Review | UNCIVILIZED GIRLS MEMORY『HEAVEN』


文・撮影 | 久保田千史

 UNCIVILIZED GIRLS MEMORYの1stフル・アルバムを制作中であるとの報をリリース元である「[...]dotsmark」のファウンダー・平野Yさんから伝え聞いた際、私はちょっと驚きました。UCGMが“アルバム”という、古典的 / 伝統的と言って差し支えないであろう音楽 / 音響のパッケージング手法に興味があるとは想定していなかったのです。しかもCDフォーマットでも発売されるというではないですか。現UCGMのコアである玉野勇希さんとdotphobさんはリスナーとしてもクリティカルな視座をお持ちの人物ですし、過去のUCGMフィジカル作品を振り返っても、音楽産業のテンプレートに対するアンチテーゼを包括していたと言わざるを得ません。それはノイズ / インダストリアルのフィールドにおける古典的 / 伝統的な性質 / 態度のコンテンポラリーな表出であると受け止めていたわけです。アルバムという形態が大好きで、日常的にヴァイナルやCDの探索をしている私のようなフィジカルおじさん的輩を嫌悪してさえいそうな……そんなわけで、私にとって『HEAVEN』は、ある意味“赦し”を伴う作品となりました(笑)。というのは半ば冗談ではありますが、UCGM受容の幅を大きく拡げる作品であることは間違いないでしょう。形式の中で最大限に優れた表現としてのみならず、聴者各々の環境にも接続できるマルチプルな示唆に富んだ体験にしたいという心意気が、パッケージの総体から伝わってきます。そしてさらに驚いたのが、アルバム全編に貫かれる開かれた“音楽”作品として強度。棚としては“ノイズ / アヴァンギャルド”と記された仕切板の横に陳列されるものなのかもしれませんし、1970年代から当代に至る各種ノイズ / インダストリアルのクリシェを随所に見出すのは可能ですが、解釈次第であらゆる音楽と併存できるしなやかさも備えた楽曲群が、素晴らしい音響と共にまるで頁をめくるかのように構成されています。“ノイズ / アヴァンギャルド”棚においては圧倒的に“ポップ”と言えるのではないでしょうか。そういうわけで、“『HEAVEN』と一緒に聴いたら楽しかろう5枚”を選んでみました。せっかくですからフィジカルを愛でたかったので、すぐに取り出せた蔵書ならぬ蔵CDからの選盤です。アニソン等につきましては玉野さんご自身がSNSなどで度々言及しておられますので、割愛しております。あくまで私自身が一緒に聴きたいだけで、UCGMご本人たちのお好みはぜんぜん違う可能性が大ですので、あしからず、です。

 なお「AVE | CORNER PRINTING」では、今後も素敵なレビュアー陣によるUNCIVILIZED GIRLS MEMORY『HEAVEN』評を順次公開予定。おたのしみに!

Brighter Death Now『Innerwar』
1996, Cold Meat Industry | Release Entertainment

 語弊があるかもしれませんが、UCGMのノイズはとても“順当”であるように思います。奇をてらった、もしくは無邪気な破綻がない。パンク・ロックをルーツに、オールドスクールなインダストリアル / パワー・エレクトロニクスから90sハーシュ・ノイズやデス・インダストリアル、「Mego」以降の00sポストエレクトロニクス、「Raster-Noton」的なグラニュラー・シンセシス、「Diagonal」「Posh Isolation」等に見られるリヴァイヴァル / モダナイズまで包括し、社会的な概念としての“ノイズ”も把握した上で、極めて批評的にデザインされています。それでも愛着のようなものは滲み出るわけで、やっぱり全盛を極めた90sノイズの影響の大きさが見て取れます。「Cold Meat Industry」のファウンダーとしても知られるRoger KarmanikことBrighter Death Nowは、グラフィックデザイナーとしてキャリアをスタートさせていたり、かつてEMPERORのメンバーでもあったMortiisと親交が深かったり、意外とUCGMの要素と重なる点が多い気がします。オマケ情報としては、たしかdotphobさんはEMPERORのファンだったはず!

Kid606『GQ On The EQ++』
2000, Tigerbeat6

 先日「ele-king」誌にて大好きなEvian Christのインタビュー記事が公開されていたので早速拝読したところ、小林拓音さんによる本編はもちろんですが、NordOstさんによるリードが大変素晴らしいものでした。ですよね!となるほど!が交互にやってくるわくわくの内容を読み進めながら、でも自分はKid606を“ブレイクコアの人”として認識したことはなかったなあ……と思い、この作品を取り出した次第です。単純にKid606がブレイクコアというジャンルに回収されてゆく過程をちゃんと追っていなかったという怠慢によるものなのですが、少なくとも当時は、GESCOMの1stに代表されるような、「Mille Plateaux」「Skam」的なエレクトロニック・ミュージックが「Sub Rosa」的なアヴァンギャルドとクロスオーヴァーしてゆく中でのノイズとして接していたのだと思います。私は幼少期よりアニメが好きで、物心が付く頃には「警察庁広域重要指定117号事件」の煽りと持ち前のキモさが相まって大変いじめられたものですから、青年になってこの『バブルガムクライシス』ジャケを手にした折には、安堵に似た不思議な気持ちになりました。それでこの音ですので、憎しみが詰まった作品に違いない!と捉えてしまったわけです。きっとMiguel Manuel De Pedroはそんなつもりで作っていないでしょうけど。UCGMは世代が微妙に違うので、私と同じような経験をしているとは思いませんが、なんとなく、近い拗らせかたの憎悪を感じます。

萊 孝之『Kinetic Figuration』
1998, Digital Art Creation

 UCGMの特徴のひとつとして、“美”の実装が挙げられると思います。ポジパンやV系、一部のノイズでも見られるような退廃美ではなく(もしかしたらご本人たち的にはそっちなのかもしれないけど)、例えばドビュッシーの『ベルガマスク組曲』を聴いて率直に「綺麗だな」と感じるような、もっと普遍的に近い“美”です。肉体の気持ち悪さを半人工的に解き放つことでその“美”を得ようとする、ポストヒューマン儀式めいたものを想起させます。国立音楽大学で教授として教鞭も執られていた萊 孝之さんは、日本国内においては高橋悠治さんと並んで黎明期からMax / MSPを用いての作曲を実践されていた人物。ことにライヴ演奏を前提としたインタラクティヴなシステム作りに尽力していらっしゃって、2013年に「fontec」から発売されたアルバム『インタラクティブ・コンピュータ音楽の世界』のライナーノーツに記された構築されたシステムと内的欲求との葛藤から生まれる曖昧な規則性と、ディフォルメされてゆくシンメトリー性を内在させた音楽の容相が理想であるとの旨は、UCGMの“美”の求めかたとオーヴァーラップします。『Kinetic Figuration』はサブスクリプション・サービス等で配信されていないようなのですが、表題曲のみ萊さんご自身のYouTubeチャンネルで公開されておりました。でも収録された全4曲がいずれも素晴らしく、特に1983年に作曲された最終曲「Pain」は『HEAVEN』にめっちゃマッチすると思うので、どこかで見つけたらぜひ通して聴いてみていただきたいです!

NAKED『Zone』
2016, LuckyMe

 ポップスの特定部位がマキシマイズされて、やがてノイズ化してゆくという現象は音楽的にも概念的にも頻繁に見られることだと思うんですけど(ヴェイパーウェイヴはそのエクストリームな一例ではないでしょうか。古くはLou ReedやScott Walkerとかもそうなのかも)、UCGMも起点がポップスではないにせよ、近しい感覚を覚えます。Yves Tumorのコラボレーターとしても知られるNAKED(Agnes Gryczkowska + Alexander Johnston)は、10年前だったら“Ethereal”のタグが付けられそうなウィッチハウス寄りのサウンドからスタートして、Hudson Mohawke主宰「LuckyMe」からの本作ではかなりノイズ / インダストリアルの要素を強めています。Rabit主宰「Halcyon Veil」に移籍してからの作品ではEMPTYSETとCut Handsをミックスしたようなモダンなリズミック・ノイズにNivek Ogreスタイルの絶叫ヴォーカルが乗る強烈なやつに進化していて、それがめちゃくちゃかっこいいんですけど、今回は『HEAVEN』と並べて写真を撮りたかったので、フィジカルが発売されているこちらを選びました(笑)。

SECT PIG『Slave Destroyed』
2013, Nuclear War Now! Productions

 「Nuclear War Now! Productions」から3タイトルのアルバムを発表しているSECT PIGは、国籍を含むメンバーの素性が全く明かされていない謎ブラックメタル・バンド。バンド?なのかどうかも怪しいですが、メタルオタのフォーラムなどを見ると、著名バンドのメンバーによる覆面プロジェクトなのでは?などといった噂がまことしやかに囁かれております。“エクスペリメンタル・ブラック”という紹介をよく見かけるのですが、個人的にはそこまでエクスペリメンタルという感じはしません。『Drawing Down The Moon』(1993, Spinefarm Records)の頃のBEHERITに、REVENGEの暴力的なまでに執拗なミニマル感が加わった感じが最高です。BEHERIT、REVENGE同様にちょっとデスメタリックなところもあったり、スカムなパンク・ロックのムードがあるのも良いですね(2015年の2ndアルバム『Self Reversed』ではGG AllinとCARNIVOREのカヴァーをやっています)。ここ10年のブラックメタルで一番好きかも(といってもマニアックな人々に比べたらぜんぜんディグっていないので、もっと好きなのがあるかもだけど……)。リヴァーブ・ヴォーカル大好きマンは絶対たまらんと思います。この匿名性を伴う感じ、UCGMが活動をし始めた頃にUCGMのコーチ・ジャケットを着て行った先々で「UCGMってなんなの?バンドなの?」と会う人会う人に尋ねられたのを思い出します。

UNCIVILIZED GIRLS MEMORY 'HEAVEN'■ 2023年10月18日(水)発売
UNCIVILIZED GIRLS MEMORY
『HEAVEN』

CD OOO-50 2,000円 + 税
https://ultravybe.lnk.to/UCGM-HEAVEN

[収録曲]
01. Incubator
02. Ode to the angels embryo
03. エス
04. Raven
05. R0G0B255
06. Etude for heaven
07. Reserved death
08. Cadenza
09. Heaven
10. ex.Heaven