Review | メナード どんぶり鉢


文・撮影 | 梶谷いこ

 お気に入りのものに囲まれた暮らしはとても素敵です。使い勝手がよく美しいものだけで自分の生活を満たせたら、どんなにいいだろう!京都・東山五条にある河井寛次郎記念館に行けば、隅々まで行き届いた美意識にこんな暮らしぶりをしてみたい……と夢見てみたりもします。しかし、そうはいかないのが現実。ここに、ひとつのどんぶり鉢があります。

 望んで生活に迎え入れた覚えもないのに、もう一緒に暮らして18年になります。第1回で紹介した「(仮)牛ノ戸焼の皿」同様、大学入学と同時に使い始めたものです。

 「(仮)牛ノ戸焼の皿」は自分で選んで買ってもらいましたが、このどんぶり鉢はそうではありませんでした。地元を発った高速バスを京都で降り、着いたばかりの下宿先で引っ越しの荷を解くと既にそこにあったのです。荷主は母でした。曰く「ひとり暮らしにどんぶり鉢は絶対に必要」とのこと。それなら自分で選びたかった……と文句をつけたいのは山々でしたが、なかなかそうもいきません。そんなわけで、少し不本意ながらもこのどんぶり鉢も仲間に加えてのひとり暮らしがスタートしたのでした。

 裏返してみると、底には“MENARD”の刻印。果たしてれはどういうことでしょうか?

メナード どんぶり鉢 | Photo ©梶谷いこ

 ためしにメルカリで“メナード 食器”を検索してみると、ペアグラスにフルーツ皿、サラダボウルセットなどに混じって、このどんぶり鉢と同じカラーリングの陶器製グラスを発見しました。まるで生き別れの兄弟を見つけたような気分。どうやらこれはメナード化粧品の販促物だったようです。メナード化粧品には季節ごとの「フェスティバル」と呼ばれる販促キャンペーンがあり、購入額によっていろいろな景品がもらえるようです。しかし、母がメナードの化粧品を使っていたところは見たことがありません。貰い物か、バザーなどで格安で手に入れたか……ただ、今となっては母がこのどんぶり鉢をどうやって手に入れたのか、わかる術は残念ながらありません。

 そういえば、ここまで、どんぶり鉢、どんぶり鉢と連呼してきましたが、ひょっとしてこれは“どんぶり鉢”ではなく“ボウル”と呼んだほうがいいのかもしれないなと思いました。しかし学生のひとり暮らしでは、“ボウル”と呼べる活躍をさせてあげられなかったのも事実です。親子丼に豚丼、焼き鳥丼、そぼろ丼など、ひとり暮らしでマスターした数々の丼メニューは常にこのどんぶり鉢と共にありました。

 丼メニューではありませんが、近年で最も活躍するのは“おじゃこ卵かけごはん”を食べるときです。“おじゃこ卵かけごはん”は休日で遅く起きた朝(ほぼ昼)の定番メニュー。チンした冷凍ごはんに生卵を割り落とし、上にちりめんじゃこをこんもりと載せます。それから醤油をたらりとまわりかけ、ぐずぐずにかき混ぜて掻き込むようにして食べるのです。これでタンパク質、鉄分、そしてエネルギーのチャージが完了!いつも使うめし茶碗ではかき混ぜるには大きさが足りず、このどんぶり鉢に登場を請うというわけです。青系統のカラーリングに生卵の黄色がよく映えるのもポイント。補色関係のパッキリした色合いに、ただの卵かけごはんが急に80~90年代のトレンディ感を醸し出してきて、気分がパッと明るくなります。

メナード どんぶり鉢 | Photo ©梶谷いこ

 一方で、あたりまえすぎる存在であるがゆえにぞんざいに扱ってしまうことも少なくありません。例えば、洗って切った野菜を少し置いておきたいときに、ステンレス製の調理ボウルのようにしてこの中に放り込んでおいたり、電子レンジでちょっとした冷凍モノを解凍したいときに、このどんぶり鉢に入れて庫内に突っ込んだり。食器というより調理器具といった扱いは日常茶飯事です。しかしそれもこれも、このどんぶり鉢のタフな存在感のおかげ。こんな使い方をして今まで危うさを感じたことは、この18年間で一度もありません。わたしのどんなわがままも聞いてくれる、我が家で最も頼もしい食器と言っても過言ではないでしょう。

 わたしも所帯を持ち、カップボードには食器が随分増えました。ちょっと背伸びして買った大皿や、大切にしているグラスなどもあります。もしも割れてしまったら、と想像しただけで悲しい気持ちになるものばかりです。でも、だめにしてしまって一番悲しい気持ちになるのはこのメナードのどんぶり鉢かもしれません……と想像してみましたが、正直よくわかりません。割れた姿を想像すらできないほど、わたしの生活と一体化しているからです。大して気に入っているわけでもないのに、このどんぶり鉢とわたしの関係はいったいどこまで続くんだろう、とうんざりさせられるときもあります。それでもやっぱり、永遠に続くかと思われた平和が失われることほどショッキングなことはないでしょう。これからも末永く、このどんぶり鉢と一緒に暮らしていきたいと思います。

梶谷いこ | Photo ©平野 愛
Photo ©平野 愛
梶谷いこ Iqco kajitani
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1985年鳥取県米子市生まれ、京都市在住。文字組みへの興味が高じて2015年頃より文筆活動を開始。ジン、私家版冊子を制作。2020年末に『恥ずかしい料理』(誠光社刊)を上梓。その他作品に『家庭料理とわたし――「手料理」でひも解く味の個人史と参考になるかもしれないわが家のレシピたち』『THE LADY』『KANISUKI』『KYOTO NODATE PICNIC GUIDEBOOK』などがある。