Review | 斎藤幸平『人新世の「資本論」』


文・写真 | コバヤシトシマサ

 ベストセラーの書籍にはなぜか理由もなく警戒心を持ってしまう。それが新書となれば特に。書店に行って新書のベストセラーのコーナーを見ると、たいてい自己啓発系の本が並んでいることが多い。自己啓発とひと括りにはできないまでも、安直なタイトルのついたノウハウ本の類がほとんどだったりする。その手のものはあまり読む気になれないのに加え、多くの人がこうした本を求めている現状を目の当たりにして、無用に落胆してしまうことも多い。まったくもって無用な落胆なのだろうけれども……。

 そんな中、実はある書籍のことがずっと気になっていた。斎藤幸平『人新世の「資本論」』がそれ。2020年に発売されて大ベストセラーになった新書。表紙に見覚えがある人も多いだろう。すでに読んだという人も多いのかもしれない。タイトルが示す通り、本書はマルクス理論を援用してこの先の社会、とりわけ資本主義のありかたを論じている。マルクスを使って資本主義の批判?? そんな本はこれまで無数にあっただろうに……との疑いを半ば抱えつつ読んでみた。

 実はこの書籍が気になったのは、著者である斎藤幸平の発言をネットで目にしたのがきっかけだった。彼の聡明さもさることながら、その物腰の柔軟さに大変な感銘を受けた。斎藤がもともとマルクスの研究者であり、『資本論』についての話題の新書の著者であることは知っていた。その上で彼の振る舞いが、ある種の論者に見られる硬直した態度とは180度異なっているように感じ、それがとても印象的だったのだ。以来、斎藤幸平はこの先のキーパーソンなのではないか?との勝手な見立てをつけていた。

 本書を通読し、その予感は確信となった。いやあ、すばらしい。

 マルクスを使って資本主義の批判を展開するとの概要から、その内容をある程度予想してしまう人もいるだろう。かく言う自分もそうだった。しかし本書は、おそらくそうした予想を大きく裏切る内容だと言える。たしかに斎藤はマルクスの読解によって資本主義を批判的に検討し、今後の社会の展望を具体的に示している。しかしここにあるのは旧態依然としたマルクス論では全くない。カール・マルクスが『資本論』以降に書いたノートや遺稿を丹念に読み解くことで、未完に終わった『資本論』の「第二巻」および「第三巻」を実証的に検討し、それによって従来のマルクス像を大きく書き換えている。

 マルクスというと“社会主義革命”や“共産主義”のイメージで語られることが多い。その上で中国やソ連の例を挙げ、マルクスはもう古い、すでに終わったとする見解が一般的だろう。本書もそうした現状について触れられている。しかしそこから出発し、斎藤はこれまでのマルクス理論の大転換を行っている。平易な文章で書かれた新書として、これは驚くべきことだと思う。その内容からして、本来ならば研究者が論文で発表するようなものなのだから。ちなみに斎藤はより専門的な著作である『大洪水の前に』(2019, 堀之内出版)も発表しており、そちらはもともと博士論文として書かれたものだそうな。そちらにはスラヴォイ・ジジェクによる解説も付いている。

Photo ©コバヤシトシマサ

 目下、資本主義には問題がある。気候変動は進行しているし、格差の拡大は止まらない。ではどうやったらこのシステムを是正し、持続可能なものにできるだろうか。そうしたシンプルな問いに対し、マルクスの読解から“エコ社会主義”を導き出して、理論的かつ実践的な解答を示している。“持続可能・エコ”との言葉が出たので補足しておくと、最近よく目にする“SDGs”なるキーワードについて、斎藤は欺瞞に過ぎないと断言している。たんに欺瞞であるだけではない。それさえ考慮していれば、今のまま大量生産・大量消費の仕組みを継続してもよいとの“方便”として使われてしまっていると警告する。それは単なる彼の独断ではない。統計やデータを精緻に検討したうえでの結論として導かれている。

 では資本主義の問題はどうやって解決すればいいのか。“脱成長経済”が鍵となる本書の最も重要な論旨については、ぜひ実際に手に取って確認してほしい。ひとつ付言しておくと、“エコ社会主義”や“脱成長経済”といっても、それは単に田舎に行って素朴でロハスな生活をしようといった論とは異なる。早合点なきよう。

 ネットで目にした彼の発言に、これまでの論客にはない柔軟さを感じたことはすでに書いた。本書とその他の著作を読んだ今、斎藤幸平は硬直した知識人のイメージ自体を大きく変えてゆくのではないかと思っている。やたらと党派的だったり、あるいは教条的に教えを説くようなこれまでの知識人の在りかたを大きく変えていくのではないだろうか。実際のところ彼は理論にとどまることなく、様々な実践やフィールドワークを基にした著作も発表している。知性の在りかた自体を変革していくかのようなそうした活動には多いに期待したい。

 そして彼を讃えるだけでは全く十分ではない。『人新世の「資本論」』のあとがき部分にある通り、実際に行動しなければ。社会を変えるためには全体の3.5%の人々が行動する必要がある、と斎藤は呼びかけている。本書をひととおり読んだなら、ごく自然にそれに応じる準備ができているんじゃないだろうか。そうした共感のネットワークがじわりと広がるのを感じられるような大変な好著なので、未読の方はぜひぜひ。

斎藤幸平 著『人新世の「資本論」』■ 2020年9月17日(木)発売
斎藤幸平 著
『人新世の「資本論」』

集英社 | 1,020円 + 税
新書判 | 384頁
978-4-08-721135-1

[主な内容]
| はじめに――SDGsは「大衆のアヘン」である!
| 第1章: 気候変動と帝国的生活様式
気候変動が文明を危機に / フロンティアの消滅 – 市場と環境の二重の限界にぶつかる資本主義
| 第2章: 気候ケインズ主義の限界
二酸化炭素排出と経済成長は切り離せない
| 第3章: 資本主義システムでの脱成長を撃つ
なぜ資本主義では脱成長は不可能なのか
| 第4章: 「人新世」のマルクス
地球を〈コモン〉として管理する / 〈コモン〉を再建するためのコミュニズム/新解釈! 進歩史観を捨てた晩年のマルクス
| 第5章: 加速主義という現実逃避
生産力至上主義が生んだ幻想 / 資本の「包摂」によって無力になる私たち
| 第6章: 欠乏の資本主義、潤沢なコミュニズム
貧しさの原因は資本主義
| 第7章: 脱成長コミュニズムが世界を救う
コロナ禍も「人新世」の産物/脱成長コミュニズムとは何か
| 第8章: 気候正義という「梃子」
グローバル・サウスから世界へ
| おわりに――歴史を終わらせないために

Photo ©コバヤシトシマサコバヤシトシマサ Toshimasa Kobayashi
Tumblr | Twitter

会社員(システムエンジニア)。