Interview | BES


これがないと生きていけないって心から言えるもの

 ラップで勝ち上がることや貧困や窮屈さを抜け出すということは、近年浸透しているラップのひとつの典型的なイメージだと思う。それは素晴らしいことなのだけれど、勝ち上がって金ゲットしてジュエル買う、車買うだったりというトピックが自分は少し苦手になってきている。選択肢を狭めているように感じる。それは精神の貧困からは抜け出していないのではないだろうか?と考えてしまう。良い面もたくさんある中で、自分は悪い面を見てしまう。そんなとき、BESというアーティストこそ、1st(『REBUILD』2008, P-VINE)から一貫して、稼いで消費することではなく、ラップで生活をしてゆくということを歌っていると思った。自宅で話を聞かせてもらった。

取材・文 | COTTON DOPE (WDsounds | Riverside Reading Club)
Main Photo ©三浦大輝 | Live at 愛知・名古屋 Maker's Pier「XROSS CULTURE」, 12.10.2023


 「俺んときはなんかアレですかね、そこまで買えなかったっていうのも、そこまで行かなかったっていうのもありますけど。派手に乗り回している人もいましたけど、なんだろう、お金を持っていても、車持っていても普通に電車で移動してましたし。SCARSやっているときって、Dipsetとか、スポーツカーガンガンとかそういう感じだったじゃないすか。ヴィジュアルはそうだったかもしんないすけど、街移動は隠密行動が多かったので、やっぱりタクシーとか電車になるじゃないですか。だから車で集まるなんていうのはほとんどなかったですね。だから、たぶん誰もそれをPVにしようとも思っていなかったでしょうし。そうですよね。それがレンタルとかだったらなおさらじゃないですか。ちょっと待ってっていう感じじゃないですか。Meta Flower君も言ってますけど、その通りですと思いましたもん。WU-TANG(CLAN)みたいに金があって、みんなBMWとかもうBenzとか持っていて集まって、これからも集まってくる、次第に高級車になってくるみたいなだったらわかるんですけど。LEXUSとか。なんか少しずつ変わっていくみたいな生活がもっとリアルというか。WU-TANGなんて、もうアレじゃないですか。全然Raekwonなんて2ndでもう、BMW、Benzとかすごかったじゃないですか。Inspectah DeckとかRZAとか、みんないい車乗っていて、そういうのを見るとなんかリアルっていう感じがしますよね。少しずつ良くなっていくというか。その仕組みがPVで見えるじゃないすか。年功序列じゃないですけど。ソルジャーから上がっていくみたいな。だから、実際そういう感じなのかっていうところですよね。リアルな部分ですよね。例えば、フリースタイル・バトルの賞金でブリンブリン買って、自分で身に着けて、ってやるのでもいいと思うんです。でもそれだったら、俺的にはブリンブリン買うお金を我慢して、そのお金でその名が挙がっているうちに、自分のお金で自分名義のアルバムを出しちゃうとか、そういうふうに金を回して使ったほうが建設的かな、とは思いますよね」

――長いキャリアの中でずっとコンスタントに作品を作り続けてるじゃないですか?自分の作品を作ることっていうのは、自分の生活の中でどう位置づけているというか、どういう行為ですか?
 「まずビートを聴きますね。まずビートを聴いて、何を言おうかって、何を考えているか、とりあえず書き出してみて。いろんなパターンがあるんですよ。書き出しから繋がっていくパターンで、何小節か書いて、それを頭に持ってくるかケツにに持ってくるか。1小節目から16小節目まで書くようにしてるんですけど、そうじゃないときもあるんですよ。9小節目から出来上がるときもあるんで、そこから上を後で構築していくみたいな。アプローチの仕方が前よりも多角的になってきたという。この言葉のこの言いかたは終結だなと思ったら、それをケツに持ってきて。その序章を頭に付けるっていう作りかたをしたりとか。多角的な面から見るようになってきて、その出来上がりを見て、今まで書いてきた曲と同じような内容のことがあっても、言葉が違ったり、デリバリーの仕方が違えば、いろいろ変わるじゃないですか、やっぱり。これ同じ言葉だけど、表現をちょっとここで変えれば、また違った輝きになるかな、とか。書いてけば書いていくほど、たぶん難しくなると思うんです。だから、今でも読みますよ。パトワ語辞典とか。一緒にいる人に携帯で英語の意味を調べてもらって、日本語を英語にしてもらって使うとか、そういうことはしますね。昔はもう知っている、全く自分で覚えた英語とかパトワとかしか本当に使わなかったんで。MUD君(KANDYTOWN)のラップ、俺すげえ理想的だったというか、自分がやりたかったことにすごく近かった、と言うとおこがましいし、自分はできなかったんですけど。発音もいいし、そのくせに英語を喋れる人の日本語のちょっと耳につく言いかたではないんですよね。ギリちゃんと日本語のアレを守りつつ、ちょっとそっちのフレイヴァが入っているみたいな。自然となっちゃったみたいな。こういう感じだもん、みたいな喋りかたなんですよね。なんかそういうのを見ていて、いいなと思ったり」

――そういう意味でいうと、普段の喋りかたと、ラップしているときのBESはどうありたい、みたいなことって考えていますか?
 「普段のBESは自分のいつものスタンスを崩さずに、やっぱり人と会うときはちゃんと丁寧に接して、 親しき仲にも礼儀ありを守ってやりたいな、とは思っていて。ラッパーのBESは逆に、もう好きなことをやってやろうというか、気を付けているのは、あまり言い過ぎて自分の手に負えなくなるようなことはしないという」

――そこがリアリティというか、等身大の自分そのものというところに一貫してこだわってるように感じます。最初に話していたことと重複するんですけど、お金持って何買ってというようなフレックスはBESの作品では一貫して歌われていないから、これだけ長く聴けるものになっているのかな、と思いました。
 「そうですね。なんて言うんでしょう、傍から見ると、お金持ってるだろうなとか、いっぱいあっていいだろうなとか、思うかもしれないですけど、実際やっていると違うじゃないすか。隣の芝生は良く見えるだけであって、こっちはもう大変だ、みたいな感じじゃないですか。その中で、一番世に名が出たときはもうテンションですよね。普段の生活で手一杯というか、今の今だったらもうバクバクしちゃってリリックも書けなくなっちゃうくらいなのが、当時は何か事が起こっても平気でリリックを書けたりとか。常にお金のトラブルとかが付き纏っているときに何かやらなきゃいけないみたいな。“レコーディングです。明日”、“すいません。お金回収しないと”みたいな、そういうのとかもあったんで、そこでやっぱメンタルが強くなったというか。ただ普通にラップを本業でなくやっていたときの緊張感っていうか、モチベーションというか、違いが出てきます。だからたぶん、ただ金を得るための手段がラップでもいいと思うんですよ。それを目的として、金を儲けたいからスキルを磨く、それもすごく大事なことだと思うんです。ただ、何のゲームでもそうじゃないすか。ゴールドラッシュもそうですけど、みんなで行って、ダメな奴は“なんだ畜生”みたいな感じですぐいなくなるみたいな。そういう脱落の仕方じゃないすか。簡単に言っちゃうと、最後まで好きで、ちゃんとやっていて、そこを苦にしないやつが残っているわけじゃないですか。俺も、反対の意見のことを何十回も言われましたし、なんかいろいろフリースタイル中に入ってきて言われたりとかもしましたけど。十人十色それぞれ意見があると思うんですけどね。とりあえず、破滅に向かわなければ」

――たしかに“破滅に向かわないで建設的に”ってその通りですね。さっき話したゲームに残るというのも、先のことを考えて見据えているということですよね。
 「DEV LARGEさんが昔インタビューで、“常にへこたれない奴っていうのは、すでにヴィジョンを持っているから”って言っていて、常に次のヴィジョンを、次に自分をどうしたいっていうことを考えている奴はいろんなことに対して困らないっていう。でも、それはすごく強い人ができることであって、それをキープすることはできないときもあるし。俺なんかずっとできたか?っつったら全然できてないし、一貫して通してきたかっつったら、全然できてない。でもアレだけど、芯の通った、なんて言うんでしょうか、自分のモチベーションの保ちかたをしていれば、アレですよね。金があってもなくても楽しいと思うんですよ」

――今話してくれたインタビューの言葉みたいに、リリックでも楽曲でも、印象に残っているものってありますか?
 「なんだろうな。リリックで人にやられたことってけっこうあるんで。俺がまだ若いときっていうか、やり始めた頃っていうのは、ドンピシャっていう人があまりいなくて。内容も、なんか独特だったじゃないですか?ジャパニーズ・ヒップホップ。日本とアメリカのいろんな違いとか、いろんなものの吸収も全部加味して、全部打ち出せれば、たぶんすごく良いものができるんじゃないかな、と思って。だから、おもしろいもんですよね。やっぱ自分のラップでも言ってるんですけど、ラップって自分で言ったぶん、自分に返ってくるんで。言ったことに対して尾ひれ背びれがついて噂が広がって、例えば文句になったりとか、良いことになったりすることもあるだろうし、SWANKYで出したときも、4人くらいですかね、問い合わせというか、“これは僕のことですか?”と。いやあなた初対面ですよ、初対面に近いですよね、みたいなのとかはありましたよね」

――言葉ってそうやって大きくなって、しかもその聴いている人に入り込んでいくからすごいですよね。そういえばSWANKY SWIPEとBACHLOGICの出会いっていつなんです?
 「MalikがいきなりDOBERMAN INCを持ってきて、“このBLっていう奴がやばい”って言っていた後くらいですかね。BL君もDOBERMAN INCの次の次くらいにSCARSをやってるんで。昔で言うと全曲BL君とやっているのがSEEDA君とかNORIKIYO君。がっつりプロデューサーと作る作品を出していて、俺の中ではその2人がすごく印象的だな、っていう。当時、フレッシュなビートでしたね」

――続けて自分のかたちでやり続ける人って、やっぱり、音源、アーティストをチェックし続けてますよね。
 「そうなんすよね。やめよう、っていうときは絶対に来るじゃないすか。物事って、歳もそうだし、出来事もそうだし、トラブルとかもそうだし、いろんなことがあって1回挫折したり、匙を投げたりすることってあるんじゃないですかね。そうなったときに、例えば自分にはやっぱりこれしか、これがないと生きていけないと思ったりとか、これがやっぱ好きかなって心から言えるものって、なんて言うんでしょう、俺いろんなことで、ラップでも、ちゃらんぽらんしますけど、今まで人生の中で一番真面目にやったことというか、一番手をかけたことですか、それがラップだったんで。だから、練習、韻を思い浮かべるときの辛さはありましたけど、それができなくて、もうやめたいとか思わなかったし、これは俺に対する難題だと思って。これができれば次のステージへ行ける、みたいな」

BES + GRADIS NICE | Live at 北海道・札幌 SPiCE「街おこし24周年」, 1.28.2024 | Photo ©Seita Nakamura
BES + GRADIS NICE | Live at 北海道・札幌 SPiCE「街おこし24周年」, 1.28.2024 | Photo ©Seita Nakamura

――前に、「1回やめようと思って」って話してくれたときもあったじゃないですか。その話を聞いた少し後に観たライヴがものすごくて、この人ラップすごくなってる、ラップめちゃくちゃ好きじゃないですか、って思ったんですよね。今はそのラップで、これを続けていく、仕事にしていくという意思を感じます。
 「そうなんすよ。やっぱり周りを見ると、さっき言ったみたいに隣の芝生は青く見えるじゃないですけど、常にいろんな状況があったり、いろんな人がいて。友達の、悪く言えばライバル関係、良く言えば競争相手、って言うんですか、どっちがすげえみたいな、どっちが唸らすかみたいな。その切磋琢磨勝負みたいなところをずっとbed(東京・池袋 | 2019年閉店)とかでもうすでにやってたんで、俺たちは。もうあいつがかっこいい、こいつがかっこいいでやっていて、自然とEISHINとラップの勝負ですよね。だからもう、フリースタイル・バトルじゃなくて、書いたバース・バトルみたいな、これやべえだろうお前、書いてみろよみたいな。その勝負を常に何年もしてたんで。SWANKYのときからずっと。だから、ラップに対してのアプローチに関して悩むことに、苦悩はなかったですね。好きなことなんで、悩んで当然じゃないですか。ペンを置くときもありましたよ。辛いって言って。そういうときもあるけど、そうじゃないときは大概そうでした」

――そこには基本ビートありきっていう感じですか?
 「ビートありきで」

――前に、GRADIS NICEやSCRATCH NICEのビートもそうですけど、ビートを送るとまとまった作品の制作中じゃなくても「このビートをキープ」したいって連絡くれるじゃないですか。
 「そうっすね。なんかやっぱ一期一会で、そのときにドンピシャでいいなと思ったのはいいんですよ、絶対に。とにかく先のことは考えないで、もう金をどうにかすりゃいいから、みたいな。とりあえずキープしてしまう。俺はラップがしたいっていう。前にマーシー君(COTTON DOPE)と一緒に小倉に行ったときも、Gerardparmanのところ行ってひとりでビート聴いてましたからね。それで唾つけておいて、次のアルバムに入ります。もともと使う人がいたんですけど、その人が使わなくなったんで、俺んとこ来たんですよ。よっしゃってなって、それをWILYWNKA君に聞かせたら、全然こっちだよみたいになったんで。これ行っといて良かったわ、って。興味持っている人にはビートを聴かせてくださいって言いますね。ちゃんと量産できる人、量産っていう言いかたはおかしいんですけど、良いビートをたくさん作れる人っすよね」

 その楽曲は先日アナウンスされた3月13日(水)発売ニュー・アルバム『WILL OF STEEL』に収録。先行シングルとしてアナウンス同日の1月31日にリリースとなった。

BES 'EL COCINERO feat. WILYWNKA'■ 2024年1月31日(水)発売
BES
『EL COCINERO feat. WILYWNKA』

P-VINE, Inc.
https://p-vine.lnk.to/Kzbf3i

――BES君は作品毎に新たなトラックメイカーが入ってきて、その後の作品でも参加している印象がありますね。
 「今回、入ってもらったGerard君なんですけど、彼のアルバムに僕が入るっていうところからスタートして、2曲やらせてもらって、俺もそろそろ一緒にやりたいな、っていう。タイミングが良かったんです。東京とかそっちの方面でもあまり聴かないような、同じようなのがあってもなんかちょっと違うんですよね。
だからビート選びは、すげえ時間かけました。1年くらいかけました、今回のアルバムは」

――とにかくアルバムとかEP以上のサイズで作るのにはこだわりありますよね?
 「そうですね。やっぱそっちのほうが動く金もデカいし、しかも1曲だけだったら、なんか飽きちゃうじゃないですか。バズるのを狙うのもいいんですけど。それが結局何かの作品に入るんだったら、先行シングルと一緒じゃないですか。わざとそういうふうにシングルっていう言いかたをして売り出すっていうのが好機な時期があればやりますけど、そういうのがなければ別に曲を作るんだし、だったら、ある程度まとめて」

――そうっすよね。でも、けっこうコンスタントに出してますもんね。たぶん1年に1枚くらいはまとまった単位で出てるじゃないすか。アルバムには入らなそうとか、シングル出すのもおもしろいのかなっていうのとか、これはシングルでしか出せない、みたいなものもあると思うんですけど、そういうのは?
 「そういうのもありますよね。けっこうみんなこだわりますけど、俺は逆に、今作っているのはもう本当バラバラですね。本当にトラックがもう、いろんなトラック。低いのから高いまでの全部使ってやってみて、それを上手く散りばめてみて、どの曲がすごく良いのかなって。逆にめちゃめちゃに、流れとか無視して作ってやろうと思って、もういろんな曲を入れてしまえ!みたいな。前だったら、かたちをしっかりしておかないと落ち着かなかった部分とかもあったんですけど。なんかそれが取っ払われたっていうか、なんて言うんでしょう、前はこだわりもあったけど、歳を重ねてゆく毎に、だんだんいろんなことを広く見るように、受け入れられるようになって、またちょっと違った表現の仕方にはなっているのかな、っていう。なんかめちゃくちゃにしてやれみたいな。うるさくてごめんなさい(笑)」

 アルバムの取材をしに行ったわけでもなく、ただBESに話を聞きたくて行ったら、アルバムのリリースの話まで聞けた。東京で生活するラッパーBESの言葉は冒頭で綴った自分の疑問の答えではなく、ラップを通してもっと豊かな世界を感じさせてくれるものだった。
BES | Live at 愛知・名古屋 XROSS CULTURE, 12.10.2023 | hoto ©三浦大輝
BES | Live at 愛知・名古屋 Maker's Pier「XROSS CULTURE」, 12.10.2023 | Photo ©三浦大輝
SWANKY SWIPE STORE Official Store | https://swankyswipestore.stores.jp/

■ 2024年3月13日(水)発売
BES
『WILL OF STEEL』

Digital | CD PCD-25381 2,500円 + 税
Vinyl LP PLP-7400 3,980円 + 税 | 2024年6月26日(水)発売

feat.
ISSUGI / PAX / rkemishi / SAW / WILYWNKA

prod.
ENDRUN / Fitz Ambro$e / GENJU / Gerardparman / GRADIS NICE / SCRATCH NICE / 竹細工