Column | Screen Surfing December 2020『COMET -コメット-』


By Half Mile Beach Club

Introduction

文 | Mafuyu (Guitar)

 毎月1本の映画をテーマ作品としてチョイスし、その映画に因んだ音楽プレイリスト、特製シネマカクテルのレシピなど、HMBCメンバーによるレコメンドテキストと一緒に掲載する“Screen Surfing”。

 第6回目となる今回は『COMET -コメット-』をテーマに、作品の紹介文、同作をイメージしたメンバー選曲による楽曲プレイリスト、特製シネマカクテルのレシピを掲載しています。

 今回ご紹介する『COMET -コメット-』は、あるカップルの6年間の軌跡を幻想的な映像や音楽で描くラヴ・ストーリーです。劇中ではSFチックな様々なギミックによって、夢と現の境を越えながら、二人の恋愛をビターなロマンスとして描いていきます。

 12月はいつもより少しだけ恋愛映画を観たくなってしまう、そんな方にはうってつけの作品です。ほろ苦く淡い風味のカクテルと夢見心地のプレイリストと一緒にぜひ。

今月の作品『COMET -コメット-』

文 | Shin (DJ)

 今回取り上げる映画は恋愛映画なんですけど……難しいですね(笑)。ラブコメ映画だったらまだ良いんですけどねー。大抵のラブコメというのは、性格正反対の男女が出会う→最初はいがみ合う2人だが次第に惹かれ合う→結ばれる→何かの障害により破局→けどやっぱり君のことを愛してるとかなんとかいってやっぱり結ばれる→ハッピーエンド。これがラブコメの基本方程式。簡単でいいですねー。しかし、ラブコメだけが恋愛映画ではありません。失恋の痛みは忘れるものではなく自分の歴史だと受け入れる『エターナル・サンシャイン』。結婚をゴールと勘違いして失敗してしまう『ブルーバレンタイン』。他者との関わりという根本的な難しさを描いた『her / 世界でひとつの彼女』。これらの映画は恋愛映画というよりも“恋愛についての映画”。観賞後には己の恋愛観を揺さぶられたり考えたりと、忙しいことになります、頭の中が。

 前置きが長くなりましたが、今回紹介する映画はこの類の映画といっても良いでしょう。とても壮大だけど身近に感じる事もできる、複雑に入り組んでいるけど実は非常にシンプルな男女についての映画『COMET -コメット-』です。

 彗星が見れるという墓地で偶然出会ったデル(ジャスティン・ロング)とキンバリー(エミー・ロッサム)。デルは愛やロマンスは信じず“5分後が心配だから今を楽しめない”皮肉屋。一方のキンバリーはその瞬間瞬間の世界の見え方を大事にして“今を生きる”ロマンチスト。正反対の2人が恋に落ちて紆余曲折あってうんたらかんたら……となれば5億回は観たロマコメの展開、な、ん、で、すが!しかしこの映画は違うんです。この2人の6年間の時系列をランダムに、現実とも夢とも記憶の断片とも取れる映像で描いていくんですね。はい、ややこしいんです非常に。

 そしてややこしいのは時系列がランダムというだけではありません。冒頭述べた頭が忙しくなるというのは、主演の2人が幸せそうなシーンが無いんですよね。基本的に2人とも喧嘩しているか、お互いの主義主張をぶつけ合っていることが多いんです。きっとこの映画に描かれていないところでは幸せに生活する2人がいるのでしょう。しかしこの映画は意図的にそこを省き、2人のすれ違いのみを抽出しているのです。それ故に観ている我々は知人同士の喧嘩をずっと俯瞰して観ているような、非常に居心地が悪い思いをもするでしょう。そしてさらにややこしいことに!描かれている2人は険悪なのに、それとは対照的に画としては何故か非常に夢心地の良い映像表現が多いんです。

 劇中の舞台は確かに米ロサンゼルスの街中や、ホテルの中や電車の中など“普通”の場所だが、その夜空は宇宙から見るように幻想的な星空だったり、ホテルのベッドで寝ていると雪が降ってきたり、電車の車窓から見える景色はレトロなフィルターがかかって色褪せた景色だったり。この映画の世界は我々が住むこの世界の日常の筈なのだが、やけにロマンチックなのだ。このややこしくてトリッキーな映像表現は一体なんなのか?夢の中?パラレルワールド?いや、そんなことは実際はどうでも良いこと。だって恋に落ちたら誰でも日常にフィルターがかかるでしょうよ!夜景やイルミネーションだっていってしまえばただの電球!豆電球に色つけていっぱい飾ればそりゃ綺麗でしょう。けどそれを恋に落ちた人間が見れば……これ以上ないほどロマンチックな夜空に輝く星空に見えるのです。一見壮大に見える映像表現も、実はとてもパーソナルな視点でもあるのです。実際この映画は基本的にデルとキンバリー、2人の会話劇だ。スクリーンの中にはほぼ2人だけ。2人だけの世界で物語が進行し、その2人が見ている世界で構成され、そこに2人のスピリチュアルな視点をブレンドしただけ。それが夢でもパラレルワールドでもどうでも良いのです。彼らにはそうやって世界が見えているから(そういう意味では近年ヒットした『ラ・ラ・ランド』も全く同じ手法だと言えるでしょう)。

 劇中ではすれ違っている故にお互いの主義主張を言い合うのですが、その台詞は時にロマンチックに、時に乱暴に、愛についての解釈を語ります。それらの台詞の数々は観ている我々の恋愛観にも揺さぶりをかけてきます。それほどに根本的な恋愛や愛についての台詞の応酬は見事としか言いようがありません。その脚本を担当しているのは監督のサム・エスメイル自身。監督は映画公開後、主演のエミー・ロッサムと結婚し、インタビューでは「デルのモデルは私自身と答えるしかないでしょう」と発言しています。この事実を踏まえた上で映画を見るとまた違った捉え方ができるかもしれません。

 誤解を恐れずにいえば『COMET -コメット-』はハマる人にはハマるが合わない人には全く合わない作品です。それは主役2人の世界感(即ち監督の恋愛観)が複雑で歪に見えるから。けどそれは当然のこと。恋愛や愛には一筋縄ではいかない、きっと愛というものは誰にでも当てはまる、一個人の人生において最大の課題でもあるでしょう。しかし、それを複雑にしているのは結局は自分自身。自分でややこしく考えすぎておかしな発言や行動をしてしまうのです。劇中、デルは最後の最後、ようやくそのことに気付きます。恋愛や愛に答えなど無い。それぞれの答えがあるだけだから。主役2人がすれ違っていても映像や音楽がロマンチックなのは、そこに常に愛がある事の証。シンプルにそう解釈して、2人の男女の恋愛談義を見ているくらいの気持ちで見るだけでも楽しめます。そして2度3度と観返せば、きっと自分の恋愛観や経験によってその度に違った見え方もするでしょう。何度も観返す頃には映像、音楽、台詞、それらの魅力の虜になり、誰かと語りたくなる映画になっているはずなので、オススメです!

Cinema Cocktail

文 | Ryo (Bartender)
写真 | Reina Watanabe (Photographer)

COMET コメット

[材料]
ジン 40ml / トニック・ウォーター 適量 / 桜のシロップ漬け 1ts ※ 材料と手順は後述 / ライム 1/8cat

[手順]
01. グラスに桜のシロップ漬けを入れる
02. 氷を詰める
03. ジンを注ぐ
04. トニック・ウォーターで満たす
05. ライムを絞る
06. グラスの底から桜の花びらを持ち上げるように軽く混ぜる

※ 桜のシロップ漬け
[材料]
八重桜 満開(八分咲き) 50g / 水 200cc / グラニュー糖 150g / レモン汁 15ml

[手順]
01. 八重桜を花弁が外れないように採取する
02. 鍋に水、桜、砂糖、レモン汁を入れ水量が2/3ぐらいになるまで弱火で煮込む
03. 煮沸消毒した瓶に移す

Screen Surfing December 2020『COMET -コメット-』 | Photo ©Reina Watanabe

 時間に加え時空までも組み替えてランダムにストーリーを展開させ、あるカップルの出会いから別れまでの6年間を独特のセンスの映像美で描く新感覚ラブストーリー。彗星が降る夜に出会ったデルとキンバリー。めまぐるしく舞台を移動する2人の記憶の欠片は、やがて現実とパラレルワールドとの境界線をも越えて別れと再開を繰り返す。本作が長編初監督のサム・エスメイルの世界観は一見すべきです!

 少し季節を先取りした桜の花びらのシロップとドライジンを使用。桜色の美しい色合いが叙情的でポップな作中の雰囲気をかもし出す変形ジントニックです。桜の色合いとほのかな香りが特徴の女性にも飲みやすくお酒が苦手な方でも楽しんでいただけるカクテルです。桜のシロップ漬けを自作しない場合は市販のものでも代用できますが、少し甘めの仕上がりになります。幻想的な劇中の色合いを片手に、冬の夕べに思いをはせて一杯傾けてみてはいかがでしょう。

Playlist for the Movie

文 | Yama (Vocal)

 「例えば映画や音楽は時間の芸術でしょ、始まりがあって終わりがある、順番に観ないといけない、観る人間は時間に縛られてしまう。でも絵画は始まりも終わりもない。観たい時に観られる、観る側に時間の制約はない」

 これは劇中とあるシーンでのヒロインの台詞、映画のコンセプトを仄めかしてると思わしき部分の引用です。『COMET -コメット-』はまさに時間の一方向性から解き放たれた構成が印象的ですが、同作の本質的な魅力は時系列シャッフルのギミックだけではなく、美しい映像と壮大で幻想的な音楽も相まって“曖昧で夢見心地な時間”を演出してくれる点なんじゃないでしょうか。僕はこの映画のフィーリング、大好物でした。作品内で聴けるドリーミィな音楽、劇伴を手がけたのはダニエル・ハート(オリジナル・サウンドトラックもすごい良いですよ)。彼の音楽を起点に今回のプレイリストは『COMET -コメット-』の世界観にも共鳴するような“夢見心地な気分にさせてくれる音楽”をセレクトしてみました。1日の終わり、寝る前の束の間の時間、部屋を少し暗くして、このプレイリストを再生してみてください。あなたを心地よい微睡みの世界へ連れてってくれるはず。

Post Script

 COVID-19が世界中の日常のあり方を変容させた2020年も今月で終わり。今年はものの大小、公私といった境を越えて「イベント」とカテゴライズされる、ありとあらゆる人々の集会が中止を余儀なくされた1年でした。我々が企画する「Half Mile Beach Club」もご多分に漏れず、こうした影響を受けて今年の開催は見送る形となりました。しかし、「こんな状況だからこそできることを」とメンバーと意見を交わし、AVE | CORNER PRINTINGさんのご協力のもと始まったのが本連載です。例年、何かとイベントの多い12月ですが、今年はそうもいかなそうだ……なんて方には、映画とお酒と音楽で彩る細やかなイヤー・エンド・パーティ、そのレシピとして「Screen Surfing」のバック・ナンバーを読んでいただけたら嬉しいです。

 今年は多くの人々が、これまでと違う動きを余儀なくされた1年だったからこそ、これまでにはなかった繋がり、そしてアイディアが世の中には溢れていたように思います。状況が好転に傾くまでにはまだ時間がかかりそうですが、こうしたアイディアや経験値が、来年また新しい波を生み出してくれることを信じて、今年の締めくりとしたいと思います。今年もありがとうございました、来年もお楽しみに!

Half Mile Beach Club ハーフ・マイル・ビーチ・クラブ
Twitter | Instagram
https://www.half-mile-beach.com/

2013年結成。神奈川・逗子を拠点に活動する音楽プロジェクト。拠点の逗子にて、映画上映とライヴからなるイベント「Half Mile Beach Club」を主催。主催メンバーはバンド形態での音楽活動をはじめ、DJ、写真、オリジナル・カクテルの作成など多岐に渡り活動中。主催イベントにはこれまで、DYGL、iri、jan and naomi、maco marets、marter、Maika Loubté、Yogee New Waves、けものなど様々なアーティストが出演。またバンドとしては2018年に1st EP『Hasta La Vista』、2019年に1stアルバム『Be Built, Then Lost』をリリース。今年10月に目下最新シングル『Surf Away』をリリース。