Review | 町田 洋『惑星9の休日』


文・撮影 | しずくだうみ
町田 洋『惑星9の休日』 | 祥伝社 祥伝社コミックス

 幼少期の記憶に、『アクアノートの休日』(アートディンク)というPlayStation®用のゲームがある。特に何が起こるわけでもなく、海を漂って海洋生物を眺めるだけの内容なのだが、20年ほど経ってもぼんやり思い出してしみじみすることがある。“休日”という言葉を聞くと、人は何もない状態をイメージしやすいのだろうか。『惑星9の休日』の舞台である“惑星9”も何もない星だ。何年か前にこの漫画を入手してから、好きな漫画の上位に君臨し続けていたわりに、内容を案外覚えていないものだとこの文章を書くために読み返して気付いた。『アクアノートの休日』のように、何も起こらない淡々とした話のような気がしていたが、けっこう波乱に満ちた展開だった。淡々とした印象は独特の絵柄から受けたものか、あるいは何もなさすぎる星の土地から受けたものか。どちらにしても私の記憶なんて曖昧だ。

 そして、“休日 ≒ 何もない”という認識について。私に限って言えば、いわゆる休日にあたる土日祝日はなんやかんや出かけて買い物をしたり、やることに追われていたりして、何もない状態からはなかなか遠い。願望としての休日はそうなのかもしれないと思いつつ、予定を入れてしまう自分がいる。

 つらくてつらくてどこかに逃げてしまいたい、消えてしまいたいと初めて思ったのは小学校4年生くらいの頃だった。原因が何だったのかはさっぱり覚えていないが、自宅のトイレにこもったことは覚えているから、十中八九親と衝突したのだろう。当時は自分の部屋がなかったから、親と揉めてひとりになりたいときはトイレやお風呂に立てこもるか、家を飛び出すしかなかった。親からの叱責を何よりも恐れていた私には後者の選択肢は存在しないに等しかった。当時は携帯電話を持っていなかったから、こもってしまうとただひたすらに孤独だった。しかも親はまさかこもろうと思ってトイレに行ったとは思っていないから、心配してこない。退屈を持て余しすぎて壁紙をフニフニすることにはすっかり飽きていたが、このまま出るのも嫌だと思った私は、こんな世界なんか終わってしまえばいいと思った。小学生の短絡的発想で世界が終わらせられたら世界もたまったものではないが、子供にとって親は自分の世界の最高権力者だから、こんな発想になるのも無理はない。小学生の頃はいくつか習い事をしていたのだが、土日に入っていたかはよく覚えていない。中学生のときに同級生に「土日は家でゴロゴロしてる」と言われたのが衝撃的だったのはよく覚えているから、そのあたりには確実に“何もない休日”が存在していないことはわかる。小学生の私が追い詰められたときに望んだように世界が終わってしまうとして、私は休日に予定を入れずにいられるのだろうか。最後だしこの人に会っておきたいとか、今までは体質のせいで食べられなかったラーメンを食べたいとか、あらゆる欲が噴出して、ぼーっとする休日とは程遠くなりそうな気がしてならない。

 私はシンガー・ソングライターなのだが、何もせずにはいられない性格だからこそ、2019年の末にライヴ活動を休止して、その他のことをちゃんとやれる環境を作った。その数ヶ月後にCOVID-19のパンデミックがやってきて強制的な休みを与えられるなんて、決めたときは思いもよらなかったわけだが、最初の緊急事態宣言中はぼーっとしてしまう反面、何かやらなきゃいけない気がしていた。別に何もしなくたっていいのに。かと思えば最近は、やることがあるのはわかっているのに、何にもやる気がしなくてぼーっと過ごしてしまうことがある。いや、そのほうが多い。結局人間はないものねだりの生き物なのだろうか。私がそういう性格なだけか。『クマのプーさん』のように、「何もしないをする」と思ってみたら、もう少し気楽に過ごせるのかもしれない。

しずくだうみ Umi Shizukuda
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しずくだうみ東京のシンガー・ソングライター。

これまでに2枚のアルバムを「なりすコンパクトディスク」(HAYABUSA LANDINGS)、「ミロクレコーズ」よりリリース。自主レーベル「そわそわレコーズ」からは5枚のミニ・アルバムをリリースしている。

鍵盤弾き語りのほか、サポート・メンバーを迎えたバンド・スタイルや、デュオでのライヴ演奏で都内を中心に活動。ライヴ以外にもトラックメイカーによる打ち込み音源など多彩なスタイルで楽曲を発表している。現在はライヴ活動は休止中。

睡眠ポップユニット sommeil sommeil(ソメイユ・ソメーユ)の企画運営でもある。楽曲提供は、劇団癖者、ジエン社、電影と少年CQ、朱宮キキ(VTuber)ほか。