Review | 靴下ぬぎ子『思えば遠くにオブスクラ』上下巻


文・撮影 | しずくだうみ
靴下ぬぎ子『思えば遠くにオブスクラ』上下巻 | 秋田書店 秋田レディースコミックスDX

 漫画が読みたいと思ったとき、Googleの検索に“面白い漫画”と入れたところでそこに出てくるのは最大公約数的な漫画で、後悔することはわかっているのに何か発見があるんじゃないかと思うのをやめられない。『思えば遠くにオブスクラ』は、Twitterで繋がっている友人が教えてくれた漫画だ。私の趣味趣向をある程度理解している人のおすすめはハマることが多い。私も人に勧めるときは自分の趣味の押し付けではなく、相手の趣味趣向に沿ったものを提案したいと思っている。うまくいくかはまた別の問題だが。

 物語は、東京でフリーランスのカメラマンとして仕事をしていた主人公・片爪亜生が火事で住居を失い、次に住むところを探していたのだが、東京どころか日本に住んでなくてもよくない!? と思い、突然縁もゆかりもない、ドイツ・ベルリンに移住するところからスタートする。いろいろな縁で、同じくフリーランスで音声の仕事をしている日本人の女性とルームシェアをすることになり、助けられたり助けたり、日本が恋しくなったりしながらもヨーロッパでの生活を謳歌する様子が描かれている。

 単純に旅行に行きづらい情勢の今、この本を読むと擬似的に旅行した気分になれるという点は同作が支持されている要因のひとつだろう。そして、漠然と日本以外に住みたいと思っている人たちにとっても擬似的な移住となりうる本だと思う。移住したいと漠然と思っている人は、仕事があったり家族がいたり、そのほか様々な事情が日本に留まらせる理由になっているのだろうが、例えばその人が片爪さんと同じように家を失ったフリーランスの状態だからといって、実際に移住するかというと必ずしもそうではないだろう。慣れ親しんだ土地を離れることはそう容易いことではない。

 現実世界ではなかなか出会えないレベルの思い切りのよさで彼女は移住に踏み切った。そして、火事で生活の全てに等しいものを失っているが、希望を失っていない。それはおそらく、自分自身の技術を信じていることと、なんとかなるやろとどこかで楽観視しているからなのかもしれない。個人的にはこういうフットワークの軽さの人がすごく好きで、自分もできるだけそうありたいと思っている。でも現実は案外保守的に動いてしまうことが多い。彼女ほどアクティヴにはなれなくても、ほったらかしていたあれをまたやろうかな……とか、あの人に連絡してみようかな……とか、世間的には小さいが自分にとっては大きな一歩を踏み出す時に、この本が背中を押してくれる気がした。あと一歩を踏み出したいけど踏み出せないでいる人に出会ったときに、私はこの本を紹介したい。

しずくだうみ Umi Shizukuda
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しずくだうみ東京のシンガー・ソングライター。

これまでに2枚のアルバムを「なりすコンパクトディスク」(HAYABUSA LANDINGS)、「ミロクレコーズ」よりリリース。自主レーベル「そわそわRECORDS」からは5枚のミニ・アルバムをリリースしている。

鍵盤弾き語りのほか、サポート・メンバーを迎えたバンド・スタイルや、デュオでのライヴ演奏で都内を中心に活動。ライヴ以外にもトラックメイカーによる打ち込み音源など多彩なスタイルで楽曲を発表している。現在はライヴ活動は休止中。

睡眠ポップユニット sommeil sommeil(ソメイユ・ソメーユ)の企画運営でもある。楽曲提供は、劇団癖者、ジエン社、電影と少年CQ、朱宮キキ(VTuber)ほか。