Interview | ビューティフルハミングバード


ここからどこに飛んで行ってもいい

 昨年結成20年という節目を迎えた男女デュオ、ビューティフルハミングバード。ヴォーカルの小池光子(以下 K)による伸びやかな歌声、そして田畑伸明 aka タバティ(以下 T)の表情豊かなギターが生み出す温もりに満ちた歌の世界が愛されてきたが、11年ぶりの新作『Sincere』をリリースした。ここ数年ライヴを共にしてきたミュージシャンをゲストに迎えた本作は、バンド・サウンドを交えながら、ビューティフルハミングバードの今が素直に綴られたシンプルで力強いアルバムだ。新しい出発点にもなりそうな新作について、メンバーのふたりに話を聞いた。

取材・文 | 村尾泰郎 | 2023年1月
Main Photo | 伊藤健太

――『Sincere』は11年ぶりの新作になりました。アルバムの制作のきっかけになるようなことがあったのでしょうか?
K 「前作の『HORIZON』(2011)のときは、事務所のスタッフが“新作を作ろうよ”って励ましてくれて、それで動き出すことができたんです。でも、その事務所を離れて自分たちですべてやるようになってからは、誰もお尻に火をつけてくれなくなって(笑)。もともとふたりとものんびりしているところもあって、気がついたら10年経っていました。これまでみたいな体力や気力がいつまで続くかもわからないなあって思うようになって、元気で頭が動くうちにアルバムを作りたい、と思うようになったんです。そんな風に思うようになったのは、コロナも少し関係しているかもしれませんね。いつどうなるかわからない日々を送っていましたから」

――パンデミックの間にいろいろと思うところがあったんですね。
K 「コロナの影響はじわじわきましたね。アルバムを作り始めたときは吹っ切れていましたけど。あと、ふたりとも完璧主義なところがあって。良い曲が溜まったらアルバムを出そう、と思っていたんですけど、自分たちでハードルを上げてしまって、もっと良い曲を作らないと、と思っているうちに10年(笑)」

――そんな中で、アルバムの制作はどんな風にスタートしたのでしょうか。
K 「新作を作ろう!と決めてから、気合いを入れるために、まず新しいアーティスト写真を撮ったんです。ふたりが好きなCARPENTERSのアーティスト写真をイメージして撮ったんですけど、思った以上に自分たちらしい素直な写真になって。この写真を念頭に置いて、素直な気持ちでアルバムを作ろうと思ったんです」

――そして、そのアーティスト写真が『Sincere』のジャケットに使われることになった。アーティスト写真からアルバムを作るというのは、表札を作ってから家を建てるみたいな感じですね(笑)。
K 「おっしゃるとおり(笑)」

――今回のアルバムができるまでの11年間に、ライヴ活動は精力的に行われていましたよね。アルバムには、楠 均、千ヶ崎 学、青木慶則(ex-HARCO)、影山敏彦(tico moon)、吉野友加(tico moon)など、ライヴのサポート・メンバーが参加していることも特徴です。
T 「この4、5年、このアルバムと同じようなメンバーでライヴをしてきて、すごく良いバンドになったっていう手応えがあったんです。このバンドでの演奏を音源として残しておきたい、と思ったのも、新作を作るきっかけになったことのひとつでしたね」
K 「コンサートのときも、アルバムを作っているときも、みんな私たちの曲をよく理解してくれているなっていう実感があって。曲を大切にして演奏してくれるので、すごく安心できるんですよね。私たちは自分たちの曲について説明するのが照れ臭いところがあるので、ふたりで録ったデモ・テープをみなさんに送るときに何も言わないんです。プリプロのときに、みんながどんな音を出してくれるのかなって楽しみにしているんです」

――今回のアルバムは、そんな気心が知れたバンドとの共演がサウンドに広がりを生み出していますね。例えば「ひも」をバンドのアレンジでセルフ・カヴァーした「Tie」とか。
K 「“ひも”は、キーボードで参加してくれた青木さんがアレンジの提案やタイトルの変更の提案をしてくれました。青木さんは私たちがデビューした頃からすごく良くしてくれて。“この曲はこうしたほうがいいんじゃない?”って熱い気持ちで提案してくれる。私たちにとってお兄さんみたいな存在なんですよね。曲名を“ひも”から“Tie”に変えたのも青木さんの提案でした。これまでスタッフやタバティに言われても変えなかったんですけど、青木さんが言うならって感じで(笑)」

――新しいアレンジで、よりポップになった気がしました。
T 「もともと、ポップな曲を作りたいと思って書いた曲だったんですけど、そのときのアルバム『HIBIKI』(2008)のコンセプトがミニマムな編成だったんです。なので、いつかバンドでやりたいと思っていたんですよね」

――「June」では、さらにバンド・サウンドが前に出て力強い曲になっていますね。
K 「この曲はバンドでやりたい、と思って作った曲です。前からライヴでやっていて、お客さんから“CDに入っていないんですか?”って聞かれることも多かったんですよね」

――tico moonではアコースティック・ギターを弾いている影山さんが、エレキ・ギターを弾いているのが珍しいです。
K 「もう、ノリノリでやってくれました(笑)。このアルバムのためにエフェクターを買ってくれたりもして。いつもエレキを弾いているギタリストの“どーだ!”っていう演奏とは違って、“この曲が好きだ”っていう気持ちが自然に演奏に出ているのが影山さんのエレキの良さだと思います」
T 「そういうギターをアルバムに入れたいと思ったんです。今回、影山さんのエレキの出番が多いんですけど、影山さんにとっては挑戦だったと思うし、それを楽しんでやってくれました」

――これまでの作品にも参加しているtico moonのふたりが参加した「時計は眠い」はアニメの主題歌をイメージして作った曲だとか。
K 「子供の頃に見ていた“世界名作劇場”の主題歌みたいに、物語の世界観が反映されたアニメ・ソングがすごく印象に残っていて。この曲は、まず“世界名作劇場”風のタイトルをふたりで考えたんです。それで思いついたのが、“列車旅行記 ハーデル一家物語”というタイトルで(笑)。タバティがそれっぽい画像を作ってくれたんです。アルプス山脈をバックに列車が走っていて、そこにタイトルが付いているんですよ。それを見ながら、その主題歌っぽい曲を作りました。ありもしなかったアニメを懐かしんでいるみたいな不思議な曲なんです」

――さらに、そのエンディグ曲をイメージしたのが「Nana」だそうですね。
K 「この2曲は同じ時期に書いた曲で、どちらも空想の世界を楽しむ、というファンタジックな内容だったんですよね。青木さんにはイメージが伝わったみたいで。“〈時計は眠い〉がオープニング曲で〈Nana〉がエンディング。おばあちゃんが揺り椅子で編み物をしながら、主人公の少女に昔話を聞かせてる、みたいな感じで捉えればいいの?”って言ってくれて、その通りです!っていう感じでした(笑)」

――さすがお兄さん(笑)。ちなみにおふたりの思い出に残るアニメ・ソングはどんなものが?
T 「『名探偵ホームズ』(* 2)とか、『トム・ソーヤの冒険』(* 2)、『南の虹のルーシー』(* 3)も好きだし」
K 「うんうん。堀江美都子さんの『私のあしながおじさん』も良かった。堀江さんをはじめ、当時、アニメ・ソングを歌っていたかたは、みなさん歌がうまかったですね。それも憧れていました」
* 1 ダ・カーポ「空からこぼれたストーリー」 | * 2 日下まろん「誰よりも遠くへ」 | * 3 やまがたすみこ「虹になりたい」

――「世界名作劇場」は名曲が多いですね。物語の舞台に合わせて曲調が考えられていて、メロディも美しくて。
K 「そうですね。幼少期の感性にすごく強く影響していると思います」

――ビューティフルハミングバードのアニメ・ソングのカヴァー集をいつか出してほしいです。ポップスというとラヴ・ソングが多いですけど、ビューティフルハミングバードの曲の多くは、世界に触れたときの驚きとか、喜びみたいなものが題材になっています。だから、曲を聴くと子供の頃の感覚が呼び起こされるんですよね。
K 「そういう風に思ってもらえるのはすごく嬉しいです。そういう驚きが音楽を作りたいとか、詩を書きたいっていう原動力になっているので」

――アルバムに収録されている「クロタラリア カニンガミー」は「こういう不思議な植物がいるんだよ」っていう歌ですもんね。歌を聴いてすぐにネットで検索しました。
K 「良かったです。みんなにも見てほしいな、と思って作った曲なので。コロナ禍で参っているときに友達が画像を送ってきてくれたんです。“ハミングバードそっくりの植物がいるよ!”って。それを見てびっくりしたんですよね。神様なのか仏様なのかわからないけど、誰かがこっそり、世界にいたずらをしてるんじゃないかなって思いました。そんな風に驚くことが曲に繋がるんです。水族館の水槽でマグロが飛び交っているのを見て書いた曲もあるし」

――その一方で、「アイスクリーム」は自分を見つめた歌で、ちょっと異色な感じがしました。
K 「子供の頃から“自分は何者なんだろう?”と考えることがあって。“自分はすごい才能がある人間なんじゃないか”って思いたい気持ちと、“そんなことない、世の中にはもっと才能がある人がいる”って思う気持ちと、矛盾した思いを抱えて生きているんです。それで、“本当の私を知れる鏡があって、それを覗いたら私はどんな風に映っているんだろう?”と想像したら、全然大したことなくて部屋でアイスを食べてた(笑)。それが私の本質なんだって思い知らされながら、でも、そんな私でやっていくって受け入れる気持ちもあり。その、グサッと来た感じを素直に歌で表現してみたかったんです」

――サビの「わたし アイスクリームを食べていた」っていう一節のメロディ、歌いかたでグサっとした感じが伝わって、聴いていてハッとさせられます。
K 「これまでは、自分の心の中をさらけ出すようなことを曲に書こうという気持ちにならなかったんです。でも、最近はそういう曲を書いてみたくなってきて。若い頃って、自分をもっと大きく見せたいとか、自分の実力の足りなさを隠したいとか、そういう気持ちもあったんですけど、もう、そんなこといいやって感じになってきた。今は覚悟を決めて生きて行こうと思うようになれたので、こういう曲が書けたような気がしますね」

ビューティフルハミングバード

――ふたりだけで演奏したアルバム最後の曲「ペリカンに乗れ」は、そういう覚悟を感じさせる曲ですね。ふたりだけとは思えない雄大な曲に仕上がっています。
T 「これはみっちゃん(小池)が歌詞と曲を書いたんですけど、言葉と雰囲気だけで圧倒されましたね。アルバムの最後の曲をふたりだけで演奏するっていうのはかっこいいと思ったし、僕もいつもより大きな世界をイメージしてギターを弾いています」
K 「曲ができたときに、ちょっと夢の中で曲が流れているようなイメージになるといいのかな、という風にふたりで話し合ったので、ちょっと強めにリヴァーブもかけてもらって、現実か夢かわからない感じにしたんです」

――「だから何も持たないで 偉大なるペリカンの翼に乗っていくのよ」というサビは、これからも音楽を信じて歩んでいく、というふたりの意思表示のようにも思えました。
K 「アルバムを作るとか、ツアーをするとか、当たり前なんですけど、全部自分たちで決めていくことなんですよね。大変な仕事だけど、すごく自由だなって感じるし、自分という存在も、タバティという存在も、ビューティフルハミングバードという存在も、“こういう風にしなきゃいけない”とか“これをやっちゃいけない”とか決まりごとは何もない。荒野にビューティフルハミングバードがいて、ここからどこに飛んで行ってもいい。そんなワクワクする気持ち、果てしないものを目の前にしてドキドキする気持ちを、この曲で歌っているんです」

――荒野のハミングバード!素敵ですね。思えば昨年結成20周年という節目を迎えましたが、今どんな気持ちで音楽に向かわれていますか?
K 「私はどんどん音楽をやるのが楽しくなってきているんです。曲を作るのも、詩を書くのも、歌うのも、みんなと演奏するのも、今まで以上にやりたいっていう熱があります。20年間で一度も音楽をやめたいと思ったことはなくて、ずっと音楽に憧れ続けてきました。思ったものに手が届かないことも多いけど、やめようと思うことはなかったですね」
T 「僕は音楽をやめようかなあと思ったことがあったんですけど、やめられなかったのは弱虫だったからなんですよね(笑)。やめる勇気がなくてイジイジしてた。でも、最近ようやく、やめなくてよかったって思えるようになった。このアルバムができたことで全部丸く治まった気がします。きっと、自信がついたんじゃないかなと思っていて」
K 「失敗するのが怖くなくなったよね?」
T 「そうだね。そんなにガツガツやったりはしないけど、やりたいことがどんどん溢れ出ているので、この調子で次の10年も行けたらいいなって思いますね」
K 「こう見えても、全力で羽ばたいてます(笑)」

ビューティフルハミングバード Official Site | https://www.beautifulhummingbird.com/

ビューティフルハミングバード『Sincere』■ 2022年12月21日(水)発売
ビューティフルハミングバード
『Sincere』

https://ssm.lnk.to/Sincere
CD BHB005CD 税込3,300円 | 2023年1月25日(水)発売

[収録曲]
01. 空のなかに
02. Tie
03. June
04. クロタラリア カニンガミー
05. 時計は眠い
06. アイスクリーム
07. 傘
08. Nana
09. シンシア
10. ペリカンに乗れ

岩下の新生姜ミュージアムのハミンバちゃん
https://shinshoga-museum.com/event/230311-beautifulhummingbird

2023年3月11日(土)
栃木 栃木 岩下の新生姜ミュージアム

開場 18:00 / 開演 18:30
入場・観覧無料(要メール予約)

出演
ビューティフルハミングバード

ビューティフルハミングバード 春の音楽会
http://www.living-room.jp/event/beautifulhummingbird-haru-1/

2023年3月21日(火・祝)
静岡 静岡 鈴木邸(登録有形文化財)

開演 12:00
前売 大人 3,400円 / 小・中・高校生 1,500円(税込 / 別途ドリンク代)
※ 小学生未満無料
※ 雨天決行

出演
ビューティフルハミングバード

出店
LIVING ROOM(飲食) / bake studio by bikini(焼菓子) / miranda(焼菓子) / soluna リンパ療法 / Hale lae ロミロミ ほか

ROUTE COMMON crafters market vol.2
ビューティフルハミングバード ライブ

http://man-ray.jp/market_230214/live.html

2023年3月26日(日)
東京 上野 ROUTE BOOKS 2F

開場 11:00 / 開演 11:30
前売 3,000円 / 当日 3,500円



街なか音楽祭
結いのおと
https://www.yuinote.jp/

2023年4月22日(土)-23日(日)
茨城 結城 南北市街地

22日 11:00-20:00
23日 11:00-18:00

22日 DAY / HALL(結城市民文化センターアクロス 第1・2ホール)]
STUTS / SPECIAL OTHERS / tofubeats / toconoma / chelmico / Neibiss / 青葉市子 / 水曜日のカンパネラ

22日 NIGHT / TOWN(北部市街地)]
Shing02 (+SPIN MASTER A-1) / bird / 奇妙礼太郎 / MASSAN×BASHIRY (Bandset) / The Duxies

23日 DAY/ TOWN(北部市街地)]
THA BLUE HERB / WONK / 七尾旅人 / Skaai / 荒谷翔大(yonawo) / ビューティフルハミングバード(Bandset) / リュックと添い寝ごはん / 蔡忠浩(bonobos) / SUKISHA(Bandset) / kojikoji / さらさ(solo) / dawgss / ONSENGANG