Review | 東京・永福町「中華可菜飯店」


文・撮影 | 鷹取 愛

 大勢で気軽においしいもの食べたり、気兼ねなく会えなくなってから2年半が経った。いつまでこんな状態が続くんだろうということも忘れて、今という時間をもとても楽しく豊かに過ごしている。と、思う。会いたい人にはやっぱりどうにかして会っているし、電話をかけて、声を聞いて話すようにもなった(やっぱり声は違う)。メールをやめて手紙を書くことも増えた(ポストにお返事が届いている嬉しさもひとしお)。新しい友達も増えた。どうしようもなく悲しく思うこともあるけれど、前とはちょっと方法が違うだけで、ちゃんと“今”は新しく前に進んでいる。

 そんな昨今、自分の周りで立て続けに新しいお店がオープンした。飲食店、本屋さん、雑貨屋さん、リニューアルするお店。“とにかく、やるって決めたしやる。いい店作る”っていうシンプルな想いからたくさんの店が誕生している。その出来事がとにかく嬉しくて、紹介していこうと思い立った。読んだら最後、まずは行ってみてほしい!

中華可菜飯店 | Photo ©鷹取 愛

 2021年七夕。東京・永福町に「中華可菜飯店」というコース・オンリーの中華料理屋が開店した。一面ガラス張りの店内の真ん中には、大きい円卓がどっしりと構えている。とにかく立派な店構え。それに負けず劣らず、オープン以来予約の取れない人気店として店を切り盛りするのは、先日30歳になったばかりの五十嵐可菜ちゃんである。

 北海道出身の可菜ちゃんは、子供の頃は豊かな海の幸や野菜が身近にあり、おいしい素材があるのが当たり前の環境で、食への興味はあまりなかったという。高校卒業後、私も長く住んでいた京都で可菜ちゃんは大学生時代を過ごす。在学中、精進料理伝道師の棚橋俊夫先生が精進料理の授業で語った、“食は1番儚い芸術である”という言葉に感銘を受けてから、料理で人を喜ばせたいと閃いて、可菜ちゃんの料理家へのストーリーが始まった。
 
 その後可菜ちゃんは、私も足繁く通っていた、左京区にある有名な四川料理屋「駱駝」でアルバイトを始めた。可菜ちゃんは、中華料理の豪快さ、イカつさ、地域によって発展した料理が全然違うので種類が多くておもしろいというところ、自家製調味料がおいしくて生活に身近で便利、という点からどんどん“中華”に惹かれていった。駱駝は麻婆豆腐が有名だが、私が大好きだった駱駝の餃子はぷにぷによく太っているかわいい佇まい。以前私の家で餃子の会をしたときに、可菜ちゃんの小さい手でその餃子が生み出される姿を見て感動したのを覚えている。

 可菜ちゃんは元々共通の知り合いも多かったけれど、出会えたのはつい昨年。小さくかわいい愛おしさと、人懐っこさと芯の強さにすぐに大好きな人となり、すぐに何かしら誘ったり、誘われたりする気軽な仲になった。可菜ちゃんのさっぱり気持ちのいいこの感じは、中華料理にも通底していると思う。そして、出会う人はみんな、この料理と可菜ちゃんのお茶目さをすぐに大好きになると思う。そんな人が作った場所は居心地がいいのは当たり前で、全てが最高にバランスのいい店。

五十嵐可菜 | Photo ©鷹取 愛
『POPEYE』誌(マガジンハウス)に掲載されたページを開く可菜ちゃん

 さて、可菜ちゃんの店はとっても誠実で、こだわりが随所にあり、全ての料理も丁寧なひと工夫がある。ひとりでお店を切り盛りするにあたり、ロスが出ないというところから、コース料理でお店をやろうと決める。また、メニューをコースのみにしたもうひとつの理由は、ゆっくりご飯を食べてもらいたいというところから。

 私が8月末に食べたコースは、『じゃがいもと新生姜』『エビパン』『紹興酒漬けのアボカドと蛸のマリネ』の前菜3種、『五目焼売』『鮎とヤングコーンの春巻き』『茄子の潰し煮込み』『角煮と夏野菜』『おかゆ』(角煮の汁をかける)、『桃の杏仁豆腐』。その中でも、優しいお味なのにずっと印象に残るマリネ、鮎が一尾ぎっしり詰まった揚げ春巻きがとにかく最高で衝撃の食体験でした。5,000円 + 税でこんなにおいしいものが食べられるなんて、いいんですか……?「おいしい!」と声を出して目の前で伝えたときに見せる、可菜ちゃんの「よかった」という安堵の表情と言葉は、オープンしたての今だけの大事なものだと感じていて、かわいくて密かに心に焼き付けている。

中華可菜飯店 | Photo ©鷹取 愛
プレ・オープンの時の振る舞い料理(ズッキーニの焼売が絶品)。

 お店の物件は、偶然通りかかってピンときて借りたそうだ。全面ガラス張りなのと、コンクリートの床にビビッときて、円卓を置くイメージもできた。一度断られつつも何度もお願いして借りたという絶対ここでなきゃダメ案件。そういう直感も可菜ちゃんだな~と思うのです。キュートな頑固野郎。

 可菜ちゃんは大学卒業後に東京でケータリング・サービスを提供する「CATERING ROCKET」で働き、暮らしていく中で、応援してくれる人が周りにたくさんいると強く感じ始めたことから、東京でお店をやろうと思い立ったそうだ。店舗の内装は下積み時代に知り合った「KITAAA」の喜多亮介さん、入り口の円卓は関西時代の先輩であるiei studioの永田 幹さんが担当。お店の壁は、私も含め可菜ちゃんと親交のある人々が集まって塗装した。「可菜ちゃん作のお弁当付き」と聞いて、それだけでやる気マックスの中、日々数人でパテを塗っていく作業。可菜ちゃんのこれまで出会った人たちの力が詰まっている、愛着のあるお店となった。

 店内の日々の円卓の花、少しずつ集まってくる器や酒器、カウンターの上に並べられたコレクションの数々は、可菜ちゃんが集めたものも多いものの、誰かからプレゼントされることも多いとか。そうこうやって少しずつ、みんなの気持ちが集まってできていくお店って、可菜ちゃんだからこそだし、レアだよな~と感動。そしてお店に行くと、「愛ちゃんがこの壁を塗ったんだよ」とみんなに言ってくれる嬉しさ。そういうところだぞ(最高)。

五十嵐可菜 | Photo ©鷹取 愛

 近所にこんな大事な店ができて最強の気分。たくさんの人を連れて行きたい。そしてきっとたくさんの人みんながまたすぐに訪れたいと思えるお店だと思う。“中華可菜飯店 = 最高”ということで、オープン祝いの言葉としたい。

中華可菜飯店 | Photo ©鷹取 愛

中華可菜飯店 Instagram

〒168-0064 東京都杉並区永福2-50-1
080-7297-8010

18:00-22:00
完全予約制

※ 営業時間は変更となる場合があります。

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東京、京都を中心に「山ト波」という屋号でイベントや展示の企画をしています。近年は、京都「かめおか霧の芸術祭」の「KIRIマルシェ」運営、東京・学芸大学「SUNNY BOY BOOKS」の展示サポート・メンバー。1日1人ずつ日記を書くサイト「一日遅れの日記」主宰。山フーズ、画家・山口洋佑とのトリオ「バー人間」や、映像作家・玉田伸太郎との映像と音楽のプロジェクト「安身立命」でもたまに活動。京都で店をやってた本屋「homehome」名義での出店も。