Review | カネスズセラミックス 青磁中華『八角シューマイ』


文・撮影 | 梶谷いこ

 「階段がありますよ / ゑびすやのトイレがバッチリビューティフルになりました / 使う前に落ちんとってね」。これを読んで“あの声”が脳内再生されたあなたは、もしかすると飲食店関係の方かもしれません。これは大阪ミナミ、千日前道具屋筋商店街にある「ゑびすや金物店」の店頭に鳴り響いているアナウンス。商店街のウェブサイトにある「店内には厨房関連商品が数万種類と、めまいがする程ありまっせ!!」の言葉通り、業務用の調理器具、食器などが目がくらむほど並ぶお店です。冒頭のアナウンスは、『呼び込み君』という、スーパーの店頭などで使われている録音再生機に音声を吹き込んだもの。店内中央入ってすぐのところに地下へ続く階段があり、落ちて転ぶ人が後を絶たないため、アナウンスを始めたのだそうです。声の主は社長さんでしょうか。独特の抑揚と洒落の効いたフレーズに、つい足を止めてしまいます。内容は定期的に変わるようで、これを聞くのを楽しみに店に通う人も少なくないかもしれません。

 今回は、そんな「ゑびすや金物店」で大阪みやげとして購入した皿をご紹介します。このお店、名前には“金物店”とありますが、鍋やレードルなどの金物以外にも、たこ焼き器や業務用おでん鍋、寿司ネタケースなどの機材も陳列販売されていて、さながら厨房用品のデパートのようなスケール感です。先のウェブサイトの言葉「めまいがする程ありまっせ!!」というのも伊達ではなく、店に入って最初のうちは「こんなものも売ってる!」とか「お店屋さんになれる!」とか、ひとしきりはしゃぐのですが、その圧倒的なボリュームにだんだんわけがわからなくなり、最後にはヘトヘトになってお店を出ることになります。

 しかし、せっかく来たのだし、何か買って帰りたい。しかも今のこのテンションに流されて突拍子もないものを買うのではなく、家でもしっかり日常使いできる業務用食器を買って帰りたい。だけど……!すっかり判断能力を失ってめまいの渦中にいたそのとき、ちょうど目に飛び込んできたのがこれでした。

カネスズセラミックス 青磁中華『八角シューマイ』 | Photo ©梶谷いこ

 そうです。町の中華料理店でチャーハンが出てくるときに使われる、八角形の青磁のお皿です。裏面に「金鈴」という印を見つけ詳しく調べてみると、岐阜県にある「カネスズセラミックス」というメーカーの「青磁中華」シリーズであることがわかりました。大正12年創業という「カネスズセラミックス」では、和洋中問わず、白磁や磁器を中心にホテル / レストラン専用業務用食器を企画製造しているのだそう。ウェブサイトにはどこかで見覚えのある食器がずらりと並び、眺めているだけで楽しい気分になります。「青磁中華」シリーズの欄を見てみると、仕切りのついた小判型のお皿や高台丼、れんげや呑水があり、餃子や天津飯、酢豚など、それぞれにアツアツの料理が装われた姿が自然と脳裏に浮かびます。

 しかしお店で実際に八角形のお皿を目にしたとき、わたしはどうしても中華料理以外の食べ物を盛ってみたくなりました。それは……くだものです。「くだもの皿によさそう!」。そう思い付いたわたしは、さっそくサンプル品を持って店員さんに話しかけ、ひとつだけ買わせてもらえることになりました。プロ・ショップにもかかわらず、素人に気安くバラ売りしてくれるのも「ゑびすや金物店」の素敵なところです。かくして自宅でくだもの皿として使うべく、八角形の青磁のお皿を買って店を後にしたのでした。

カネスズセラミックス 青磁中華『八角シューマイ』 | Photo ©梶谷いこ

 皿と呼ぶには高めの高台が、くだものの存在感を際立たせてくれます。さくらんぼ、もも、いちご、皮付きりんごなど、赤系統の色をしたくだものなら、青磁と補色になり映え映えしい限り。梨やマスカットを盛れば、その透明感を一層引き立てます。枇杷やデコポンなどのオレンジ色のくだものも、色がより鮮やかに見えてなおよし。中心に向かって少し深くなっている形は汁気がこぼれる心配がなく安心です。以来、このお皿はわが家ではくだもの用の皿として活躍しています。中華料理を装うことが全くないわけでもないのですが、家庭で作る雑多な料理ではお店で見る姿と見劣りがして、どうしても自分の力不足を感じてしまいます。やっぱり自家用で本領を発揮するのは、くだものを載せたときではないかと個人的には思うのです。

 ところで、「カネスズセラミックス」のウェブ・カタログでこのお皿を調べてみると、品名には「八角シューマイ」とあります。お前さん、本当はチャーハン皿じゃなくてシューマイ皿だったのかい!チャーハンは難しくてもシューマイならテイクアウトできるお店がたくさんあります。とりいそぎ一度、百貨店の地下で551のシューマイを買ってきて、本名通りの姿で使ってみようかと思います。

梶谷いこ | Photo ©平野 愛
Photo ©平野 愛
梶谷いこ Iqco kajitani
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1985年鳥取県米子市生まれ、京都市在住。文字組みへの興味が高じて2015年頃より文筆活動を開始。ジン、私家版冊子を制作。2020年末に『恥ずかしい料理』(誠光社刊)を上梓。その他作品に『家庭料理とわたし――「手料理」でひも解く味の個人史と参考になるかもしれないわが家のレシピたち』『THE LADY』『KANISUKI』『KYOTO NODATE PICNIC GUIDEBOOK』などがある。