Column「平らにのびる」


文・撮影 | 小嶋まり

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前回からの続き

 水晶玉の中に映る幽霊は見えなかったけれど、みっちゃんの家で過ごしていると予期せぬことばかり巻き起こった。

 みっちゃん一家が営む理容室にはいろんな常連さんがいて、その中に工業高校の生徒たちがいた。ヤンキー・カルチャー全盛期だったその頃、彼らはチェッカーズのフミヤみたいな髪型をしてボンタンを履いていた。理容室の中で堂々とタバコを吸い、椅子に足を乗せて座ったり大声で喋ったりと素行が悪く、彼らのがさつな行動にわたしは恐怖を抱いていた。この人たちは子供がかわいいなんて思わなそうだなと幼心に思い、関わりたくなくてひたすら目を合わせないようにした。しかしそのうち、みっちゃんのおじいちゃんとお母さんと仲が良かった彼らは理容室にたむろするだけじゃなく、みっちゃんの自宅にも入り浸るようになっていた。

 ある日、いつものようにみっちゃん家の台所にあるテーブルに座って料理人の2人が晩御飯を作る様子を眺めていた。真っ白い調理着をまとって和帽子をきっちりかぶった2人は手際よくちゃきちゃきと動いていた。精巧な機械みたいだなぁと感心していたら、後ろのほうからトントンと階段を軽快に降りてくる音が聞こえた。みっちゃんのお母さんだ、と思い振り向くと、みっちゃんのお母さんがちょうど階段を降り切ったところだった。そこにちょうどヤンキーの1人が玄関から入ってきて、みっちゃんのお母さんと鉢合わせの状態になった。どちらが退くのかな、と思った瞬間、そのヤンキーがみっちゃんのお母さんのおっぱいを思いっきり鷲掴みにした。みっちゃんのお母さんがギャーと叫ぶと、そのヤンキーは、おばちゃん、思ったよりおっぱい垂れてないじゃん!と言い放った。わたしも叫びそうになった。見てはいけないものを見てしまった。悪いことを犯したような気持ちになり、思わず泣いてしまった。そして、幼いわたしが知る限りの道徳に背くような行いをいけしゃあしゃあとやってのけるヤンキーたちが、さらに邪悪な存在として目に映るようになってしまった。

 理容室の外には砂場があった。そこでみっちゃんと砂遊びをしていたら、みっちゃんのおばあちゃんがやってきて、しゃがむとスカートの裾が地面についてしまうからと、スカートをパンツの足まわりのゴムのところにたくし込まれてしまい変な見てくれになってしまった。素直な子供だったのでイヤとも言えず、こんな姿、人に見られたくないなぁと思っていたら、ヤンキー軍団のリーダー格の男がタバコを吸いに近くへやってきた。何か悪いことをされてしまうかも。怖い。関わりたくない。リーダーに背中を向けて一心不乱に砂を掘り続けた。しかし、わたしと一緒に遊んでいるみっちゃんは物おじすることなんてないフレンドリーな子である。みっちゃんはリーダーに、何してるの?と話しかけた。みっちゃん、余計なことをしてくれるな。わたしはうつむいて砂を掘り続ける。するとリーダーはわたしたちとおしゃべりするために真横にやってきた。最悪だ。不意に殴られて砂場に埋められるかも。立ち去ろうとも思ったけれど、スカートはパンツの脇に挟み込まれて格好悪いことになっているから立ち上がれない。絶望に駆られているわたしに、リーダーが話しかけてきた。

 「名前なんていうの?」

 「……まり……」

 「おれが前に付き合ってた彼女と同じ名前だ、かわいい名前だね」

 優しい口調だった。まさか褒められるとは。恥ずかしくて顔が真っ赤になった。リーダーはいろいろ話しかけてくれたけれど、わたしは真下を見つめたまま黙りこくってしまい、微かに頷くのが精一杯だった。

 それからも顔を合わせたら何かしら声をかけてくれるようになったリーダーとその仲間たちだったけれど、わたしは緊張してしまい、ろくな返事もできず、彼らとの距離は縮まることがないままだった。その頃のわたしにとって、タバコを吸っていきがっている一回り歳上の少年たちは大人さながらで、わたしと同じ世界に住んでいるように思えなかった。でもあのとき、リーダーが他愛もない会話のなかで小さな共通点を見つけてくれたのは、交わることがないと思っていたお互いの世界がほんの少し近づいたような気がして、嬉しかった。

 その後、地下道でシンナーを吸っていた見ず知らずのヤンキー・カップルに遭遇し、おまえ何見てんだよこのガキが、と罵られながら追いかけられたりもした。時代の移り変わりとともに衰退してしまった荒々しい80年代ヤンキーカルチャーは、ほろ苦くも甘い思い出としてわたしの中で交錯している。

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正編 | トーチ (リイド社) 「生きる隙間
Photo ©小嶋まり小嶋まり Mari Kojima
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ライター、翻訳、写真など。
東京から島根へ移住したばかり。