Column「平らにのびる」


文・撮影 | 小嶋まり

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 1ヶ月間出張で家を空けていた間、心配事があった。まずは、台所の調味料棚に置いていた瓶詰めの蜂蜜。今年の春先に亡くなった、趣味で養蜂を続けていた叔父が最後に採った蜂蜜だった。大切な遺産である。

 初夏頃、家の中に少しでもガードのゆるい食べものがあると、蟻が大群をなしてどこからともなくやってくる。わたしがいない間、蟻にやられるのが心配だった。それに、あの黒く蠢く蟻の集団を見るのは苦手だ。幼い頃、ウサギの死骸を見つけたとき、ウサギの目がやたら黒々としていたのでよく見ると、蟻の群が眼窩にぎっしりと入り込んで這い回っていたのに遭遇してから、蟻は忌まわしい生き物のように感じてしまうようになり、瓶詰めの蜂蜜から最も遠ざけたい存在でもあった。

 そして、もうひとつの心配事はおもちのことだった。わたしがいない間、おもちを溺愛している両親がおもちを預かってくれていた。しかし、おもちはたびたび大好きな散歩を拒否するようになり、持病の定期検診もあるので母が病院へ連れて行くと、軽いうつ病と診断され、精神安定剤を処方されたようだった。

 はたして、全て無事なのだろうか。

 長かった出張を終えて空港に着くと両親の家に直行し、おもちと対面した。毛を逆立てて喜びの舞を踊るとすぐに離れていった。母が用意してくれたご飯を食べている間もわたしの足元には来ず、ずっと両親の足元に座っていた。なんともいえない距離ができてしまった。
 同じく両親に預けていたさばは相変わらず元気だったけれど、家に連れて帰ると縄張り意識が強くなり、トイレ以外の場所で粗相をするし、気性も荒くなり、初日は5回も噛まれた。
そして、瓶詰めの蜂蜜は無事だったけれど、その翌日には食後の片付けが甘かったためシンク周りに蟻が大量発生した。

 数日間は、1ヶ月ぶりの帰宅に戸惑っていたおもちをなだめ、さばの粗相を片付ける日々だったけれど、そのうちおもちはまたわたしの足元で眠るようになり、さばも警戒する様子もなくごろんと寝転がっている。食べカスだけは、ぬかりなく片付ける。

 蜂蜜は非常においしかった。毎年楽しみにしていたこの蜂蜜はもう食べられないのかと思っていたけれど、趣味で始めた養蜂がいつの間にかプロさながらになっていた叔父はいつの間にか弟子を何人か従えていたようで、どうやらこれからもその弟子たちから蜂蜜を分けてもらえるようである。

 わたしたちは暮らし続け、なんなら蟻もやってきた。叔父はいなくなったけれど、蜜蜂は飛び続ける。
 巡りに巡る、生である。

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正編 | トーチ (リイド社) 「生きる隙間
小嶋まり Mari Kojima
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ライター、翻訳、写真など。
東京から島根へ移住したばかり。