Review | 玉名ラーメン『organ』 | Charli XCX『Charli』


文・撮影 | 久保田千史

| 玉名ラーメン『organ』

 前回に続いてまたインスタの話で申し訳ないんですけど、平常運転でピロピロ〜っとスクロールしていると、菌糸のようなものに薄く覆われた繭を思わせる眼球の写真が現れて驚いた。繭と言っても、『コクーン』みたいに牧歌的なものとは違う。もっと湿度も粘度も高く、安定して増殖しそうな生体器官(organ)を想起させて、かつどこかファンタジックなジュネの『エイリアン4』(合成人間のウィノナ・ライダーさんが素晴らしい)っぽい質感。今回はアルゴリズムが選定してくれたわけじゃなくて、フツーに玉名ラーメンさんをフォローしていたから出てきただけなんだけれど、その眼球が新作EP『organ』からのヴィジュアルだと知って、的確な表現になんだかとても感銘を受けた。

 新しい何かをそこまで貪欲にクロールするタイプではないので、豊田道倫さんが『サイケデリック・ラブリー・ラスト・ナイト』でフィーチャーしていて初めて玉名ラーメンさんの存在を知った。風変わりな名前、現役女子高生、ラッパーという、よくあるエキセントリックなタタキとして扱われそうなキーワードが並んで、当初はう〜ん……と思ったのが本音だけれど、豊田さんのミニマルなベッドルーム・ジザメリ・チューン「国道沿いの」でのラップというか、ニュースクーラーっぽく言えばスポークンのパートは、安直な物言いだけど、儚さと表裏一体の強さが伝わってきて良かった。遡って聴いた玉名ラーメンさんの「砂漠の中のビスケット」もすごく良い曲だと思ったけど、明確で出来の良いトラックとのバランスについては正直、“ありそうな感じ”という印象に留まってしまった。

 印象がそこから大きく変わったのは、ベタなのかもしれないけど、EP『空気』とバンドルのジンを手にしてからだ。“現役女子高生、ラッパー”のタタキを利用している媒体は今すぐに取り下げるべきだと思った。真っ先に浮かんだのは、かつてSpaceGhostPurrpがかの4ADと契約した際の説得力だったけれど、ヒップホップに捕らわれ過ぎていないトラックメイキングがラップとマッチしまくっていて、優れたソングライターであることを知った衝撃に目眩すら覚えてしまった。「砂漠の中のビスケット」も収録されているのだけれど、全く異なる趣を以ってジワジワくる。豊田さんの眼力やっぱすげーな、さすがっす!XLが先手つけてんのもよーわかるよ。4ADに取られたくないもんな(笑)。ジンを読んで玉名ラーメンさんの“忘れたくない”欲求を知り、ラップという歌唱フォームの情報量が記憶の記述に、アトモスフェリックなサウンドが曖昧なリマインディングに最適化されているという必然性が理解できたし、“儚さと表裏一体の強さ”という印象が間違っていなかったと確認できたのも嬉しかった。記憶なんていう、儚いわりに、やたらと重くのしかかってくるものを保持していたいなんて、強さでしかないでしょ。はっきり言って筆者は、忘れられたら楽だな……って思うことだらけだもん。母親の浮気について相談され、「父親にも浮気を推奨しろ」って応えてKくんにぶん殴られたこと、父親がゲイだったことを知ったMくんのショックを正しく理解できず、きちんと受け止められなかったこと、閉鎖病棟に入っていたPくんに、退院後なかなか会いに行けていないこと、家族が統合失調症になってから、うまく話せずに心ある言葉をかけられなくなってしまったこと、などなど。そんなんが日々増えてゆく。昨日、那倉太一さんが送ってくれたCHAOS UKの画像にGERMSって返しちゃったこと。今日の朝、保育園で子供の友達の足を過失から踏んでしまったこと。再生成させられるシガニー・ウィーバーさんの肉体からは分離できないエイリアンのDNAみたいな感じ(今考えると、それってギリシャ神話においてプロメテウスが受けた責め苦のリビルドなんだね。まさか次作への布石になっていたとは……)。忘れたくて、なんかひとりでバカみたいにエンエン泣いてしまうことすらある。『コクーン』の老人たちのように全部忘れてしまったらどんなに幸せだろう。祖母が笑顔で「早く死にたい」って言っていたの、今はよくわかるよ。でもまだ、死ぬわけにはいかないわけよ。玉名ラーメンさんは、そんなリンボに、自ら進んで飛び込もうとしてる。それを強さと言わずして何と言おう。

 肝心の『organ』でも、玉名ラーメンさんは、忘れまいと必死になっている。もう、すげーすげー……って思いながら羨望と共に聴くしかない。筆者にもまだ、玉名ラーメンさんみたいな気持ちで記憶と付き合える猶予はあるのだろうか。郵送してくださったジン + CD-Rに添えられていた「ふとした時に読み返してくれたら嬉しいです」という手書きのメッセージは、そのまま受け止めました。

| Charli XCX『Charli』

 SALEMがリミックスしたり、Angel DeradoorianやAriel Pinkをフィーチャーしていた頃のCharliさんも大好きだったけど、A. G. Cookさん(PC Music)とかSophieさんとかと組み始めてからのCharliさんめちゃくちゃかっこよくて。具体的には「After The Afterparty」以降っすね。あれ2016年のベスト・ソングっしょ!そんなわけで、ずっと楽しみにしていたアルバム。冒頭の「Next Level Charli」からなんか泣ける!キラキラシンセに乗せて、ダンスホール・ライクなトースティングで自分レップしまくり!ワイもその自己肯定感欲っしい!Charliかっこいい〜〜!! 2曲目で早速Christine And The Queensが出てくるのも良い。去年の『Chris』大好きだったから嬉しいな〜。フィーチャリングの人選はある意味、Cardi Bさん、Bebe Rexhaさん、Rita Oraさんとの「Girls」の流れを汲んでるけど、もっとCharliさんらしくジェンダーレスなのが最高ね。Yaejiさんもいい感じっす!あと、正直Charliさん、アートワークに恵まれてなかった気がするんだけど、今回はInes AlphaさんのCGがすごくハマってて良いんだよね〜。しかしほんと、良い曲ばっかり!玉名ラーメンさんの“現役女子高生、ラッパー”と一緒で、Dua Lipaさんとかもそうかな、アイコニックな側面に隠れてあまりフォーカスされないけど、とても素晴らしいソングライターだと思う。BLACK PINKが好きな人にも聴いてみてもらいたいなあ。