シーンからはみ出たアンビエント / ニューエイジ
取材・文 | 小野田 雄 | 2023年7月
写真 | TAKUYA FURUSUE
――2017年にHMVの社内企画盤として第1弾作品がリリースされたコンピレーション・アルバム『幻の湖 -Lake Of Illusions-』は、第3弾作品となる2021年の前作から寺町さん運営による完全自主制作作品としてリリースされるようになりました。ご自身で全てを手掛けられるようになって変化はありますか?
「完全自主でのレーベル運営は100%自分の思い通りに動けますし、参加アーティストや周りのかたも協力してくれて、金銭面を除き、自由でいいなと思いますね。金銭面に関して、今回は初めてアナログも作ったので、ひとりで背負う怖さも感じているんですけど、良い曲を提供してくれたアーティストに対して責任があるのはもちろんのこと、良い意味で自分の動きに対して緊張感を持つことができたというか、レーベルを立ち上げた原点に立ち返った気分ですね」
――そして、レーベルを継続することで、設立当初と比べると、アーティストの繋がりが広がっているような印象を受けます。
「そうですね。2021年の前作『幻の湖 -Lake Of Illusions Vol.3-』は、Bushmindが影のディレクターとして、YAMAANさんやind_fris、エンジニアの得能(直也)さんを紹介してくれたことが大きく作用した作品だったんですけど、その流れはその後も続いていて。今回もBushmindとind_frisが参加してくれていますし、周りの人たちからの紹介で内容にさらに広がりが出たと思います」
――『幻の湖』は毎回テーマが設けられていますよね。2017年の第1弾が“サイケデリック/ ポップ / チル / メロウ / フレッシュ”、2020年の第2弾が“水”、2021年の第3弾が“ジャズ”ときて、今回は“Endless Summer”、“終わりなき夏”がテーマになっていますよね。
「前作も“ジャズ“をテーマにしつつ、いい意味でストレートなジャズっぽさはほぼなかったんですけど(笑)、今回“終わりなき夏“をテーマにしたのは、自分の中で夏というのは感性が特別輝く気がして、アンビエントという繊細な表現と響き合うように思ったからなんです。実際、参加アーティストにテーマをお伝えした際に他の作品と比べて、すんなり受け入れてもらえた感触がありましたし、できあがったそれぞれの楽曲に統一感があるようにも感じられて、アーティスト側に立つと、音楽ジャンルではなく、抽象的なテーマのほうが取り組みやすかったのかなって」
――まず、テーマを決めてからアーティストに声をかけていったんですか?
「そうです。最初に声をかけたのは1年半くらい前ですかね。当初は昨年のリリースを考えていたんですけど、1曲できあがったら次の曲という感じで、じっくり考えて、丁寧に進めていきました」
――コンピレーションの制作は、参加アーティストに一斉に声をかけることが多いと思うので、慎重に制作を進められたんですね。
「自分でやっておきながら、すごく燃費が悪い作業でしたね(笑)。ただ、いろんなアーティスト、楽曲の組み合わせ、つまりコンパイルが自分の仕事なので、アーティスト、楽曲のバランスをすごく意識して、1曲1曲進めていきました。ただ、当然のことながらどんな曲になるのかというところまではこちらでコントロールできないので、蓋を開けてみなればわからないわけですが、結果的に、今回は自分がイメージしていた楽曲を頂いて、それがうまくひとつにまとまったと思います。あと、後半にぶつかった壁として、アナログ・フォーマットに収まるように収録時間の制限がありました。1枚に収めるとなると、片面20分以内、トータル40分がベストの音質なんですよね。だから後半、時間調整したのは初めての経験だったんですけど、自分はいろんなものを詰め込みすぎる傾向にあるので、今回は制限がプラスに作用して、雑然とした内容にはならず、すっきり聴き通せる作品になっているんじゃないかと思います」
――リスナーにとって『幻の湖』は新しいアーティストとの出会いの場でもあると思うので、それぞれの楽曲を紹介していただきたいんですけど、まず1曲目の「Firmament Echoes」は、京都のハードコアバンド.islea.の一員としても活動している.daydreamnation.によるものです。
「.daydreamnation.さんはseminishukeiの一員でもあって、2021年にリリースした“DAYDREAM STEPPERS EP”は7”シングルに7曲の短い曲が収録されていて、長尺曲が多いアンビエントとしては珍しい作品だったんですよね。作風も他にはないミステリアスなものがあって今回お願いしたんですけど、お願いしてからしばらく連絡がなかったんですよ。ちょっと心配だったんですけど、今年、年明けに連絡があって。連絡が取れない間に病気を患っていたみたいで、そこから復活した心境で作ったのが“Firmament Echoes”という曲なんです。だから、病を乗り越えた感じが曲目に表れていて、本人の言葉通り“晴れた空の雲の上の、はてのない、澄んだ空気の場所に流れる音楽”だと思います」
――2曲目の「Banana」は、海外でも多数のリリースがあるH.TAKAHASHIさん。東京・三軒茶屋のレコードショップ「Kankyo Records」のオーナーであり、建築家でもあって、音で空間デザインをしているような作風が特徴ですよね。
「H.TAKAHASHIさんは、個人的にKankyo Recordsに買い物にも行きますし、今回真っ先に声をかけたいなと思ったひとりです。建築家としての視点が音楽にも表れていて、現代の吉村 弘と形容できそうなかたですよね。iPhoneとかiPadで曲を作ったりもしていて、多くの人に支持されている現代のアンビエント / ニューエイジにおける中心人物だと思いますし、H.TAKAHASHIさんらしい、デザインされた曲になっていますよね」
――3曲目の「You Are Balearic」は音楽ライターとしても活動されているTOMCさん。ビート・ミュージックがルーツにあるかただと思っていたので、ノンビートのトラックには驚きがありました。
「TOMCさんは海外レーベルからリリースしたカセットのアンビエント作品『Music For The Ninth Silence』を聴いて、お願いしようと思いました。ライターとしても音楽のレンジが広くて、5月にリリースしたアルバム『True Life』もアンビエントだけど、ビート・ミュージックも融合されていたし、今回の曲タイトルにもBalearicと付けられていたり、アンビエントにいろんな要素を含ませているオルタナティブなところに共感を覚えたんです」
――そして、4曲目の「Senkei」は前作に続いての参加となるind_fris。彼の音楽のどういう部分に惹かれますか?
「前作の前半パートの流れを引き継ぎたくて、今回もind_fris、Bushmindにお願いしたんですけど、ind_frisはブラックメタルも好きだったり、音楽的なバックグラウンドも間口が広くて、ライヴのスタイルもその時々で変わったりしていて、テクノ、ハウス的なこともやれば、ドローンみたいなこともやっていて。ただ、どのスタイルであっても、彼の音楽は綺麗ですよね。ブラジル音楽からも影響を受けているみたいで、その音楽には常に抜けた感覚がある気がするし、音色の選びかたも考えられたものだな、と思います」
――アンビエント / ニューエイジと一言でいっても、それぞれのバックグランドが投影されているところにおもしろさがあって、その多彩さが『幻の湖』の大きな特徴になっていると思います。5曲目の「The End Of One」を提供したBushmindもヒップホップとテクノ、ハウスのクロスオーヴァーをいち早く実践してきたアーティストですよね。
「近年、Bushmindもニューエイジ / アンビエントに傾倒しているんですけど、彼の場合は昔からそういう要素をミックスしてきた人ですし、2019年にニューエイジ / アンビエントをテーマにしたミックスCD『New β Sound』は説得力の大きさと懐の深さを感じましたね。前作に提供してくれた「Stella Blue」がニューエイジ色が強かったのに対して、今回はクラブ・ミュージック・シーンにおける百戦錬磨の経験も織り込まれていますし、アルバム前半をカラフルなものにしたかった僕のイメージに見事合致した曲をあげてくれてうれしかったですね」
――そして、B面1曲目のJesus Weekendによる「Sacred Place Without A Name」はアンビエント / ニューエイジというより、サイケデリック色が強いように思いました。
「そうなんですよ。Jesus Weekendはもともと同名の3人組のサイケデリックなガールズ・バンドをやっていて、そのギター・ヴォーカルだったSeiraさんがその名前を引き継いで活動されているんですよ。だから、この曲には彼女のサイケデリックなバックグラウンドが表れていますよね。そして、サイケデリックでありつつ、アンビエント / ニューエイジに接続している部分がおもしろくて、それが他にはない個性になっていると思いますし、この曲は60年代のサイケデリック映画のサントラみたいですよね」
――B面2曲目の「Float」は、CampanellaやKid Fresinoをはじめ、錚々たるラッパーにビートを提供している愛知・名古屋のプロデューサー・Ramzaによるもの。彼もまたダンス・ミュージックをはじめ、様々な音楽に造詣が深いですよね。
「Ramzaさんは、自分の中で東のBushmind、西のRamzaという存在で、彼も音楽の懐が深いですよね。ビートも作れば、この曲のようなアンビエントも作れるオルタナティヴなセンスの持ち主だと思います。個人的に、去年出した舞台音楽作品『Whispering Jewels -ひび割れの鼓動-』がすごい表現世界だなと思いましたし、最近出したミックスCD『Metastasis』もめちゃくちゃ良くて。ライヴもものすごいとしか言いようのない音を出すし、そのライヴを見た興奮のまま、声をかけさせてもらったんです。Ramzaさんは『幻の湖』をすでに聴いてくれていたのでその後のやりとりも早くて、“ズブズブのアンビエントを作ります”と言い、この曲を仕上げてきてくれました。彼の音は、ビートこそ暴力的だったりするんですけど、全体として水のように耳に入ってくるというか、自分の中ではアンビエントとして捉えています」
――B面3曲目の「Kawamo」はind_frisから紹介されたというAm Shharaさん。音響的にもユニークなモジュラー・シンセサイザーによるアンビエントです。
「名古屋のアンビエント作家、Am Shharaさんは、2022年に琵琶湖のアンビエント・パーティ“LAKESIDE DREAMS”にDJで出演したときに宿で同じ部屋だったind_frisから紹介してもらいました。彼女もリリース作品は多くはないんですけど、カセットテープをリリースしていて、作品を聴いて、声をかけました。Ramzaさんとも繋がりがあるみたいで、今回の『幻の湖』は独自に進化を遂げている名古屋のシーンの一端が垣間見える作品にもなっていると思います」
――B面4曲目の「Flavor Of Mirage」はこれまたモジュラー・シンセ使いのプロデューサー、Ultrafog。ただし、彼がこれまでリリースした作品とは作風が大きく異なりますよね。
「意外ですよね。UltrafogはBushmindに紹介してもらったんですけど、彼は30歳前後で若いのに、作品を聴かせてもらったら、90年代のクラブ・ミュージックを通過したようなセンスが感じられるアブストラクトな作風だったんですね。でも、この曲では2000年代のフォークトロニカに通じるものを上げてきて、本人も“こういう曲を初めて作りました”と言っていて。だから、この人もいろんなことができる人なんだろうなと思いました」
――そして、作品を締め括るB面5曲目の「Summer Never Ends」は神戸のシンガー・ソングライターUG Noodleによるローファイ・カントリー・バンド、The Anomoanonのカヴァー曲です。Bushmindの名作ミックスCD『Letter To Summer』に収録されたことで脚光を浴びたバンドでもあります。
「The AnomoanonはWill Oldhamの兄弟がやっているバンドなんですけど、最初にUG Noodleと話したときに“カヴァーでもいいですか?”とだけ言われて。その後この曲が上がってきたんです。UG Noodleもハードコアがルーツにありつつ、メロウなポップ・ミュージックをやっていて、様々な音楽に造詣が深くて、この曲もカントリー、アメリカーナの文脈でのアンビエントと捉えることもできるのかなって」
――以上10曲をご紹介いただきましたが、作品全体としては1曲目の.daydreamnation.から5曲目のBushmindに至るA面は外向きで、開放的な印象。6曲目のJesus Weekendから10曲目のUG Noodle至るB面は、内面的でディープな流れが最終的に歌モノに着地する一連の流れがありますよね。
「朝から始まって、昼、夜への時間経過が最終的には早朝をイメージしたUG Noodleに辿り着く流れを自分なりの曲順で表現しました」
――今回、作品のコンパイルを通じて、現在のアンビエント / ニューエイジ・シーンを俯瞰してみて、どんな印象を受けますか?
「昨今のアンビエント / ニューエイジ・リヴァイヴァルも相まって、国内外のレーベルからリリースされる作品は増えているし、リスナーとしては日々楽しいんですけど、『幻の湖』はそのシーンからははみ出していると思っていて。参加アーティストをそれぞれ見ていくと、H.TAKAHASHIさんやTOMCさん、Jesus Weekendのような現在のアンビエント / ニューエイジ・シーンで活躍しているアーティストもいますが、作品の比重としてはアンビエント / ニューエイジという枠にとらわれない、むしろ一筋縄でいかないアーティストが多いですよね。だから、現代の多様性に富んだアンビエント / ニューエイジがひとつの作品にうまくまとまっているんじゃないかと思います。もっとも、ここでは便宜上、アンビエント / ニューエイジという言葉を使っているだけであって、自分としては『幻の湖』がひとつのジャンルというか、音楽を自由に捉えて作品をまとめたつもりなので、この作品を聴くかたにも自由な解釈で楽しんでもらえたら嬉しいですね」
■ 2023年7月19日(水)発売
『幻の湖・永遠の夏 -Lake Of Illusions vol.4-』
CD MBNM-009 税込2,500円
vinyl MBNM-011 税込4,400円
CT MBNM-010 税込1,980円
[収録曲]
01. .daydreamnation. | Firmament Echoes
02. H.Takahashi | Banana
03. TOMC | You Are Balearic
04. ind_fris | Senkei
05. Bushmind | The End Of One
06. Jesus Weekend | Sacred Place Without A Name
07. Ramza | Float
08. Am Shhara | Kawamo
09. Ultrafog | Flavor Of Mirage
10. UG Noodle | Summer Never Ends