Interview | 北里彰久


“ここにはハートがある”と思える場面や瞬間

 2009年よりAlfred Beach Sandal名義で活動を始め、ジャズやラテン、ヒップホップ、ブルースなど、雑多な音楽をコラージュした作風からバンド形態での表現に移行。その豊かな音楽性をブラック・ミュージックのグルーヴに集約した2015年のアルバム『Unknown Moments』やプロデューサー / MPCプレイヤーのSTUTSと共作を行った2017年のアルバム『ABS + STUTS』を経て、再び、たった1人で自身の音楽世界の探究を再開した北里彰久。2019年に発表した前作アルバム『Tones』ではガット・ギターの弾き語りによるミニマルな作風をストイックに突き詰めた彼が、潮田雄一(g)、光永 渉(dr)、池部幸太(b)、山本紗織(fl)から成るライヴ・サポート・メンバーとミキシング・エンジニアの内田直之を迎え、4年ぶりとなる新作アルバム『砂の時間 水の街』を完成させた。すくったそばから手のひらからこぼれ落ちるような奇跡的な瞬間を繊細なタッチで描き出した10曲は、果たして何を物語っているのだろうか。

取材・文 | 小野田 雄 | 2024年1月
撮影 | 三田村 亮

――まず、前作『Tones』は北里さんにとって、どんな作品だったのかを振り返っていただけますか?
 「活動を始めた最初の頃、多くの音楽家はその場のノリやで思い付いたこと、おもしろそうなことをぱっとやったりするじゃないですか。自分もそういう衝動的な音楽制作が重なった後、2015年とか、それよりもっと前かもしれませんけど、自分の音楽の根幹になっているものが何なのかを考えるようになったんです。というのも、自分の場合、根幹になるものがわかりやすく“ジャンル”じゃなかったりするので、自分の音楽を捉え直さないと、この先、自分の音楽が発展していかないような気がしてたんですよ。そうしたことを踏まえて、自覚的に自分の音楽を骨組みだけにしてみたのが『Tones』というアルバムですね」

――自分の音楽の根幹にあるものが何なのかを突き詰めるのは、本当に途方もない作業だという気がします。
 「うん。それでも、どうしても出てきてしまう何かがあるような気がずっとしていたので、自分の骨組みになるものを取り出したら、その後の曲作りにおいて、自覚的に引き算、足し算ができるようになるだろうなって。それに加えて、『Tones』は作品全体のムードというか、すっきりさっぱりしたアルバムのイメージがあったので、それに合わない曲は入れなかったし、今回のアルバムでは前作に入れなかった、ドロッとグニャっと自分の性格の面倒臭い部分が表れているような曲に取り組みたかった」

北里彰久 | Photo ©三田村 亮

――『Tones』はよくよく聴くとずっしりしているんだけど、聴き心地はさらっとした作品でしたもんね。自分の音楽を構成する骨組みを再確認しながら、ミニマリズムを極めたような作品制作を経て、何か発見はありましたか?
 「自分にとって言葉、歌とギターから音楽を作り始めているので、それが大きいんだな、ということ。その上で自分にとって大きいのはブラジル音楽とブルーズだと思うんですけど、それが妙な割合で混ざっているところに自分らしさがあるんだなって。じゃあ、なんでフォークではなく、ブラジル音楽とブルーズなのかというと、リズムとかグルーヴ、スウィング感、あとコードの濁った響きが自分にとって心地良いんですよ。もっと言ってしまえば、ブラジル音楽とブルーズは自分にとってダンス・ミュージックに聞こえるんです。それもパーティ的なダンス・ミュージックではなく、内省的なダンス・ミュージック。自分が求めているのはそういう音楽だということを再認識しましたね」

――『Tones』は、ほぼギターと歌のみで成立しているのに、フォーク・アルバムという印象を受けなかったのは、最小限の音が鳴ってる背後に豊かな音楽の気配が感じられるからなのかな、と。
 「その背後にあるものを言葉で説明するのはめっちゃ難しくて。うーん、それはうまく言えないな……霊感……霊感?」

――そして、『Tones』を経て、今回のアルバムは骨組みにもうちょっと肉を付けたアルバムなのかなって。
 「そうですね。『Tones』のとき、具体的にしなかったものをアンサンブルとしてもうちょっと具体的にした感じというか」

――だから、前作でミニマリズムをストイックに、ハードコアに極めた北里さんの別の一面というか、端的に言えば、優しさを感じましたね。
 「はははは。より伝わるようにね。自分でもそう思います。自分の音楽を骨組みに削ぎ落とす作業を経たことで、作曲のスキルが上がったというか、足し算がうまくできるようになったという実感もあったので、前作から今作の流れは自然な成り行きでしたね」

北里彰久 | Photo ©三田村 亮

――前作以降、4年間のゆるやかな制作期間に、自分にとって何か発見はありましたか?
 「録音、ミックスの前段階、作曲やアレンジの行程から空間的に音の配置を考えるようになりましたね。それぞれの楽器のフレージングをどういう関係性の中で作っていくか。早い段階からそれが立体的に出来上がっていれば、レコーディングの際に曲のイメージをより忠実に具現化できるんですよね。『Tones』のときはその作業をzAkさんを安心して委ねることができたので、自分ではそこまで突き詰めて考えなかったんですけど、今回は自分でやれるかもという予感があったので、録音までは自分が主体となってみようと。これまで、自分の曲の多くはバンドで録ったものが多いんですけど、Alfred Beach Sandal時代だったら、簡素なデモを持っていってあとはスタジオでメンバーと合わせてみながらアレンジを練るっていう、いわゆるバンド的なやりかたをしていて。それに対して個人名義になってからは、基本的に自分が宅録で制作したデモの段階でアレンジはほぼ固まっていて、それをメンバーに渡して、再現してもらうかたちになっていった感じ。今回はさらにもう一歩踏みこんで、空間的、立体的な音の配置を考えながら、デモを制作したのが大きな違いですね」

――2015年の『Unknown Moments』、前作の『Tones』と、zAkさんをエンジニアに迎えた作品が続いていましたが、今回、どういった経緯でミックスをダブのスペシャリストである内田直之さんにお願いしたんでしょうか?
 「ダブの要素を求めてお願いしたわけではなく、内田さんがこれまで手掛けてきた作品から畑を耕しているような音作りをしているような印象があって、以前から一緒にやってみたいと思っていたんです。zAkさんとは過去2作でご一緒してきて、zAkさんにお願いするということは、ある程度zAkさんが敷いた道の上に乗っかっていくっていう感覚があって、それが間違いないから続けてお願いしてきたんですけど、自分の中で、zAkさんの音の組み立て方が建築的なのに対して、内田さんは土っぽいイメージなんですよ。そして今回、スタジオも含めて自分の身近な範疇で録った、ざらついた質感の音を扱ってもらうなら、内田さんにお願いしたほうがいいんじゃないかって。あと、今にして思えば、内田さんとは要望やアイデア、意見のラリーをしながら、曲を完成に持っていったんですよ。その完成までの過程を見ていたくて、内田さんにお願いしたかったのかもしれない」

――今回のアルバムは、フルートの涼しげな音色とバンドのグルーヴを引き連れた「口笛吹き」で始まる、口当たりのいい前半のパートから「11」や「ファントム通り」に象徴されるディープな中盤のセクションを経て、心地良い光を感じさせるシングル曲「In Bloom」「Swingしてる」で締めくくる流れに、サウンドが担うストーリー性を感じました。
 「全体の流れは、最初からイメージがあって、半分くらい曲が出来た段階で、それを作品のどこに配置するかはなんとなく決まっていたので、後半の曲作りはその間を埋める作業だった気がします」

――そのイメージというのは?
 「けっこう具体的で、自分の日常の暮らしですよ。1曲目の“口笛吹き”は、朝、あまり聞いたことがない鳥の声がして、ぱっと目が覚めたときがあって、そのことを基に書いた曲。そして最後の“Swingしてる”は朝4時くらいに自分が最寄り駅から家に向かう帰り道の記憶が基になった曲。だから、最初と最後の曲が円になっているイメージがまずあって、その間の曲はどこかへ行っているのか、何かを考えたり、何かをやっているのか。まぁ、でも、自分が暮らしている東京のイメージなんですよ。あまり、そう捉えられていなくて、“異国”と形容されたりしているんですけど(笑)、自分が普通に暮らしていて、見ている東京の景色がただ曲になっただけのアルバムなんですよね」

――うーん、なるほど。ただ、この作品には分かりやすく“東京タワー”や“渋谷駅前のスクランブル交差点”のような、東京を象徴する具体的なものが出てきませんよね。さらに言えば、北里さんの歌詞の多くは、ストーリーを伝えるものではなく、むしろ、シチュエーションを特定する要素をざっくりと削ぎ落としたり、曲のパートごとに異なる場面や時間の描写がインサートしたりすることで、聴き手の意識を飛ばしたり、想像力を掻き立てる作りになっていますよね。
 「そうですね。モンタージュ的な作りというか、場面があって、次に違う場面がぼんと来るみたいな、その間のことはイメージできるっしょ、リスナーそれぞれが自分で繋げられるでしょっていう(笑)。でも、それぞれの場面はなんでもいいわけではなく、醸し出したいムードがブレないように注意は払っているんですけどね」

――例えば、最後の「Swingしてる」は音と言葉が相まって、アルバムが無事に軟着陸した安堵感を感じたりとか。
 「ああ、たしかに“Swingしてる”はわかりやすいかもしれない。そんな感じで、自分の中では1曲1曲に固定した場面があるんですけどね。でも、ビヨンドしたい気持ちと日常に帰ってくる気持ちが行ったり来たりするのが普通の感覚になっちゃっているから……ちょっと病的ですよね。自分で言いながら、やべえ奴じゃんって(笑)」

北里彰久 | Photo ©三田村 亮

――はははは。
 「社会を抜きに人は生きられないけど、そこから逸脱しないとしんどくもあるというか、自分は社会と関わりながら、逸脱することを常に考えていて。そうするとこういう歌詞が生まれるという(笑)」

――『砂の時間 水の街』というアルバムタイトルも含め、今回の作品を聴いて、個人的には、社会と繋がってるような、切り離されたような、コロナの自主隔離期間に象徴される安定的な日常生活のあやふやさが浮き彫りになっているように感じました。
 「秩序がないと大変だし、アナーキーな状況が望ましいと思っているわけではないんですけど、自分の中で、安定的な日常がちょっとしたことで崩れてしまう予感はずっとあったので、一連のコロナにまつわる事態は、やっぱりそうだよな、と思ったりもして。今回のアルバムを作ろうと考えたとき、自分が人生において一番長く暮らしている街である東京のことを描こう、と。そう思ったら、砂とか水とか、蜃気楼とか、かたちのないものがぽんぽん思い浮かんでいった。つまり、自分にとって普段暮らしている社会がそう見えているからだと思うんですけど、その中でも自分なりに“ここにはハートがある”と思える場面や瞬間を拾っていったのがこのアルバムなんですよね」

――つかみどころのない幻影に包まれながら、そこで実感した確かな場面や瞬間を描いていったと。
 「アルバムの流れで言うと、最後のほうはさっぱりした、ちょっと明るめな感じで終わろうと思っていたんですけど、コロナ中しかり、今もそうだけど、もうちょっと不安なムードのほうが大きいし、脳天気に前向きなものはリアリティがないじゃないですか?今回の制作においてもちょっと陰りがあるもののほうが思い浮かぶ感じではあったので、それと光が同時にあるもの。そういう絶妙な光度や色見はどの曲においても意識したかもしれないですね」

――今回、東京を拠点に活動している3人組バンド、ケバブジョンソンの「トーチソング」がカヴァー曲として取り上げられていますが、どのような経緯でこの曲を取り上げたんでしょうか?
 「普段のライヴでも自分の視点じゃない曲が欲しくて、中盤にカヴァーをやったりしているんですけど、今回のアルバムでも同じ理由からカヴァーを1曲入れようと考えて。自分にとってウソっぽくない、確かなものがいいから、そうなると限られてくるし、自然とケバブジョンソンがいいなって。彼らのことを知ったのは10年以上前かな。高円寺の円盤で自分が自主制作のCD-Rを置いてもらうようになった頃、ケバブジョンソンのCD-Rも置かれていて存在を認識して。それなりに近いところで活動しているんですけど、僕自身、友達として仲良くしているバンドというより、めっちゃいいバンドだな、とリスペクトしている人たちです。積極的にコマーシャルな活動をする人たちではないから、世間的にはなかなか知られる機会は少ないかもしれないけど、自分たちの周りでは、いいバンドといえば真っ先に名前が挙がるし、実際いい曲をたくさん作っていて、音楽に真摯に向き合っているバンドだなって。あと、カヴァー曲を自分の作品に入れるとなったら、歌詞が重要というか、どんなにいい曲であってもアルバムの流れに歌詞が馴染まなかったら自分にとっては難しくて。“トーチソング”はその点においても奇跡的にフィットしたんですよね」

――サウンド面では、前作で提示した音の骨組みに、バンドで肉付けをしたことで、ブラジル音楽やアフロビート、ダブ、ソウル、ファンクなど、北里さんのバックグラウンドにある豊かな音楽性や多彩なグルーヴが可視化されています。
 「自分の音楽の好みはずっと変わっていなくて、新しいアルバムを100枚聴くより、1枚を100回聴くほうを選ぶような人間なので、今回の作品に影響を与えたリファレンス・ディスクを挙げるのは難しくて。強いて挙げるとすれば、作品のムードや温度感という意味でJoão Donatoの『Lugar Comum』(1975, Philips)とか。まぁ、でも、そういったものもありつつ、自分がやっているのは東京に住んでいる人間の音楽だと思うし、そうしようと思ってやっているので、音楽ジャンルやシーンとかの文脈の集積で何かを表そうっていうよりは、あくまで自分事として、アクチュアルにできることをただやろうっていう感じでした」

――ご自身が形容するところのモンタージュ的な歌詞世界や作品のテーマも相まって、個人的には北里さんの音楽が内包する広い意味でのサイケデリックな感覚、独自な“飛び”のアプローチを追求されているように感じました。
 「そうですね。それは自覚的に実践しているつもりです。ただ、自分の場合、深夜のドロドロした感じではなく、もうちょっと白昼夢っぽいというか、サウンドも歌詞と同じく、素面と酩酊を高速で行ったり来たりする感じ(笑)。何食わぬ顔で生活しつつ、実は高速で行ったり来たりし過ぎているから、止まって見えてる……そんなイメージなんですけど、そういう人間が東京で暮らす日々をアルバムにするとこうなるということです」

北里彰久 Official Site | https://akihisa-kitazato.com/

北里彰久 New AL Release Tour "Sand and Water"北里彰久
New AL Release Tour "Sand and Water"

| 2024年1月27日(土)
愛知 名古屋 ブラジルコーヒー
開場 18:00 / 開演 19:00
前売 3,500円 / 前売 4,000円(税込 / 別途ドリンク代)
予約 nqlunch@gmail.com
※公演日 / お名前 / 人数 / 連絡先の明記をお願い致します。

| 2024年2月7日(水)
東京 渋谷 WWW
開場 18:30 / 開演 19:30
前売 3,500円 / 前売 4,000円(税込 / 別途ドリンク代)
一般発売: 2023年12月9日(土)10:00-
e+

| 2024年3月2日(土)
兵庫 神戸 旧グッゲンハイム邸
開場 19:30 / 開演 20:00
前売 3,500円 / 前売 4,000円(税込 / 別途ドリンク代)
TBA

北里彰久 '砂の時間 水の街'■ 2023年12月15日(金)発売
北里彰久
『砂の時間 水の街』

WABS BROADCASTING | AWDR/LR2
CD DDCB-12122 2,700円 + 税 | 2024年1月31日(水)発売
https://ssm.lnk.to/ToSCoW

[収録曲]
01. 口笛吹き
02. Mirrored
03. オアシスのまばたき
04. 働くなかれ
05. 11
06. ファントム通り
07. 水辺の声
08. トーチソング
09. In Bloom
10. Swingしてる