映画『Eno』は完全にパンクのプロジェクト
『Eno』は、“Brian Eno”のアナグラムを冠するソフトウェア「Brain One」が500時間超に及ぶアーカイヴからフッテージをランダムに選択、1本のドキュメンタリー映画としてジェネレートし、上映都度に内容が変化する(52,000,000,000,000,000,000パターン)という挑戦的な制作過程を経た作品。事前に文字情報から受けるグリッチィな印象とは裏腹に、イーノのクリエイティヴィティを様々な角度から捉えたひとつの作品として充実する内容に驚かされます。
本稿では、6月に行われたプレミア上映のため来日したハストウィット監督に、作品の本質について語っていただきました。
取材 | 南波一海 | 2025年6月
通訳 | 染谷和美
序文・撮影 | 久保田千史
――ギャリーさんは映画監督になる前のキャリアを辿ると、1980年代終わりから90年代までLAのパンク・レーベル「SST Records」で働かれていて、その後、NYに渡り出版社「Incommunicado」を立ち上げますよね。それからDVDレーベル「Plexifilm」の設立となっていくわけですが、SST時代とその後ではかなりの違いがあるように感じます。
「不思議に思われるかもしれないけど、自分にとっては全部同じなんです。要するに、メディアが変わるだけで発想としては変わってなくて、自分が世界で見たいものを作るということなんです。すごくシンプルなことで、レコードもイベントも本もフィルムも、ここにないけれど本当に存在してほしいというものばかりを作ってきました。どうすれば実現できるか考え、そのために努力するプロセスが楽しいんですよね。パンク・ロックやDIYシーン、そしてSSTは、それをどうやるか、あるいは自分にそれができるかどうか、というところに重きが置かれていたと思います。その点において、映画『Eno』はパンク・ロックだと思っています。130年間続いてきた“映画”という存在に疑問を投げかけるところから始まっているので、私にとって、これは完全にパンクのプロジェクトなんです」
――映画の中ではイーノさんのプロデュースするものが多方面に亘ることについての話が出てきて、彼自身も相反するものをやっている自覚がある、と話すくだりがありました。それでもやはりそれぞれにはどこかに共通点があって、それが結果的にブライアン・イーノという人をかたち作ってきたわけですが、それは監督のキャリアとシンクロするところもあるのかなと思いました。※ すべてインタビュアーが観たヴァージョンについての質問なので、上映回によっては該当のシーンがない可能性もあります。
「彼は映画の中で自分の50年間の仕事を振り返っているとも言っています。当初はすべてを結びつけるような壮大な計画はなかったんですけどね。ただ、こうして振り返ってみて、すべての繋がりが意味を成すことがわかりますよね。ブライアンはその時々で“次に何をしたいか”という自分の感情に従っていただけでした。私は、自分が興味のあることを学ぶためにドキュメンタリーという手法を採っています。それが大切なんです。映画自体は副産物のようなもので、それを他の人が観る機会を得て、何かを探求できたりはするけれど、私のメインの目的というのは映画を作ることではないんですよね」

――イーノさんが音楽に向き合うようになったのはジョン・ケージの著作『サイレンス』がきっかけになっているというくだりが出てきました。彼のキャリアはもちろん、この映画の持つ偶然性ともリンクする重要なシーンだと思います。
「あのシーンに何かを象徴させようという意識はなかったんですけど、ブライアンは明らかにケージから大きな影響を受けています。ジョン・ケージがこだわっていた偶然性という考えかたは、あなたの言うようにこの映画の手法の一部にもなっていると思います。たしかにメタファーのようなシーンとも言えますね。ただ、この映画の特徴はどんどん変化し続けるということと、完全にランダムなのではなく、ある程度コントールされたランダムネスなんですよね。どこまでもランダムなものにデザイン性や知的なインプットがあるものを作ろうと意識していました」
――なるほど。
「ケージやブライアンのことで言うと、ふたりの話していることが似ているなと思う部分は、どんな作品であれ、観客やリスナーはその世界に自分を投影しようとしているということです。通常、ストーリーテリングしていく場合は、物事を明確にして、全体を通して筋を通し、論理的に構成することが重要です。でも、もしそれを少しでも曖昧にしてしまうと、受け手はシーンやストーリーの繋がりを理解するのに少し頭を使わなければならなくなります。そしてこの映画の中で起こる出来事の多くは、観客であるあなた自身に関わっているんですよね。ブライアンがここで何かを言ったとしましょう。そして20分後には別のことを言います。観客であるあなた自身はそれらを結びつけて物語を作り上げる。そしてもう一度見ると、新たな視点で物語を紡ぐことができます。つまり、映画と同じくらい、あなた自身にも関わっている作品なんです」
――受け手が考えるというのもポイントですよね。イーノさんは映画の中で、人間の脳が昔に比べて15%小さくなったという話をしていて。いろいろと便利になって自分で考えることをしなくなったからだと。
「そうそう。我々は外付けの知恵と結びついてるから、その大きさの脳でもなんとかなっているんだよね(笑)」

――先ほど「コントールされたランダムネス」という話が出ました。自動生成される映画という手法ばかりに目がいってしまいますが、ひとりの作家の足跡を辿るドキュメンタリーとしてはむしろしっかりした作りになっているとも感じます。
「そうなんです。繰り返しになりますけど、私の目標は興味のある人について学ぶことにあるので、自分が今まで作ってきたドキュメンタリー映画と同じようなデザインの仕方を大切にしたのは事実です。そこに変化やヴァラエティを持たせたかったというのはありますけど、ドキュメンタリーという点では変わっていないですね。素材の準備やプログラム作成の多くの点で、毎回の仕上がりを普通のドキュメンタリーのように感じられる作品にすることには重点が置かれていました。たとえ毎回の内容が違うとしても、物語としては流れや展開があるように感じられるものにはなったと思います。それを実現するにはかなりの時間がかかりましたね。今は“生成”をクリックするだけで新たなヴァージョンが再生されます。このシステムがうまく機能するように、たくさんの人が何千時間もかけて尽力してきたので、これから映画館での上映されるものもうまくいくと思います。私はそれを観ていないし、観られないんですけどね(笑)」
――その都度、生成したものが上映されるわけですもんね。それからおもしろかったのが、『Another Green World』(1975)の制作秘話で、何も思い浮かんでいないけれど、スタジオを押さえてしまっているから作らなきゃいけないというシーンがありました。途方に暮れて泣いていたと。音楽家に限らず、何かを作る人は誰しもが共感する場面だと思います。
「クリエイティヴィティについて考えたかったんです。これは有名なミュージシャンのクリエイティヴィティと芸術についての音楽ドキュメンタリーで、人はなぜ芸術を作るのか、そして人にはなぜ音楽と芸術が必要なのかを描いています。この映画で見られるどのヴァージョンもほぼすべてのシーンに何らかのクリエイティヴな教訓が隠されてます。たとえ、そうは思えないシーンでもそれがあるはずです。そして、それこそがまさにこの映画のテーマでした。私たち皆がクリエイターだとは思いませんが、誰しもが日々、クリエイティヴな決断はしていると思うんです。そこは伝えたかったところです。あのシーンでの学びは、彼はあのときはろくなものができなかったって嘆いたけれど、時間が経って聴いてみたら、なかなかの出来じゃないか、となったところですよね。あとになってようやく見えてくるものがあるということです」

――デザインすることと偶然性に委ねるということは相反することにも思えます。それがどちらもあるというのはやはり監督にとっても大切にされている部分なのでしょうか。
「それはありますね。今回の方法に惹かれたのは、これまで同じようなことを繰り返してきて、ある種の自分の癖とか習慣に陥っているように感じていたからだと思います。撮りかたにせよ音楽の使いかたにせよ、同じことしている自分に気付きました。だから、それを打破するような創作プロセスを変える方法を求めていたんだと思います。映画をコントロールできないシステムを作るというのは非常に極端な方法ですけど、それでもデザインはされています」
――どう並んでも1本の映画になるように素材を選んだりエディットしたりしてるわけですからね。
「それはつまり、まだ私がコントロールしているということです。いわば、より高いレベルのクリエイティヴ・コントロールをしているということなのかもしれないですね」
――ピート・タウンゼントがグスタフ・メッツガーからの影響でギターを壊したというシーンもありましたが、それと同じように形式を破壊して新しい表現を得ようとしたということですね。
「その通り!映画って、監督のヴィジョンで決まるものですよね。そこは変えられない。(両手で自分の頭を指して)これで決まり、みたいな。それには私自身も不満を感じていたんです。特にドキュメンタリーとなると、ある人物の物語のどの部分を見せるかは、かなり主観的になりますよね。だから私は何か違う道がないか、見つけようとしていたんだと思います」
――これは自分の見たヴァージョンがそうだっただけかもしれないですが……イーノが入院中に小さな音で音楽を聴いたことからアンビエントが生まれたという有名なエピソードがありますが、それは出てこなかったんですよね。そこに触れないという点に監督の作家性を見ました。
「うんうん。アンビエントという言葉を使わないヴァージョンもあり得ますよ。これは制作の初期段階でブライアンと話し合ったことなんですけど、“アンビエントという言葉を使わない、あなたについての映画を作るのはあり?”って聞いたら、彼は“もちろんだよ。僕の物語には他にもたくさんの側面があるんだから。どうして毎回同じことしか話さなきゃいけないんだ?”って言われたんですよね(笑)。観るヴァージョンによってはずっと『Music For Airports』(1979)についての映画になることがあるかもしれないし、ロキシー・ミュージックだけの映画になるかもしれない(笑)。それぞれ期待するものがあって観ると思うけれど、それがすべてじゃないですし、あなたが求めていなかったものがあなたに必要なものかもしれない。思いがけない喜びもあるんじゃないかな。それはすごく魅力的なことだと思います」
――最後の質問です。膨大な量の素材からチョイスして、パーツがどう組み合わさっても映画が完成するという大変な労作を仕上げたわけですが、この先、これ以上に大変なものを作りたいと思いますか?
「どうかな(笑)。ただ、映画の可能性についてのアイディアはいくつかあると感じています。今回の自動生成は初めての実験だったわけですけど、他にも様々な方向性があると思うんです。例えば、この方法をフィクション映画に使ってみるとか。観るたびに毎回違う、変化するMARVEL作品は作れるでしょうか?クリエテイティヴな可能性はたくさんありますよね。ソフトウェアをいかに進化させるかではなく、私たちのようなストーリーテラーがいかに対応して映画の脚本を書くことができるのか、クリエイティヴィティへの問いかけが生まれると思うんです。それは挑戦しがいがあると思うんですよね」
Gary Hustwit Official Site | https://www.hustwit.com/
■ 2025年7月公開
『Eno』
東京・109シネマズプレミアム新宿, 愛知・109シネマズ名古屋, 大阪・109シネマズ大阪エキスポシティ
https://enofilm.jp/
[監督]
ギャリー・ハストウィット
字幕翻訳: 坂本麻里子
字幕監修: ピーター・バラカン
配給: 東急レクリエーション / ビートインク
| 東京 109シネマズプレミアム新宿 シアター7
2025年7月11日(金)-17日(木)
※ 1週間限定上映
平日 1回目 18:00- / 2回目 20:30-
土日 1回目 15:30- / 2回目 18:00-
※ 一般上映は日毎に上映ヴァージョンが変更となりますので、別ヴァージョンを鑑賞希望のお客様は別日の上映チケットをお買い求めください。
[チケット]
CLASS A 4,500円 / CLASS S 6,500円(税込)
一般発売 2025年5月3日(土)10:00-
e+
※ チケット金額にウェルカムコンセッション(ソフトドリンク・ポップコーン)サービス料金を含む
※ 1時間前からメインラウンジ利用可能
※ 各種割引サービス使用不可 / 無料招待券使用不可
| 愛知 109シネマズ名古屋 シアター4
2025年7月12日(土)-13日(日)
※ 土日限定上映
1回目 15:30- / 2回目 18:00-
※ 一般上映は日毎に上映ヴァージョンが変更となりますので、別ヴァージョンを鑑賞希望のお客様は別日の上映チケットをお買い求めください。
[チケット]
一般 3,000円 / エグゼクティブ 4,000円(税込)
一般発売 2025年5月3日(土)10:00-
e+
※ 各種割引サービス使用不可 / 無料招待券使用不可
| 大阪 109シネマズ大阪エキスポシティ シアター5
2025年7月12日(土)-13日(日)
※ 土日限定上映
1回目 15:30- / 2回目 18:00-
※ 一般上映は日毎に上映ヴァージョンが変更となりますので、別ヴァージョンを鑑賞希望のお客様は別日の上映チケットをお買い求めください。
[チケット]
一般 3,000円 / エグゼクティブ 4,000円(税込)
一般発売 2025年5月3日(土)10:00-
e+
※ 各種割引サービス使用不可 / 無料招待券使用不可