そうなるって思っていた気もする
このたび発表された1stアルバム『Words』は、痛みや孤独の記憶を抱えながら、それを手触りのある音楽へと変えていく作品だ。ラップ、インディ、オルタナティヴ、クラウド以降の感性がゆるやかに溶け合い、心地よさと痛々しさ、人懐っこさと鋭さが同時に鳴っている。閉じた部屋から始まった衝動が、福井から東京へ、そしてより大きな場所へと接続していく途中にあることも、このアルバムの魅力のひとつだろう。「POP YOURS2026 Tohji Presents u-ha neo stage」への出演も決まった今、その歩みの背景と『Words』が生まれるまでの時間を、じっくりと紐解いていこう。
取材・文 | つやちゃん | 2026年2月
撮影 | Kousei Yabukami
――igaというアーティストのルーツを知りたくて。小学生の頃はどんな子でしたか?
「いじられっ子だったのかな。友達からいじられることでしかコミュニケーションが成立しなくて。自分が下に見られることでしか、人と関われない感じ。誰に対しても下から行ってました。小6くらいでもう限界が来て、中学に上がったタイミングで学校には行けなくなりました」
――音楽は小学校の頃から好きだった?
「好きでしたね。小5、6くらいから自分で選んだ音楽を聴くようになって。そもそも親が音楽好きだったんですよ。父親がロックやメタルが好きで、『BURRN!』を読んでいたり。家の中では、“邦楽はかっこ悪い”みたいな空気があって、洋楽がかっこいい、っていう価値観。聴いちゃダメまではいかないけど、家では流れない。だから流れているのはBAD RELIGIONとか(笑)」
――お父さんと音楽の話はしていましたか?
「自分が意識的に音楽を聴くようになってからは、もうあまりしていなかったかも。父親は段々と仕事に向かっていって、小学校高学年くらいに自分がBRING ME THE HRIZONとか聴くようになってから話したら、“いいよね、前に聴いてたよ”みたいな」
――お母さんとの関係は?
「母親とは仲が良かったです。僕は父親との関係のほうが悪くて、母親はいつも間に立ってくれる存在だった。今は母親とはもっと仲良いですけど」
――兄弟は?
「弟がいて、いま高1ですね」
――中学に入ってからは、どんな音楽を聴くようになりました?
「僕が中1の時が2017〜18年くらいなんですけど、XXXTentacionとかodd futureにハマって。別に周りに好きな人がいたわけでもないんですけど、ヒップホップがめっちゃおもしろいなと思うようになった。メタルを聴いていたから、暴力性みたいなものに対してかっこいいと思う脳味噌でもあったし。うるささとメロディの揺れかたが、ロックにはあまりなかった感覚を受けたんですよね」
――それで一気にヒップホップへ?
「一気に行った気がします。でも、いろいろ聴いてはいました。BABYMETALとかアジカンも聴いてたし……それと並行して、BOOKOFFのCDコーナーでバーッと買うみたいなこともやっていて。家がそんな感じだったから邦楽は全然聴いてなかったんだけど、CDを買えるようになってから聴き始めたら相対性理論にハマって。安かったから手に取っただけなんだけど、めっちゃ気に入って聴いてましたね」
――音楽は何歳くらいから始めたんですか?
「中学に入ってほとんど学校に行けなくなったんですよ。ずっと休んでた。とりあえず受験して高校に入ったんだけど、それもすぐ辞めちゃった。それでアルバイトして、最初の給料で機材を買ったんです。15〜16歳くらいですね。ということは、その時点でもうめっちゃ音楽やりたかったんだと思います。なんとなく、PCでバンドっぽいことやりたいなって気持ちはあって。ギターをやることも少し考えたけど、いいやつは高いし、それならPCのほうが現実的だなと思った。ミニマムだし、人を集めなくても完結するし」
――高校を辞めるときは、両親は反対しなかった?
「親も、別にいいんじゃない? っていう感じでした。僕が学校に行けるタイプじゃないってもうわかっていたと思うし。高校は自分で決めて受験して、公立の定時制みたいなところにしてなるべく学費を安く抑えていたんですよ。かかるのは教科書代くらいで。そういう流れもあって、辞めるって言っても反対はなかったです」
――高1で学校を辞めて機材を買うまでの経緯を知りたいです。どこでスイッチが入ったのか。
「中学に上がってから生活がめちゃくちゃになっちゃって。児童相談所に通っていた時期も長くて、学校も行けないし、家の中もしんどかった。だんだん音楽が生きがいになっていった。中学3年間、思い出せる出来事が2、3個しかない。ストレスがヤバすぎて、今も全然思い出せないです。いろんな人に迷惑をかけたと思うし、それでひとりになったんですよね。家族もいない、みたいな感覚で。家にもあまりいられなくなって、駅の近くの横になれるベンチみたいな場所に行って寝たり」
――親と喧嘩していた?
「もともとは学校のストレスが大きくて、親との関係もうまくいかなくなって。中学に入って、すぐにいじられちゃったんですよね。親も最初は心配していたけど、説明の仕方がわからないから、“学校が嫌で”としか言えなかった。今なら言えると思うけど、そのときは心配してもらえるような言いかたもできなくて、親とも喋れなくなっていって」
――その状況で、音楽が唯一の友達だった。
「そうかもしれないです。家にいられる時間は、PCでYouTubeを観てひたすら音楽を聴いて。音楽が友達だった」
――高1で学校を辞めて、最初に買った機材は何だったんですか?
「Steinbergのインターフェイスを買いました。インターフェイスとヘッドフォンがあれば自力で作れる。今もほぼそれで作ってます」
――自分も音楽を作り始めようと思った決定的なきっかけとして、誰かからの影響もありましたか?
「aryyかな。中3のときにTwitterで見つけてYouTubeで聴いて、めちゃくちゃ感銘を受けた。ちょうどコロナ禍で、自分の抱いている感じとすごくマッチした。言葉にしにくいんだけど……当時国内のラップも聴いていたし、ネットで盛り上がっていく感じも見ていて、これなら自分もできるかもって思ったんですよね」
――なるほど。
「手作り感があったし、それに“自分は何かになる”って本気で思っていたから。壮絶な時間を過ごしていたので、どこかもう壊れちゃって、自分はめっちゃすごい人になるって思い込んでいないと生きられない感じ。誰とも対等に喋れなかったから、自分はいつか金持ちとか芸術家っていう何者かになったらみんな喋ってくれるんだ、友達できるんだ、って。だから有名になりたかったし、自分ならなれるって思ってた」
――何者かになりたかった。
「中学の3年間のこと、何も覚えてないんですよ。何をしていたか、何を考えていたかわからない。でも、どこかで“何者かになれる”って信じてた。何らかの方法で死ねなかったらヤバい、と本気で思っていた時期もありました。でももう、そういうことはなるべく自分の中で終わらせようとしてきました。あまり言いたくないし、言っても意味ないと思ってるから。それで、どうにか高校生活はがんばろうって思って、何か学んで良い出会いをして一歩前に踏み出そうって本気だったんですけど」
――高校に入る時に、希望を抱いていた。
「抱いていました。僕、今は大学への憧れもめっちゃ強いんですけど、それも同じ感じだと思う。大学に行けば素敵な仲間ができて、おもしろい勉強ができる、みたいな。でもたぶんそんなことないって、なんとなくわかってる。高校も同じだった。期待を持って入ったけどやっぱり違って、すぐ辞めることになって。そうしたらもう、どうする? ってなるじゃないですか」
――もう曲を作るしかないですよね。
「うん。ビートメイクの方法から勉強して、ビートを買う方法もわからないし、金もないから、タイプビートじゃなくて自分で作ろう、DIYでやろうって。最初の半年くらいはビートメイカーと名乗って活動していました。そうしたらvqが見つけてくれたんですよ。サンプルを上げていたらすぐアクションをくれて、“うちで曲出してほしい、ビートもいいけどぜひラップしてみてほしい”って言われて。すぐにマイクを買って、ラップした曲を出しました。それが2022年くらい。僕は17歳くらいだったと思います。そこからigaとしてのキャリアが始まった」
――その頃はまだ福井ですよね。何年くらい地元で活動していたんですか?
「そのときは実家で曲を作って、ネットでいろんな人に声をかけて。ライヴも、オーガナイザーをフォローして声をかけてもらったりというのを繰り返してましたね。年に何回か東京に行ってライヴして、クラブの人に挨拶して、繋がってまた誘ってもらえる、みたいな。本当に小さな一歩を積み上げるかたちで、福井で3年くらいやっていました」
――東京での初めてのライヴは?
「初めてライヴさせてもらったのは2023年の3月。中野のheavysick ZEROで、Tek Lintoweの初来日に合わせて“ether”っていうパーティが企画した日でした。オーガナイザーがサンクラで聴いて直感でオファーをくれて、“福井からになるけどいいですか?”って言ったらOKで。めちゃくちゃ緊張しましたよ。Le Makeupさんがいて、“ずっと聴いてます!”って伝えたり。ナイトイベントもクラブもほぼ初めてで、こんなに楽しいんだ……って衝撃だった。テレマビくん(Telematic Visions)も遊びに来てくれて初めて会って、そこから一緒に制作する仲になって。他にも、その日喋ったことが今に繋がっている出会いがいっぱいあった。人生変わった日でした」
――当時はどんな曲を作っていたんですか? 今とはちょっと違いますよね。
「けっこうヘンテコな曲を作ってた。途中から歌を入れるようになったんだけど、歌も下手だしメロディも作曲したことないから、ただ気持ち良くないヴォーカルが入っているだけみたいな。“自分ではめっちゃ気持ち良い曲できた”と思ってサンクラに上げていたんですけど、神戸の先輩のPu$h!さんにあとで聞いたら、“3曲中1曲だけめっちゃ良かった、他2つはあまり良くなかった”って言ってた(笑)。でもその危なっかしさがおもしろいと思ってオファーしたよって言われました。最初は数を出しまくっていて、たまにめっちゃ良い曲がある、みたいな状態だったと思います」
――そこからどうやって今のスタイルに?
「ライヴを重ねる中で、自由にやると破綻するってわかってきて、ちゃんとビートを組んでその上でラップしよう、っていう考えかたに変わっていった。ビート先行で、ラップがついてくるかたち。福井の3年間でトライアル・アンド・エラーを繰り返して、ちょっとずつ良くなっていきました」
――それから、いつ頃上京したんですか?
「2025年の春です。東京に来る前の最後の1年くらいは、自分の中の更新が止まっていて。福井だと刺激が少なくて、曲も超えられない壁があった。80%はできるけど、そこから先に行けない、みたいな。周りに相談したら、福井でできることはやり切ったんじゃない?って言われて、自分でも限界を感じていたから、上京しました」
――1stアルバム『Words』はどのくらいの期間かけて作ったんでしょう。
「上京前から作っていました。かれこれ1年くらいかけたかな。自分がラッパーのアルバムを聴くとき、鮮度ももちろん大事だけど、凝っていないと嫌なんですよ。イントロがあって、曲数もあって、軽めの曲もありつつアルバム用の曲もある、みたいな。そういう、アルバムとしてのかたちが成立していないと嫌。THE BEATLESに限らないけど、昔から積み重ねられてきたアルバムというかたちのセオリーがあるじゃないですか。ミックステープ的な文化も好きだけど、それも好きなんだと思う。これはBOOKOFF的な考えかただと思いますけど。せっかく買ったからフルで聞きたい、みたいな」
――それもあって、満を持しての1stアルバム、という感じがすごく出ている作品だなと思いました。
「ラップであること以前に、音楽としてちゃんとしていてほしいって思ってるんです。僕はスピットが得意なタイプじゃないから、なおさらビートを自分で作ることをしっかりやろうと。今回、14曲中12曲は自分でビート作ってます。あとはタイプビートが1曲、safmusicさんの提供が1曲」
――fuki(iVy)との「KIDS」のトラックとか、めちゃくちゃいいですよね。
「あれ、いいですよね」
――あれはigaにしかできないアプローチだと思いました。
「あれも1年くらい前からPu$h!さんと連絡を取っていて、“女性ヴォーカルが入ったら一気に変わる気がするよ”って言われたんです。“fukiさんに連絡してみたら?”って。それですぐ連絡しました。2、3曲一緒に作ったけど、一番うまくいったのが“KIDS”。ギターを弾いてもらって、こっちでドラムを打って。“こういうギターでこういうコード進行でこういうヴォーカルが欲しい”って伝えたらすぐ返ってきて、僕もラップを返して、っていう感じで2人で作りました」
――aryyとの曲も良いし、コラボ曲がどれも抜群。特にアルバム前半は、ああいったHEAVEN周辺のムードが出てますよね。
「好きなので、とても意識しています」
――最近(2025年11月リリース)aryyのアルバム『WALKMAN』も出たじゃないですか。刺激を受けたのでは。
「かなり。めちゃくちゃ完成度高かったから、アドヴァイスもらったほうがいいなと思っていろんなことを聞きました。“どうしたらアルバムになるか”みたいな理念のところから、いろんなこと。それで“バンガー、アンセム、クラシックがないと成り立たない”って言われて、自分のアルバムでも“これがアンセム、これがクラシック”って説明できるように考えた。あとアルバムとしては全体的に、インディっぽい感じ、手作りっぽい感じでいこうっていうのは最初から考えてましたね。今回のテーマが“自分の手札で勝負すること”だったから、持っている以上のものを求めずにやろう、って。機材も、自分の持っているもので工夫した。鳴らせる音しか鳴らせない中でがんばった」
――ミックスも自分で?
「自分でやってます。独学でずっとYouTubeのハウツーとか観ながらミックスの勉強をして。お金もかかるし、自分でできないと嫌なんですよね。勉強するのが好きだし、コツコツやるタイプかも。低音の出しかたとか、今回はクラブ映えするように意識しました」
――機材は最初の頃と変わってない?
「ちょくちょく変えてます。前作までは最初に買ったやつを使ってたけど、このアルバムを作るってなって、マイクもインターフェイスもスピーカーも全部替えました。たぶん良くなってます」
――バンガー、アンセム、クラシックの話で言うと、「東京」はすでにアンセム化しつつあるかもしれない。
「あれは自分の中でかなりのチャレンジでした。やりたくないことをやったわけじゃなくて、避けていたことに向かったっていう感じ。MVも今まであまり撮ってこなかったけど、“東京”に関してはちゃんと撮って綺麗に仕上げた」
――他に、このアルバムでチャレンジしたところで言うと?
「いやぁ、もう全部かもしれないです。fukiさんとの“KIDS”もそうだし、aryyとか人を交えて制作すること自体がチャレンジ。強いて言うなら、表題曲の“Words”が一番チャレンジだったかもしれない。四つ打ちを人生で1回も作ったことがなくて、“これはようやらんわ”って思いながら作った(笑)。上の世代にも、もっと若い世代にも聴いてほしいし、それこそ父親くらいの世代の人がこの曲を聴いてくれたら嬉しいな」
――レファレンスまではいかないとしても、制作中によく聴いていた音楽は?
「“イントロ”はSHINGO☆西成を意識しました。あとMSC。MSCって、ダークだけど浮遊感あって、好きなんですよね。海外だと、THREE 6 MAFIAの系譜をけっこう聴いていたかもしれない。Yung Leanはみんな聴いていると思うけど、SpaceGhostPurrpを本気で聴いている人ってそこまで多くない気がして。そのあたりは好きで聴いてました」
――へぇ! 曲からはあまりそのあたりの影響は感じなかったもしれない。
「レファレンスっていうより、瞬間的なインスピレーションかも。曲を聴いて“この瞬間の感じが好き!”ってなったら、そのイメージを頭で想像して、ヴィジュアルを描きつつ音で近いところに持っていく。あとJojiとかFrank Oceanはずっと聴いているし、アルバムの元になっている感じはしますね。Tyler, The Creatorのカオス感とかも。それとSURF GANG周辺。Evilgianeとかのドラムの打ちかたは参考にしました。いつも制作前に1時間くらい音楽を聴く時間を取って、耳を音楽モードにしてからビートメイクを始めるんですよ。そういう意味だと、去年(2025)に出たKevin Abstract(BROCKHAMPTON)のアルバム『Blush』は、レファレンスとしてはたぶん一番強いかもしれない。aryyのアルバムの“T-Rex feat. iga”のドラム感も、そのへんの人らを意識したノリでした」
――アーティストとして、ロールモデルっていますか? こうなりたい、みたいな人。
「tohjiとか(lil soft)tennisとかaryyとか、今もかっこいいと思ってる。でも今一番なりたいのは、KOHH。中期〜後期くらいの、アートしてる時期のKOHHです。世界を股にかけているけど、嘘つかない感じがいい。ロックっぽさ、グランジっぽさもあって、今の自分の感覚と近い。自分がもう1、2段階成長したら、どうすればあそこに行けるのか、わかってくるのかな、とも思います。そのあたりも難しくて、自分の頭の中では“誰かになる必要はない”っていうのはわかっているんだけど、まだ“誰かになりたい”瞬間のほうが多いんですよね」
――それはリアルな話ですね。今、創作意欲の源泉ってどこから湧いてきてますか。
「どこにあるんだろ……もちろんお金が欲しいっていうのはあるけど、とにかく創作意欲は湧いてきてますね。音楽を作っていても別のクリエイティヴもしたくなるし、服を作りたいなとも思う。やっていないと崩れていく感じがあって、だからこそ毎日やることが大事だと思ってます。東京に来たのに何も持ち帰らないのが嫌で、とりあえずたくさん作って出したい。スピード感が好きだし、スピードがないのはかっこ悪いと思ってるし。あと、親を心配させたくないという気持ちもあります。それもあって、音楽を作ることでお金を作りたい」
――中学時代のigaが今の自分を見たら驚くでしょうね。
「驚きますね。でも、そうなるって思っていた気もする。なんか、そういう気持ちはずっとあったんですよね。むしろ、今の自分よりもっとでかくなってると思っていたかもしれない。“もうちょいがんばれ”って言うかも。だから、遠くまで来た感覚と、まだまだの感覚が同時にあります。一方で、今回のアルバムでやったことが今の自分の限界だという気もするし、どうしようかなって。そういう焦りもある」
――なんか話を聞いてると、ラッパーっぽさと、ラッパーっぽくないところが同居してますよね。そこがおもしろい。
「たしかに。Tylerみたいになりたい気持ちはあるかも。でも、日本を飛ばしていきなり海外っていうのも好きじゃないんですよね。日本で一番になってから世界でやりたい。でも、段階を踏んでいたらTylerやA$AP Rockyにはなれないよな、とも思う」
――igaというアーティストは今後もっともっと大きくなるんだろうなと思います。これからいろんな話も来るでしょうけど、音楽活動をやっていく上で守りたい軸は?
「自分はやっぱり福井がルーツだと思うから、ローカルを大事にできない人とは仕事できないです。すげえ東京の考えかたの人とか、すげえ海外志向の人とはたぶん無理。東京も、ローカルが集まってくる場所だからおもしろいわけじゃないですか。神戸の若手のコミュニティも、大阪のライヴハウスも、名古屋のシーンも、いろんな場所で作ってきた思い出を失いたくない。お金が積み上がっても、そこは守りたいです。僕は、そこには嘘はつけない」
――ちなみに福井では、どういう音楽シーンと関わっていたんですか?
「ライヴハウスはほとんどないんですよ。居酒屋みたいなところで、テーブルを全部どけてライヴハウスになるときがあるっていう感じ。僕はそこでCwondo(No Buses・近藤大彗のソロ・プロジェクト)を観ることができて、めっちゃ嬉しかった。文化的に豊かとは言いづらい土地だから、そこで音楽をやろうと思ったこと自体が世間からズレてるなって自分でも思います。でも、そのズレが正されていったらそれはそれでヤバいなって思うんですよ。始めたときが一番ズレていたっていうことでしょ。だから、あえてそういったズレを忘れずにやっていきたいです」
――ちなみに、音楽以外に好きなものってあるんですか?
「服と、地理が好き。服も音楽と同じで、ズレがおもしろいんですよね。音楽って、“この人がこれやるか!”っていうおもしろさがあるじゃないですか。服も、“この顔とこの体格の人がこの服を着る!”っていうおもしろさがある。メンズがレディース着るとかもそうですよね。だから、やっぱり音楽と服は似てるんだと思う。ラップは特に、出立ちと音のズレがおもしろい。自分は昔のままずっとロックが好きだったら、服はそんなに好きにならなかったかもしれない。でも、最初は収集が好きで始まったんですよ。古い物が好きで、雑貨も家具もゲームもレコードも、その一環で服も買っていたら、気づいたら着るものになってた。親も古い物を集めるのが好きだったし。神戸に行ったら、Pu$h!さんがやっている古着屋 宵待に行ったりします」
――地理が好きというのは?
「鉄オタっていうほどじゃないけど、電車が好きで、旅とか街も好きなんです。地理は昔から好きで、例えば渋谷を歩いていて、宇田川町っていう地名を見ると、“ヒップホップの聖地だ!”って思って、着実に自分まで日本語ラップの歴史が流れてきているのを感じてテンション上がるんですよね」
――なんとなく、igaという人物像が見えてきた気がする。ズレの話とか、古い物に惹かれる感覚とか、パーソナルな部分がわかって嬉しいです。
「自分は、しっかりしているものが好きなんですよね。アルバムが好きっていうのも、そう。でも同時に、硬派な人がチャラいことをやる、チャラい人が硬派なことをやる、っていうズレもおもしろくて好きで。ダンスできる曲を作るのも、そうじゃない自分がやったらおもしろいかもしれないっていう感覚から来てる。ズレを生むのって、チャレンジでもあるじゃないですか。“これイケてんのかわかんない!”っていう不安が、個人的には楽しいんです。今回のアルバムも、そういう内容になったと思う」
――いろんな人に聴いてもらいたいですね。いっぱいズレが生まれてほしい。
「物好きが聴いてくれたらいいよっていう気持ちもあるけど、もっといろんな人に届いてほしいという気持ちもあります。音楽好きな若い子が聴いて、そこからまたディグって、自分の好きなものにアクセスしてくれたら嬉しいな」
――地理の話だと、東京のコミュニティ / シーンについてはどう感じていますか? ずっと東京拠点でやっていく予定?
「いや、東京に長くいる気はあまりないです。アルバムを何枚か出して区切りがついたら、違うところに住みたい。海外かもしれないし、日本の田舎かもしれない。仕事でどうしても動けない場合は東京にいるかもしれないけど、ずっと同じところに縛られる仕事なら別に辞めてもいいかなって。自由のほうが先にあってほしいから。お金は欲しいけど、売れたいというよりも自分を売りたいというか。自分が美しいと思うかたちで、自分をお金にしたい」
――東京に来てたくさん刺激を受けたと思うし、また別のところに行くことで自分自身がどんどん変化していきそうですよね。
「変化すると思います。東京のシーンにいるときは東京の輪にいて、神戸にいるときは神戸の輪にいる、みたいな距離感がいい。福井の感覚を東京に渡したいし、東京の感覚を自分がもらいたい。それは友達というよりも、あげたりもらったりできる仲間。そういう仲間は、失いたくないです」
――igaというアーティストの、今をドキュメントした話が聞けて良かったです。ありがとうございました。
「この記事、永久系のやつかもしれないですね」
■ 2026年2月25日(水)発売
iga
『Words』
https://linkco.re/28crrCnF
[収録曲]
01. イントロ
02. Words
03. Future feat. AON, agul, lymph
04. Hidakaya
05. fun! feat.aryy
06. 東京
07. ひとり
08. Lucy in the sky with diamonds
09. Ness and Paula
10. ギプス
11. Stereo
12. KIDS feat. fuki
13. いまから
14. 西武





