Interview | つやちゃん


物事の原理を覆してしまうような視点

 筆者がつやちゃんを知るきっかけとなったのは、DU BOOKS『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(2022)が出版されるというニュースだっただろうか。valknee / 伏見 瞬との公開鼎談で、初めて聞いた声は、ヒップホップについてメインに書いているという人物とは想像できないくらいに整然と落ち着いたトーンで、一体どんな人物なのか深掘りしたくなった。「ヒップホップを聴いていて、すごく思うのが……、ルーズさとか粗さみたいなものを大事にしてるなって。それってやっぱり、自分の中でけっこう衝撃だったんですよ」という言葉から、つやちゃんという人物について、少しだけ読み取れた気がした。

取材・文・写真 | SAI (Ms.Machine) | 2022年12月

――自己紹介をお願いします。
 「文筆家、ライターのつやちゃんと申します」

――つやちゃんさんの名前の由来を教えてください。
 「“その人ならではの艶”というか、色気や身体性みたいなものがもっと入ったものを読みたくて。じゃあ、自分で書こう!と思って、書き始めた感じですね。それで“つや”っていうのを名前に入れたかったんです」

――なるほど〜!その“つや”だったんですね。
 「え?どの“つや”だと思ったんですか(笑)」

――本名をもじった名前かと思っていました!
 「いえいえ。“つやをちゃんと入れたい”を略してつやちゃんです。あと、男の人が書いたものとか、女の人が書いたものとか、性別で判断されたくないな、っていうのもあります」

――ピンクのアイコンや、名前に“ちゃん”が入っていたり、わりと、いわゆる“女性”の記号が多めだな、と思っていました。それは、意図的なものがあるんですか?
 「ガールズ・カルチャーが小さい頃から大好きで。コスメだったり、ファッションだったり、音楽や小説もどちらかというと女性のものや女性が作ったものが好きでした。でもハスラー・ラップとかマフィア映画とかも好きだからよく分かんないんだけど。なんかごちゃ混ぜなのかな。男性の中の自分だったり、女性になったときの自分のいろんな視点があって、それが書くものにも投影されています。そういうのもあって“ちゃん”って」

――なるほど。コスメで思い出したんですけど、aespaのライブを見た後のつやちゃんさんのツイートで、メイクのことにも触れていたのが印象的でした。そういう視点から考察している人って、あまりいなかったので。
 「日本に対してどういうプレゼンテーションをしてくるのかっていうのは、化粧だったり、見た目にも如実に出てくると思っていて。あの時は特にKARINAがけっこう甘い感じできたなって」

――noteの記事がきっかけで文筆業をしているとのことでしたが、具体的にはどういった経緯だったのでしょうか?だいたい何年前くらいから書き始めましたか?
 「2019年の12月なので、もうすぐ丸3年ですね」

――おお、そうなのですね!最近、yukinoiseちゃんにインタビューしたんですけど、yukinoiseちゃんも、同時期にnoteで書き始めたって言ってましたね〜。
 「yukinoiseさん!自分の書籍のレビューとか書いてくださっていて」

――そうなんです。リンクさせていこうと思いまして。
 「めちゃくちゃ良い並びだ~」

――わ〜い!そう言ってくださって嬉しいです。2019年の12月に何があったのでしょう。
 「なんだろう……。それまで文章を書いたことは全くなかったんです」

――えっ!そうだったんですか。
 「世の中に公に公表する文章っていうのは、書いたことが一度もなくて。2019年の12月に、10年代が終わるから、いろんな人がいろんなものを書いたりしていたんです。でも自分の中で言いたいことが、まだ言い表せてないような気がして、無性に書きたくなってきたんですよ。ないなら自分で書くべきだ、ってなって。謎の使命感にかられて、1万4,000字くらいの記事を書いたんですよ」

――なるほど、誰もやっていないなら自分でやろうというスタンスですね。
 「初めて書くから、全く上手く書けなくて。1ヶ月くらいかかりました。でも、これで自分の中でもやもやしていたものが、なんとなく言語化できた感じがした。本当に年末、2019年の12月の27日とか28日とか、ギリギリで公開したんですけど。そうしたら、意外にもいろんな人に読まれて、自分の描いたことが伝わった気がして」

――それは嬉しいですね。
 「これだけ伝わるんだったら、もうちょっと書いていいかな、と思って、次々出てくる言語化したいことをしていった感じですね。と言っても月1本くらいで、最初はそんなに精力的に書いていなかったんですけど。それが始まりです。そこから4、5本くらい書いて、KAI-YOUというメディアのかたから“連載しませんか”というお話をいただいたんです。“テーマは相談して決めましょう!”とのことだったので、いろいろ議論をする中で、自分が女性のカルチャーとかが好きだという話をして、かつヒップホップが好きだという話をしていたら、女性のラッパーのことで連載をしてみたら意義があるかもしれない、という話になったんです」

――なるほど。
 「じゃあ、書いてみましょうか、という感じで始めました。書籍化とかを視野に入れて書けたらいいですね、みたいなことを言われていたんですけど……“そんな、本なんて……”みたいな感じだったので(笑)。自分の書くものに、そんなに自信もないし。だから、なんとなく始めたという感じです。その連載を計10回、月1回更新していました」

――そういう流れだったんですね。
 「その10ヶ月間は、女性のラップなどを相当ディグったし、勉強したし、って感じですね……」

――なるほど。KAI-YOUの連載ですが、DU BOOKSさんから出版されていますよね。そのお話を聞きたいです。
 「最初はKAI-YOUで本を出そうという話で書いたんですけど、途中でその連載を読んだDU BOOKSのかたからご連絡をいただいて、意義のある書籍なのでぜひDU BOOKSで出しませんか、と言われました」

――Twitterの“レイヤー”について、ツイートされていましたが、そのお話を聞きたいです。
 「コミュニティという機能がついたり、サークルとか、けっこうみんないろいろ使っているじゃないですか」

――最近は、また仕様が変わりましたね。
 「SNSが一部クローズドの空間になっていたりして。いろんなレイヤーの線が走っているのが、とても複層的になっていることに関して、そうならざるを得ないよなって。やっぱり殺伐としているから」

――なんで最近、世相が殺伐としてると思いますか?
 「そうですね……。なんでだろう」

――数年前と比べて、タイムラインに殺伐とした言葉が飛び交うようになったと感じますか?
 「確実になりましたね」

――殺伐としていると、私も感じることがあるので、なぜなのかを最近考えているんです。
 「う〜〜ん……。貧しいからじゃないですか?個人個人もそうだけど、国として貧しくなってる。金銭的なところもそうだし、文化的なところもそうだし、全てひっくるめて、余裕っていうところがなかなかなくなってる。だからこそ、そういうところに声を上げるヒップホップとかが今、すごく支持を得てるっていうのはあるだろうし」

――たしかに、時代を反映していますよね。今、ヒップホップを盛り上げているアーティストのシーンって、だいたい何歳くらいなんでしょう?
 「10代と20代前半ですかね。10代のほうが多いかもですね、もしかしたら。みんな、聴くのと自分で表現するのが、わりと並列になっているというか。普通に自分で音源をアップするし、人の音源も聴くし、みたいな。そこが完全に繋がってきた。やっぱり、そこで見える音楽シーンとかって、見えかたが全然、上の世代と違うでしょうし。あと、ジャンルや音楽性はみんなどんどん拡大しているけれど小さなコミュニティも強固になってきていますよね。フッドの繋がりはもちろんですけど、小さなパーティやインターネットなどのいろんなところでコミュニティが作られていて、ある種それが閉じていたりもする。Twitterの複層的なレイヤーという構造と同じだと思います。その熱をコミュニティ外にもがんばって届けようとしている人もいて、そういう人たちがカッコいい音楽をやっていることが多い印象です」

――つやちゃんさんは、ヒップホップをなぜ好きになったんですか?
 「たくさん理由があるんですけど、ひとつ理由を挙げろって言われたら、自分の中で価値観の大きな変化を起こしてくれた音楽だったから、ですかね。もともとティーンの頃はロックばかり聴いていたんです。ロックっていうのは、もともとすごくルーズで不良の音楽だし、磨いて磨いて完成度を高めていくっていうよりは、ファジーな音をダイナミックに表現するっていうのが本来の価値観だと思うんですけど。それがある意味、制度化されたり、アート的なものにどんどんなっていく中で、ヒップホップとの出会いが自分の中で衝撃的だったというか。ガラクタをサンプリングして、曲にするとかね」

――なるほど。
 「ヒップホップを聴いていて、すごく思うのが……、ルーズさとか粗さみたいなものを大事にしてるなって。それってやっぱり、自分の中でけっこう衝撃だったんですよ。“こんな適当でいいのか”とか“こんな雑でいいのか”とか。細かい話で言うと、ライヴでラッパーはあまり歌わなかったりするけど、それでいいんだ、みたいな空気になってるじゃないですか」

――たしかに(笑)。
 「でもそれって、他のジャンルからしてみたら“生のラップを聴きにライヴに行ってるのに、歌わないってどういうこと、音源流しているだけってどういうこと!?”みたいな」

――そうですね(笑)。他のジャンルからすると異質ですよね。
 「でも、そこにすごくヒップホップの美学を感じるんですよ。もう過去にあらゆる素晴らしいものが作られてきた中で、ガラクタを価値転換させて素晴らしいものに変えていくというアクロバティックな発想はすごくリアルだし、“ガラクタなんで”っていう感覚だからこそそれがライヴのヴァイブスにも表れていたりする。そのあたりの、物事の原理を覆してしまうようなヒップホップの視点が好きです。好きというか、びっくりする」

――なるほど、既存の価値観を壊すという意味合いでも、惹かれるものがあるのですね。
 「ヒップホップって、サウンドデザイン的に優れていないもの多いし、音の追求みたいなものにもあんまりいかないじゃないですか。ガラクタを繋げて、流して。別にタイプビートでもいいし、ビートジャックでもいいしっていう。それがたくさんの人に伝播していくっていう、その熱は好きですね」

――原稿を書く際に大変なところを教えてください。
 「大変なのは、言葉を探し当てるところです。自分の中にあるものを言語化したくて言葉を探すとき、1行書くのに1時間かかったりするときもあれば、1時間で3,000字ぱっと書けたりするときもある。自分の中にあるものを上手く言い当てた言葉を、いかに“これだ!”と掴めるか。暗いところで目をつぶって、手を突っ込んで、ぐるぐる言葉を探して、掴んでいくような感じが常にあって。そこが辛いところです。それは、単語として世の中に存在しない場合もある。国語辞典の隅から隅まで見ても、この中で自分の感じてることを表す言葉がない!っていうときもあるんです。でも、そういうときも、2つ3つ言葉を繋げて、文章にしていくと、これだ!ってなるときがあるんですよ。それはやっぱりおもしろいところで。そこに行くまでは辛いけど、そこに行けたら、これだ〜!ってなる」

――自分の中で感じている言葉が、世の中にないという感覚、とても興味深いです。
 「言葉の無力さとか限界を常に感じながらも、それを繋げていくこと、文章にしていくことで“いやいやまだまだ言葉に可能性はある”って行ったり来たりしながら書いているのが、辛くて楽しいところですね。言葉を探すところは、妥協しないです。すごく気持ち良い低音が鳴っている時に、“ブーストしたベース音”……いや違うな、“サブベースが、猛威をふるっている”……。いや違うな……“鼓膜を揺らすような低音”…惜しいな、みたいな。それで、いろいろ言葉を探していくんだけど、どれも違うな、って。でも、これかも……っていうのを繋いで文章にしていくと、“これだ!”ってなることがある」

――なるほど。
 「そこに辿り着いたときはやっぱり、気持ち良い。その繰り返しですね。もちろん、締切が大変とかそういうのもありますけど」

――締切までに、いかに自分が納得できるものを作れるかの勝負ですよね。ライターのやりがいは、どんなところですか?
 「インタビューでも論考でも、調べたり分析したり言語化したりして書いたものは誰かには必ず伝わるので、それはやりがいです。読んでくれた人はもちろんだけど、作り手に伝わることもあるし、アカデミックな研究の参考資料として誰かの役に立つこともある。もちろん、それに共感してもらえたら最高ですよね。ふわっと“良い文章だね”とかそういう感想よりも、“ここの表現が、今の自分の気持ちにしっくりきた”とか聞くと、苦労が吹き飛びますね。わかってくれる人がいた!って。でも、表現者はみんなそうだと思います。ミュージシャンも画家も小説家もライターもみなさん同じなんじゃないかな」

――確かに、ポジティヴなリアクションがあると、本当に嬉しいですよね。最後に、ライターになりたいと思ってる人に、一言お願いします。
 「なぜなりたいのかを、考えたほうがいいと思います。文章を書きたいっていう人はけっこう多いけど、なぜなりたいのか……っていうのを、もう一深掘り、二深掘りして書かないと、続けるの辛いし。例えば音楽ライターとかになりたい理由として、“自分の好きな音楽を世の中に伝えたい”ってあると思うんですけど、“それってなぜなの?”って、もう一段階掘り起こして考えてから、書いたほうが良いと思います。“なんで、自分の好きな音楽を伝えたいの?”という。それって、ライターでなくてもよくないか?とか。編集者になってもいいし。メディアを自分で立ち上げていいし。YouTubeで発信してもいいし。いろいろな方法があるじゃないですか。なんでライターなのかっていう、確固たるものを考えてから書くと、覚悟も決まると思うので。もちろん、書きながらそれを考えていくでもいいと思います。自分は、本気でライターをしたい人には今までもそう言ってるかなぁ」

――そうなんですね。
 「でも、そもそもなにかを言葉にするってすごく楽しいことだから。みんな一緒に書こう~!そして悩みがあったら相談しあおうね」

つやちゃん note | https://note.com/shadow0918

つやちゃん『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』■ 2022年1月28日(金)発売
つやちゃん 著・文
『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』

DU BOOKS | 2,200円 + 税
四六判 | 280頁 | 並製
ISBN 978-4-86647-162-4

https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK320

[目次]
| 日本語ラップ史に埋もれた韻の紡ぎ手たちを蘇らせるためのマニフェスト――まえがきに代えて
| 第1章 RUMIはあえて声をあげる
| 第2章 路上から轟くCOMA-CHIのエール
| 第3章 「赤リップ」としてのMARIA考
| 第4章 ことばづかいに宿る体温  
| 第5章 日本語ラップはDAOKOに恋をした
| Column “空気”としてのフィメールラッパー
| 第6章 「まさか女が来るとは」――Awich降臨
| 第7章 モードを体現する“名編集者”NENE
| 第8章 真正“エモ”ラッパー、ちゃんみな
| 第9章 ラグジュアリー、アニメ、Elle Teresa
| 第10章 AYA a.k.a. PANDAの言語遊戯
| Column ラップコミュニティ外からの実験史――女性アーティストによる大胆かつ繊細な日本語の取り扱いについて     
| 第11章 人が集まると、何かが起こる――フィメールラップ・グループ年代記
| 第12章 ヒップホップとギャル文化の結晶=Zoomgalsがアップデートする「病み」     
| 終章 さよなら「フィメールラッパー」     
| Interviews
valknee ヒップホップは進歩していくもの。     
COMA-CHI 「B-GIRLイズム」の“美学”はすべての女性のために     
| Column 新世代ラップミュージックから香る死の気配――地雷系・病み系、そしてエーテルへ     
| DISC REVIEWS Female Rhymers Work Exhibition 1978-2021
| あとがき――わたしはフィメールラッパーについて書くことに決めた
解題 もっと自由でいい 文・新見直(「KAI-YOU Premium」編集長)