人間は、完全にピュアな善ではない
取材・文 | 鈴木喜之 | 2020年6月
――まず、“To Love Is To Live”というフレーズを、アルバム全体のタイトルにしようと決めた理由は?
「タイトルは“We Will Sin Together”という収録曲の歌詞からとった言葉で、そう決まるまで他にも候補はいろいろあったのだけれど、その言葉が最もシンプルだったし、いちばんの真実だった。何度か聞いたことがあるような言葉でも、同時に私たちが忘れてしまいがちな事実でもある。とても大切なことだから、また思い出すためには言い続けることが重要だと感じて」
――本作の共同プロデューサーに、Atticus RossとFloodを起用することにしたのには、どういう経緯があったのでしょう?
「Johnny Hostileのスタジオに行ったとき、そこにAtticusがいて、とても誠実でフレンドリーで、地に足がついた人だし、豊富な知識にも魅了された。だから、このアルバムの制作をスタートしたときに彼のことを思い出してメールを送り、電話でも話すようになった。一緒にスタジオに入る頃には、より深い話もし始めて、それからアルバム最初のトラック“I Am”の作業に取りかかったという感じ。Floodは最後に手を貸してくれた人。各曲でそれぞれ違うプロデューサーを起用することを試みたのだけれど、いろんな理由でそれがうまくいかなくて(笑)。そんなときにPJ Harveyと話したら、彼女がFloodを勧めてきて、紹介してくれた。結果、彼に頼んで大正解。Floodのライヴ・ドラムの使い方は特に素晴らしかった」
――Flood、Atticus、そしてミキシングにAlan Moulderという顔ぶれは、まさにNINE INCH NAILSを支えたスタッフですよね。実際この秋にはNINのツアーでサポート・アクトも務める予定だったとか。Trent Reznorというアーティストのどういうところに共感しますか?
「私自身NINのファンだし、Trentの方もSAVAGESが好きで、以前NINのサポートに呼んでくれた。彼の魅力は、あの素晴らしい音のクオリティと進歩的なサウンド・プロダクション。私たちに共通しているところとしては、曲がダークな点と、メッセージ性のある音楽を作っているという部分かな。あとは、白黒のヴィジュアルが好きなところ(笑)」
――本作を聴いて、ギター・バンド形態の制約から開放された自由を満喫しているかのように感じました。ソングライティングやアレンジの作業はどのように進められていったのか教えてください。
「自由を満喫しているような感じというのは、たぶん折衷的なサウンドからそう思ったんじゃないかな。今回は、ルールを崩すのを自ら意識していたから。自分がこれまでに試したことがなかった部分、到達したことがなかった部分に、このアルバムでは触れてみたかった。アルバムを作ることで、自分をあえて怖がらせようとしたというか。自分自身を、これまで経験したことのない領域に足を踏み入れさせた。知らない場所、新しい場所に入っていくのって怖いでしょ?ソングライティングは、私独りでピアノを弾くところからスタートして、その後アルバム全体の歌詞を書いた。最初の時点で自分が何を語りたいか結構はっきりしてたから、歌詞を書くのはあっという間だったな。そこからピアノでシンプルなメロディを書いて、次にJohnny Hostileとパリのスタジオに入り、私が作った曲ひとつひとつのヴァージョンを作っていった。いろいろなサウンドを試していく過程で、いくつかの曲のためには更にプロデューサーが必要だということがわかってきて、Atticusをはじめとする何人かのプロデューサーにアプローチした……大まかなプロセスはそんな感じ。私とJohnnyの共同制作が中心で、2人で作ったものを後から他のプロデューサーに頼んで手を貸してもらって、主にJohnnyとAtticusがアレンジをやってくれた」
――これまでの作品との主な違いは?
「過去の作品との一番の違いはプロダクション。例えば、今回のアルバムを作っているときはMASSIVE ATTACKとかNINのレコードにすごくハマっていて、ああいうプロダクションを目指したかった。あと、LOWのアルバム『Double Negative』(2018)も良いお手本のひとつだった。サウンドとサウンドの間にスペースがある部分についてもそうだし、ああいう派手で思い切ったプロダクションにしたくて。他には、Beyoncéが2013年にリリースした『Beyoncé』(2013)にもインスパイアされていて、あんなふうに柔軟性があるソングライティングへ挑戦したいと思っていた。今回のアルバムでは、これまで以上に複雑さや音の重なりを意識したと思う。それが私がやりたいことで、アルバムを聴けば聴くほど新たな層を発見していくような、そんなサウンドを作りたかった。あと、David Bowieの『★ Blackstar』(2016)は私にとって本当に重要な作品。あのアルバムを聴いたことにより、ひとつの作品というものが“アーティストとしての自分が誰か”ということを超えて、どれだけ大きな意味を持つものになりうるかってことがわかった。あの作品が、“より自由に曲を書き、垣根を越えていいんだ、自分がどんなサウンドを作る人間かということに囚われる必要はないんだ”って気づかせてくれた。『To Love Is To Live』は“今”リリースされたわけだけど、私にとって大切なのは、来週、再来週にどうなるかではなく、10年後にそれがどんな意味を持った作品になっているかということ。私が死んでも、このアルバムが誰かの心に響く存在であってほしいし、これまでと違って、今回は長期にわたって誰かを包み込み続けることができる作品を作りたかった」
――David Bowieの名前が出ましたが、彼の訃報を聞いて、このアルバムを作ろうと決心したんだそうですね。それ以前には、ソロ・アルバムを構想したり、そのための歌詞や曲を書いたりすることはなかったのでしょうか?
「自分にソロ・アルバムが作れるとさえ思っていなかったから、考えたこともなかった。それが選択肢のひとつであるとさえ思ってなかったし。自分独りではソロ・アルバムを出そうなんて考えなかったと思う。背中を押してくれたり、勇気をくれた周りの人たちの助けがあってこそ、今回のアルバムが作れた」
――本作についてのインタビューで、「これが最後のアルバムになるというつもりで曲を書いた」とか「このレコードを完成させたら、死についての考えから解放された」というような発言をしていましたね。“死”についてどう考え詰めていたのか、現在は“死”とどう対峙するようになったのか、もう少し詳しく聞かせてもらえますか?
「Bowieの死で、自分たちがいずれ死ぬということを忘れているって気づいて以来、“明日死ぬ可能性だってあるんだ”という考えがずっと頭の中にあって。その思いから離れたかったけど、あえてそれを頭に残しておいたという部分もある。そうしていることで、自分自身の行動や作るものの内容が濃くなったから。ひとつひとつの行動の重みが増すというか。これまでになかった経験だったし、その状態をしばらく続けてみたかった。アルバムが完成すると、だんだん落ち着いてきて、一時ほどには考えないようになったと思う」
――アルバムには、Romy Madley Croft(The xx)やJoe Talbot(IDLES)に加えて、俳優のCillian Murphyも参加していますね。彼は昨年の暮れに出た『ピーキー・ブラインダーズ』のサウンドトラックでも、SAVAGESやPJ Harveyと共にフィーチャーされていましたが、本作への参加はどのような経緯で実現したのでしょう?
「私がCillianに声をかけた。サウンドは送らずに、まず歌詞を彼に送ったんだけど、それを読んでOKをもらって。それから2、3ヶ月後にロンドンのスタジオで彼の声をレコーディングした。言葉にすごく重みを感じてくれたみたいで“しばらくそれを静かに見つめ、自分にとってパーソナルなものにする必要があったよ”と言っていて、その歌詞を見事に、彼にとって意味のある、彼のものにしてくれた。それこそが私の求めていたこと。言葉を読んだ人それぞれが、その内容を自分にとって意味のあるものに解釈し、自分のものにしてほしい。だから、あの曲には彼の声がベストだと思う。Cillianはモンスターを演じるのが得意でしょう?私はこのアルバムの中で、自分では誇りに思えない部分、恥ずかしいと感じる部分も曝け出していて、人間が完全にピュアな善ではないということも表現しているんだけど、彼はそういうダークな部分を演じるのが巧い。人は、自分自身の感情に正直になるべきだと思うし、私はパーソナルなレコードを作りたかった。人間は常に頭の中で純粋な考えかたをしているわけじゃない。自分の中に怒りを感じ、自分の暴力的な面を感じることもある。それをどう扱っていいのかわからない……そういう感情を“Innocence”や“I’m The Man”、“How Could You”のような曲では表現してる。例えば、“How Could You”は嫉妬についての曲。表現することによって、そういった感情との向き合いかたを鍛えてる。感情の置き場所や表現のしかたを探して、まるで曲が鏡のようにそれを映し出しているわけ。見たくない自分の一面と向き合って反映させているから、このレコードはすごくパーソナルだけど、その点でリスナーのみんなにも繋がりを感じてほしい」
――先日Twitterで投稿していた「The root of evil isn’t just on the other side, it lives inside each of us(悪の根は向こう側だけにあるのではなく、私たち一人一人の中に生きている)」から始まるツイートが非常に印象的でした。自らの内にある暴力性や闇、不完全性と向きあって改善していくにあたり、音楽や芸術表現は有用であると考えますか?
「もちろん。音楽はアートでしょ?アートにはパワーがある。アートとは、人々が何かを学ぶ場所。学校や社会が教えられないことを教えてくれる場所。他のあらゆる教育の場や機関と同じくらい大切なものだと思う。アートは感受性の教育だから」
――ちなみに、セラピーとしてボクシングをやっていると聞きましたが、これも自身の闘争本能や暴力衝動とうまく向き合うためのひとつの手段ということなのでしょうか?トレーニングでは、実際に別の人間と殴り合ったりもしているのですか?
「そう。ボクシングは私にとってものすごく助けになってる。ロンドンに12年住んだあと、パリに引っ越してきたとき、あまり知り合いがいなくて。そんなときに今のボクシング・ジムを見つけられて、とてもよかったと思う。男女一緒にトレーニングするんだけど、本当に居心地がよくて、みんな良い意味で競争心を持ってるし、お互いの背中を押し合うし、ベストを尽くそうというメンタリティに持っていってくれる。ボクシングには、身体を鍛える以上の意味がある。マインドも鍛えてくれるし。それは私にとってステージと同じ。ステージの外でステージの代わりになる場所がボクシングで、解放されるし、自分を見つめることができる。一度指を切っちゃって、ボクシングができなかった時期は、おかしくなりそうだった。それでボクシングが自分にとっていかに意味のあるものであるかに気づいたというわけ。生活していく上で、私に必要なものだということがわかったんだ。サンドバッグも、人間との打ち合いも両方やるから、実際に人間をパンチすることもあるよ(笑)。でもそれは、お互いを殴り合うためじゃない。ボクシングを暴力的だと思ってる人もいるけど、チェスをプレイしているのと同じで、互いの動きを見ながら、相手がどう反応し合うかを考えて動く、それがボクシングなんだ」
――『CALM: Crimes Against Love Memories』という書籍を出版予定だそうですね。そこで被写体として撮影されたあなたと、あなた自身が書いたという物語は、『To Love Is To Live』とどのように関連してくるのでしょうか?
「ある意味では関連していると思う。どちらの作品も私という人間から生まれたものだから、根っこは同じ。でも、この本は単にレコードを文字にしたというものじゃない。レコードと本の繋がりは意識していなかったし、内容も違うから、どちらも独立して楽しめる内容になってる。本のほうはレコードよりもテーマがニッチで、セクシュアリティに関して書かれていて、フォトグラファーとのコラボレート作品でもある。でもレコードでは、セクシュアリティもテーマの一部ではあるけど、決してメインのテーマではない。そういう点で、本とレコードはそこまで関連していないかな。どちらかと言うとパラレルな関係にある」
――アルバム・リリースの延期、ツアーのキャンセルなど、コロナ禍によって、あなたの活動にも大きな影響があったと思います。SNSに「2020 is a bitch」というコメントも投稿していましたが、“アフター・コロナ”の音楽シーンをどう想像していますか?
「私はポジティヴに捉えてる。いつもだったら、アルバムをリリースしたらすぐツアーがあるでしょ?それが今回は来年になった。つまり、それまでの間にレコードをじっくりと聴き込む時間ができたというわけ。最近の音楽シーンって、音楽の消化のされかたが早過ぎる気がする。でもペースが落ち着くことで、90年代みたいに、アルバムという作品が時間をかけてより大きな存在になれる。アルバムが出て、そのライヴを楽しんだら、はい終了、さて次!というのではなく、アルバムがより自分にとって意味のある作品になってからライヴを観て、そこからさらにアルバムの存在が大きくなっていく……そういう音楽やアルバムの楽しみかたができる状態が今なんじゃないかな」
――『To Love Is To Live』の収録曲を、どのようなかたちでライヴで再現しようと考えていますか?
「私のYouTubeチャンネルを見てみて。最初にやったロンドンでのショウを公開したから。6か月かけて準備したのに、まだその1回だけしかパフォーマンスしてないけど(笑)、ライヴの出来には満足してるし、準備は万端だから、状況が良くなったらまたすぐに始められると思う。ステージには男女2人ずついて、ピアノ、ギター、ドラム、ベース、シンセの全てが素晴らしい。ソロでステージをやるなんて想像もしてなかったから、もちろんショウは自分にとってチャレンジだったけど、実際にやってみたら、私自身が心からその瞬間を楽しめた。映像を観てもらったらわかると思うけど、あのライヴをやったことで、ツアーをやっても大丈夫という自信がついたんだ」
――近年では、Beats 1の「Start Making Sense」や「Echoes」といった番組で、トークの才能も発揮していますね。他のアーティストとの交流も広がったのではないかと想像しますが、そうした仕事を通じて、本作の内容にも影響したところがあると思いますか?ああいう場での自分と、シンガー・ソングライター / ミュージシャンとしての自分とで、区分けされているという意識はあったりするのでしょうか?
「それはあると思う。トークをやるようになって、常に自分にとって新しい音楽を聴くようになったしね。トーク番組の経験は、私の人生を変えたと言ってもいいくらい。世界との繋がりかたが変わったし、そこから音楽のテイストがさらに折衷的になった。それはさっきも話した通り、今回のアルバムのサウンドにも映し出されている。番組でのアーティストとの会話は、私がバックステージでしている会話と同じようなもの。質問して、音楽の知識を深めるっていう。そこからインスピレーションを得て、自分の音楽に活かしたくなることもある。そういう意味で、区分けはしてないかな。トーク番組は、ミュージシャンとしての私を成長させてくれると思う」
――昨年には、ドキュメンタリー映画『XY Chelsea』のサントラを手がけましたね。自分が歌うことが前提になる作品と比べ、インストゥルメンタルの作品に取り組むのは、どんな違いがありましたか?そこでの経験も本作に反映されたりはしましたか?
「他の誰かの作品を意識して自分が何かを作るというのはもちろん新しかったし、自分自身その新鮮さをとても楽しめた。サウンドトラックの作業は、“表現”というより“転写”。それぞれに学ぶことがあるし、異なるやり甲斐がある。だからアルバムにはあまり影響していない。私にとってそのふたつは全然違うもの」
――わかりました。ところで、少し前に「生まれ変わったらDave Vanian(THE DAMNED)になりたい」と言ってましたよね?
「アイコニックなシンガーだし、彼の写真を見るたびに、私じゃないか?って二度見しちゃうからそう言ったんじゃなかったかな(笑)。どこか似てるところがある。髪型もカブってるし(笑)。私の髪型って、彼とMike Pattonの中間だと思う(笑)」
――ぜひ、ソロ・アーティストとしても来日してコンサートを実現してほしいと思っています。その可能性はあるでしょうか?
「もちろん。日本は最高の時間が過ごせる場所だもん。絶対に行く。また訪れる日が本当に楽しみ!」
■ 2020年6月12日(金)発売
Jehnny Beth
『To Love Is To Live』
https://jehnnybeth.lnk.to/TLITL
[収録曲]
01. I Am
02. Innocence
03. Flower
04. We Will Sin Together
05. A Place Above (feat. Cillian Murphy)
06. I’m The Man
07. The Rooms
08. Heroine
09. How Could You (feat. Joe Talbot)
10. French Countryside
11. Human