文・撮影 | ミリ (Barbican Estate)
PINK FLOYDとヴィンセント・ミネリの妙な関係
私の所属している3ピース・バンドBarbican Estateは、当然メンバー個々に様々な音楽から影響を受けているが、3人が等しく敬愛しているバンドのひとつにPINK FLOYDがある。つい最近そのPINK FLOYDにまつわる衝撃的な体験があったので、ぜひこの初回AVE | CORNER PRINTINGのレヴューで紹介させていただきたい。
私がPINK FLOYDの中で3番目に好きなオリジナル・アルバム『Ummagumma』(1969)。このアルバム・ジャケットをみなさんはすぐに思い浮かべることができるだろうか。『神秘(A Saucerful of Secrets)』(1968)、『More』(1969)に次ぐHIPGNOSISとのコラボレーション作品で、部屋にかけられた額縁の中が無限に階層化している“ドロステ効果”を用いた虚実入り交じるアートワークだ。そして珍しくメンバー自身が方々にポーズを取っている様がかわいい。まるでTHE BEATLESのようだ。
今回、このアートワークの中で注目していただきたいのはDavid Gilmourの横に立てかけてある1枚のレコード。ウィンクする女性の顔と、“GiGi”という文字が見て取れるそれは、本記事のタイトル、ヴィンセント・ミネリ(Vincente Minnelli )の映画『Gigi』 = 邦題『恋の手ほどき』(1958)のサウンドトラックだ。
一時期は著作権の都合上、この『Gigi』のレコードの絵は塗りつぶされ、真っ白の正方形になり、また豪州盤ではこれが完全に消されて流通していたそうだ。こうした事情から世界中のフロイド・ファンからしばしば『Gigi』は言及の対象であり、“Gigi盤”以外は本物扱いされていない。
しかしなぜ、この『Gigi』のレコードを配置したのか、私は長年不思議に思っていた。PINK FLOYDの面々がヴィンセント・ミネリのミュージカル映画なぞ鑑賞しているとは思えないし、ふたつは相容れない立ち位置にあるように思う。既に研究し尽された議題かもしれないが、自分で映画を見て確かめてみようとDVDを手にとった。
まずは感想から言おう。私はこの『恋の手ほどき』が驚くほど嫌いだった!! あまりに無理な部類だったので2日に分けて見たが、それでもかなりのダメージを受けた。予め断っておくが、私はミュージカルが嫌いなわけではない。音楽仲間にはミュージカルが苦手な人が多いし、バンドメイトはその突き抜ける“陽”のエネルギーにアレルギー反応を起こす程らしいが、私は全く抵抗がない。むしろ小学生のときは演劇部でミュージカルを演っており(声が大きいのでいつも良い役がもらえた)、ロンドンに行く際は必ず何かミュージカルを観に行くほど。東京でも東宝のミュージカルを、劇団四季、宝塚歌劇団の舞台に年に数回足を運ぶ。
『恋の手ほどき』のようなハリウッド、特に1930~50年代のMGMのレヴュー映画は、内容はともかく、景気が良いので特に好んで見てきた。惰性的に量産されてきたそれらは、『ザッツ・エンタテインメント』(1974)でのフランク・シナトラの言葉を借りるならば「愛すべきナンセンス」だ。突如歌い踊っていただいて大いに結構。私たちの生きる情報社会では、歌にでも乗って伝えてもらわないと耳に入ってこない事柄がたくさんある。
ではなぜ、こんなにも拒絶反応を起こしたのか。それは現代の倫理感からは考え難い男尊女卑の世界が描かれていたからだ。『恋の手ほどき』は奔放でガサツな少女・ジジが、礼儀作法を身に付け淑女に変身し社交界デビュー、幸せをつかむ。プロットこそよく見かけるものではあるが、冒頭から「若い少女こそ宝」だの、「女の子は気がつけば光を失っている」だの、虫唾が走るセリフたちが高らかに歌い上げられる。体当たりで独創的だったジジの魅力は、祖母と大叔母によって殿方に見染められるための教育を施され、大富豪のプレイボーイに媚びることで、遂には完全に失われてしまったように、私には見えた。
今では大炎上必須の目を疑うセリフの数々に思わず笑ってしまうが、さらに絶望的なのは、この作品は1959年の「アカデミー賞」作品賞、監督賞等9部門を受賞しているのである。昨今のオスカーはポリコレ一色でつまらない、と日々文句を垂れていたが、『恋の手ほどき』はあまりにも俗だった。
このときほとんどのMGMミュージカルがスタジオ撮影だったのに対し、『恋の手ほどき』は実際にパリでロケをしている。この作品で唯一擁護できる点は、ベルエポックの社交場、かの「Maxim’s」で大掛かりな撮影をしていることだ。
なぜ、PINK FLOYDは『Ummagumma』のアートワーク中の中に『恋の手ほどき』のサウンドトラックのレコードを配置したのか?
それは、究極のサイケデリック・実験音楽の中に、極端なまでに俗な要素を配置した、PINK FLOYDらしい“皮肉”に違いない。映画鑑賞後、私は自分なりに結論付けた。レコードの出所には諸説あり、撮影当日George Watersの車の中にたまたまこのレコードが乗っていた、撮影地であるStorm Thorgerson(HIPGNOSIS)の当時のガールフレンドの家にあったレコードのコレクションの中から選ばれた、などがある。おそらく後者が濃厚なのではないかと私は推測しており、PINK FLOYDの身内に私のように陽キャラ寄りでミュージカル好きの女子がいたのではないだろうか。
PINK FLOYDのメンバーたちは“Dark Side of the Rainbow”(映画『オズの魔法使い 1939』と『狂気(The Dark Side of the Moon)』を同時再生した際に見られる数々のシンクロニシティのことで、一種の陰謀説のようなもの)は馬鹿げた偶然だと度々述べているし、そもそも上記の通り『Gigi』のレコードの出所だって不確かだ。私の“『Ummagumma』と『Gigi』”論もきっと彼らに笑われる。でも、もしかするとこの“Dark Side of the Rainbow”に行きついた驚くべき暇人は、『Ummagumma』上の『Gigi』から発想を得たかもしれない(『オズの魔法使い』で一躍スターとなった主演のジュディ・ガーランドはミネリの最初の妻だから)。そんなPINK FLOYDとヴィンセント・ミネリの呪縛的ともいえる関係に思いを巡らせるのがますます楽しくなってくるのだ。
実際に「Dark Side of the Rainbow」のいくつかのシンクロは非常に興味深いので未見の方はぜひYoutubeで見てほしい。
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東京を拠点に活動するエクスペリメンタル / サイケデリック / ノーウェイヴ・バンドBarbican Estateのベース / ヴォーカル。ロック・パーティ「SUPERFUZZ」などでのDJ活動を経て2019年にバンドを結成。2020年3月、1st EP『Barbican Estate』を「Rhyming Slang」よりリリース。9月にはヒロ杉山率いるアート・ユニット「Enlightenment」とのコラボレーションによるMV「Gravity of the Sun」で注目を浴びる。
明治学院大学芸術学科卒。主にヨーロッパ映画を研究。好きな作家はヴィム・ヴェンダース。