Review | 平松 壯『鉢』


文・撮影 | 梶谷いこ

 おなかがいっぱいになったとき、作業に少しくたびれたとき、わが家ではこう宣言します。「およこいただきます」。あえて説明してみればなんのことはない、ただ「横になりますよ」という意味ですが、“横”に“お”をつけるだけで、“横になる”という言葉の表象的なおもしろさが浮き彫りになるから不思議です。慎ましさのなかに、ほんのちょっと切実さが込められているのもポイント。こんなふうに言われて横になることを許さない人はなかなかいないでしょう。今回は、そんな言葉の生みの親(?)・友人の平松るいさんのお宅へお邪魔して、食器を見せてもらいたいと思います。

 平松さんは現在京都市在住。美術展や演劇公演のフライヤー、パンフレットなど、紙媒体を中心にデザイン / 編集の仕事に携わっています。今の住まいに移ったのは半年ほど前。在宅で仕事をしながら、そして「およこをいただき」ながら、ご家族とのふたり暮らしです。わたしから見た平松さんのイメージといえば、とにかく食い道楽!彼女の「おいしい~」と言って喜ぶ顔が見たくて、良いお店を見つけたらいの一番に食事に誘います。また平松さんの普段の食卓はというと、主菜に副菜いくつか、汁物、そして炊き込みごはん、といった具合。その品数の多さはもちろん、ひとつひとつ手間暇のかかった料理たちが並ぶ様子が、ちょっとした小料理屋さんのようです。「そんなことないですよ」と言ってゆうべの“気抜けごはん”の写真を見せてもらっても、いやいや、そんなことある。献立に困ったらとりあえず相談するといい相手です。

 そんな平松さんが記録に撮っている日々のごはんの写真を見せてもらうと、必ず茄子がよそわれて写っている食器があります。

平松 壯『鉢』 | Photo ©梶谷いこ

 両手に包むようにして持つと、ちょうど収まるくらいの大きさの緑釉陶器の鉢。真横から見てみると「たゆ~ん」と口に出して言ってみたくなるような縁のゆらぎが、おおらかなムードを醸し出しています。実はこの鉢、平松さんのお父さんによるもの。写真家として活動していた平松さんのお父さんは、平松さんが小学生の頃突如作陶に開眼。以来、定期的に個展を開くなど作家として活動しているのだそうです。平松さんが毎年出版している年賀雑誌『かど松』には、いつもお父さんの個展のお知らせが載っています。平松さんによると、「写真を“焼く”と陶器を“焼く”、“焼く”という共通点におもしろさを見出したのでは?」とのこと。この鉢は、久しぶりに実家に帰った際にお父さんから贈られたものだそうです。

Photo ©梶谷いこ

 「焼き茄子ポン酢和え。手抜きチャンピオンです」。茄子を縦に切った長さより二回りほど大きな径は、まるで茄子のために誂えたかのよう。「高いレストランの皿ほどやたらでかいものだ」と誰かが口悪く言っているのを聞いてつい笑ってしまったことがありますが、そんな言いがかりのような理論を思い出してしまいました。器の余白が家庭料理のそれよりずいぶんあるように思います。たっぷりとった余白に漂う、とても“手抜きチャンピオン”とは思えない気品。平松さんの食卓に漂う“小料理屋さん感”は、もしかしてこの鉢の余白が真ん中にあるからではないかという気がしてきました。また、茄子の紫と緑釉の色合わせもバッチリです。大きさといい、色といい、ほぼ茄子専用です。ほかのバリエーションに「茄子の煮浸し」や「蒸茄子」もあるそうです。

 わが家にも、冷やしトマトはこの皿と決まっている皿があります。別に誰が決めたわけでもないけど、なぜかどうしても“あるもの”をよそいたくなる食器。見るとにわかに“あるもの”が食べたくなる食器。いったい何がそれを誘うのか、色か大きさか風合いか、筋道立てて説明はできないけれど、“誘われる”としかいいようのない関係がそこにはあります。平松さんはどうやらこの鉢に、茄子料理への誘いを感じている模様。そしてそんな組み合わせがひとつあることで、他のどこでもないその家らしさが食卓に生まれるものなのかもしれません。

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編集室マッチは、編集者・土屋綾子とデザイナー・平松るいからなる編集ユニット。新刊『野掛けの人』は、9人の執筆陣がそれぞれの趣味やパーソナリティに紐付いた方法で、思い思いに外での飲み食いを楽しむ様子をエッセイや漫画・写真で紹介します。

梶谷いこ | Photo ©平野 愛
Photo ©平野 愛
梶谷いこ Iqco kajitani
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1985年鳥取県米子市生まれ、京都市在住。文字組みへの興味が高じて2015年頃より文筆活動を開始。ジン、私家版冊子を制作。2020年末に『恥ずかしい料理』(誠光社刊)を上梓。その他作品に『家庭料理とわたし――「手料理」でひも解く味の個人史と参考になるかもしれないわが家のレシピたち』『THE LADY』『KANISUKI』『KYOTO NODATE PICNIC GUIDEBOOK』などがある。