文・撮影 | しずくだうみ
とよ田みのる『これ描いて死ね』(1) | 小学館 ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル
主人公の安海 相(やすみ あい)は、東京から南に120km離れた伊豆王島に住んでいる、高校1年生で、怪しげな貸本屋に足繁く通い、漫画を読みまくっている。その貸本屋で何度も借りている大好きな漫画があるのだが、その漫画の作者・☆野0(ほしのれい)はもう何年も活動していないようで、SNSの更新も止まっていた。軽い気持ちで“☆野0 新作”でインターネット検索をかけると、なんとコミティアで新作を頒布するという告知が出ており、いてもたってもいられない相は「行くしかないでしょ!!」と親に嘘の行き先を伝え、島から東京へ向かう船に乗り込んだ。島にはないものだらけの東京の街に圧倒されながらも、なんとかたどり着いたコミティアの会場での思わぬ出会いによって、相は漫画を描き始めることになり、生活が、いや、人生が変わっていく。
相は漫画を読むことは好きだが、描いているわけではなかった。コミティアの会場に並ぶ漫画を描いている人たちに「これ自分で描いたんですか」と訊きまくり、「そうだよ」「当たり前じゃん」などと返されて、「そっか…漫画って、自分で描けるのか。」(原文ママ)と感動するくらいには“漫画を自分で描く”という発想がなかったらしい。よくよく考えると、なんとなく歩いているそこらへんの道にある看板も、道そのものの舗装も、自分が着ている服だって、何かしら人為的なものなのだが、私自身がそれに気が付いたとき、それぞれの人の意図が渦巻いているような気がしてちょっと気持ち悪いと思った。話は逸れたが、当たり前に目の前にあるものでも、人間が作っていると思うとまた違った見かたになってくる。そして、自分が作るということになると、なんとなく享受しているものでも、ものすごく考えられて大変な思いをして作られていることが多いことを知り、悩み、成長していくのだろう。
そして、相は漫画を描き始める。ストーリーも絵もお世辞にも巧いとは言えない作品ではあるが漫画を愛していることだけは読んだ人に伝わり、仲間を得ることができるという展開なのだが、まず“描き上げる”ことができて、それを“他人に見せられる”ことがすごいと個人的には思う。なんとなくやりたいという気持ちだけあって、しっかりと完成させることができずに、なんとかかたちにできても他人に見せることができずにいる人が幾人か思い浮かぶ。どんなクオリティであれ“完成”の状態にして“発表”することができるのは、もうそれだけで才能だ。
すでに2巻も出ているが、そちらに触れてしまうと1巻のネタバレが過ぎるから触れないでおくことにする。「これ描いて死ね」と思わずに楽しく描く相の姿は、職業として創作をする人間にとっては眩しく感じる。そして、タイトルがタイトルなだけに、「どこかでスイッチが入って本気になるんだろうか」と期待してしまう。このままのんびり描いていてほしいような、超展開がほしいような、とにかく続きが気になる漫画である。
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東京のシンガー・ソングライター。
これまでに2枚のアルバムを「なりすコンパクトディスク」(HAYABUSA LANDINGS)、「ミロクレコーズ」よりリリース。自主レーベル「そわそわRECORDS」からは5枚のミニ・アルバムをリリースしている。
鍵盤弾き語りのほか、サポート・メンバーを迎えたバンド・スタイルや、デュオでのライヴ演奏で都内を中心に活動。ライヴ以外にもトラックメイカーによる打ち込み音源など多彩なスタイルで楽曲を発表している。現在はライヴ活動は休止中。
睡眠ポップユニット sommeil sommeil(ソメイユ・ソメーユ)の企画運営でもある。楽曲提供は、劇団癖者、ジエン社、電影と少年CQ、朱宮キキ(VTuber)ほか。