シンプルで湿度の低いアルファベットのタイポグラフィ、その裏側
京都での個展開催を記念して、大阪・谷町六丁目 POLにて開催された個展「TYPOGRAFFiTi 5 -WORDS/VOICES-」のオープニング・トーク(2026年4月14日)を公開。ゲストとして、最近東京と京都の2拠点で活動する写真家・池野詩織(以下 I)が登壇し、司会はライターの高岡謙太郎が担当。北山の作品制作に至るまでの背景やコンセプトから、インディペンデントな現場の熱気、そして都市の隙間に潜むローカルな酒場コミュニティの魅力まで、2時間以上に亘ったトーク・セッションをお届けする。
取材・文 | 高岡謙太郎 | 2026年4月
Main Photo | 田窪直樹(POL, Pulp)

――実は今日の司会、全然事前に計画されたものじゃなくて、1週間前くらいにノリで決まったんですよね。
K 「そうそう。“高岡さんが司会をしてくれたらおもしろいよね”って話して。そもそも、詩織ちゃんと高岡さんが難波BEARSの“慈愛”っていうローカル・パーティでよくばったり会っているって知らなくて。繋がっているならなおさらいいじゃんって」
I 「私は最近京都に拠点を構えて、高岡さんも関西に来て1年ということで、現場でよく会うんです」
――おふたりの出会いについて聞かせてください。北山さんと池野さんの初仕事は、GEZANのアルバム『Silence Will Speak』(2018)のアートワークでしたよね?北山さんがデザイン、池野さんが写真で。
K 「そうです。作っている頃は詩織ちゃんに会わずに、データだけでやり取りしていて。その後、詩織ちゃんがgallery commune(東京・幡ヶ谷)で展示をやっているって聞いて、会いに行ったんです。そうしたら偶然コーヒーを買いに行っていて商店街ですれ違っちゃって。僕が大好きな居酒屋に入ろうとした瞬間に、後ろから詩織ちゃんが全力ダッシュで追いかけてきたのが初対面(笑)」
I 「そう!友人から聞いて、追いかけていきます!ってダッシュしたの、よく覚えています」
K 「あと、詩織ちゃんの師匠にあたる写真家の花代ちゃんは、僕が学生時代から同じコミュニティで遊んでいた旧知の仲で。うちの妻が昔スカ・バンドをやっていたんだけど、花代ちゃんがその熱心なファンだったっていう繋がりもあって。何10年も経ってから、青葉市子さんの仕事で再会したときにその話になって驚きましたね。“あの人、北山くんの妻なの?ファンだったんだよね”って言われて。そういうローカルな繋がりが実はずっとあったっていうのは、不思議な縁を感じます」
――今回は「TYPOGRAFFiTi」の5回目の展示ですが、このシリーズはどういう経緯で始まったんですか?
K 「2011年の震災後の反原発運動や、2015年頃の安保法案のデモに、誰に言うでもなくひとりで頻繁に行っていたんです。現場で自作のプラカードを見ているうちに、職業柄、文字組み下手だな、この字はかわいいなって冷静に分析しちゃっていて。そこで、グラフィックデザインが社会運動に人を引き込む力があるかもしれない、って思ったのが原点ですね」
――デザイナーならではの視点ですね。
K 「日本人は髪が黒い人が多いから、群衆の頭の上にちょっと明るい色の切り文字が浮かんでいたらおもしろいなって。文字を物理的に切り抜くためには、単語として成立させるために文字同士をくっつける必要があって、強度を増すために太くする。そういう物理的要因から、このスタイルが育ってきた感覚です。くっついているのが単にかっこいいからやっているわけじゃなくて、切るための必然性なんですよね」
――今回の展示作品には、それぞれ強いメッセージやコンセプトが込められていますよね。例えば『GRIEF(悲しみ)』の解説には無数の故人の名前が羅列されています。
K 「ここ数年で、影響を受けた人たちがどんどん亡くなっていく中で、その別れのスピードに感情が追いつかなくなってきて。悲しみに没入し続けるんじゃなくて、これが悲しみ(grief)だ、と記念碑的にポンと置いて、グリーフケアとして次へ進むための装置みたいなものにしたかったんです。悲しい悲しいって落ち込むんじゃなくて、はい、これが悲しみっていうんだよね、ってみんなで確認して生きていこう、みたいな」
――『HAZE OF PAIN(痛みの靄)』はどうですか?
K 「トルーマン・カポーティが社交界から追放されて薬物依存になったときに、テレビで“痛みの靄の中にいるようだ”って言った、そのワードセンスに感動して。現代の僕らも、明確な痛みというよりは、生殺し状態のような鈍い痛みの靄の中にずっといるような感覚があって。“House of Pain”みたいな語感の良さと、実情の悲惨さの対比を狙っています」
I 「『I'LL DIE BUT I'LL LiVE(死ぬけど生きます)』っていうのもありましたね」
K 「よく聞く“行けたら行きます”っていうやりとりから着想しました。いずれみんな死ぬんだから、それを重く捉えすぎず“死ぬけど生きます”、“今できることをしよう”っていう生への肯定ですね。写真家の八木 咲ちゃんに“黒田征太郎さんの『散ることを知りながら、咲くことを恐れない』と同じこと言ってますよ”って言われて、すごく嬉しかった」
――他にも、アパレル(ADAM ET ROPÉ)の仕事でARMYのロゴの入ったTシャツを「HARMLESS(無痛)」や「ARTY(アート気取り)」に書き換えた過去の作品を経て生まれた『ARTY』など、ユーモアと批評性が交差していますね。アート業界の過度な資本主義化への揶揄というか。
K 「そうですね。アート・ディーラーが増えたり、クライアントから“アートっぽい感じでお願いします”って言われたり。その“アートっぽい”って何?どこまでアートをわかってんの?っていう日頃の疑問を、ポンって投げて終わるっていう批評ですね。福岡で展示したときに、ドリップ(液垂れ)の表現を一発勝負でやったんですけど、現地のグラフィティ界隈の人たちが“ドリップやばいっすね”って見てくれたのがおもしろかったです」
来場者 「北山さんは、なぜ母国語である日本語のタイポグラフィをやらないんですか?日本語の方が伝わりやすいと思うんですが」
K 「すごくシンプルに言うと、中高生の頃から海外のバンドのグラフィックに憧れてきたのがベースにあります。日本盤の翻訳された帯が付くのが嫌で、オリジナルのデザイナーが意図したものじゃないから、輸入盤を好んで買っていたんです。日本語、特に漢字は1文字で意味が読み取れてしまうから“情感の高さ(湿度の高さ)”が出過ぎちゃう。英語の26文字を組み替えて意味を持たせる記号性や、Corneliusのグラフィックのようにパッと見たときの“湿度が低い”、シュッとした感じが好きなんです。メッセージは正直に言うことだからこそ、自分の美学でもある湿度の低いアルファベットを使わないと嘘になると思っています」
――メッセージといえば、GEZANの武道館公演では、北山さんの『NO WAR』のタイポグラフィティが巨大スクリーンに投影されましたね。
I 「あの日、私はカメラマンとして現場にいたんですけど、言葉が追いつかないくらいの熱量でした。完全なインディーズ・バンドが武道館を完売させるって、本当になかなかない歴史的な瞬間でした」
K 「“Fight War Not Wars”の曲で数分間、日の丸と同じくらいの大きさの真っ赤な“NO WAR”が出たんです。最初は2種類のデータを用意したんですけど、バンドの判断で“NO WARで押し切る”ということになって。でもその一方で、今のSNSの言葉の不自由さには辟易してます。マヒトくん(マヒトゥ・ザ・ピーポー)が総理大臣に言及して炎上した件もそうだけど、何も悪いことは書いてないのに、状況が状況だから即座に反応されて、文脈が剥奪される力学はちょっとおかしい。だから僕は今、Twitter(X)での発信はほぼやめて、視覚的なInstagramや、忌憚なく話せるポッドキャスト、こういう現場でのトークに重心を移しているんです」
――現場の熱量という話で言うと、おふたりが最近おもしろいと感じたイベントや空間はありますか?
K 「毎回同じMCをするようなパッケージ・ショウよりも、無茶なスケジュールでやっちゃうイベントが好きですね。元SEALDsの奥田愛基くんたちと渋谷でやった無料フェス“THE M/ALL”とか、台風で潰れたフェスの代わりに数日で渋谷のライヴハウスを貸し切ってやったGEZANの“全感覚祭”とか。みんなが持ち出しで、情熱だけで突破していく運営の美しさがありました。全員の力の出し具合が似ていて、誰も受けてなくてみんな出しているからこそできる。あとは愛知の豊田市で2011年からやっている“橋の下世界音楽祭”がスゴかった」
I 「橋の下は私も2015年から毎年行っています。パンクスやヒッピーが巨大な橋の下にひとつの村を作っていて。お祭りを作っている人たちは東京なら職務質問されそうな雰囲気ではあるものの、地元と長年信頼関係を築いているからこそ、あんな空間が成立しているのがすごい。あとは東京で言うと、新宿2丁目のAiiRO CAFEという場所でDJのHibi Blissちゃんが定期的に主催している“Perfectly Free”っていうフリー・パーティも最高です。2丁目で生きているあらゆる人がその場所を交差点のようにして音楽と酒を楽しんいるんですけど、あれも無法地帯なわけじゃなくて、お店が街と信頼を築いているから成り立っている素晴らしい空間なんです」

――僕が関西に住むようになって驚いたのが、ライヴハウスでもクラブでも、東京に比べてお客さんがスマホを見ていないことです。みんなSNSの人間関係よりも純粋に音楽に向き合っているんですよね。
I 「わかります。東京の飽和状態に比べると、関西は重要なイベントが被らないようにシーン全体で日程をずらしたり、譲り合っている。東京ってある程度緩いイベントをしても、人がいるからお金がペイできてしまう状況がある。でも関西でいいイベントをしようと思ったら、本気でやらないとペイできないから、純度が高い人しか残らないんですよね。関西でうまくやるのっていかに難しいか。東京はなんとなくペイできていることがあるんじゃないかって実感として思っています。
――関東と関西の中間ぐらいの規模感の街があるといいのかもしれないですね。イベントだけでなく、日常の酒場や個人店のコミュニティについても、おふたりはよく情報交換をされていますよね。
I 「私は一度しか会ったことのない夫婦から、“海外赴任するから期間を決めずに住んでいいよ”と言われて、阪神大震災の復興の象徴として最初に建った神戸のタワーマンションに1ヶ月滞在したことがあって。神戸は海と山が近くて、震災後に掘り当てられた温泉銭湯が街中にいくつもあって。なにより、資本主義にやられていない、いつなくなるかわからない個人店がたくさん残っているのが魅力です。例えば“思いつき”という喫茶店は、80〜90代の4姉妹がやっていて、お客さんの写真をアルバムに綴じているんです。そこにミュージシャンの坂本慎太郎さんの写真がこっそりあったりして。そういうアルゴリズムには絶対引っかからないような、自分の足でみつけるローカルな場所が好きですね」
K 「僕は福岡の“くれ酒店”という角打ちに入ったとき、圧倒的なコミュニティの力に感動しました。一見さんお断りみたいなハードルの高さなのに、東京から来たって言ったら常連のおじさんたちが大歓迎してくれて。帰り際、歯が1本しかないおじさんが自販機の陰で待ち伏せしてて、“もし道に迷ったり困ったことがあったら、いつでもこの店に電話しろ”って言うんですよ。彼自身は携帯を持っていないのに、その店が彼と社会を繋ぐライフラインになっていて。店側も“通りすがりの女の子がうちのコミュニティに参加してくれるのが心底嬉しいんだ”って言っていて。僕が関わる困窮者支援団体“希望のまち”の理念に通じるような、無償の優しさを感じました」
I 「私は逆に、自分が女の単独客だということもあって、過剰に歓迎されたり常連の輪に巻き込まれたりするのが重荷になるときがあるんです。だから京都で店を開拓するときは、素性を聞いてこない、馴れ合ってこない店を基準にしています。一方的な関係が続くのは嫌で、ひとりになれる空間を求めているんですよね。常連になれる嬉しさもあるけど、匿名性を保ちながらその場の空気を享受できる距離感が心地いいんです」

――密接なコミュニティの尊さと、都市における匿名性の両立。おふたりのスタンスや関わりかたの違いが明確に出ていておもしろいですね。最後に、今後のイベントの予定や告知を聞かせてください。
I 「7月から3ヶ月間、東京、二子玉川の高島屋というハイエンドな商業施設で、佐渡で撮影した作品の写真展示をやります。意味がわからない状況での展示ですが(笑)、楽しみです」
K 「僕は矢野顕子さんの次のアルバム『生きものたちへ』(2026年7月22日発売予定)のアートワークを昨年の夏から長期間に亘って手がけています。今回の“TYPOGRAFFiTi 5”も、京都や長崎など全国を巡回させたいと思っています。正直なところ、今の日本の言論統制や政治的閉塞感には強い危機感を持っています。スパイ防止法などが厳格化されたら、真っ先に目をつけられるのは僕らみたいな表現者かもしれない。首相の個人名を出しただけで炎上するような社会状況で、僕もみんなと一緒に凹んで、自分ひとりで何かが変わるわけではないという無力感に苛まれていました。でも、声を出せる今のタイミングで、絶対に展示をやらなきゃいけないと思ったんです。展示は気合を入れないとできないですからね。極めてシンプルで湿度の低いアルファベットのタイポグラフィの裏には、そういう僕なりの葛藤と、泣き言みたいな祈りが込められているんです」
池野詩織 Instagram | https://www.instagram.com/ikenoshiori/
■ MASAKAZU KiTAYAMA solo exhibition
「TYPOGRAFFiTi 5 in Kyoto」
2026年6月13日(土)-21日(日)
京都 三条 とぅえるぶ | TWELVE
〒604-8322 京都市中京区三条猪熊町645-1 2階
13:00-19:00(13日は17:00まで)
[オープニング・イベント]
2026年6月13日(土)18:00-21:00
京都 木屋町 West Harlem
〒604-8002 京都市中京区先斗町通三条下る石屋町123-1ウェステリアコート先斗町2F
ゲスト: 菊池雄一郎(とぅえるぶ) / Kotsu(CYK) / BIOMAN(neco眠る) / whatman(odd eyes)
司会: 高岡謙太郎
DJ: Kotsu(CYK)
北山雅和と交流のある関西の音楽界隈の若手とお話しします。展示作品の話から、最近の世の中によって変化した日常について、みなさんと話題を共有して盛り上がれたらと思います。
入場料: 1000円
※ 来場者特典として、オリジナル・リソグラフ・ポスター(とぅえるぶ製作)を先着でプレゼント

