Interview | HETH


歯を磨くように、靴紐を結ぶように

 ――2019年始動。妄執とも呼べるほどの激しさに駆られた爆音は衝撃に満ちていた。そして彼らは再び、その飽くなき探求の過程を世に投げかける。SOILED HATE、SHAPESHIFTER, NoLAをはじめ数多のバンドで精力的に活動を続けてきたNorio Katoがフロントを張る3ピース・バンド、HETH。2025年3月28日に放たれた『Recipe for Love』(自主制作CD | 配信未定)は、全てのエクストリーム・ミュージック・リスナーを試すような異形のセンス・オブ・ワンダーに満ちていた。ショート・チューンが主体であった今までの作風を翻し、およそ8分に及ぶ1曲をパッケージしたシングルは、禍々しいアートワークと、狂気的な詩によって彩られている。

 ヘヴィメタル、デスメタル、プログレッシヴ・ロック、ハードコア、ありとあらゆる全てを呑み込まんとするその音の殻。HETHの脳髄Katoの抱く衝動――コンプレックスはその始まりの時から、音像と同じく屈折し、捻れながらも、ピュアな熱量を湛え続けている。かつてのバンドメイトとしての経験も踏まえて問いかけてみた。


取材・文 | アライケンゴ (Catastrophe Ballet, 童子, 珠鬼 TAMAKI, ex-SOILED HATE) | 2025年1月
撮影 | 久保田千史


――お気を悪くしたら申し訳ないですけど、HETHってめちゃめちゃとっ散らかってるバンドですよね。いろんなもの、ことが詰め込まれていて。noteも読んで改めて思いました。インタビューの準備をするにあたって、それをまとめてみんなに伝えるのって難しいよなって。

 「まあ、とっ散らかってますよね」

――たとえば僕はそれを整理してわかりやすくするために、出力回路をそれぞれに設けているわけですけど。HETHはひとつ固まっている部分とか、基調になっている部分ってあるんですか?あるいはやっちゃいけないこととか。
 「やっちゃいけないことは……ないですね。強いて言えば“ダサいこと”とか。3人でやってるんで、1人でもしっくりこなかったら“ダサい”とか」

――Katoさんのアイディアの滝がドバドバ流れ出てきちゃうことに関して、メンバーはどう受け止めているんですか?付いてきてはくれているわけですよね。
 「出てくるペースに対しての話で言えば、付いてきてはいないと思います。宅録のデモが20曲くらいあって、フレーズのメモ的なもので言えば300個くらいあるので、それをつまんでいくだけでもしばらく活動できる感じではあります。でもやりたいことがコロコロ変わっちゃって、3~4年前のリフを今やっても、もう気分じゃないっていうか」

――HETHっていうのは結局あなたのバンドなんですか?
 「うーん、ちょっとそれもなかなか難しい感じで。コンセプトを持っていったりアイディアを出すのは基本的に僕からが多いんですけど、もちろんそのアイディアだけで完結しない、させたくないから他の人とやっているっていうのがありますね」

――顔役ってことだ。
 「まあネタですね。ネタ元というか(笑)。そこからの広がりはなすがままに任せる感じ」

――じゃあミッシェル(THEE MICHELLE GUN ELEPHANT)と一緒で、作詩: Norio Kato、作曲: HETHってわけですね。
 「そういうことになりますね。HETHについては、“バンドがやりたい”っていう気持ちが先にあったから、メンバーを探そうかなって思って。SOILED HATEにちょっと先行するタイミングで始めた感じ」

――アイディアはもっと昔からあったということですか?
 「うーん、それもアイディアがあるからやるんじゃなくて、やりたいから出すみたいな感じで。その頃に自分がライヴを観に行ってカッコよかった人に、“バンドやりませんか”って声を掛けて決まったというか。そのまま始めてもらえたっていう」

――もともと交流があったとか?ずいぶんアクティヴなエピソードに聞こえますが。やはりOtusを観に行ったのがきっかけですか?
 「まあ、挨拶程度というか、バンドやるほどめっちゃ仲良くて“バンドやろうぜ!”っていう感じではなかったな。やるってなってから交流が増えて、距離が縮まった感覚がありますね。Otusがきっかけなのは概ねそうかな。Tatsunobuさん(Tatsunobu Sakuraoka | b | BRUO, BUCKWHEAT, Freegan, FRIENDSHIP, Otus)に関しては客として観ていて、好きで声を掛けた。ドラムは当初別の人がいたんだよね。noteの記事にも書いたけど、その人がやらないということになっちゃって。ちょうどそのタイミングで3人でいることがあって、Sekinoさん(Tomohiro Sekino | dr | BREAK YOUR FIST, Otus, SCARFACE)に興味持ってもらえた感じかな。それで一緒にスタジオに入ったらハマった」

――テクニカルなエクストリームさの観点で言うと、現状Sekinoさんが在籍してるバンドの中でHETHがいちばんエクストリームな気がしますね。
 「でもそれは叩かせてるわけじゃなくて。リスナーが聴いて“このドラミングめっちゃエクストリームだな”って思う部分に関しては、基本的にSekinoさんから持ってきてくれてるところだと思いますね。原案とディレクションはやるけど、ディテールは2人に任せている感じ。そういう意味では本当に安心感のあるメンバーだと思う」

――そのバランスの中で、『Recipe for Love』に関しては、どう組み立てていったのかが非常に気になるんですけれども。すでに設計図があって、それにはめ込むかたちで作っていったのか、あるいはアイディアを持ち寄ったりして、パッチワーク的に作っていったのか。
 「うーん……。それで言うと両方(笑)。 今回の曲に関しては、朧気ながらこういうテーマで曲を作ろうっていうのがあって。イントロのフレーズ、アルペジオがあるでしょ。それをHETHっていうバンドのスタイルでやろうと思ったときに、ちょっとこう、甘く、かつ寂しくもあり、幻惑的でもあり、まあ複雑なフレーズではないけど、音の雰囲気でそういう感じに持っていきたいと思って。そのアイディアを思いついた時点で、曲のテーマもそういう方向に持って行きたいと思った。というか、今まで温めていたテーマを曲にしようということが決まった。そこが定まって、このあとどうなっていくっていうのを場面場面で考えていった感じ」

――曲を聴いて歌詞を読むと、筋書き、あるいは具体的なプロットやコンテがあるような雰囲気だと個人的には感じました。例えばDIR EN GREYなんかを彷彿とさせるような雰囲気があると思います。
 「うーん。そういう側面はあるかもしれない。でもプロットもコンテも曲を作りながら描いていった感覚に近いです。テーマと導入部が決まったらこの次はどうなるだろう、と想像しながらそれにあてはまるフレーズや歌詞を考えていく感じ。音楽が流れて次の展開が明らかになっていく感覚と、本のページをめくる感覚がとても近いと思っていて、ページをめくって物語の続きを描く、というのを想像してもらえたら伝わるかな。V系っぽいのはあるかもしれないって自分でも思ってた。別に聴いているわけじゃないですけど、歌詞については、なんかそういう言葉が好きみたいですね。ちょっと小難しく言いたがるというか」

――衒学的なんですね。
 「(笑)。まあ、そうかもしれないですね……。パッとわからないのがおもしろいと思うというか、想像の余地を残したい。自分なりの、自己完結したプロセスでしかないのかもしれないけど、“この言葉はこういう意味で使おう”みたいな連想をあてはめて置いていく感じ」

――それはバンドをやろうっていうアイディアがあったときからそういうイメージだったんですか?
 「いや、バンドを始めて、曲を作って歌詞を書かないといけないな、ってなって初めて考えるようになったことですね」

――バンドを始めようってなったときの青写真っていうのは具体的にどういう感じだったんですか?
 「YOUNG LIZARDっていうバンドがいるんですけど、昔そのバンドのライヴを観に行ってすごくカッコいいと思って。それこそOtusとスプリットを出していたバンドですね。初期はそのバンドをけっこう意識していました。3ピースっていう部分もそうですし。あとは、そのYOUNG LIZARDが含まれるような、所謂パワーヴァイオレンスと呼ばれるような音楽を当時知って、ものによっては速いところと遅いところの差がすごくあるわけじゃないですか。なんか、自分がそれまで聴いてきたハードコアと呼ばれるジャンルより、速さも遅さも一段階外側にあるっていうか。こんな緩急つけて、めっちゃ速いところと、めっちゃ遅いところだけで曲を作っていいんだ、みたいな衝撃があって。それを自分でもやってみたいって思った。あと、CHIKAN CHEFっていうバンドがありまして、そのギターとドラムの奴が昔関西にいて、僕もその頃は大学生で京都に住んでいて、一緒にやっていたんですよ。CHIKAN CHEFは僕の感覚で言うとパワーヴァイオレンスにメロディックな要素とかも入っている感じで。曲の展開もいろいろあるし、その切れ目が予測したところにない。そういうのをやりたいっていうのも思ったんですよね。ただ、自分がそれより前に聴いてきた音楽っていうのは、けっこうメタル、ヘヴィメタル寄りだったんで。展開の切り替えかたとしてはパワーヴァイオレンスの手法をお手本にしつつ、リフやディテールはハードコアのものじゃなくてもできるんじゃないか?という。それでどこまで要素の幅を広げることができるかっていう、挑戦としての面もあります」

――メタル / ハードコアそれぞれの観点から線引きしたりすることはあるんですか?「これはメタルすぎるな……」みたいな場合とか。
 「フレーズ単位では別に設けてないな。そのとき聴いていて良いものは全部取り入れたいっていう感じですね。そういう場合、当然繋ぎ目が一番ネックの部分になってくるから、そこを磨き上げていきたい。逆に言えば繋ぎさえ成立していればどんなフレーズであっても1曲にできるんじゃないかという」

――DJ Katoってことですか?
 「言われて気付いたけど、感覚としては近いのかも。ライヴではサンプラーを持っていって他人の曲を流したりしてるし。フレーズ単位でも曲単位でも、繋ぐっていう部分は最近意識してるかもな。それが自分の曲じゃなくてもライヴってやれるんじゃないか?っていう。しかもカッコいい曲をかけている時間って、絶対カッコいい曲が流れているわけじゃないですか。だったらなんか……お得かな、みたいな(笑)。自分が調べていく中だと、クラブとかヒップホップの人のほうが枠のなさの桁が違うというか。バンドって自分が楽器を持って演奏するっていうのがある程度前提にあるわけで。考えかたの上で超えられない枠みたいなものがあると思っていて」

――ないパートの音は鳴らせないわけですからね。
 「そうそう。クラブ・ミュージックやヒップホップとなると、データを持っていけば全部鳴らせるじゃないですか。それがベースだから発想の自由度が違う。“DJが他人の曲をかけてお客さんを盛り上げる”、“自分らは自分の曲を演奏する”っていうのを、“バンドのライヴ”としてミックスできないかな?というのは今試してみている最中」

――じゃあ、いずれはその繋ぎのスキットやインターミッションの部分も内製に置き換えていきたいみたいな?
 「それはないですね。実際に作ってみて思うけど、そういうタイプの音楽は自分にとってプログラミングをしている感覚に近くて。でも自分が音楽としてやりたいのは“演奏”なので。例えばDAWでオートメーションを書けば済むようなところを、自分でわざわざツマミを捻って“音が変わってるな”ってやらないと。その動きと音が合っていないと“演奏”している実感はあまり生まれないし。だから追求していきづらいかな」

――そういう音 = 身体の感覚は我々には重要なポイントですよね。
 「とはいえ、さっき言ったようにHETHは展開としては突拍子もないものを目指しつつ、ひとつひとつのフレーズはそのときにやりたいことをやるっていう感じなんで、そのうちスキットとかも作りたくなったらやるかもしれないね、っていう。曲の中にボコッとスキットを挟んだりとか」

――じゃあまさにSPAZZって感じで。
 「そうそう。そこらへんもパワーヴァイオレンスに学んだ点というか。サンプリングでハッとさせられる、ヒキのある意外性を付けられるという意味で」

――SOILED HATEのレコーディングのとき「SPAZZって初めて聴いたけど、カッコいいね」って言ってたのにね。
 「(笑)」

――実際、一口でパワーヴァイオレンスってみんな言いますけど、全然あれってジャンルでもなんでもなくて、バンドの数だけタイプがあるわけで。STAPLED SHUTとLACK OF INTERESTでは全然違うし、APARTMENT 213とKUNG-FU RICKも違う。HETHの曲の雰囲気だとやっぱり00〜10年代の初期デスコア / メタルコアとかも頭を過りますよね。JOB FOR A COWBOYだって『Doom』(2005)なんかはKing Of The Monstersから出してたし。FRIENDSHIPのレーベルメイトっていう。
 「うん。パワーヴァイオレンスがどうこうっていうより、展開の切り替えかたを参考にしたいバンドってけっこういて。初期のAUGUST BURNS REDはリフワークとかも含めてやっていることは近いかもな、とか勝手にシンパシーを覚えてる。あそこまで複雑じゃないけど」

HETH / Norio Kato | Photo ©久保田千史

――noteの記事でかなりの厚みをもって言及されてましたけど、HE IS LEGENDもそういう中のひとつですか?
 「うーんHE IS LEGENDに関してはまたちょっと音が違うじゃない?あれはロック……サザンな感じを通過したカオティック・ハードコアっていうか……」

――EVERY TIME I DIEとかそれ系だ。
 「あーそうそう。THE CHARIOTとか。とにかくHE IS LEGEND関しては音楽的にはあまり参考にはしていなくて。世界観の作りかたとか、そういった部分に強く感銘を受けている感じ。さっきも言ったように“想像の余地を残す”っていうことが好きなので。聴き手の心にイマジネーションを引き起こして、耽らせてくれる歌詞や世界観を持ってくるところが一番大きい。人間椅子とかも同じ枠で捉えてるかな」

――通底する物語があって、全部は語られていない、みたいなね。やっぱりDIR EN GREYとか聴いたら好きなんじゃないですかね。
 「(笑)。 どうなんでしょう。V系はクリーンの歌いかたに特徴があるから、そこがね……」

――今回の『Recipe for Love』にもクリーン・パートと言ってよい歌唱パートがありますが、これはたぶんHETH的には初クリーン・ヴォーカルですよね。何か意図があってのことですか?
 「これはもう単純に“やってみたいな”が先にあった。歪ませない声で歌ってみたい感じがあって。この曲を“Recipe for Love”というテーマの曲にしようと思い描いて作り進めていったときに、次に描写したいことと、思いついたリフと、クリーンのヴォーカル・パートがマッチしていそうだと思って採用した感じですね」

――今いろんなバンドを見ていて、こう、特定のシーンにコミットするための曲を作っていくバンドってけっこう多いわけじゃないですか。だからHETHのスタイルってすごい不思議というか。HETH自体がどこかに属しているっていう感じでもないし。対バンもある種“異種格闘技”的というか、かなりいろいろやっているイメージがあって。
 「そうですね。今となってはいろんなライヴに行ってあちこちに友達がいますけど、ライヴハウスに行き始めた頃って本当に、オープンしたら入って、終演までずっとライヴを観て、それで帰る、みたいな。もちろん自分もそれを楽しむために行ってるんだけど、周りにこう、友達と飲みに来ている人がいたりとかするのを目にすると、羨ましくもあり、自分はやっぱ音楽を観るために来てるし、みたいな気持ちもあったり。それをなんとなく忘れたくないっていうのがあって、めっちゃ友達ばかりのライヴっていうのは自分ら主催では頻発しないようにしてるところはありますね。もちろん知らないバンドを組み合わせて知らない同士が出会ってくれたらいいし。でも、単に盛り上がったらいいでしょっていうよりかは、良いライヴ、良いショウを作っていきたいっていう感覚が個人的には最近のムードで」

――6月28日(土)に開催する「Tiny Garden」もやっぱりそういう感じで作っているわけですよね。フライヤーもご自身のデザインで。ちょっと『Recipe for Love』っていうタイトルも彷彿とさせるヴィジュアル・イメージですね。
 「それはちょっと意識したな」

HETH presents "Tiny Garden"

――ヴィジュアル = 視覚的っていうことで言うと、例えば『Recipe for Love』の冒頭。アルペジオのパートでカメラが男を映している。それが間欠的に差し挟まれる爆発的なパートの瞬間、凶行が今まさに起こっているカットへと切り替わる、みたいな視覚イメージを伴って聞こえていたんですけど、作るときにそういう意識ってあります?
 「いや、映像のイメージっていうのは本当に苦手で。HETHも昔からけっこう“MV作りなよ”とか言ってもらえたりするんですけど。自分の曲に映像を付けるって、もう本当にどんな感じにしたらいいか全く想像できなくて。今回に関してはまあ付けるならこうかな?っていうのは比較的ありますけど、別にそれが念頭にあったわけではないですね。あくまで曲として然るべき展開を積み重ねていった感じ。なんか、バンドをやっている人ってめちゃくちゃ映画 / 映像観ませんか?過去KLONNSのSHVさんや剤電さんとMOHIVE HARっていうバンドを一緒にやっていた頃、この人たちずーっと映画の話してんな、って思って。俺は映画は本当に観ないから、あー大島 渚っていう人がいるんですね。へー。みたいな感じで聞いてたの。 最近気付いたんだけど、めちゃめちゃ自我が強い、デカいんですよ。全部、自分が感じている、“自分”というフィルターを通って入ってきてるものだと思ってる。だから、没入感とかって言うけど、自分がそれを感受しているっていう枠は超えられないから、あまりわからない」

――おもしろいですね。けっこうHETHの曲って映像的な感覚があると思って聴いていたので。ただこういうジャンルとして、カットやトランジションが想起されるやりかたで曲ができているっていうだけなのかもしれないけど
 「ちょっと違う話だけど、今までの作品についてはほぼ、楽曲を作って歌を乗せてタイトルを決める、って流れで作っていたんだけど、その順番だと、曲自体が歌詞の内容を表していないっていうことになるじゃない。逆に言えば、こういう場合のタイトルって曲のタイトルじゃなくて詩のタイトルなんだよな、っていう。そういう違和感がもともとあって、今回それを打破しようとしたのもある。結局歌詞は最後に書いたんだけど、テーマやコンセプト自体は冒頭のアルペジオが出た段階で結びついたわけで。中学校を卒業するまではクラシック / 吹奏楽をやっていて、クラシックの音楽って例えばタイトルに『海』って付いていて、歌が当然ない。それって完全に『海』が曲の名前ですよね。しかしながら、さっき言ったように、曲があって歌詞を乗せてというかたちになると、“それは歌詞のタイトル”っていう感覚がすごく強い。それってなんなんだ?っていう違和感がある。本来曲だけで海が表現できるはずなのに、そこで山のことについて歌う歌詞だったら、たぶんその曲は『山』っていう曲になるじゃないですか。そういう統一感に対して今回向き合いたかった。自分としては、仮にこの曲に歌がなくても“これは『Recipe for Love』っていう曲です”って言えるようにしたかった」

――つまりリフとかフレーズとか展開といった楽曲要素のそれぞれが、ご自身の中での『Recipe for Love』というコンセプト、テーマに対して照応しているっていうことですか?
 「そうですね。もともとこのコンセプトについては1曲でやらなくてもいい、3曲くらいの連作にしようかな、とか思ってた。でも急に長い曲を出してみたいと思って。それまでは1曲を3分以内にするっていうマイルールがあったけど……。 今は撤回しているけど、バンドを始めた頃は“3分以内にする”、“すべてのパートが同じフレーズを5回以上繰り返さない”、“4分の4拍子だけで終わる曲は作らない”っていうルールがあったし、今もその影響はある程度残ってるよね。つまりハッとする展開、意外性のある展開を作るために、冗長になり得る要素を封印したっていうことがあるんだけど、この曲のコンセプトと曲自体のアイディアが結びついたときに、分けないで1曲でいっちゃおうって思った」

――主題(アルペジオ)の反復的なことがあって、長尺ってなるとプログレっぽさもちょっと想起されますよね。Katoさんが人間椅子やEMERSON, LAKE & PALMER好きを公言してるからそう思うのかもしれないけど。実際HETHについて思うのは矢継ぎ早な展開はあるけどカオティックではなくて、THE DILLINGER ESCAPE PLANよりはBETWEEN THE BURIED AND MEみたいな。
 「それはあまり口に出していなかったけど、思っていることかもしれない。カオティックじゃなくてプログレだよっていう。別に意識してフレーズを寄せたりはしないけど、感じてもらえたらいいなと思ってる」

――ちなみにそのラインだとCONVERGEはプログレだと思うんですよね。美意識がかなり一貫してあるっていう意味でも個人的にはHETHの受け取りかたとわりと近いかもしれない。
 「CONVERGEね……」

――CONEVERGEって実はかっこいいんですよ。実際『Recipe for Love』を初めて聴いた雰囲気で一番想起されたのって「The Saddest Day」だったし。
 「それはけっこう褒め言葉かも。“The Saddest Day”のへなちょこクリーン・パートみたいなのあるじゃない?あれすごく喰らったっていうか、意識させられた部分があって。音の大きいエクストリームなバンドを聴いていると、サビがクリーンのメタルコアとかってパッと思いつくけど……例えばまあ、KILLSWITCH ENGAGEとか。それってなんか、クリーン・ヴォーカルをデス声よりも上に置いている感じがするんですよ。おいしいところだけクリーンにすることでより引き立つみたいな思い込みがあるわけで。でも自分としてはデス声も負けてねえぞというか。結局どっちも声の一種でしょ、みたいな気持ちがあるから、そういうクリーンの使いかたをしたくなかった。だからCONVERGEもそうだし、CODE ORANGE KIDSの最初の頃とかのクリーン・ヴォーカルはけっこうお手本にしたかも。あとはTWITCHING TONGUESとか……。でもあの感じって日本人的にはなんか難しい気がしていて、自分がそういう歌を引き受けるときに意識すべきなのは演歌とか童謡とかの歌いかたなのかな、って思わされちゃう。あとは、自分が音楽に向き合う姿勢として、ちょっと“音楽的”が過ぎるという懸念はあって。入りがクラシックだから。どんな音楽でも楽譜に起こせるフレーズと拍がある、みたいな気持ちが強い。でもライヴハウスに行くと“曲は全然かっこよくないのにライヴがめちゃめちゃ良いバンド”とか“かっこよくもないけどとにかく熱量がすごくて心打たれちゃうバンド”とかがいるな、っていうことがわかってきて。でもやっぱり自分じゃそういうことはできないな、っていう。自分は音楽の基礎が“音楽的”にできちゃってるから」

HETH / Norio Kato | Photo ©久保田千史

――取り組む姿勢が真面目ですよね。歌や音に対して詩集をお出しになったり、詞 / 詩にも相当力を入れていらっしゃる認識ですけど、これについてはどう考えていらっしゃいますか。何か背景や影響があったりしますか?
 「いや……これはわかんないね。本はあまり読まないんですよ。だからなんで語彙があるのか、あるいはないのかとかもわからない。ただ、せっかく母国語だから、自分の中のニュアンスをできるだけ取りこぼさずに言葉にしたいとは思ってます。まあ歌詞を書くようになってからはけっこう短歌とか詩とかを読んでみるようにはなったかな。歌人だと石川啄木とかは好きで。詩を書いたりする人って情けないほうがかっこいいと思っていて、あるいはその情けなさを曝け出せるっていうか。言葉から伝ってくる人となりはめちゃくちゃ情けないんだけど、言葉自体が超格好いいからかっこいいみたいな。だからラッパーとかもそういう感じがあったりして……あ、舐達麻はかなり影響受けてます。助詞を省くとか目的語を省くとかって、まあこれは言葉選びというよりはテクニックの面だけど、参考にしてます。詩集については、歌がなくても詩だけで書けるな、ってなって、でも曲にするほどでもないっていうやつとか、曲には乗らなそうだなっていうやつも溜まってきたから、2枚目の音源が出るタイミングで出してみるか、っていう感じだった」

――反響はありました?
 「まあけっこう“キモくて良かった”とか(笑)。あれをジンとして実体で出したのは“言葉にも価値があるよ”っていうことを表明したかったからなんですよね。さっきの曲と歌詞の関係の話とは矛盾するけど、歌詞それ自体だけでも価値があって、お金が取れるんだよ、みたいな。実際歌詞って、歌である以上は音楽の次に意識されるというか、一段階遅れてくるものだよね。自分がリスナーである場合を考えても、曲が琴線に触れて、その次に何を歌っているんだろう?ってなる。今回『Recipe for Love』でそれを覆したかったっていうのはひとつポイントとしてありますね。これフィジカルで手に取ると一番先に裏ジャケの歌詞が目に入ってくるわけじゃないですか。封がしてある状態でも歌詞が見えるし。そこから開封してCDを出して聴くってことになると、音を聴く前に絶対歌詞を見ることになる。この行程を強制したかったから、今の段階では配信しないことにしています。想像の余地を作るっていう意味でも、手に取って、まずなんなんだろうって思ってもらう。あとはアートワークもそう。ショップの棚にあって、手に取ったときに歌詞も見えて、“これ、一体どんな音楽なんだろう”ってイマジネーションを膨らませてほしい」

HETH 'Recipe for Love'

――周りのバンドで歌詞、あるいは音以外の印象の作りかたがいいなって思うバンドはいますか?
 「TIVEはやっぱり衝撃的で、『核に匹敵する優しさ』の一貫したコンセプトのある組曲みたいなスタイルは完全に先を越されちゃったなあ、悔しいなあっていう。彼らも大阪でのライヴ映像を観ると、歌詞を印刷して貼り出してたりしていて、同じようなこと考えているのかなと勝手にシンパシーを感じています。あとはmoreruも、今ちょっと追えていないけど、2ndの頃はたしか全曲リリック・ビデオがあって。何を言っているかわからないところにそういうのがあると観ちゃうし、読んじゃうよね。歌詞が聞こえない / 聞こえにくい音楽をやっていて、歌う以外でどう届けるのかみたいなことをしっかり考えているバンドはすごいと思いますね。あと自分の歌について、今回の音源でも意識したこととして、歌詞がもっと聞こえるように歌っていきたいと思って。日本語って、ちゃんと聞こえすぎるとダサいみたいな壁も感じていて、かといって耳触りを重視してマキシマム ザ ホルモンみたいになっても結局歌詞は聞き取れないわけだし。そのへんKLONNSのSHVさんの歌いかたは絶妙というか。耳に残るフレーズだけバツっと聞こえるけど、全部はわからないから、歌詞カードを見ざるを得ないというか。どうやったら音楽に歌詞がある意味が生まれるのか、塩梅を探していきたい。言葉だぞっていうことが伝わらないといけないから」

――いわゆる“初期衝動”的なものって自身の中にあると思いますか?
 「いや、初期衝動っていう言葉が全然わからなくて。“衝動”だろ!っていつも思う。“初期”っていつまでが初期なの」

――たしかに!!
 「衝動は俺、ずっとあるけど、いつまで初期なの?っていう。普通に衝動でいいじゃん」

――特にエクストリームな音楽をプレイするときって、どうしても野蛮な気持ちのスイッチとか、少なくとも尋常ならざる自分への変容があるんじゃないかって思うんです。そこへ駆り立てる原動とか、そういうものが“音楽的”な自分と両立し得るかどうかについてはいかがですか。SOILED HATEで我々はライヴ映像を見返して、各々が自分を指さして「スゲェ顔してんなコイツ」ってやっていたわけじゃないですか。それってたぶん、その演奏をしている人たちについて、平時の自我からなんらかの離昇があるからじゃなくて?
 「SOILED HATEについてはたしかにそういう感覚はあったけど、HETHだとなんだろうね。少なくとも自分の中でHETHはハードコア・ミュージックでは絶対にないと思っていて。さっきのクラシック音楽の部分と通底するけど、観客とステージの関係は自分の中で絶対というか。自分で歌うために歌詞を書いてきた曲をマイクジャックされたくないし、俺たちはこの演奏のために練習してきてステージ立ってるのに、みたいな違和感」

――どっちかっていうとメタルのメンタリティに近い?
 「でもショウをやっているみたいな気持ちもない。エンターテインメントではない。本当に、何か特別なことしてるっていう感じはないですね。ハードコアを聴き始めた頃、メッセージの大切さみたいなことを説いてくる人がいて。それから自分がバンドをやりたくなって、曲を書いて、さあやろうってなったときに、これは何のメッセージなんだ?と自分で思ったわけ。別にメッセージがあって曲を作ったわけではなくて、その曲をやりたくてできたわけで。表現ってなんなんだって考えるようになって。朝起きて、歯を磨くのはその必要があるからで、世の中が腐ってるから歯を磨くわけではないし。傘をさすのはやっぱり濡れたくないからで、自分がステージの上に立つのはそれと全く同じことをしてると思ってる。生きる金が必要だから仕事に行くし、歩くために靴紐を結ぶ。あとは自分が納得いくようにやっていくだけっていう」

HETH / Norio Kato | Photo ©久保田千史

――なんでも引き付ければいいってわけじゃないけど、それって本来的な意味でパワーヴァイオレンスだったかもしれないですよね。当時、メッセージと内的規範でガチガチになっちゃったハードコア・シーンのバックラッシュ的な部分があったわけですし。メタルにもハードコアにも行けなかった人たちが、好き勝手にめちゃくちゃやるみたいな感じ。
 「まあ、本当に自分ではHETHが何か、とかは定義してない。やりたいからやるし、やる必要があるからやっているだけなんだよね」

――サウンドメイキングについては今までの音源含め、けっこうハードコア然としてる感じはありますけど、これは狙っているわけではないですか?パッキリしたモダンメタルっぽいプロダクションも映えそうだな、と思います。
 「サウンドメイクについては正直自分の中で正解が掴めていないというか……まだ模索中っていう感じですね。今回は細かいディレクション以外はエンジニアのDevuさんにほぼお任せでやってもらっていて、ミキシングだけはアナログ卓を通すっていうのをやってもらいました。このバンドはまだ全体のバランスとしては着地点が見えていないというか、主体性を持って考えていけるように勉強中です。もともとベーシストなのもあって、ギターの音作りに熟れてない感じもあるし」

――『Recipe for Love』のlove = 愛についてはどのように考えていらっしゃいますか?
 「“自分事として捉えられる範囲”のことかな。歌が上手くなることで自分自身が向上している感覚を得られる人は歌を愛しているし、遠い国の戦争に心を痛める人は博愛主義者だと思う。そういう意味で今回の作品は、対象を自分と完全に重ねることで成り立つ愛を描いているので、ある種究極の愛といえるのかもしれないな」

――ちなみにBAD RELIGIONのオマージュですか?
 「あ、タイトルはそうです!まあカントリーかなんかの曲にもあるみたいですけど。歌詞ができあがって、タイトルを考えるってなったときにBAD RELIGIONの“Recipe for Hate”っていう曲があったな、って思い出して。それでhateがあるなら、loveがあってもいいだろ、っていうことで」

――今後の活動の展望などがあれば聞かせてください。
 「リリースに合わせていくつか地方でのライヴに誘ってもらっているのと、さっきも言ったけど6月28日(土)の“Tiny Garden”はみんな観に来てほしいですね。実は今回の音源録り自体はかなり前なので、『Recipe for Love』は相当ブラッシュアップされていて仕上がり十分です。ぜひ生で観てほしい」

――創作については?
 「小さい音を出したい。もう大きな音は出せるから、小さい音を出して迫力の幅を作っていくみたいなのは気になってる。現状、上が100で下が50のところ、1まで下げられたら迫力の幅が2倍になるんじゃないかっていう。小さい音をちゃんと出すのってかなり難しいし。今後いろいろ試していきたいと思っています」

HETH 'Recipe for Love'■ 2025年3月28日(金)発売
HETH
『Recipe for Love』

CD 税込1,000円
https://hethisgone.base.shop/items/101190668

[収録曲]
01. Recipe for Love

HETH presents "Tiny Garden"HETH presents
Tiny Garden

2025年6月28日(土)
東京 小岩 BUSHBASH

開場 16:00 / 開演 16:30
当日 2,000円(税込 / 別途ドリンク代)

出演
HETH / HORSE & DEER / STORM OF VOID / YENFOR