文・写真 | sunny sappa
こんにちは。今月は、各映画祭など既に多方面で高く評価されているシャーロット・ウェルズ監督『aftersun / アフターサン』についてお話しますね。以前こちらでも取り上げたNetflixオリジナル映画『ロスト・ドーター』(マギー・ギレンホール監督)に出ていたポール・メスカルさんがアカデミー主演男優賞にノミネートされていましたね。個人的にも今年ベスト級の1本でした!といはいえ、このような場で気軽に触れる事さえ一瞬躊躇ってしまうくらい、すごく複雑で繊細な作品でもありました。少なくとも私にとっては……。あらすじざっくり↓
思春期真っただ中、11歳のソフィ(フランキー・コリオ)は、離れて暮らす若き父・カラム(ポール・メスカル)とトルコのひなびたリゾート地にやってきた。輝く太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、親密な時間をともにする。
20年後、カラムと同じ年齢になったソフィ(セリア・ロールソン・ホール)は、ローファイな映像のなかに大好きだった父の、当時は知らなかった一面を見出してゆく……。
――オフィシャル・サイトより
31歳を迎えた父親と当時11歳だった娘のヴァカンスが、ホームビデオで撮ったノスタルジックな映像を軸に延々と展開されます。90年代の空気感が懐かしい。それは一見何気ない出来事や会話、果たしてこれは何を見せられているのだろうか……?決して事の詳細や確信的な出来事が提示されず、非常に曖昧なのですが、ちょっとした違和感やザワザワ、所々で差し込まれるシークエンスによってなんとなくだんだんわかってくるんです。
劇中で使われるR.E.M.「Losing My Religion」、QUEEN & David Bowie「Under Pressure」の歌詞はかなり重要な要素になっていて、唯一説明的な箇所とも言えるでしょう。あえてここで詳しく言及しませんが、劇中でちゃんと翻訳されています。
もうひとつ、カラムが踊っているシーンも何かを象徴するかのように何度も挿入されます。レイヴ?クラブ?? を連想するようなストロボが配された映像。(仮にそうだとすると)そもそもレイヴのカルチャーは、個人主義、自由主義が加速した 80年代以降に盛り上がりを見せます。それまでの煌びやかで一体感のあるディスコブームのから一転し、暗闇で個々が踊ることは、社会的な不安から人々が抱く孤独や閉鎖感、見えない未来といった絶望の中で、一瞬でも自らを解放し、手探りで自由や希望を見出そうとする行為でもあると思います。このシーンについては様々な解釈があるだろうけど、私には“ひとりの人間としてもがく父親の姿”というふうに捉えられました。そして、最後にはシンクロするかのように31歳のソフィもその場にいます。それは、11歳の時点わはからなかった葛藤や不安を抱える父親に、初めて自分を重ね合せられた瞬間なのです。
セリーヌ・シアマ監督『秘密の森の、その向こう』(2021)は、主人公と同じ8歳の頃の母親と出会い(ファンタジーですが……)、好きなものや将来の夢を知るなど、同等の存在として交流することで、“母親”とは別の彼女の一面を理解するという内容でした。子供の前では役割を演じているけど親も、ひとりの人であるのです。私も子供が産まれ、親になって、それを痛感しました。あたりまえなんですけどね、同じ状況に置かれてやっと実感するものなのかも。
そう、この映画は紛れもなく娘の視点で描かれているのですが、メインで登場する11歳のソフィではなくて、あくまで31歳になった彼女の記憶と解釈なのです。
私だけの見解かも知れないのですが、大人になるには3ステップあって、まず11歳~12、3歳くらいの身体的な意味での段階。次が20歳前後で選挙権とか車の運転や飲酒、喫煙が認められるという権利での段階。最後が30代〜で、仕事や家族、社会などに対する責任、精神的な面での段階。この最後の砦はかなりの難関であって、得るものもあれば失うものも多く、悩み、葛藤し、ともするとネガティブな面に引っ張られてしまいかねない危うい時期なのです。そういう意味でも、ポール・メスカルさんはカラムという難しい役所を、胸を打つ演技で表現されていました。
一方で、 30代のソフィやカラムが感じるような喪失感や孤独、挫折や行き詰まり、悲しみという体験は、喜びや愛情といった幸せの感情をより深く浮き立たせるものなのではないかとも思います。陰影のコントラストが強いほど、双方がクリアになっていくことも然り、暗く重い部分を孕んでいるからこそ、この映画が切ないほどに眩しく輝く理由なのかも知れない……。そして、1日の中でも昼と夜があるように、光と闇は常に地続きであって、私たちが生きていく上で避けて通れないものなのではないかな。だから、最後に見た父親の姿と現在のソフィの映像を繋げて見せるショットにはハッとさせられましたね。
シャーロット・ウェルズ監督はスコットランド出身、1987年生まれ。現在36歳かな?もしかしたら、今だからリアルに撮れた作品なのかもしれない。実際、監督自身のプライベートな体験も盛り込んでいるそうです。
それにしても、頭で理解するというよりも感覚で訴えかけてくるものがあまりに大きくて、気が付いたら号泣でした……。“記憶”や“思い出”という極私的で曖昧なものの本質を、光や音、時に手触りや匂いさえ……、映画というフォーマットを十二分に駆使して見事に表現されていて、言葉で過剰に語らず、行間や余白があるからこそ深い余韻の残る作品になっていました。また次の作品も観たくなるような監督に出会えた事も嬉しかったですね。
■ 2023年5月26日(金)公開
『aftersun / アフターサン』
東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリーほか全国公開
https://happinet-phantom.com/aftersun/index.html
[監督・脚本]
シャーロット・ウェルズ
[出演]
ポール・メスカル / フランキー・コリオ / セリア・ロールソン・ホール
[プロデューサー]
バリー・ジェンキンス
配給・宣伝: ハピネットファントム・スタジオ
後援: ブリティッシュ・カウンシル
2022年 | アメリカ | 101分 | G | 原題: Aftersun
©Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022
東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。