Review | 伊賀焼 土鍋


文・撮影 | 梶谷いこ

 これまでずっと、好きな食べ物ランキング、ダントツ1位はズワイガニだとアピールしてきました。日本海側の生まれで、おいしいカニをたくさん食べて育ってきたからだと思います。しかし1年ほど前から、その地位を揺るがす存在が台頭してきました。湯豆腐です。

 湯豆腐大躍進の理由はいくつかありますが、一番大きな理由はわが家に新しい土鍋がやってきたことでした。購入したのは、以前紹介した「ロク」というお店です。ただし、自家用に購入したのではなく、著書の料理ページのスタイリングに使うために買い求めたものでした。

 青磁釉の伊賀焼の土鍋。以前から色合いが素敵だなあと思って店頭で眺めていたのを、スタイリングについて考えていたときに思い出したのです。合わせた料理は、鶏肉と昆布でとった出汁に大根とにんじんの千切りだけが具という鍋料理。狙い通り、大根の透き通った白と賑やかしのにんじんのオレンジが、エメラルドグリーンの青磁釉によく映えました。あらためてそのページを見てみると、真っ白の鍋肌が大根の透明感をより一層引き立てています。

伊賀焼 土鍋 | Photo ©梶谷いこ

 撮影後、この土鍋がわが家にやってきて1年半。重宝に重宝を重ね、さっそく貫禄が出てきました。貫入(かんにゅう)と呼ばれる細かなヒビ模様が全体に走り、鍋肌の色味も変化しています。釉薬のかかっていない縁の部分は、白色から茶褐色になってきました。見る人が見ればわが家での決して丁寧とは言えない扱われ方がバレてしまうと思うのですが、今やそれ程までに日々の生活になくてはならない調理道具であり、食器です。

 その良さを、いくつか挙げてみたいと思います。まず、水だけを入れて火にかけると、どこからともなく香ばしいい~い匂いが漂ってくるのです。昆布などの出汁を取りながらコンロの前で一杯やりつつ、このいい匂いに身を委ねる時間がたまりません。以前使っていた土鍋からはこの匂いはしなかったので、伊賀の土を使って焼かれた土鍋ならではの魅力なのだと思います。

伊賀焼 土鍋 | Photo ©梶谷いこ

 伊賀焼の中でも、伊賀の土を使って焼かれた土鍋の特徴としてよく挙げられるのが、高い蓄熱性です。伊賀の土は粒子が粗く多孔質で、一旦鍋が温まると熱を逃がしにくい性質を持っています。そのため、コンロから下ろしてしばらく経ってもぐつぐつ煮立ち続けています。わが家では、この土鍋を使い始めて以来鍋物をするときにカセットコンロを使わなくなりました。土鍋の性質上、調理した鍋の中身がいつまでも温かいので、カセットコンロで温め続ける必要がないからです。

 また、わが家の冬にはコタツが欠かせませんが、コタツの上にカセットコンロを置いて鍋物をすると、わざわざ立ち上がって鍋の中を覗くことになります。その点、いつまでも温かいこの土鍋なら、土鍋の下には鍋敷きだけになるため鍋の位置が目線より低くなり、座布団の上に座ったまま取り分けることができます。

 具がなくなったら、土鍋を持って再び台所へ。その時にもこの土鍋ならではの良さを感じます。多孔質の土で出来ているため、とても軽いのです。土鍋の中に汁が入っていてもまったく億劫にならない軽さ。意気揚々と2ターン目、3ターン目の楽しみを堪能できます。

 せっかくなので、おしまいにわたしの好きな湯豆腐の食べ方を紹介します。まず必要なのは昆布。「だし昆布」などの名前で売られているものでかまいません。それを遠慮せずたっぷり使います。乾燥状態で手のひら大の大きさのものを2~3枚は使うでしょうか。それを水を張った鍋に入れ、火にかけます。沸騰しても気にしない。冒頭に書いた「鶏肉と昆布でとった出汁に大根とにんじんの千切りだけが具という鍋料理」を教えてくれた寿司割烹の大将は、「どんどん(昆布から出汁を)とったったらええ。とれるだけとったれ!」と叫んでいました。大将のような、その道50年のプロから「家で食べるものなのだから、洗練されていなくても良いのだ」という教えをいただけたのは、とても心強いことでした。

伊賀焼 土鍋 | Photo ©梶谷いこ

 そんな、「とれるだけとった」昆布出汁に、豆腐だけを浮かべ、温めます。昆布はそのまま入れておいてもかまいません。ただし、このときはお汁が沸かないように気をつけます。せっかくの豆腐に鬆が立ってしまうのを防ぐためです。豆腐の芯のあたりがまだほんのり冷たいくらいで火を止め、食べ始めます。土鍋の高い蓄熱性により、火から下ろしたあとも豆腐は加熱され続けるので、これくらいがちょうどいいことを何度も作って食べるうちに学びました。

 味付けはポン酢。これは“いいやつ”を使いましょう。できれば、封は開けたてがいいですね。お椀に垂らしたポン酢を鍋のお出汁で割りつつ、それに豆腐をくぐらせて食べます。ポン酢の香りがぬくぬくの昆布出汁でふわあっと花開き、アツアツの豆腐と一緒に口に含むと昆布出汁の旨味と一緒に押し寄せてきます。なんという幸せ。もう一度、もう一度!と夢中で口に運ぶうちに、ひとりで豆腐一丁分は食べてしまいます。鍋に浮かんだ豆腐がなくなり、ハッ!と我に返ったところで、鍋を再び火にかけ、2ターン目以降で野菜やお肉などの具材を楽しみます。昆布出汁の旨味とポン酢の香り、そして豆腐の食感を楽しむための、シンプル湯豆腐です。

梶谷いこ | Photo ©平野 愛
Photo ©平野 愛
梶谷いこ Iqco kajitani
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1985年鳥取県米子市生まれ、京都市在住。文字組みへの興味が高じて2015年頃より文筆活動を開始。ジン、私家版冊子を制作。2020年末に『恥ずかしい料理』(誠光社刊)を上梓。その他作品に『家庭料理とわたし――「手料理」でひも解く味の個人史と参考になるかもしれないわが家のレシピたち』『THE LADY』『KANISUKI』『KYOTO NODATE PICNIC GUIDEBOOK』などがある。