Interview | くまちゃんシール


持てない恩は持たなくていい

 neco眠る、CASIOトルコ温泉、EMERALD FOURなどで活動するおじまさいりが、くまちゃんシールという名義で2013年からソロ活動をしていたことはひそかに知られていた。2017年リリースのカセットテープ作品『朝昼兼用』(Hoge Tapes)をはじめ、SoundCloudやTuneCoreで作品に触れることはできた。

 その彼女の音楽に着目したのが、大阪から世界に真のオルタネイティヴ・ミュージックを発信し続ける「エム・レコード」。主宰の江村幸紀のオファーを受け、3年以上をかけて完成した1stアルバム『くまちゃんシール』は、もともと彼女が持っていたノンジャンルなエレクトロニカ + ヴォーカルが、Le Makeup、Takaoというエム・レコード人脈の参加によってアンプリファイされ、鮮烈な印象を残す作品に仕上がった。宅録にまつわるプライベートな手作り感やインナーすぎるスピリットを回避しながら、この音楽は未来のキュートさにたどり着く。


 おじまさいり、こと、くまちゃんシールに行ったロング・インタビューは、この音楽の成り立ちと彼女が今いる場所を教えてくれる。無意識の名言連発。インタビュアーの自分が言うのも変だけど、めちゃめちゃ刺激的な会話だった。


取材・文 | 松永良平 | 2023年5月
Main Photo ©Yui Fujii | Visual Direction: Miki Nakamura
くまちゃんシール | Photo ©Yui Fujii | Visual Direction: Miki Nakamura
Photo ©Yui Fujii | Visual Direction: Miki Nakamura

――おじまさんがソロアルバムを出すという話は、実は去年の11月くらいにBIOMAN(neco眠る、千紗子と純太)からなんとなく聞いてはいました。
 「すごく時間がかかりました。エム・レコードの江村(幸紀)さんが声かけてくれたのがコロナ前だから、3年以上くらいかな」

――ソロ活動としてのくまちゃんシールはいつ頃から?
 「2013年からです。その頃、私はLOVELY SNOOOPY LOVEというバンドを自分でやっていたんです。メンバーはほぼCASIOトルコ温泉と同じなんですけど、ライヴのオファーはCASIOのほうが多かった。私自身は、LOVELY SNOOOPY LOVEのほうの静かなトーンというか、CASIOにはなじまない曲を作るのも好きだったから、別口でソロをやりたくなったというのが始まりです。でも、初期は曲も少なく、めちゃくちゃ細々とやってました」

――最初から名前は、くまちゃんシール?
 「一番最初は全然違う名前でしたけど、すぐにくまちゃんシールにしました。私、昔シモジマ(包装用品・店舗用品ショップ)で働いていて、グリーティング・カードやシールを補充する仕事をしてたんです。その中に“くまちゃんシール”っていうのが本当にあって、それを補充してるときに“私はこのシールが一生好きやろうな”という気持ちになり、そのまま私の名前にしようと決めたんです。今思えば、パッと思いついたその瞬間を大事にしたくて、そのまま付けちゃった感じ。勢いでタトゥを入れちゃうみたいな(笑)」

――名前の中に瞬間と永遠が同居してる感じでいいじゃないですか。本格的に活動を始めたのは?
 「くまちゃんシールをちゃんとやりだしたのは2017年です。Hoge Tapesからカセットで『朝昼兼用』を出した頃くらいから。ちょうど関東に越してきた時期ですね。大阪にいた頃は、普段は働きながら、necoもやって、CASIOもやって、EMERALD FOURでは歌も歌って、いろんなことがぐちゃぐちゃになって自分でも何がしたいのかよくわからなくなっちゃっていて。こっちに越してきてすぐは仕事もしていなかったから、ちょっと自分的に整理がついたので、ソロのカセットを作ったという感じです」

――エム・レコードからオファーがきたのはどんなタイミングで、何がきっかけだったんですか?
 「江村さんとは全然面識がなかったんです。2019年の夏にEMERALD FOURのライヴで大阪から東京へ帰るときに、SoundCloudのDMでオファーが来て。江村さんは私のことをOPAL7さん経由で知ってSoundCloudを聴いたって言ってたかな」

くまちゃんシール | Photo ©Yui Fujii | Visual Direction: Miki Nakamura
Photo ©Yui Fujii | Visual Direction: Miki Nakamura

――いきなり「うちから出しませんか?」と。
 「そうです。え?うそ!ってびっくりしました。それで“やります”と返事しました。江村さんは、とにかく私の声を活かした作品にすると考えていたんです。でも、アルバムのオファーが来た時期、一番自分の声に対して落ち込んでいて、歌うのはやめようくらいのことを思っていたから、それで余計びっくりしたというのもありました。あと、その頃、私のパソコンがクラッシュしちゃっていて、以前から作ってた音源のパラデータがほぼ消失した状態だったんです。関東に引っ越したし、結婚もしたし。だから、江村さんには“ちょっと時間がかかります”とも伝えました。江村さんは最初から歌物のアルバムで、レコードにすると言ってました。だからレコードの尺を想定して、既存曲と新曲を足して作ろう、という話で始まりました」

――Le Makeupさんのサウンド・プロデュースや、Takaoさんのリミックスでの参加については、江村くんは最初から想定していたんでしょうか?
 「それは途中からでしたね。だんだん足されていった感じ。最初は私、一筆書きみたいにシンプルな曲でいいと思ってたんです。でも私が提出した音源に対して江村さんは“これじゃデモじゃん。スカスカだよ”という反応で」

――すでにあるくまちゃんシールの音源を聴いてオファーをくれたのに、提出した楽曲に対して「デモじゃん」みたいに言われると、クエスチョンマークが浮かびますよね。
 「そうそう!コロナの時期に入っていて直接あまり会えなかったし、江村さんがどんな人かわからなくて、うーってなりながらやってましたね」

――どのへんから、そのすれ違いがうまく合わさっていったんですか?
 「Le Makeupくんの『微熱』(2020)がエム・レコードから出て、彼と私の音楽が合うんじゃないかなと江村さんが思ってプロデュースで誘ってくれたんです。Le Makeupくんとは1度DJで同じ現場にいたことがありましたけど、全然喋ったこともなかった。Takaoさんに至ってはまだ一度も現実で会ったことがないんですけどね。共同作業したとか、キャッチボール感はあまりないんですよ。わからないまま進んでるのもあって。“あ、こうきた?はい!”みたいな(笑)」

――誰とも全然意気投合してない(笑)。
 「そうなんです(笑)。一方通行のまま。私のミュージシャンシップみたいなのが足りなくてごめんなさい!でも、その反面で、完成した作品は私っぽいなとも思うんです。“みんなで折り直した折り鶴”みたいな印象があるんですよね。折り目が多くてちょっとクシャクシャっとしてる。何度も折り直した感じというか、いろんな人が助けてくれたんだけど、どんな道筋を通ったとしてもこういうアルバムになったんだろうなとも思いました」

――わかります。フローチャートで、途中でわざと自分の本音とは「YES」「NO」を変えて進んでやる、と思うんだけど、結局最後は同じ結果にたどり着くというね。
 「そうそう!あなたはB、みたいな(笑)」

――自分じゃない自分になってしまっているという感じではないですよね?
 「そうですね。全体を通すと、そこまでは思わないです。Le Makeupくんは、私のもともとの音を潰さずに雰囲気は同じ感じでやってくれてましたし。けっこう変わったのは“食む”くらいかな。Takaoさんは作業の最後のほうに参加してくれて、“CHINA珊都異知”の1曲だけだったんですけど、リミックスによって原曲の面影が全くなくなりました。ここまでやると私の曲じゃないとも思いましたけど、それはそれでいいんです。きれいなシールが貼ってあればいいかな」

――普通は自分というシールにこだわりたいところですが。
 「私、なんか対ヒトとの関係があまりうまくないというか。作る音楽も、誰かにぶつけるとか、人に対して訴える感覚がかなり薄いらしくて。コミュニケーションというより自分の記録みたいだと言われたことがあります。だけど、今回入れた曲でも古いのは10年くらい前のもので、そういう曲だともうコアの部分が私のなかでは溶けてるんですよ。だから、私にとってのこのアルバムを意味するタイトルも決められなくて、結局『くまちゃんシール』になっちゃったんです。別に自分に自信があるわけじゃなく」

――逆もありますからね。そうとしか言えないからセルフタイトル、みたいな。THE BEATLESのホワイト・アルバム(『The Beatles』)なんかがそうだけど。
 「確かにそうですよね。“今の私の全部入ってます”ともいえるけれども、どうやっても出る自分に対する諦めも半分あるんです。グッと気合を入れて作って聴いてもらうという感じでもなく、“なんか出ちゃった”という感じ」

――「コアが溶けちゃってる」という表現も言い得て妙で。
 「我が出てるというのはわかるんだけど、我を出そうと思ってやったわけではないんです。最近はそういうことを諦めてきましたね。人って“三つ子の魂百まで”みたいなところがあって、それを持って歩いたほうがいいんだなみたいな気持ちがあります。このアルバムもそうなんだと思ってます」

くまちゃんシール

――くまちゃんシールというアーティストの表現というよりは、“どう繕っても出てきてしまう私”。
 「そうですそうです。鶴のかたちじゃなく、さっきも言ったように、折りジワが私だってことです。鶴のクシャクシャが私。これができて、やっとスタート地点に着いたかな。これまでは全部の活動をよくわからないままやってるところもあったし、音楽という会場の入り口がどこかわからなくてずっとうろうろしてる感じでした。今は色んなことがようやくはっきりして、曲を作るのも楽しくなってきてます。もともと私は楽器ができたり音楽に詳しいわけでもなく、大学のときに彼氏がバンドやるから入ったというタイプだったから、何にもわかんないままここまで来て、やりたいことにたどり着いたんでしょうね。10年かかってますね(笑)」

――すぐに結果と達成感がある即効性よりも、自分にとっても遅効性の音楽表現だったのかもしれない。自分なりの公式というか、やりかたをようやく見つけたような。
 「うーん。こういうことができたらいいんじゃないかとか背伸びして思ってたものを全部落としました(笑)。いらねえな!使えないって。自分が何をしたいか、どういうものが必要かを考える建設的な人にやっとなったんです」

――完成したアルバムについて、江村くんは何と?
 「江村さんは“何回も聴ける感じがあっていい”と言ってましたけどね。もともと江村さんは“1回通して聴けばわかる音源じゃないようにしたい”とは言っていたんです。そういうところまでは行ったんじゃないかとは感じてくれたみたい」

――確かに曲の起承転結が予想できないし、アルバム全体にも1回だけではわからない中毒性があります。ポップスを作り慣れてる人からは出てこない文法というか。
 「普通、音楽をやる人ってポップスが絶対好きじゃないですか。ポップスに恩がある人が多い。私はそれがないんです」

くまちゃんシール

――ポップスへの恩?
 「そう。それがないのが私の引け目なんです。そのことをめっちゃ長く引きずってたんですけど、去年くらいから“持てない恩は持たなくていい”と思うようになった。私は恩知らずでいいやって(笑)」

――私は恩知らずでいい。すごいワードですね。でも、なんだかわかる。
 「何かを作る人は、その対象への恩がある。みんな、レンガで家を作るようにして音楽を作れるんですよ。私はそれがないから家がワラなんです。だから、自分なりに良いワラの家を建てる、庵を結ぶみたいな考え方で音楽をやっていったらいいのかなと思ってます。何かを作りたい欲はめちゃあるし、歌も歌いたい。だから、ポップスへの恩がないことと、自分がやりたいことが合わさったのが、今回のアルバムです(笑)」

――それってポップス的ではないかもしれないけど、ある意味フォーク的、フォークウェイズ的というか、個人ではなく、人の営みへのまなざしだったりしませんか。ポップスはやっぱり築くし、積み上げるし、着飾るし、演じるじゃないですか。おじまさんの作りかたは、もっと意識しない営みに近い。食べたり、寝たり、歩いたり。だから記録に例えた人の気持ちもわかる気がする。
 「確かにそうですね。そっちに行こうかと思ってます。昔はそれこそ私は“恩タイプ”の場所にいたんです」

――“恩タイプ”!(笑)おじまさんのこれまでの活動は、どっちかというと恩タイプの側だったんですけどね。
 「そうか!みんなと一緒にして、私は間違ってるんだなーとずっと思ってたんです。勢いでこっち(恩サイド)に入って、そのままやってるから。でも、それって森(雄大)さんがneco眠るに入った若い頃の感じと同じかもしれないですね。周りの歳上の人たちにいろんな音楽を教わって、自分がやってるのはそれへのアンサーだみたいなことをインタビューでよく言ってるんですけど、私の音楽もそういう意味での恩へのアンサーみたいなところがある。自分ではそういうつもりはあまりないけど」

くまちゃんシール | Photo ©Yui Fujii | Visual Direction: Miki Nakamura
Photo ©Yui Fujii | Visual Direction: Miki Nakamura

――これからは恩がなくても音楽は作れる。
 「今はおばさんになって、別に間違いとかないなって思ってる。トシを取るのはいいですね。しかも、それを江村さんが出すっていう。江村さんってちょっと素人っぽい女性の歌が好きじゃないですか?ディーヴァ型じゃなく、ちょっと小室寄りというか。声のセンスがそうだから私が選ばれたんじゃないのかなと今は勝手に思ってます(笑)」

――最後に、アルバムの曲の話をしておきましょうか。
 「“生牡蠣”がいちばん古い曲です。当時好きな子がいて彼をイメージして作ってましたね。だからこれだけラヴソングですね。恥ず(笑)!“狼の庭”は、私の中で歌舞伎町とか宗右衛門町とかの雑居ビルの汚いシェアハウスみたいなところで暮らしてる人たちのイメージで作ってますね。“カヌーで火を焚く”は、私がインフルエンザにかかったときにチリのドキュメンタリー(『真珠のボタン』2015, パトリシオ・グスマン監督)を観て、カヌーのシーンが印象に残ったから作りました。“芦毛の馬”は夏目漱石の『夢十夜』の馬の話からです。奥さんが旦那さんを助けに行って転けて死んじゃうやつ。“ペディキュア”は工場でバイトしていたときに、鳥になった気持ちで作りました」

――曲名がどれもすごいですけど。
 「私、字を集めるのが好きなんです。好きな字面をずっと集めていて、それを曲に付けるのが好き」

――「羹」や「CHINA珊都異知」とか?
 「“CHINA珊都異知”は森 茉莉的な発想ですね。いい字面ってそれだけでイメージが湧くんです。“ラドナミン”はelectribeでバッと作った曲です。ラジオで『たまむすび』を聴いていて、その日は金曜日で玉袋筋太郎さんが出演していたんです。玉袋さんが行っていたラドン温泉が廃業してラドン難民のおじさんがいっぱいいて、みたいな話をしていて、“ラドン難民”っていいなと思い、でも“ラドン”はちょっと意味が重いからキュッと縮めて“ラドナミン”に(笑)」

――曲先ですか?詞先ですか?
 「歌詞は後です。詞先もやってみたいんですけど、実行はできていないですね」

――今回、リリースは配信とレコード、CDですが。
 「私、家でもレコードが聴けないから、あまりイメージが湧かないんです。聴かないかたちの音源になるのは変な感覚ですね」

――でも、おじまさんの大きい顔がレコード屋さんに並びますよ。
 「たしかにね。でも私、CDすらあまり買ってきてないから、本当にピンときてないですね。まだ近所のスーパーに置いてあるほうがピンとくるかもしれない。なんて言ったらいいんだろう。昔行った蒲郡(愛知)の竹島ファンタジー館のことを思い出しましたね。貝殻で作ったけっこうグロテスクな菊人形とかが展示されているんですけど、そこのお土産売り場に、坂上 忍が昔主演したドラマ(『天界戦士ファンタジー伝説 レムリアの陰謀』)のVHSが“デッドストック!”って書いて並べて売ってあった。あんな感じのイメージですかね?ここになぜ?みたいな(笑)」

kumachanseal / PKNY Linktree | https://linktr.ee/pknykumasairi

くまちゃんシール『くまちゃんシール』くまちゃんシール『くまちゃんシール』■ 2023年6月23日(金)発売
くまちゃんシール
『くまちゃんシール』

CD EM1206CD 2,500円 + 税
Vinyl LP EM1206LP 3,000円 + 税

[収録曲]
01. 食む
02. 狼の庭
03. ラドナミン
04. ペディキュア
05. CHINA珊都異知
06. 晩夏
07. 芦毛の馬
08. 生牡蠣
09. カヌーで火を焚く
10. 羹
11. TINYCELL

くまちゃんシール
アルバム発売記念インストアイベント
https://www.instagram.com/pianola_records/

2023年6月23日(金)
東京 下北沢 Botany (BONUS TRACK KITCHEN) / pianola records

| インストアイベント at Botany
15:00-20:00
観覧無料(要1ドリンクオーダー)

| In-Store at pianola records
20:00-21:00
3,000円(税込 / 予約制 / 現金のみ / 10名限定)