文・写真 | sunny sappa
こんにちは。この連載を始めてもうすぐ2年。できるだけ作品に偏りがないように、アメリカ映画、ヨーロッパ映画、アジア映画、新作、旧作、ドキュメンタリー、Netflix作品などなどをランダムに選んできたつもりでしたが、あれ?日本映画ってなかったですね……。ということで今月は珍しく邦画をピックアップしてみました。私自身、海外への興味から映画を観ている傾向も強いからか、何となく後回しになっていた日本映画ですが、最近はぐっと興味が出てきて劇場へ足を運ぶ機会も増えました。
さて、今回の『アンダーカレント』、私は豊田徹也さんによる原作漫画がとても好きでして。しかし(この作品に限らずですが)、原作に思い入れがあるので、正直なところちょっと観るのを躊躇する部分はありました。しかも『アンダーカレント』はミステリーなので、その点でもネタバレしちゃってるしな……と思いつつ、細野晴臣さんが音楽を担当していたり、今をときめく(?)今泉力哉監督がどんな感じでこの物語を表現されるのか気になっていたところに試写のご案内をいただき、拝見致しました!
※ もしかしたら作品の核心に触れる部分があるかも知れないので、前情報なしに鑑賞したいかたはご注意下さい。
銭湯の女主人・かなえは、夫・悟が突然失踪し途方に暮れる。なんとか銭湯を再開すると、堀と名乗る謎の男が「働きたい」とやってきて、住み込みで働くことになり、二人の不思議な共同生活が始まる。一方、友人・菅野に紹介された胡散臭い探偵・山崎と悟の行方を探すことになったかなえは、夫の知られざる事実を次々と知ることに。悟、堀、そして、かなえ自身も心の底に沈めていた想いが、徐々に浮かび上がってくる――。
――オフィシャル・サイトより
タイトルの”アンダーカレント”とは「下層の水流・底流」、「根底にある抑えられた感情」のようなものを意味するそうです。原作漫画を読んだのはもうかなり前なんだけど、純粋にミステリーとしてのおもしろさに加え、哲学的で骨太なテーマはヨーロッパ映画を1本観たような重厚な印象を受けたのを鮮明に覚えています。そう思うとフランスでこの漫画が翻訳され、高い評価を得ているのも納得。監督がインタビューで言及されていた「ハネケやダルデンヌ兄弟の作品を参考にした」というヴィジョンにもさらに納得!
あえて登場人物を掘り下げたりクローズアップしたりせず、感情の機微をディテール(特に水の使いかたが印象的でした)で繊細に表現するなど、一見ただただ淡々と静かに展開される引いた視点からの描写の奥底には、胸を締め付けられるようなエモーションや目を背けたくなる人間の本質が脈々と流れており、まさに映画自体が“アンダーカレント”の意味を具現化したかのような構造になっているのです。原作の世界観を損なわず、大切な部分を汲み取って伝えている点も良かったですね。
主な登場人物・かなえ、悟、堀は、それぞれかたちは違えど、秘密や嘘、封じ込めている真実、二面性や意外な一面 = “アンダーカレント”を抱えていて、それらが少しずつ絡み合ってミステリーとしての物語に引き込まれて行くと同時に、ふと気付かされるんですね、“アンダーカレント”は大なり小なり誰にでもあるんじゃないかと……。私自身のちょっとした例を挙げてみると、周りからは社交的だと思われてるけど、実際は内向的で人見知りです。信じてもらえないけどね(笑)。それって、「こうありたい」とか「こう思われた方がやりやすい」とか「相手の求めているものに応えたい」とか、そういう気持ちが、あらゆる経験から意識的にも無意識にも刷り込まれて形成されてしまったものの表れだと思うのです。作中で上手く象徴してるのが、ドジョウ料理。おばさんが「かなえちゃん好きでしょ?」って嬉しそうに持ってくる。本当は苦手だけど、好きだと思われたほうがみんなにとって都合がいいから、って言うかなえの気持ちはすごくわかるし、“嘘”ではなくちょっとした優しさや気遣いとも受け取れます。だから必ずしも“本当”や“事実”だけが正義ではないのかも知れない……。また、自我における嘘と本当の線引きについても考えさせられてしまいましたね。アナ雪で尽く叫ばれていた「ありの~ままの~」とは一体何なのだろうか……。大人になればなるほどわからなくなる。付随してリリー・フランキーさん扮する探偵・山崎の「人をわかるってどういうことですか?」っていう台詞も非常に鋭くて、理解するなんて本当は不可能なんです。それくらい私たちは曖昧で複雑な生き物なんだな。それでもほんの少しでも、一部だけでもわかりあえる人がいたらいいよね。そんな、人同士が関わりながら生きていく上でのある種の哀しさと希望が描かれています。
今泉監督の作品は全て観たわけじゃないけど、個人的には馴染み深い下北沢の風景や、軽く鑑賞できる感覚がフィットして『街の上で』(2020)がけっこう好きでした。大ヒットした『愛がなんだ』(2019)もめちゃおもしろかったな!原作になった角田光代さんの小説の中では一般的にイケてない見た目の男性を、成田 凌さんが演じていて、そこがちょっと心配だったけど、蓋開けてみたらなぜか本当にイケてなかったっていう(笑)。役者が上手いのか?撮りかたなのか?? わからないけど監督の力量は大いにあるでしょう。『アンダーカレント』は、これまでの軽妙なテンションの今泉作品と異なって重く暗いテーマを含む作品ですが、作家性を保ちながら、原作のイメージから飛躍させ過ぎない塩梅とかは今回も絶妙で、真木よう子さん、井浦 新さんら俳優陣の抑制の効いた演技も、違和感なくスッと入っていくことができました。
■ 2023年10月6日(金)公開
『アンダーカレント』
https://undercurrent-movie.com/
[監督]
今泉力哉
[脚本]
澤井香織 / 今泉力哉
[原作]
豊田徹也『アンダーカレント』(講談社「アフタヌーンKC」刊)
[出演]
真木よう子 / 井浦 新 / リリー・フランキー / 永山瑛太 / 江口のりこ / 中村久美 / 康すおん / 内田理央
製作幹事: ジョーカーフィルムズ、朝日新聞社
企画・製作プロダクション: ジョーカーフィルムズ
配給: KADOKAWA
2023年 | 143分 | G | 日本
©豊田徹也 / 講談社 ©2023「アンダーカレント」製作委員会
東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。