崎友香のトーク・ショーなども定期的に開催。2019年、東京・原宿「VACANT」が閉館する際には、作家・いしいしんじによる即興パフォーマンス「その場小説」や、柴田元幸による“300分朗読”を行う「朗読フェス」などのぶっ飛びイベントを実施した。

 ここまでイベントや企画を続けてきた原動力は「普段は交わらない時間に生きる人たちが、そのひとときだけは一緒の時間を生きられる、緩やかな連帯を感じられることに希望を感じたから」だという。ミツくんの現場では、蜘蛛の糸のような繋がりから、ぶっとい赤い糸みたいになってゆく瞬間を何度も見てきた。本人は語らないけれど、お客さんも関わっている人たちも、イベントを体験しているときだけでない、その先の繋がりやきっかけを「ignition gallery」は確実に作ってきた。ミツくんの企画は、どれも“新しい体験”をプレゼントしてくれる。誰も思い付かないようなことも、想像で終わってしまうことも、作家や演者たちに新たな表現の提案をして、実現するための道筋を作ってくれる。観る側、観られる側にとっても、どちらにも新しい体験をくれる。ミツくんは、さまざまな場所や人と共にそういう“場”を作ってきた人だ。

「twililight」店内 | Photo ©鷹取 愛

 「twililight」ができるきっかけとなったのは、同店階下にあるカフェ「nicolas」を営む曽根雅典、由賀夫婦の声掛けだった。ミツくんとnicolasの繋がりはとても深く、nicolasでミツくんが夢見た多くの企画が実現したし、その逆も然りだ。それぞれ2011年という同タイミングで活動を始めたこともあり、お互いに深い感情を持っているのではないかと私は思っている。そんな曽根夫妻から昨年11月に、同ビルの3階と屋上のある4階が空いたと、愛知県豊田市在住のミツくんに連絡があった。「自分たちの店の上に、イベント・スペースを開くのはどうだろう?」という提案だったけれど、ミツくんはそれよりももっと身近で日常的でみんなが通えるお店にできたらと考え、本屋とギャラリーとカフェが一緒になったお店を思いついたのだそうだ。経験はないけれど、大好きなその3つをお客さん視点で作れないか。ミツくんは自分を全部中途半端な人間だと語っていて、逆にそれが全部を組み込むことに合っているんじゃないか、どれもプロじゃないからこそ詰め込んで表現できないか、と考えたらしい。そんな自分のやることが、誰かの希望になるかもしれないと想いを巡らせ、愛知の家を引き払って東京の地で新たな挑戦をすることを決断した。

(左)天窓。(右)屋上。

 「twililight」の3階は、外に面した大きな窓とギャラリー奥の天窓のおかげで、日中は自然光だけで美しい。天窓はパキッとした光が印象的で、ジェームズ・タレルの作品みたい。お店のパワースポットになりそう。4階にある小部屋を抜けると気持ちのいい屋上が。ここで買い物した本を読みながらコーヒーだって飲める。階段を上がってすぐに見えるガラス張りのギャラリーもすごく好きだ。スピーカーは、奈良「listude」の鶴林万平が直接設置に来てくれた。ロゴは扇谷一穂、ショップ・カードのデザインは横山 雄、オフィシャル・サイトは「SHIPYARD」の黒川成樹が担当。お店のオリジナル・グッズとして、山口洋佑描き下ろしのオリジナル・ハンカチ、狩野岳朗と柴田元幸のコラボ便箋なども完成した。お店に入ってすぐに目に入る大きな本棚は一面、柴田の特集棚になっていた(部分的に随時変更。現在は棚の半分でランバーロールフェアを開催中)。棚には柴田が訳した、アメリカ在住の作家バリー・ユアグローからお店に向けたメッセージが飾られていた。ここにある全部が、これまで出会ってきた人たちの集合体だ。

(左)カフェで注文できるサンドイッチ。(右)山口洋佑によるイラストをあしらった「twililight」オリジナル・ハンカチ。

 「nicolasに声をかけてもらえたのが不思議だった。声をかけてもらえたことで、これまでやってきたことが報われたような気がした」と語るミツくんは、それが店を開いた一番の理由だとも話していた。本屋としては、新刊、古本、マニアックなジンや冊子も並ぶ。私は欲しい本ばかりで、初日に6冊買った。ギャラリーでは、オープン第1弾の展示として、これまで「ignition gallery」の企画で描いてもらったミロコマチコやnakabanらが参加するグループ展「現在地」が開催されていた(4月21日から5月23日までは、小山義人による個展「SUPER SLOW FUZZ SYSTEM」を開催)。カフェとしては、コーヒーやワイン、サンドイッチ、nicolasのチーズケーキも用意されている。これからはイベントも精力的に開催予定。「何屋とはひとことでは言えないけど、引っかかるものがひとつでもあればいい。それがものではなくても時間でもいい。ここで何かを感じてもらえたら」と話すミツくん。夢でいっぱいだ。

 固定の場所を持たない「ignition gallery」は、「twililight」としていつでも誰でも訪れることのできる“場所”になった。これからは誰かの大切な“居所”になっていったら嬉しい。広がっていきますように。

twililight Official Site

〒154-0004 東京都世田谷区太子堂 4-28-10 鈴木ビル3F・屋上

13:00–22:00 | 火曜、第3水曜定休

鷹取 愛鷹取 愛 Ai Takatori
Instagram | Twitter | Official Site

東京、京都を中心に「山ト波」という屋号でイベントや展示の企画をしています。近年は、京都「かめおか霧の芸術祭」の「KIRIマルシェ」運営、東京・学芸大学「SUNNY BOY BOOKS」の展示サポート・メンバー。1日1人ずつ日記を書くサイト「一日遅れの日記」主宰。山フーズ、画家・山口洋佑とのトリオ「バー人間」や、映像作家・玉田伸太郎との映像と音楽のプロジェクト「安身立命」でもたまに活動。京都で店をやってた本屋「homehome」名義での出店も。