Review | 実家から持ってきた小皿


文・撮影 | 梶谷いこ

 「あなたの、“女っぽくも男っぽくもなく、人間が生まれてみたらたまたま女だった!”という感じの絵が好きです」という愛の告白から始まるメールで、装画の依頼をしたことがありました。相手は佐貫絢郁さん。彼女の絵は、プリミティヴとは違う、知的でソリッドな大胆さの中に有機的なユーモアも感じられて、わたしは観るたび圧倒されてしまいます。性別や年齢、国籍などの所属を超えた、普遍的な人間らしさに満ちているような気さえするのです。佐貫さんとはそれ以降、友人としてたびたび食事に行く間柄になりました。今回は、そんな彼女のアトリエにお邪魔して、普段使っている食器を見せてもらいたいと思います。

Photo ©梶谷いこ

 京都市内、東山を望むマンションの一室。部屋に入って、まず一番に目に飛び込んできたのは、立派な茶箪笥でした。実はこれ、佐貫さんのお母さんの嫁入り道具。今は娘の佐貫さんが譲り受け、こうしてアトリエに置いているのだそうです。茶箪笥と、その隣にある積み重ねられた本の塊との並びが壮観で、しばらく目を奪われてしまいました。この茶箪笥の中から、佐貫さんが見繕って出してくれたのがこの3つの小皿です。これも茶箪笥と同じく、実家から持参したもの。そのため、いずれも産地や由来などは不明です。中にはお母さんから、「これだけは持って行かないで」と言われたものもあるそうですが、内緒で持って出てきてしまったことは、幸運にもまだバレていません。

 3つの小皿のいずれも、高台に高さがあるのがポイント。その理由はこの皿の用途にあります。それは、絵を描きながら食べ物をつまむときに使うから。絵の具を出した平皿と取り間違えないように、敢えて高さのあるものを選んでいるのだそうです。この部屋は、作業のときだけ過ごすアトリエです。そのため、ここでとる食べ物は食事というよりはチョイチョイとつまめるものが多くなるのだそう。わたしが小皿の写真を撮っていると、いつの間にか、目の前に冷え冷えのサッポロ黒ラベル缶が置かれていて思わず吹き出してしまいました。

 もうひとつの理由は、佐貫さんが、かなりのお酒好きだということ。部屋には小さなキッチンも付いていて、ここで料理をすることもありますが、それもやはり酒のアテになりそうなものを作ることが多いのだとか。その際、簡単なおかずでもちょこんとこの小皿に載せると、高さのある高台のおかげで立派な酒の肴に見えてくる。そんなところも、気に入っている点のようです。

Photo ©梶谷いこ

 今日の酒のアテは、料理ではなく森永製菓の『おっとっと』でした。カーテンレールに吊り下げられた小袋タイプのおっとっとを、慣れた調子で千切って小皿に開け、一粒一粒形を確かめながらつまむ佐貫さん。うに、いか、まぐろ、かに、まんぼう……。こんなに楽しそうにおっとっとを食べる人は見たことがありません。今までわたしはおっとっとに失礼な食べかたをしていたな、と反省したほどです。サッポロ黒ラベルとおっとっとをいただきつつ何気なく机の上を眺めていると、あまりにすべてが“きまっている”ことに気づきました。

 絵皿や制作途中の作品、おっととが載った小皿、空き缶が入り乱れた机の上は一見、雑多な眺めに見えますが、その中に確かに美的なリズムがあるのを発見したのです。何しろ、どう写真に撮っても構図が“きまって”しまいます。そこでどうしても先程の、真剣に、しかし楽しそうにおっとっとに向かう佐貫さんの様子を思い出さずにはいられませんでした。そこには、切実さも混ざっていたように思います。わたしが普段、テレビを見ながら手元に一瞥をくれることなく、袋から直接口に運ぶのとは大違いです。ただ漫然としてはいられない、駆り立てられているような姿でもありました。もしかすると、これはひとつの創作行為でもあったのではないでしょうか。飲み食いすることさえ、何ものにも代えがたい“作り出すこと”の楽しみがある。そんなことを思い出させる姿でした。

 実家の家財道具から、スーパーのお菓子売り場から。佐貫さんはこれまで意識にのぼらないレベルでも、美術品に限らず美しいもの、見ていて楽しいものを拾い集めては、自身の目を喜ばせてきたのだなあと思わずにはいられません。食べることは命をつなぐことでもありますが、同時に、楽しみでもあります。ときにこれ以上ない遊びになることも。この小皿たちは、美術という獣道を行く佐貫さんの、小さな遊び相手でもあることを思わせるものでした。

Photo ©梶谷いこ

佐貫絢郁個展「ここ5年」佐貫絢郁個展
ここ5年
https://sanukiayaka.com/koko5/

2021年11月19日(金)–12月5日(日)
東京 恵比寿 People
〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿1-18-4 NADiff a/p/a/r/t 2F
14:00-19:00 | 金土日開廊(9日間)

梶谷いこ | Photo ©平野 愛
Photo ©平野 愛
梶谷いこ Iqco kajitani
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1985年鳥取県米子市生まれ、京都市在住。文字組みへの興味が高じて2015年頃より文筆活動を開始。ジン、私家版冊子を制作。2020年末に『恥ずかしい料理』(誠光社刊)を上梓。その他作品に『家庭料理とわたし――「手料理」でひも解く味の個人史と参考になるかもしれないわが家のレシピたち』『THE LADY』『KANISUKI』『KYOTO NODATE PICNIC GUIDEBOOK』などがある。