Interview | 対談: AIWABEATZ + ASPARA (司会: oboco)


ILLBIENT (NOT ILLBIENT): Music for AirPollution

 昨秋に発売された『とあるバンドメンバーの失踪について / 맑은 공기』は、1990年代中頃に提唱されたサウンドスタイル“イルビエント illbient”をメインテーマとして制作された、AIWABEATZとASPARAによるスプリット・ミックステープである。現在はほぼ完売状態である同作だが、「自分のニューLP『Like No Other 3』は、このミックステープの制作があったからこそ作ることができた作品だと思うので、今一度しっかりと振り返りたい」というAIWABEATZ(以下 AI)本人の希望から、今年に入ってASPARA(以下 AS)との対談を同ミックステープの制作進行担当である筆者(oboco)の司会により敢行。それに併せてミックステープに使用しなかった楽曲も含めた“私的イルビエント考”と言える音楽を双方がセレクトし、リストを作成した。

進行・文 | oboco | 2024年2月

AIWABEATZ

① Sensational『Corner The Market』1999, WordSound + 『Loaded With Power』1997, WordSound
② Slotek『Hydrophonic』1999, WordSound + Spectre『The End』1999, WordSound
③ JUNGLE BROTHERS『J. Beez Wit The Remedy』1993, Warner Bros. Records + CRAZY WISDOM MASTERS『The Payback EP』1999, Black Hoodz
④ Req『Frequency Jams』1998, Skint + 『One』1997, Skint
⑤ Jigen『Blood's Finality / 狂雲求敗』1998, 不知火 + LEGO BEAST『LEGO BEAST & MANDRILL MIXER』2003, Drifter
⑥ BOREDOMS『Super Roots 6』1996, WEA Japan + Philip Jeck『Loopholes』1995, Touch
⑦ DUB SONIC『Forward (Version) / Dongima Dub』2001, SONIC PLATE
⑧ Moor Mother & billy woods『Brass』2020, Backwoodz Studioz
⑨ Sensational ft. Planteaterz『The Pearl』2022, naff recordings
⑩ DJ Pin『Fudge Of Jazz』2022, Noche Tropical

ASPARA

① Sensational ft. Planteaterz「Fancy Shit」『The Pearl』2022, naff recordings
② Piezo「Wet」『Wet / Atum』2020, Ansia
③ DJ Spooky That Subliminal Kid feat. Mad Professor & Lee "Scratch" Perry『Dubtometry』2003, Thirsty Ear
④ 山岡 晃『Silent Hill 3 (Original Soundtracks)』2003, KONAMI
⑤ SONIC SUM「Flatlands」『The Sanity Annex』1999, Ozone Music
⑥ CRAZY WISDOM MASTERS「Headz At Company」『The Payback EP』1999, Black Hoodz
⑦ THE SABRES OF PARADISE「Siege Refrain」『Wilmot』1994, Warp Records
⑧ Sir Hiss「Wot」『Wot EP』2021, No More Mailouts
⑨ Flowdan「Horror Show Style (Egoless postapocalyptic mix)」EGOLESS『Selected Works 2016』2016, self
⑩ Sons of Simeon『Goliath Brothers』2021, Riddim Chango Records
⑪ LORD TUSK『Death by Dishonour Soundtrack』2022, UltraWaveVisions
⑫ John T. Gast『Submerge』2013, self

――このミックステープの制作のメインテーマは、近年特に大きなリヴァイヴァルがあったわけでもない、1990年代にヒップホップの地下に一瞬咲いた徒花ムーヴメント(?)“イルビエント”です。しかし、実際収録された楽曲はほぼそのジャンルとしての範疇にないものがほとんどでした。
AS 「結果、お互いにそうなりましたね」
AI 「自分は、アスパラくんがある程度本来の意味合いのイルビエントに寄せてくれるかなと期待しつつ、好き放題やらせてもらった感じです。そもそも、今イルビエントに向き合おうと思ったきっかけは、アスパラくんサイドにも収録されたSensational ft. Planteaterzの作品ですね」
AS 「自分もこのテーマでいけそうだな、と確信を持てたのは、このアルバムがきっかけです。このインタビューに際して、それぞれ楽曲をピックアップしたのですが、お互いがこのアルバムを挙げていて正直びっくりしました」

――同じ作品を聴いて2023年再びイルビエントに意識が向いたと。そのへんを踏まえつつ、それぞれイルビエントというジャンルで括られた音楽を知ったきっかけを教えてください。
AI 「最初はSensationalの1st(『Loaded With Power』)か、JUNGLE BROTHERSの3rd(『J. Beez Wit The Remedy』)だと思うんだけど、イルビエントと認識しないまま聴いていたかも。ジャンブラ3rdはDJ KRUSHさんがリコメンドしていた記憶が」
AS 「自分はそれがイルビエントと括られていたジャンルだということに気づいたのはほんの数年前でした。16~18歳くらい(2004~06)まで、とにかくドラムが太い音楽をということでヒップホップを聴いていたのですが、もっともっととレコード・ショップで掘り進めるうち、知らず知らずのうちに聴いてました。最初はSensationalの『Loaded With Power』だったかな」

――やはり、またSensationalが。
AS 「それまで聴いていたヒップホップやブレイクビーツとは違い、とにかく内向きでに鈍く光る感じは、孤独だった当時の自分にはぴったりだな、と思ってました。自分はリアルタイムではなかったのですが、それが功を奏したというか、イルビエントのブーム的なのが落ち着いていたタイミングだったので、WordSoundとかDJ Spookyの中古のレコードは安くて手に入りやすかったです」

――つまり入口にも現在地にも立ってるのがSensationalっていう感じですね。Sensationalはもともとジャンブラに一瞬所属してたっていうのが、自分やアスパラくんのような後追い世代(1987年生)からしたら、かなり謎なんですが。
AS 「Sensationalは定期的に突如出現するんですよね。Madteoとの共作(Madteo feat. Sensational『Special Offer』2016, Wania)とかも本当にびっくりしました。正直自分も謎なんですよね。ジャンブラのサポート・メンバーなんでしたっけ……?」
AI 「3rdのあの時期は正式メンバーだったはず。たしか、もともとバック・ダンサーだったっていう話だよね。Tortureって名乗っていた時代」
AS 「あぁ、なるほど!実はJUNGLE BROTHERSは3rd(と呼んでいいのか)しか聴いたことがないんですよね……」

――その3rdから数年後、1999年にBlack Hoodzからジャンブラの変名として発表されたのが、これまた2人とも挙げているCRAZY WISDOM MASTERS。これはアイワさんはリアルタイムで聴いたんですか?
AI 「リアタイです。高校生ぐらいの頃で、HMVか新星堂でCRAZY WISDOM MASTERSの曲が収録されたBlack Hoodzのコンピ(『Born To Ill Vol.4 / Black Hoods Compilation』1999, UNITED GRUVS | 日本クラウン)を買いました」

――新星堂!アンダーグラウンドなヒップホップとかも扱っていたんですね。
AI 「ジャンブラ3rd時のお蔵入り音源で、ジャンブラとしては出せないから変名で、っていう触れ込みだった気がする」

――CRAZY WISDOM MASTERS名義に関してざっくり調べたところ、本来3rdとして予定していたものはプロデューサー的にBill Laswellが参加していて、そのBillさんがいろいろやりまくった結果、もともと出すかたちではお蔵入りになっちゃったようで(ラズウェル事件)。CRAZY WISDOM MASTERSという名前は件のお蔵入りした“幻の3rdアルバム”のタイトルから採られていて、LPとしての『Crazy Wisdom Masters』は2020年にBill Laswell自身により、本来想定していたと思われるかたちで再リリースされていたみたいなんですが、現在は販売停止状態ですね。
AI 「今となってはそういう経緯もなんとなくは知ってるけど、その時は『J. Beez Wit The Remedy』がフェイヴァリットだったので、あれの秘蔵音源が変名で出たんだ!? っていう感じだった」

――アスパラくんは中古で買った?
AS 「自分は中古ですね。クリアジャケの10"だったような……Black Hoodzのジャケ(カンパニー・スリーヴ)がかっこいいと思って買いました」

――特にジャンブラの変名とかは意識せず?
AS 「しなかったですね。ジャケ買いで、家帰って聴いて、あぁ!って。そもそもBlack HoodzがWordSoundのサブレーベルっていうのも、今初めて知りました(笑)」
AI 「ANTI-POP CONSORTIUMもBlack Hoodzから出してたよね。各自ソロでWordSoundの音源にフィーチャリング参加しつつ、 Black Hoodzや75 Ark、自分たちのレーベルから出して、その後Warpからになるのかな」
AS 「75 Ark以前もあるんですね!それは聴いたことないかも」
AI 「DJ VadimとのTHE ISOLATIONISTが先かも。あれは超興奮したな。今回のリストには入れてないけど、THE ISOLATIONISTはめちゃくちゃ重要じゃないかな。Prime Cutsも含めたUKとUSのアンダーグラウンド・スペシャル・チーム。ただイルビエントというよりはもう少し洗練されていて、Vadimカラーが強いかも」
AS 「Vadimはアブストラクト・ヒップホップというかDJ KRUSHのイメージでした」

――Vadimはアイワさんがリストに挙げているJigenこと虹釜太郎さんのレーベル・不知火にも繋がってきますね。
AI 「うん、soup-disk、不知火とね」
AS 「不知火は今もあまり触れたことがなくて……」

――アイワさんは虹釜さんのパリペキンとかは行っていたんですか?
AI 「行ってないんだよね。実際、店舗をやられていた期間は短かったみたいだし」

――そうなんですか。後年も名前をよく聞くので、短期間でもレコ屋として強烈な何かがあったんでしょうね。話をANTI-POPに戻して、Warpで言えばアスパラくんがTHE SABRES OF PARADISEのEP収録曲をリストに挙げていますね。
AS 「買った当初はかっこいいな、くらいにしか思っていませんでしたが、後に聴き返すとイルビエント的なムードを感じて。当然リアルタイムではなかったのですが、これもジャケ買いで」

――今回挙げてもらった音源で一番古いのがジャンブラ3rdで93年、次にSABRESの94年。イルビエント史的にはNYでSpookyたちがその活動を活性化させ始めていたくらいの時期ですかね。
AI 「ジャンブラ3rdはプレ・イルビエントっていうイメージで選びました。これはさすがにリアルタイムではないね。アスパラくんがSABRESをプレ・イルビエントとして捉えているのは独自の視点でおもしろい」
AS 「当時は音楽を文書にして偉そうにレビューしているライターなんて全員クソな詐欺師だと思っていて、音楽雑誌やリコメンドを一切読まないようにしていました。だから自分の勝手な解釈と、当時通っていたレコード・ショップの一言コメントが真実だったんです」
AI 「その感覚は、今のアスパラくんを形成する上でも核となっている気がしますね」
AS 「鳴っている音が全てだったんですよね……そういう意味でSpectreの音源も大好きでした」
AI 「Sensationalと同じくらいSpectreも重要人物だよね。どうしてもWordSoundの話になってしまうな」

――ちなみにSpectreはもともと音楽ライターなんですよね、たしか。
AS 「クソ野郎だ(笑)。高学歴の秀才と聞いたこともあります」
AI 「ですね。『blast』(シンコー・ミュージック)にも本名のS.H. Fernando Jr.として執筆記事が掲載されていたと思う。『ヒップホップ・ビーツ』(1996, ブルース・インターアクションズ | 原題 The New Beats: Exploring the Music, Culture and Attitudes of Hip-Hop)っていう邦題で著書も出していたよね。Spectreは批評家で、ヒップホップ関連の単著も出しているのに、やってる音楽がアレなのが最高なんだよね」

――賢すぎて壊れちゃった。
AI 「それで、Spectreの変名プロジェクト・Slotekの『Hydrophonic』というアルバムと、自分のミックスの1曲目であるD.L.『黒船』を7"でスクリューしたときに近似性を発見したことが、今回のイルビエント・ミックステープを作る上での自分サイドの出発点になります」

――DEV LARGE氏はご存命の当時イルビエントとかもしっかりチェックしてたのかなー。
AI 「聴いてたかもしれない」

――イルビエントはその頃の東京のパーティでもかかっていたりしたんですか?
AS 「当時クラブでイルビエントがどう捉えられてたのか気になりますね」
AI 「COMPANY FLOWをかけるような人はかけていたかも。あとMC Paul Barmanの“The Joy Of Your World”(『It's Very Stimulating』2000)はよくかかっていた気がする。WSタイトルの中でもあれはイルビエント色薄いけどね。Spookyはかかっていた印象があまりなくて。Kool Keithとの曲とかあったけど、もしかしたらドラムンベースのDJでかけていた人がいたかもしれない。WSのタイトルはもちろんイルビエントではあるんだけど、NYのアンダーグラウンド・ヒップホップのひとつとして捉えられていた気がするな」

AS 「なるほど。個人的にWS~イルビエントは後に続く宅録的なヒップホップ(anticon.とか)のムードの走りだと思っていて。内向きな音楽って当時はどう捉えられてたのかなと思った次第です!」
AI 「そのムードは、日本だとcacoyとかdj klockが体現していたんじゃないかな。土壌を整えたのはKenseiさんや原 雅明さんだよね。その最深部に虹釜太郎さんがいたイメージ(本人の意図とは違うかも知れないけど)。anticon.はみんな聴いていたし、話題になってたよ。自分も出てきたときすごく興奮した。『blast』も特集を組んでいたしね」
AS 「cacoyとdj klockは完全に今の自分の基盤になっています……!」

――アイワさんはTightとかも遊びに行ってましたか?
AI 「初期から行ってましたよ。えん突つから出ていた1945『Tight Vol.3』(2001)とかにはWSの曲も入ってた。あれもよく聴いたな(後程トラックリストを改めて見てみたら、SpectreやScotty Hardと一緒にSABRESの曲も収録されていて、アスパラくんとの共通性に驚きました)」
AS 「おぉ~!」
AI 「当時のフライヤーも実家に取ってあって。chicoさんがデザインしていたやつ」

――あのミックス・シリーズのジャケにも使われてる、独特のスタイルの。グラフィティって今のラップ・ミュージックが中心になったヒップホップのイメージからはもうほとんど乖離しているし、DJイングおよびそこに含まれるスクラッチとかターンテーブリズムも近年はあんまり取り沙汰されないけど、この頃のTightのミックス・シリーズなどではかなり重要な要素として聴き取れますね。いわゆるヒップホップの美学でよく言われる“壊して再構築する”感覚。
AS 「それも今となってはなんかオジさんくさい言い回しですね」

――たしかにそれをすぐに持ち出すのはちょっと思考停止状態かも。イルビエントの場合は再構築というよりも、壊れた状態のままさらにコントロール不能になっていくカッコよさに何かを見出してるというか。でもビートでロールするのが前提である。そんなイルビエントは内向的なテイストではあっても、まだヒップホップがDJを中心に据えていた頃の音楽だと感じますね。それこそ始祖とされるのも(アスパラくんが挙げている)DJ Spookyだし。
AS 「とにかくなんでもやる(ターンテーブルで)っていうイメージです。アーメンブレイクを初めて聴いたのもSpookyのレコードでした。個人的にアイワさんがやっているレーベル(Noche Tropical)からミックスCDをリリースしているPinさんにはスプーキーイズム的なものを感じます」
AI 「Pinさんは2013年のDMC沖縄チャンプでもあって、根底にストリクトリーなヒップホップ観があるんだけど、でも全くもってそれに留まらないというか。驚くことに、Pinさんがプレイすると電子音楽もノイズ / インダストリアルも本当に全てヒップホップに聴こえるんだよ。それと、Pinさんの作品のレビューをCOMPUMAさんがNewtoneのサイトで書いてくださっていたけど、ジャンブラ3rdを引き合いに出していて、なるほど!っていう感じでした。そう言えば、GOTH-TRADがDJ BAKU周辺から出てきて、ノイズ / インダストリアルから始めてベースミュージックに移行していったのとか、100madoさんの経歴とかも今思うとすごくイルビエント的だよね。BusRatchからスタートしてベース・ミュージックをやってるわけだから」

――ノイズから低音重視のダンス・ミュージックに遷移してゆくのが興味深い。
AS 「でも表裏一体というか、捉えかたは極端なまま変わってないなと感じてました。
それが良いんですけど。
AI 「先日、ベース・ミュージックからノイズに行ったKarnage(上記の逆ですね)っていうかたのライヴをK/A/T/O MASSACREで観ているときにも同じようなことを思ったな」
AS 「あぁ、マサカーに出ていらした。かっこよかったですね」

――自分的にスクリューっていうのも、ある意味ノイズ(雑味)と不安になるほど低音満載っていう気が。というか“イルビエント”っていう単語で想像する音って、ほんとスクリューなんですよね。初めてDJ Screwを聴いたときも、「やばい、壊れてる」って感じて……。
AI 「たしかにスクリューってイルなアンビエントっぽさがあるよね。あの引き延ばし感が。単純にイルビエント = イルなアンビエント、ではないところのおもしろさもあるので、ちょっとわかりづらいんだけど」
AS 「そうですね。スクリューは過程も結果も、ものすごくイルだと思います」
AI 「あとジャンブラの3rdってサンプラーに加えて、レコードをスクラッチ / ターンテーブリズム未満な使いかたをして、音を加えている気がするんだけど、その手触りがスクリューと近い気がして」

――なんかテクノロジーを強引に駆使してる。野蛮で偏執狂。アイワさんが挙げているDUB SONICとか『Super Roots 6』もそういう感じがします。
AS 「アイワさんがこのへんチョイスしているの、おもしろいっすね」
AI 「タケさん(故・中里丈人)とかEYEさんって正にそうだよね。大竹伸朗の作品と近いような」
AS 「なんとか今手元にあるもので最大限の表現をしようとすると、何かが過剰にならざるを得ないんですよね」
AI 「なるほどね。たしかEYEさんがニューウェイヴのことを“最小限で最大の効果”って評していた気がするけど、ヒップホップもそういうところがあるよね。まあヒップホップはブラック・ミュージックの新しい形態であるとともに、ニューウェイヴの中の一種としてNYから出てきたわけだから、あたりまえと言えばあたりまえなんだけど」

――どちらも今となっては言葉として区分けできちゃうけど、ビートをしっかり追って聴くと、歴史や鳴っていた場所などに想像が及んだり納得できるというか。
AI 「ところで、アスパラくんは、テクノDJをやるときとイルビエントとの共通点ってあります?実はかなり近かったりするのかな」
AS 「現行のベース・ミュージックをテクノっぽくかけたいと思っているときは鳴りの鈍さとか内向きなのか外向きなのかを意識するので、共通点はあるかもしれないです。自分がDJをするモチベーションにもなっているのですが、空間を支配する感覚ってやっぱ独特というか、それには過剰な何かが必要で。DJにしかできないことがあると常々感じてます」

――アスパラくんがテクノやハウスに目覚めたきっかけはいつ頃ですか?
AS 「実際にDJでやり始めたのは2014年とかですけど、目覚めというかかっこいいなと思ったのは10歳とか?ビートマニアのハードコアテクノとかガバの曲が好きでそればっかりプレイしてました。時が経って、19くらいのときにRichie Hawtinの『DE9』(2001, NovaMute | M_nus)を聴いてなんじゃこりゃってなって、BASIC CHANNELでもなんじゃこりゃってなって。自分が知っているテクノとは全く異なっていてめちゃくちゃビックリしました。この2つの入口は~scapeというレーベルの存在が大きいです」
AI 「Richie Hawtinやベーチャン、~scapeは自分も完全に通ってますね。あのミニマリズムのヒップホップ版をやりたいと思って、点描画的なトラックメイクをしていたけど、全然うまくいかなかったな。特にRichie Hawtin / Concept 1の『01:96』~『12:96』(1996, Concept 1)と、Jan Jelinekの『Loop-Finding-Jazz-Records』(2001, ~scape)には本当に感激して。今でも折に触れて聴きます。ヒップホップ感覚、Bボーイ耳であれを聴くっていうのが、原さんやKenseiさんが推し進めたものだと思う」
AS 「ですね。~scapeは、Hashim Bを追っかけていたら、soup-diskから出ていたILL SUONOのEPをきっかけに辿り着いて。cappablackのアルバム(『Façades & Skeletons』2006)が~scapeから出てるんですけど、ヒップホップのレーベルなんだろうと思ってCDを買ったら(Jan Jelinekだったと思う)全然違くて逆に興味出ちゃって」
AI 「なるほど。自分たちの世代は逆で、~scapeがヒップホップに寄せていったのがすごくつまらなく感じたんだよね。これ、おもしろいネジレ現象かも」
AS 「ブレイクビーツのコンピとか出てましたもんね(笑)。自分にとってはいいきっかけだったし、おもしろいですね」

――その頃のメインストリームでブイブイいわせてたヒップホップ・プロデユーサーって、ティンバとかネプとか、Dre以降のパキパキミニマルトラックだったと思うんですが、日本でもざっくりIDMで括られるようなところの人たちも、よくそのへんのサンプル主体じゃなくなってきたメインストリーム・ヒップホップについて言及していた記憶があります。
AI 「INDOPEPSYCHICSがメインストリーム・ヒップホップの実験的な音と、アンダーグラウンドなIDM / エレクトロニカのいいとこ取りだったかも」
AS 「ほえ~。なんか本質は全然違う気がしますけど、そういうムードが共通していたんですかね」
AI 「鳴りの話だと思うなあ。音圧とか。IDM / エレクトロニカ方面でのTimbaland、THE NEPTUNES評価は当時確実にありましたね」

――鳴りや音圧を感じた後、余韻?ビートが鳴ってない間を感じ取っていたつーか。今回のミックステープでは直接そのあたりの音楽を扱っているわけではないですが、テーマをイルビエントにした根底には、その時代に言葉を超えて共有していた、成り立つか消え失せるかどうかで突き進んでいたギリギリ感。作り込まれて太く存在感を出して鳴っているからこそ、それが消えるときの気持ちよさもしっかり意識できるというか。背景に意識が届くというか。
AI 「自分サイドの“RIP mix”はそこなんですよね。不在の気配」
AS 「自分もそこはかなり意識しました。不在っていうことは誰かが確実にそこにいた根拠にもなり得るよな、と」

――自分もこのミックステープの制作においては、その主体不在感を取り入れていくように心がけていて。例えば作品自体のタイトル『とあるバンドメンバーの失踪について / 맑은 공기』は、カセットケースに封入したパク・ダハムさんと小嶋まりさんのそれぞれの文章に付いているタイトルなんですよね。AIWABEATZとASPARAによるミックス音源のタイトルではない。ただまあ、パッケージングとしてカセットテープとライナーは一緒に入ってるわけなので、店頭で売られたり、こうして話に出るときはその名前で呼ばれている。だから事実としてこの作品自体のタイトルということになってます。
AS 「書き手の2人には、たくさんの人と接していても確固たる強い孤独さが内面から排除されずにあって。そう言うと冷たかったり取り付く島もない人のように思うかもしれないですが、全く逆で。いつどこで会っても退屈させないテンションで接してくれるんです」

――2人とも優しくて博識ですよね。それでいてめちゃくちゃでおもしろいから、話していてワクワクする。でも、そういう時間においても、不器用にどこか違うチャンネルへ合わせようとしている感覚があって。その感じは提供してくれた文章にもあると思います。
AI 「そうだね。淡々としつつもサービス精神に溢れた文章で。でも掴みどころもなくて」

――アスパラくんもアイワさんも、もちろん自分もパクさんとまりさんは旧知の仲なので、2人の文章を作品に収めることを提案したら、すぐに全員一致で依頼しようとなりました。そうしたら、音より先に文章が上がってきて。そしてたまたまそれらにはタイトルがあった。だから、ひとつのパッケージで一緒に収める音源にはわざわざ名前を付ける必要がない、という判断も一致して。
AI 「だからといって、ミックスも文章を読んでそこからのイメージに合わせた選曲っていうことでもない。もともとの始まりは音楽なんだけど、言葉がないと実を結ぶことはなかった」
AS 「それはでも、アイワさんも自分も、簡単に納得いくミックスが録れなかったっていうこともありますね。イルビエントはテーマとしてあるし、具体的な音楽も存在はしているけど、ジャンルそれ自体のミックステープを作りたいわけではなかったので。結局、頭で考えているだけでは全く掴めなかった」

――そうですね、録音過程も紆余曲折を経ていて。それぞれ何回かテイクを重ねて編集したりもしていましたが、たまたまタイミングが合いそうだから2人とも顔を合わせて現場で鳴らして一発録音にしようってなって。まあ、そうなるとイベントとしてもしっかり組んでみようと。
AI 「ちょうど自分が関西に行く予定があったのでねじ込んでみました」

とあるバンドメンバーの失踪について / 맑은 공기

――けっこうアイワさんには無茶な日程だったけど、バンドの空間現代が京都で運営しているに、録音を含めて全面協力してもらい、当日はお客さんを入れて公開録音にしました。でも、なんかそういう録音目的とか除いても、だいぶ楽しい良いパーティになって。ライヴもDJも全編ほとんど重いリズムと暗くて歪んだテクスチャーにまみれた状態だったんですが。
AS 「ですね。あの日は想定外に盛り上がって。そんなつもりじゃなかったんですけど」
AI 「うちの子もあの日、DJ実弾のジュークを聴いて誰からも教わっていないのにフットワークしてたよ」

――当日は自分もDJ自炊さんとのコンビ・慈母子として出演しました。さらにそれとは別で、オーガナイズ & 制作サイドとして深い部分で介入したと自負できるのが、その録音現場兼パーティにサウンド・アーティストの荒木優光さんをフィールドレコーディング担当として迎えたことで。
AS 「個人的には録音当日に荒木さんがずっと会場内をウロウロしているのが印象的で。この動きみたいなことをやりたいんだよな、と思って見ていました」

――そのことでより制作物~出来事として独特のおもしろさに辿り着けた。荒木さんという、パーティの音楽以外にフォーカスして響きだけを採取していくという、あてどない使命を抱えた不審な人がフロアにいるっていう。踊るでもなし、佇むでもなし。
AI 「ライン録りとエア録りを混ぜるのは、もともと手法としてあるにはあるんだけど。でも、荒木さんの存在は異質でしたね。あの音像のおもしろさをめちゃくちゃ遠回しに今、こうして話している気さえしてきたな。結局かたちにならなかったけど、エアとラインを単純に重ねるだけでなく、荒木さんがさらにそれをダブ・ミックスするっていう話もあったよね」
AS 「ダブ・ミックスはあまりにも大変で頓挫しちゃいましたけど、いつか出せたらおもしろいですね」
AI 「その存在しないダブ・ミックスこそがオリジナルで、存在しないオリジナルの代わりに『とある~』があると自分は解釈しています。本来はダブこそがヴァージョンなんだけどね」

――そうなんですよね。そのへんは音響作家の荒木さんとしては、このまま限られた期間内で進めても納得した出来上がりにはならないと判断して頓挫しました。ただ今回は舞台や映画などの音効を担当するサウンド・デザイナーとしての荒木さんの成果として、エア録音と音響調整をかたちにしてもらいました。
AI 「流して聴いているとなんてことないようなんだけど、めちゃくちゃな録音と編集が入り乱れていて。どこまで想定してコントロールしているのか理解ができない」

――たぶん本人もあえて投げ出したところとかもあるのかも。そういった技術者と表現者の狭間で発生する超自我音響操作、それこそKing Tubby~Prince Jammyがやっていることだったり、さっき出てきた~scapeのPoleのマスタリングとかも。あと、まさにDJってそういうものだし。
AS 「技術者と表現者の狭間っていうことで言えば、ライナーも執筆者の2人にお互いの文章を交換してもらい、それぞれで翻訳をしたっていう手法も近いかも」

――はい。あれはどちらも最初は英文で書いたのを交換して、各々の母国語で訳しました。だからパクさんの英文はまりさんの日本語で訳されて、反対にまりさんの英文はパクさんの韓国語になっています。これは特に説明も入れていなかったので、ぱっと見たら同じ内容が2ヶ国語で掲載されていると思ってしまうのですが、そんなギミックやトリック的なものを第一義にしたかったわけではないんです。もちろん狙いや意味はあるんですが、たまたまの結果で。
AI 「パズルがはまるように知恵の輪がねじれていった」

――これ以上はっきりも言いたくはないんですが、せっかくなので。行間を読むっていうことは、対象に憑りつかれている超自我状態なんだと。言い回しとしてはいわゆる「ゾーンに入った」とかも近いと思いますが、もっとダウナーで、それでいながらトランスもしている、空中に沈む、見慣れない変なやつ……
AI 「どうした?シンヤ!でもなんかわかるな。それはスクリューのことだ」

――妄想狂の与太話なんですが、でも、もっとひどい何かに捕まるくらいなら己で方法を生成しないと。それがイルビエントのアンビエント部分をつかむヒントになりそうかも。イルな幻視者たちが見ている空間とそこでの手つき、生じた音響。
AS 「そうですね。響いた跡とその空間というか」
AI 「アウラというか。たとえばWSの掴みどころのなさは、そのアブストラクトさから来ているのかも。On-Uはもっと具象的な気がするんだけど、WSってどこまでいっても抽象的な気がして。On-Uってイルビエントとギリギリ交わるか交わらないかの位置にあるよね。On-Uの音源はジャマイカのレゲエ / ダブが根底にあるけど、Spectreってちょっとわかりづらくて。Spectreの当時のインタビューを読むと、Spectreもジャマイカン・ダブ大好きらしくて。なのに、なぜああなるのかという」
AS 「ですねぇ。個人的には全然違うものだと思っていて、On-Uはイルというよりカオティックというか、パンクというか、階級というか……。でも個人的に今回の裏テーマはダブだったんですよね。イルビエントってヒップホップ的なアプローチが先行してますけど、レゲエサイドからのアクションも確実にあって。WSはその両方をちゃんとやっていたイメージ」
AI 「アスパラくんサイドに入れていたWordSound i-PowaやROOTS CONTROLだね」
AS 「ですです。Spectreの言葉を借りるなら、ダブはメディテーション的な側面もたしかにありますね。イルビエントもある意味メディテーションなのかもしれませんが、ダブ的なメディテーションから明らかに違う何かに置き換えられている気がします」
AI 「このへんのユニットってSpectreもメンバーなんですかね? プロデューサー的な立ち位置なのかな」
AS 「プロデュースとミックスで参加してるっぽいですね」
AI 「なるほど。ってことはSpectreやSlotek名義の非ジャマイカンなダブ感は意図的なものか」
AS 「だと思います。漂白されたダブって無視されがちで……」
AI 「『B-2 UNIT』とかTHIS HEATとかと近いものなのかも知れない。時代的にニューウェイヴ感が希薄なだけで」
AS 「おもしろいですね。あとはBadawiとかSUB DUBとか、ある種レゲエのジレンマみたいなものは一転ポジティブな要素として、現代のJohn T. GastとかLORD TUSKに感じて選曲したっていう感じです」

――今のUKでなんだかよくわからない動きをするのに、時々体幹の強さを垣間見せる人たち。Sir HissやFlowdanっていうのもUK?一般的にグライムとかに区分けされる感じですかね。
AS 「そうですね。このへんのグライムからはイルビエントと似た雰囲気を感じて。説明するのは難しいんですが……」

――じゃあ、例えばウェイトレス・グライムとかにはどういう印象受けましたか?最近もう誰も言ってないけど。
AS 「へ~くらいしか……今回のテーマとは一番遠いような気がします」
AI 「でも確実にウェイトレス以降の価値観な気もしますけどね、現行のアンダーグラウンドなグライムは」

――ウェイトレス、家で聴いていたら全然良くなかったけど、クラブで聴いたらよくわかったって友人が言ってました。ダンス・ミュージックであると。
AS 「ですかね~。なんか個人的にはアンタッチャブルなワードなんですよね。クラブで機能するってうことは、DJのための音楽っていう役割があることが引っかかるのかも。行方がわかっちゃうじゃないですか」

――DJとしてだいぶおもしろい考えかたですね。
AI 「ラップ乗せることを前提としない、インストとしてよりおもしろい音響 / 音像を追求した結果ウェイトレス・グライムが生まれて。でもそこに新世代のグライムMCが出てきて、そのインストとして特化したラップし辛いビートにあえてラップを乗せてきたっていう流れはものすごくヒップホップ的なオーヴァー感覚、Bボーイ・スタンスを自分は感じます。AUTECHREをヒップホップ耳、Bボーイ感覚で聴くというのと似たような何かを」
AS 「あぁ、それはそうかも…『Like No Other 3』でも“Spit Pain Spit Power (feat. AUGUST)”はドラム入るな……ドラム入るな……と思いながら聴いてました……」
AI 「あれはドラムレスのほうがイメージが拡がると思って。本来あるはずのものがないことによって、それがあるときよりも多くの何かを獲得するような」

――今回の3rdアルバムにはそのへんの感覚はやはり感じますね。MCの皆さんからクレームはなかったですか?ムズいよ!みたいな。
AS 「1、2とは明らかに毛色が違いますね」
AI 「実際今作は、これじゃラップできないって参加してもらえなかった人も何人かいて。でも完成したのを聴いて、すごく評価してくれました。あとは別トラックで録ったアカペラを流用して作ったものや、メトロノーム入りとなしの両方を渡して録ってもらった曲もありますね。結局メトロノームなしで録ってくれたみたいだけど」

――おそらく元ネタの大部分である和モノのぎりぎりレコードとCDの転換期くらいのへんなデジタル質感がかなりイルです。
AI 「自分も便宜上和モノって言っちゃうけど、和モノDJや和モノ・ディガーがまず無視するところだと思う。短冊CDのカラオケVer.を使った曲もいくつかあって」

――個人的には「Jelly Bean (feat. HYDRO as BNJ)」の偽ジャズ・トラックがキワどくてシビレました。クールなんだけどそれが反転しそうなVシネの劇伴的なまがい物っぽさも出しつつ。
AI 「あれはまず、スウィング・ジャズってジャジー・ヒップホップ枠から無視されてるよなってのが根底にあって」
AS 「たしかに」

――しかし、この曲のヴァージョンを含めたインスト集『Let LOOSE Tracks Vol.1』の流れで聴いたら、その感じがきっちりファッション・ブランドのための音楽として機能するので、理にかなった渉猟〜設計だな、と。
AI 「ありがとう。『Let LOOSE Tracks Vol.1』は3rdアルバム収録曲をインストとしてエディットし直したものや、その時期に作った別のインストをまとめた作品ですね。Let LOOSEという友人の洋服のブランド用のイメージ・アルバムで、Bill LaswellがA.P.C.用につくった作品がインスパイア源。ってかこんなところにもBill Laswelが出てきた(笑)。もうすぐリリース予定です」

――行き当たりばったりでデタラメに作った妄想イルビエント・テープから、ヤマ師Laswellを介して、最終的に洋服のための音楽という目的がはっきりした作品に行き着きましたね。なんかBAPE®とMo' Waxのコンピとか背伸びして聴いていた中学生の頃に生じた「……アブストラクト・ヒップホップ。わたし、どうもこういうものはさっぱり」というモヤモヤした答えがいま遂に出せたのかも。
AS 「散々使っといてあれですけど、アブストラクト・ヒップホップとかイルビエントとか、(音楽を)説明する言葉としては終わってるな、と思ってます」

――まあ、冷静に考えると変わり者ぶりたい中学生の好きな単語が合わさってるだけですよね。

 ミックステープにまつわる対談はここで一旦終わるが、2人の会話はまだまだ続き、よりDJとしての思考や異常さを垣間見せる人間性にまで及んだ。そちらの内容は3月6日(水)に東京・幡ヶ谷 Forestlimitにて開催される「K/A/T/O MASSACRE vol.466」の参加特典としてダウンロード配布予定である。ぜひGET DOWN SHIT!

K/A/T/O MASSACRE vol.466

2024年3月6日(水)
東京 幡ヶ谷 Forestlimit | Twitch

18:30-
2,300円(税込 / 別途ドリンク代)

Release Live
AIWABEATZ feat. EASTERN.P, HYDRO as BNJ, 九九時計, MUTA, VOLOJZA

Live
KEYTOTHECITY & NES (Beat Live) / VOLOJZA

DJ
かりん© / KRAIT / Lil Hachi / 南 (凸凹。) / Zooey Loomer 1979

AIWABEATZ 'Like No Other 3'■ 2023年12月8日(金)発売
AIWABEATZ
『Like No Other 3』

Bandcamp

[収録曲]
01. Blue (feat. VOLOJZA)
02. Too Salty (feat. 九九時計)
03. Seeds For The Future (Marvy Mix) (feat. EASTERN.P)
04. A$KTAX Free$tyle (feat. Lil.Young.J''Я''® & SIVA JA SATIVA
05. Spit Pain Spit Power (feat. AUGUST)
06. Life Pt.2 (feat. OH!KISS & BLACKMONEY)
07. Jelly Bean (feat. HYDRO as BNJ)
08. Robin Hood (feat. MUTA)
09. Chips (feat. AUGUST, COVAN & IRONSTONE)
10. Memories Of The Town 2 (feat. CRYSTAL BRAIN)
11. Friday (feat. VOLOJZA)
12. コクミンファック '23 (feat. 金勝山)