Review | ジュゼッペ・トルナトーレ『モリコーネ 映画が恋した音楽家』


文・写真 | sunny sappa

 こんにちは。2023年が始まりましたね。ちょっと更新遅くなってしまいましたが、今年もマイペースに映画のお話をしていきたいと思っていますので、ゆるっとお付き合いくださいませ。

 今月は新年一発目だからちょっと大作を。っていうわけでもないかもだけど、昨年亡くなった映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネのドキュメンタリーをピックしてみました。内容ざっくり↓

『ニュー・シネ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレ監督がマエストロの葛藤と栄光に迫る。芸術の深淵を見た彼が、カメラの前で最後に語った事とは?
――オフィシャル・サイトより

 本題とは直接関係ないんですけど、渋谷のBunkamuraが好きです。自宅から一番近い渋谷の隅っこは散歩にちょうどいい距離感。都会の喧騒とは無縁の憩いの場。ちょっとヨーロッパの香りがするでしょう?文豪も通ったというパリの老舗カフェ「ドゥ・マゴ Les Deux Magots」もあるんですよ。

 渋谷には学生時代から入り浸っていた街だし、10年以上渋谷区民だから自分の庭だと勝手に思っていたけど、気が付いたらどんどん中心から追いやられていたのね。新しい商業施設やおしゃれなファッションビルはもう相手にしてくれないんだなぁ……としょんぼりしちゃうことも最近は多いんだけど、ありのままの私を受け入れてくれる場所がまだあるのは嬉しい。

Photo ©sunny sappa

 そして併設のル・シネマはヨーロッパを中心に各国の文芸作品を上映する唯一無二の映画館。成熟を感じるような(っていう表現しか思いつかない笑)ラインナップが独特で良いですよね~。

 そんなBunkamuraが4月で長期休館とのこと(ル・シネマは移転みたいですが)。ドゥ・マゴは閉店でさみしい(泣)。隣の東急百貨店は今月で閉館。ここの屋上は穴場だから、まだ子供が小さい頃によく遊ばせていたり、土日でもゆっくりできるから良かったんだけどな……。

 というわけでBunkamura ル・シネマで鑑賞してきました本作『モリコーネ 映画が恋した音楽家』、とにかくわたくし泣きました。なんだろうね、こういう感覚は。監督でもあるジュゼッペ・トルナトーレをはじめ、セルジオ・レオーネ、ローランド・ジョフィやテレンス・マリックの諸作など、モリコーネの手掛けた数々の名シーンを改めて映画館のスクリーンで観られたことはそれだけで幸せだったし、完全に感動が蘇っちゃったのか、涙が止まらなかったよ~(隣のおじさんも号泣してたし……)。勿論純粋な音楽の美しさもあるんだけど、それに映像やストーリー、ムードがマッチングしたときの相乗効果たるや。その瞬間映画は最強の涙腺崩壊マシーンと化するのだ!演出と言ったらそれまでなんですけど、気持ちを高め、ストーリーに共感をもたらす音楽はやっぱり映画に欠かせない重要な要素なんですね。

 しかしながら、イタリアのクラシック界でエリートとして教育を受けてきたモリコーネは、そもそも苦しかった生活のために映画音楽を手掛けるようになったので、本来やりたかった仕事ではなかったんですね。だからいつも葛藤があって、いくら成功しても常に引退を考えていたそうです。それでも何度となく引き留められたのは監督との信頼関係や、心から素晴らしいと思える作品との出会い。モリコーネは、(頑固だけど)真面目で誠実な人柄もあって、与えられた仕事に対し、真摯に向き合ううちに、その才能を開花させ、運命を切り拓いていけたのではないでしょうか。当時は俗っぽいイメージで真っ当な評価を得られなかった映画音楽を芸術の域まで高め、世界に認められ、こんなにも多くの人々愛されたんですから、それはまさに天職と言えると思いますが、まあ、いわゆる天職とか天命と言われるものって必ずしも自分の意思と一致するとは限らないものなんですね。

 あとは、今回改めていろんな映画で使用されたモリコーネの楽曲を聴いたけど、民族楽器を使ってたり、けっこう変なやつもいっぱいあっておもしろかった!余談ですが、その昔“モンド”とか“ライブラリー”のブームがあってイタリア映画のサントラも流行ったんです。懐かしい。『黄金の七人』(1965, マルコ・ヴィカリオ監督)とか『世界残酷物語』(1962, グァルティエロ・ヤコペッティ)とか。『モリコーネ 映画が恋した音楽家』にインタビューで出演してたアレッサンドロ・アレッサンドローニとかもその頃に再評価されていて。そちらの文脈でもモリコーネがおなじみだったことを久しぶりに思い出してみました(完全マカロニ・ウェスタンだね~)。60~70年代はけっこうアヴァンギャルドだったんですよね(笑)。

Photo ©sunny sappa

 さて、故エンニオ・モリコーネが自ら語る最後の回録となった本作は、トルナトーレ監督との信頼関係があってこそ、撮ることができた貴重な作品だと思います。そこから垣間見える人物像は、(勿論才能も技量もあって立派なおかただとは重々承知の上で畏れ多いんだけど)自分の表現を追求する根っからの芸術家であると同時に、古き佳き時代を生きたイタリアのおじいちゃんなんだってこと。それは、ロベルト・ロッセリーニやエルマンノ・オルミ、ビットリオ・デシーカのようなネオ・レアリズモの作品や本作を監督したジュゼッペ・トルナトーレ『ニュー・シネマ・パラダイス』、ごく最近ではアリーチェ・ロルヴァケルの諸作に描かれるような、言ってみたらイタリアの良心みたいなものでしょうかね?苦労も葛藤もあるけど、ただただ誠実に生きることの尊さ。それはいつしか自分も周りも幸せにしてくれるんだな……なんて教えられた気がします。こんな人生には本当に憧れちゃいますね。

■ 2023年1月13日(金)公開
『モリコーネ 映画が恋した音楽家』
東京・有楽町 TOHOシネマズ シャンテ、渋谷 Bunkamura ル・シネマほか全国順次ロードショー
https://gaga.ne.jp/ennio/

[監督]
ジュゼッペ・トルナトーレ

[出演]
エンニオ・モリコーネ / クリント・イーストウッ / 、クエンティン・タランティーノ
ほか

字幕翻訳: 松浦美奈
字幕監修: 前島秀国
配給: ギャガ
2021年 | イタリア | シネスコ | カラー | 5.1chデジタル | 157分 | 原題: Ennio
©2021 Piano b produzioni, gaga, potemkino, terras

sunny sappasunny sappa さにー さっぱ
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東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。