Review | 上野千鶴子, 田房永子『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』


文・撮影 | SAI

 みなさんお元気でしょうか。SAIです。9月に入って一気に涼しくなりましたね。今月のレビューは『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』(2020, 大和書房)です。

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 2021年8月6日、東京で小田急線刺傷事件が起こりました。今年、女性を暴力の矛先にする悲惨な事件は他にいくつもありましたが、学生時代から利用する路線であったこと、小田急線沿いに友人が住んでいることもあり、全く他人事ではない事件でした。自分や友人が被害にあったかもしれないと思いましたし(実際、事件のニュースを見てすぐ連絡しました)、普段は社会問題について投稿しない友人がSNSで事件に触れていたのも印象的でした。逆恨みから女性を狙った犯行にもかかわらず、“無差別”と言い換えて報道するメディアや、憶測に基づく犯人の背景から、犯行をある種正当化するようなツイートを目にし、問題を透明化する社会にも気づきました。

 この件を受けて多くの書店のアカウントがフェミニズムの文献についてツイートしていて、やはり知識は自分を守る盾になると感じて手に取ったのが『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』でした。この本は上野千鶴子さんと田房永子さんのお2人による対談形式で構成されていて、とにかくどのフェミニズムの書籍よりわかりやすい。そもそもフェミニズムに関しては、韓国やアメリカで書かれた翻訳書が多いので、日本語でこんなにわかりやすく書かれている本は珍しい気がします。

 上野千鶴子さんはフェミニスト / 社会学者。2019年に東京大学の入学式で祝辞を読んで話題になったかたです。私が上野さんの存在を知ったのは、おそらくそのニュースを見てからだと思います。


この祝辞で「フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です」とおっしゃっていますが、今回紹介した本を読むとその言葉の意味がわかります。

 全文はこちらで読めます。

 田房永子さんはエッセイ漫画『母がしんどい』(2012, 新人物往来社)などが代表作の漫画家。読んだことはないかも……と思っていたのですが、『男しか行けない場所に女が行ってきました』(2016, イースト・プレス)を買って読んでいたのを思い出し、パズルのピースがはまるような気持ちになりました。

 読み進めながら、納得 & 言語化できないモヤモヤはこれだったのか!と思うことが多く、本当にたくさんのかたに読んでもらいたいです。一番印象的だったのは、

フェミは多様なものよ。一人一派、それ以上あるかもしれない。それらがぶつかり合うことはあっても、正統派と異端という考えはまったくない。

 という上野さんの言葉です。“フェミニスト”というと“専業主婦嫌い”や“男嫌い、女尊男卑”というイメージがあるかもしれませんが、個々の考えに則して名乗っていいというのは、ガチガチに固まっていた考えが柔らかくなるような言葉でした。

 小田急線の事件後、自分の中のモヤモヤを言語化して、少しでもフェミニズムの考えをシェアできるように、SNSでの様々な意見も読み漁りました。その中でも私は「スウェーデンでジェンダーを学ぶ sweden
-genderstudies
」というアカウントで見つけたアフリカ系アメリカ人のフェミニスト、ベル・フックス(Bell Hooks)の考えが好きでした。

 私は、女性の負担が減ると、男性の負担も同時に減ると考えます。例えば、昔に比べると共働きの夫婦が増えていますが、いまだに介護や育児の負担は女性が担うことが多いです。育児に関して言えば2016年に『保育園落ちた日本死ね!!!』という匿名のブログが話題になったように、いまなお保育園の数が足りておらず、親(特に女親)が子供を預けて仕事に行ける環境が整っていません。これには、政治家が福祉をもっと重要視し、予算を割くのが重要になりますが、日本社会のありかたとして“女性は結婚・出産したら社会で仕事せずに家庭に入って子供を育てれば解決する”という空気が根強くあります(さらに言うと、日本の政治家は諸外国と比較して女性が少ないので、女性視点のそういった制度が重要視されていません)。女性が正社員から専業主婦、あるいはパートの仕事になった場合、男性は“自分の収入で一家を背負う”という精神的・体力的な負担、そしてもちろん経済的な負担が増えますよね。そうではなく、女性が出産後、そして育児中にも働きやすい会社が増えれば、家族単位の収入が増えるので、男性だけに経済力を任せるということがなくなりますし、子供を預けられる施設が増えれば、女性も男性も外で仕事がしやすくなる。もっと言えば長時間労働や、低賃金などの労働条件が改善され、女性も男性も「仕事が楽しい」と感じる社会の空気になってほしいです。

 こうやって紐解いてゆくと、今起こっている社会的な問題は決して他人事ではないと気づきます。ハッキリと書きますが、音楽業界もいまだに女性蔑視の空気や価値観があります。ひとつの出来事をツイートしたり、問題として提起すると「めんどくさい」と思われるという暗黙の空気の中で黙っている人が多いだけ。可視化されていないだけです。

 最後に、ファッション・スタイリストの石橋渼沙さんたちが始めた新しいプロジェクト「MAGNIFY」について触れさせてください。

 “参加型フェミニズムオンラインぬいぐるみコミュニティ”を掲げる「MAGNIFY」は、ぬいぐるみなどのアバターでフェミニズムについて完全匿名で語り合えるコミュニティ。いろいろなことを疑問に思っていた石橋さんたちが始めたプロジェクトなのですが、まず行動力が素晴らしいと感じました。やろうと思っても、何かを始めるのはパワーが必要ですからね。日本ではフェミニズムの考えかたが浸透していないというのもあって、対話もアップデートも必要だと思うのですが、気軽に話に出すのが難しい話題だったりもするので、“こういう考えがある”という情報を更新して、シェアし合えるプロジェクトだとも感じました。コロナ禍で東京は20時にお店が閉まったり、イベントが中止や延期になり、人とのコミュニケーションが取りづらくなっているので、そういう点でもいいですよね。

 彼女がポストしていた「強い語気は不用意に他人を遠ざけると学んだ。(中略)だから今、なるべく可愛いレイアウトで、なるべく可愛いカラーリングで文章を打っている」という考えかたや、発信する文章からは勉強になることが多かったです。

 フェミニズムに関して誤解していたり、「反論したいけどその場の空気でごまかしてしまう」という同性のツイートを目にしていろいろ感じています。誰かが代弁して大きな声を発するのではなく、小さな声が少しずつ大きな波になってほしいと強く思います。

SAI
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SAI現在東京を拠点に活動するヴォーカリスト / リリシスト / ライター。

2015年にバンドMs.Machineを東京にて結成。近年では坂本龍一 / 後藤正文主催イベント「D2021」に出演。また、アメリカのメディア・コレクティヴ「8ball」やシンガポール拠点のCNA制作番組「Deciphering Japan」が日本の女性にフォーカスした回に出演するなど、ワールドワイドに活動している。2020年末にUMMMI.監督のMV『Girls don’t cry, too』、2021年には待望の1stアルバム『Ms.Machine』を発表し、「FUJI ROCK FESTIVAL ’21」“ROOKIE-A GO-GO”に選出される。

ソロでの音楽活動は2019年夏にスタート。2020年は『LIER』『スミノフ』などのシングルを発表し、7月に1st EP『瑞典春氷』をデジタル・リリース。同年12月に東京・小岩 BUSHBASHのレーベルから同作のフィジカルをCDでリリースした。『音楽と人』誌への掲載や、InterFMのラジオ番組「sensor」への出演など、大きな話題となっている。2021年はシングル『記憶喪失』『Sonatine』や、ex-TAWINGSのヴォーカリスト・KANAEとの楽曲『Myway Highway』をリリースしている。

また、音楽活動以外にライター/インタビュアーとしての側面も持つ。ウェブマガジン「AVE | CORNER PRINTING」では音楽や映画などについての記事を連載しており、これまでにICEAGE、野中モモ、Elle Teresa、そしてSAIが特に関心を寄せるスウェーデンの男女平等社会について友人のVeraとNellaにインタビューした記事もある。