Review | アンドレア・アーノルド『バード ここから羽ばたく』


文・写真 | sunny sappa

 こんにちは。今月は、イギリスの名匠と謳われ、各国際映画祭で高い評価を得ながらもあまり日本で知られることがなかったアンドレア・アーノルド監督の初日本公式公開作品『バード ここから羽ばたく』をピックアップしました。

 これ、宣伝のヴィジュアル(チラシなどもかなり凝ってましたよね!)や、『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』を辞退してバリー・コーガンが出演したっていうことでも注目していたのですが、おぉ、『フィッシュ・タンク』(2009)の監督なんですね。これ、昔WOWOWで偶然観ておりまして、たまたま流れてきた映像とストーリーに惹きつけられ、ついつい最後まで夢中で見てしまった作品。『バード ここから羽ばたく』の公開に合わせて開催されていた「アンドレア・アーノルド監督特集」で観てきた過去の作品にも触れながら、アーノルド監督の魅力についても語っていきましょう~。あらすじざっくり↓

シングルファーザーの父バグと暮らし、やり場のない孤独をつのらせていた少女ベイリーは、ある日、草原で服装も振る舞いも奇妙な謎の男“バード”と知り合う。彼のぎこちない振る舞いの中にピュアななにかを感じたベイリーは、「両親を探している」というバードの手伝いをはじめるが……。
――オフィシャル・サイトより

 イギリスの地方都市。すごく貧乏で、ぼろぼろのアパートに全身虫のタトゥだらけの若いお父さん(バリー・コーガン)、腹違いのお兄ちゃんと暮らす主人公のベイリーちゃんは思春期真っ盛りの12歳。友達もいなくて、スマホで撮った動画を心の拠り所にしています。これまで一緒に行動してきたのであろうお兄ちゃんは、自警団と称した過激な活動を始めてからは仲間に入れてくれません。加えて破天荒で子供のようなお父さん(たぶん無職)は出会って間もない、しかも子連れの彼女と結婚するなんて突然言い出すから怒りが爆発。実の母親と父親違いの小さい弟、妹たちも近くに住んでいるけれど、どうやらDVしている母の彼氏が同居しているっぽい……。まだ子供だし、強気で生意気だけど根は優しくてしっかり者のベイリーちゃんは、問題だらけの家族たちの面倒を見ているような気配すらあります。まあ、この環境だけ切り取るとけっこう辛いです……。

 2009年の『フィッシュ・タンク』も同じようにイギリス郊外の低所得者家庭を舞台にしています。ロード・ムービー『アメリカン・ハニー』(2016)ではアメリカ中西部の貧困層の若者たちが描かれ、主人公はゴミを漁らなくては生きていけないほど困窮した家庭のいわゆるヤング・ケアラーでした。エミリー・ブロンテの古典文芸作品が原作の『ワザリング・ハイツ~嵐が丘~』(2011)はアーノルド監督のキャリア中、一見異色に見えますが、実際小説でも人種など素性のはっきりしない孤児・ヒースクリフをアフリカ系の俳優が演じ、疎外される被差別者の視点で物語を再解釈 / 再構築しています。

 このようにアーノルド監督作品の多くは社会の底辺で生きる人々を題材に据えており、そこにはイギリスの労働者階級出身である彼女自身の経験が影響しています。当事者性を以って語られるからこそ、ドキュメンタリーさながら、徹底したリアリティゆえの痛々しさも伴います。しかし、だからといって救いのないきつい映画にはなりません。

 パンフレットのインタビューでアーノルド監督はどんな相手でも、時間をかけてその人を見ていれば、その人の中に優しさを見出すことができると信じてきました。どんな人であっても、どんなことをした人であっても、必ず共感を抱くことができるとと言っています。つまり完全に誰かを否定することはないんですよね。身勝手で無責任な母親たち、父親たちにしても十代で子供を産み育てるリアルなんだと思うし、破天荒だったり、高圧的だったり、不道徳なことをしている人物でもそれは環境によるもの、理由があることも必ず示唆されます。また、諸作で度々挿入される動物描写も象徴的で、どんな人間だろうが、虫だろうが犬だろうが、鳥だろうが、熊だろうが、(生まれる境遇は選べないけど)元来みな同じ生き物であると言わんとしているようです。そして、主人公たちは揃って大きな成功をするわけじゃなく、むしろ過酷な日常の中で引き続き生きていく現実は変わらないのだけれど、映画で語られる何かをきっかけに少しだけ見える世界が変化したときの小さな希望に焦点を定めています。

Photo ©sunny sappa

 さて、『バード ここから羽ばたく』に戻りますが、本作は前述したようなアーノルド監督の作家性を踏襲しつつも、謎の人物・バードの存在を配することで、あっと驚く新境地に飛躍しています(これを違和感なくやってのけるのも本当にすごい!)。これまでのどの作品よりも寓話的で優しさと愛に満ちているので、公開規模の小さいインディペンデントな作品でも知られないのはもったいないくらい、多くの人に受け入れられる作品だと思います。

 というわけで、わたくし個人としては、今年一の作品に出会ってしまった……!というのが結論、率直な感想です。ここのところ良い作品、おもしろかった映画はいっぱい観てきたけれど、自分にとって特別なものになるような、がっつりと心を掴まれる鑑賞体験はちょっと久しぶりだったかも。そして、そういう映画って最初の数分で決まるんものなんですよね。というのも、あ、なるほど!撮影はヨルゴス・ランティモスやケン・ローチの作品をはじめ、ここでも紹介したマイク・ミルズ『カモン・カモン』などを撮っているロビー・ライアンさんでした。揺らぎのある手持ちカメラにスマホの映像なども織り交ぜ、躍動的で生々しく、かつ主人公の持つ内省的でピュアな眼差しで全体の空気感を作り出しています。ライアンさんはアーノルド監督とずっと組んでいて、前述の『フィッシュ・タンク』『アメリカン・ハニー』『ワザリング・ハイツ~嵐が丘~』においても、そのカメラワークの巧みさ、映像の美しさが際立っています。その上でストーリー・テリングでもグイグイ引き込んでいくアンドレア・アーノルド監督の圧倒的なテクニックというかセンスですね、本当に見事です。彼女の力量を完全に思い知らされました。

 あとは、音楽の使いかたがうまい!! っていうのもアーノルド監督を語る上で外せないポイントでしょう。『フィッシュ・タンク』では主人公の女の子がダンスをしているのでヒップホップをフィーチャーし、『アメリカン・ハニー』ではRihanna「We Found Love」とタイトルにもなったLady Antebellum「American Honey」が物語と連動するテーマソングのように使用され、今回の『バード ここから羽ばたく』では父親の聴いているBLURやCOLDPLAY、THE VERVEといった1990~00年代UKロックの名曲を使用。加えてFONTAINES D.C.が作品のために曲を書き下ろし、劇伴はなんと、ダブステップのイノヴェイター・Burialが担当しています!

Photo ©sunny sappa

■ 2025年9月5日(金)公開
『バード ここから羽ばたく』
全国ロードショー
https://bird-film.jp/

[監督・脚本]
アンドレア・アーノルド

[出演]
ニキヤ・アダムズ / バリー・コーガン / フランツ・ロゴフスキ

[撮影]
ロビー・ライアン

[音楽]
ブリアル

[編集]
ジョー・ビニ

[美術]
マキシーン・カーリエ

[衣装]
アレックス・ボーベアード

日本語字幕: 石田泰子
提供: ニューセレクト
配給: アルバトロス・フィルム
2024年 | イギリス・アメリカ・フランス・ドイツ | 英語 | 119分 | ヨーロピアンビスタ | 5.1ch
©2024 House Bird Limited, Ad Vitam Production, Arte France Cinema, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute, Pinky Promise Film Fund II Holdings LLC, FirstGen Content LLC and Bird Film LLC. All rights reserved.

sunny sappasunny sappa さにー さっぱ
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東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。