Feature | Pearl & The Oysters


文 | 松永良平 | 2023年11月
Photo ©Stones Throw Records

 Pearl & The Oysters(以下 P & TO)の4thアルバムにして、「Stones Throw Records」移籍1作目となるアルバム『Coast 2 Coast』の発表から、ほどなくして待望の初来日公演(2023年7月5日, 6日, 月見ル君想フ / 7月8日, 神戸ポートピアホテル)が行われた。あれからもう半年ほど経つが、いまだにあの夜の心地よいモダンなエキゾチカ・フィーリングが忘れられない。

 フランスの高校時代、同じように60年代のポップ・ミュージックに魅了されて知り合い、現在に至るまで公私にわたるパートナーであるJojoことJoachim Polackと、JujuことJuliette Pearl Davis。彼らが宅録ユニットとしてP & TOを始めたのは2010年代半ばだが、ふたりの付き合いはもっと長いことになる。いや、もしかしたらふたりが現実世界で出会うよりもはるか前、それこそTHE BEACH BOYSの『Pet Sounds』(1966年)やTHE ZOMBIESの『Odessey And Oracle』(1968)がリリースされた、彼らが生まれる以前から音楽を通じてふたりが出会う運命は決定づけられていたのかもしれないと感じた。言葉や知識による説明を必要としない交わりかたを、彼らの音楽や演奏からも受け取ったからだろう。

Pearl & The Oysters | Photo ©Stones Throw Records

 2021年のアルバム『Flowerland』(Feeltrip Records | Tip Top Recordings)でP & TOを知ったのは、KHRUANGBINのアルバムをサブスクリプションで聴いた後にAI選曲で流れてきた「Treasure Island」がきっかけだった。正直に告白すると、その音楽に強く惹かれた反面、「このユニットはコンピューターを駆使して架空の世界を描き出している、よくある非実在音楽なんだろうな」と早合点していた。つまり、ライヴ活動などを前提としない脳内楽園音楽なのだと勝手に結論していたのだ。だから、Jerry Paperの来日公演(2023年5月3日, 月見ル君想フ)でぼくがDJを務めた夜、月見ルの寺尾ブッタさんから「今度、Pearl & The Oystersがうちに来ますよ」と教わったときも、一瞬耳を疑った。

 え?彼ら?来日してライブするの?現実の世界であの楽園を再現できるの?

 期待と興奮と同じくらいのクエスチョンマークを浮かべたが、ほどなくしてYouTubeで公開されたStones Throwのライヴ・プログラム「Dungeon Sessions」での演奏を観て、その杞憂はぶっ飛んだ。文字通り、ぼくの甘い了見が彼らが作り出す“現実化した架空”にぶっ飛ばされる体験だった。彼ら、本物の音楽家だった!

 そしてついに実現した来日公演。先に台北で公演を行い、日本で3公演を行ったあとソウルへ続くアジア・ツアーの一環だった。JujuとJojoの2人をサポートするのは、ドラマーのBen Varian。動画で見た編成よりはコンパクトだ。だが、音楽のサイズは縮小されていなかった。

 まずJujuとJojoはクラシカルをきちんと学んでいて、ベーシックな演奏力が相当に高い。キーボードの音色を使い分けながらファンタジックな背景を描き出すのがJojoなら、フルートや小型パーカッションなども駆使しながら正確なピッチと豊かな倍音で歌うJujuはその世界でさえずる鳥だ。彼らのトレードマークでもあるヴィンテージなミニ電子楽器「オムニコード」(鈴木楽器製作所 | 『Flowerland』のジャケットにも登場する)をはじめとしたトイ楽器なども、必要に応じて配置されていることがわかる。そしてなにより、ドラマーのBenも交わった演奏は、暖色なまどろみ感を放ちながらも、明らかにダンス・ミュージックだった。P & TOでこんなに踊れる夜があるなんて、ぼくもそうだし、お客さんも想像していなかったかもしれない。

Pearl & The Oysters | Photo ©Stones Throw Records

 ライブの中盤、彼らは自分たちのジャパニーズ・ミュージック愛を伝え、YELLOW MAGIC ORCHESTRAの「Tong Poo(東風)」をカヴァーした。KHRUANGBINは「Firecracker」をカヴァーして日本のオーディエンスを熱狂させたけど、P & TOは「Tong Poo(東風)」なんだ。その選曲の違いがおもしろい。そういえば、去年KHRUANGBINのLaura Leeにインタビューした際、「最近おすすめの音楽は?」という問いに対して彼女が即答したのが「Pearl & The Oysters」で驚いたことを思い出した。

 そしてなにより、彼らのジャパニーズ・ポップスへの愛は、YMOだけにとどまらない。ライヴ前、Jujuは「私たちが日本の音楽が好きすぎるから、日本のオーディエンスにそれがわかりすぎるんじゃないかと思って緊張しちゃう」とも言っていた。P & TOが受けたという影響は決して丸出しなものではなく、高い音楽性と緻密な構成力ですでに消化されてしまっていると思うが、彼らふたりと話すと、日本から生まれた音楽への敬意は隠すことなく語ってくれるのがうれしい。

Pearl & The Oysters | Photo ©Stones Throw Records

 「Cymbalsを知ってるかい? 最近知ったんだけど、今夜、あのバンドのベーシストがぼくらのショーを見に来てくれるんだ」とJojoはうれしそうに語った。インタビューではその熱い思いが網羅しきれないと感じたので、彼らが好きなジャパニーズ・アーティストのアルバムを紹介してもらう記事を作ってみることにした。「78年ってなんて贅沢な年なんだ!」とJojoは言い、「(日本の音楽の感覚が)私たちにとって全く新しいアイデンティティとして作用してる」とJujuは認めた。

 今のところは彼らのリサーチは過去の作品中心だけど、この分ならすぐに現行のジャパニーズ・ミュージックの担い手たちとも出会うことになるだろう。ちょうど12月8日(金)に、THE HIGH LLAMAS、Peanut Butter Wolf、Jerry Paper、Salami Rose Joe Louis、Vicky Farewellなど、様々な注目コラボレーターを迎えたリミックスEP『Coast 2 Coast Remixes』が発表される。いつの日か、日本のアーティストとのコラボレーションが生まれないとも限らない。推薦したいアーティストはたくさんいるよ!そして、もちろんフルメンバーでの再来日も熱望している。

Pearl & The Oystersが選ぶ、私たちの好きな13枚のジャパニーズ・アルバム
文 | Pearl & The Oysters 日本語訳|松永良平

冨田 勲 "月の光 / ドビュッシーによるメルヘンの世界"| 冨田 勲『月の光 / ドビュッシーによるメルヘンの世界』
1974, RCA Red Seal

 巨匠トミタが選曲してシンセサイザーで演奏したドビュッシー楽曲集。マニアックな名作として讃えられているのは当然のこと。音色やテクスチャーの選択は常に繊細でクレバーだし、アナログシンセのサウンドはドビュッシーのスコアに不気味さを美しく織り重ねてくれている。

大貫妙子 "SUNSHOWER"| 大貫妙子『SUNSHOWER』
1977, PANAM | 日本クラウン

 『SUNSHOWER』を知る前と知った後では明らかに私たちの世界が変わった!友人の"Stany" Whitehill(Euglossineの名前で活動している)が教えてくれたのは2018年か19年。このアルバムに打ちのめされてしまった。最高に美しいコードとメロディを駆使した作曲術はファースト・クラス。当時最高の日本人ミュージシャンたちによる演奏もファースト・クラス。絶対に持っておくべき作品であり、僕らのオールタイム・フェイヴァリット!

細野晴臣, 鈴木 茂, 山下達郎 "PACIFIC"| 細野晴臣, 鈴木 茂, 山下達郎『PACIFIC』
1978, CBS | Sony Records

 私たちにとってはとてもとても特別なアルバム。私たちがこだわっている音楽スタイル(エキゾチカ、ジャズ、THE BEACH BOYS、自然の音を合成したシンセサウンド)がたくさん網羅されているから。アレンジとシンセサイザーの使いかたは本当に見事で、『Canned Music』(2018, Croque Macadam | Pearl & The Oystersの2ndアルバム)の頃から巨大な影響を与えられてきた。このアルバムに出くわしたときに受けたもうひとつの大きなショックといえば、細野とYMOを知ったこと。このアルバムが彼らの世界全体を深く掘り下げるきっかけになった。

坂本龍一 "千のナイフ"| 坂本龍一『千のナイフ』
1978, Better Days | 日本コロムビア

 坂本龍一のソロ・デビュー作には、この時点ですでに信じられないほど豊穣で幅広い音楽スタイルで溢れかえっている。その豊かさは、デビューまでの彼自身の音楽的な成長における多様性と折衷主義を反映したものだし――同時に、その後の彼のキャリアの前兆であったとも言える。タイトル・トラックは、この1曲だけで歴史に残る傑作で、坂本のメロディとハーモニー両面における(ドビュッシーやラヴェルにも並ぶほどの)天才性が凝縮されたものだ。プロダクションには非の打ちどころがなく――それは、1970年代後半にリリースされたYMO関連のレコード群にも共通することだが――ステレオの音像でダイナミックな動きを生み出すために細部まで驚くべき繊細さで注意が払われている。

YELLOW MAGIC ORCHESTRA "Yellow Magic Orchestra"| YELLOW MAGIC ORCHESTRA『Yellow Magic Orchestra』
1978, Alfa Records

 もし「史上最高のアルバムは?」と問われたら、これはそのうちのひとつ。信じられないほど革新的で洗練されたプロダクションと、真に天才的な作曲能力とが同一レベルで組み合わさっているんだから。リリースから45年経った今でも、未来みたいに思える!

カヒミ・カリィ "My First Karie"| カヒミ・カリィ『My First Karie』
1995, Trattoria | Polystar

 私たちPearl & The Oystersがキュートで90年代系な音楽が好きなのは隠しようがないこと。Corneliusがプロデュースしたこのミニ・アルバムは、渋谷系の最重要作品でしょう!同じフランス人として誇らしいのは、Katerine(Philippe Katerine)がアレンジに参加して素晴らしい仕事をしていること。

swing slow (Miharu Koshi & Harry Hosono Jr.) "swing slow"| swing slow (Miharu Koshi & Harry Hosono Jr.)『swing slow』
1996, Sun & Moon | Mercury

 Martin Denny、Esquivel、Michel Legrandなどの往年の偉大なクリエイターたちにオマージュを捧げつつ、不可思議で独創的なエレクトロニック・サウンドを取り入れたこのモダン・ラウンジ・アルバムのすべてが、私たちにとって耳の栄養になる。

嶺川貴子 "Cloudy Cloud Calculator"| 嶺川貴子『Cloudy Cloud Calculator』
1997, Polystar

 とても美しくてエレクトロニックなアルバム。非常にキュートかつポップであると同時に、とんでもなく大胆で実験的という境地に達している。とはいえ、それは90年代に嶺川貴子がリリースしたほぼすべての作品についても言えることなんだけどね。

Cornelius "Fantasma"| Cornelius『Fantasma』
1997, Trattoria | Polystar

 おそらく渋谷系でいちばん有名なレコードだし、それもそのはずと思う完成度! ビーチ・ボーイズ、ヒップホップのビート、60年代のラウンジ音楽、ギターポップ、さらにはバロック音楽まで、Corneliusが当時夢中になっていたあらゆる要素をごちゃ混ぜにした強烈なサンプリング・ミュージック。THE APPLES IN STEREO――私たちが大ファンなバンド――が名曲「CHAPTER 8 -Seashore and Horizon-」でTHE BEATLES風な登場をすることも何物にも変え難いかっこよさ。

嶺川貴子 "Fun9"| 嶺川貴子『Fun9』
1998, Polystar

 今なお驚異的で独創的なエレクトロニック・ポップの傑作。Corneliusがプロデュースし、私たちにとっては『Fantasma』と同じくらい素晴らしい作品。知られざる傑作のままではもったいないので、ぜひ再発見されるべき。うれしい秘密があって、Stones Throwの撮影スタッフであり、私たちの最新映像作品「Dungeon Session」も担当してくれたRoss Harrisが、まさにこのアルバムの演奏に参加しているんだって。東京にいる間にそれが判明したから、LAに戻ったらレコードにサインしてもらうって約束したんだ。

Cymbals "Mr.Noone Special"| Cymbals『Mr.Noone Special』
2000, Invitation | Victor

 知ったのは最近だけど、これはすごい発見だった!THE JAM、BUZZCOCKS、XTCみたいなパンクのスピードと衝動でプレイされるジャズ・テイストで信じられないくらいかっこいいギターポップ。メロディがすごくキャッチーでクールなだけじゃなく、ドラム、ベース、キーボードの演奏も最初から最後まで完璧。こういうセンスの音楽を聴きたいと何年もの間待ち望んでいた感覚を一瞬で与えてくれる傑作で――しかも20年も前にとっくに発売されていたんだから笑えるよね。私たちの東京公演で元Cymbalsの沖井礼二さんに会えて本当にうれしかった!彼は素晴らしいミュージシャンだ――新しいバンド、TWEEDEESもかっこいい。私たちも大ファンになった。

YMCK "ファミリーミュージック"| YMCK『ファミリーミュージック』
2004, USAGI-CHANG RECORDS

 悲しいことに、このアルバムは私たちが今回のリストで挙げた他の作品みたいに有名じゃない。2004年にYMCKがリリースした、チップチューンとジャズが合体した素晴らしいアルバム。8bitミュージックの金字塔だと思う。プロダクション、作曲、アレンジ / プログラミングのすべてが完璧にどうかしてる、最高に良い意味でね。本当に本当にいいんだから!

坂本慎太郎 "ナマで踊ろう"| 坂本慎太郎『ナマで踊ろう』
2014, Zelone Records

 『ナマで踊ろう』はリリース後すぐにニュー・エキゾチカのクラシックになった。細野への敬意も感じた。アルバム全体を通してソングライティングとアレンジが素晴らしく、ヴォーカルに施されたプロダクションはときどき気味が悪くて楽しい!

Pearl & The Oysters "Coast 2 Coast Remixes"■ 2023年12月8日(金)発売
Pearl & The Oysters
『Coast 2 Coast Remixes』

Apple Music | Spotify

[収録曲]
01. Fireflies (Vicky Farewell Remix)
02. Moon Canyon Park (The High Llamas Remix)
03. Konami (Jerry Paper Remix)
04. Pacific Ave (Brijean Remix)
05. Loading Screen (Salami Rose Joe Louis Remix)
06. Paraiso (Maylee Todd Remix)
07. Joyful Science (Peanut Butter Wolf Remix)

Pearl & The Oysters "Coast 2 Coast"■ 2023年4月21日(金)発売
Pearl & The Oysters
『Coast 2 Coast』

Apple Music | Spotify

[収録曲]
01. Intro (...on the Sea-Forest)
02. Fireflies
03. Konami
04. Pacific Ave
05. Timetron
06. Loading Screen
07. Space Coast
08. Moon Canyon Park
09. D'Ya Hear Me!
10. Paraiso
11. Read the Room (feat. Laetitia Sadier)
12. Vicarious Voyage
13. Joyful Science