Interview | °C-want you! + 本 秀康


せめて、歌詞の中だけは

 イラストレイター・本 秀康が主宰するレーベル「雷音レコード」が放つ最新作は、MAGIC, DRUMS & LOVE / 住所不定無職のキーボーディスト・℃-Want you!(シー・ウォンチュ!)の1stソロアルバム。

 先行した4枚の7″シングルは、懐かしくも新鮮なオールディーズ・ミュージックと多重コーラスの魅力、胸を打つ青春と恋の瞬間を描く歌詞の世界が話題を呼んでたちまち完売。ソロデビューから2年あまり、満を持して放たれるアルバムはシングルに続いてAKB48「恋するフォーチュンクッキー」アレンジを担当した武藤星児がプロデュース、さらに杉 真理(cho)、牛尾健太(g / おとぎ話)をゲストに迎えて遂に完成した。


 本稿ではロック / ポップス / 歌謡曲 / J-POPの最良の部分を抽出した、ポップネスに満ちる傑作を生みだした℃-Want you!(以下 )、本 秀康(以下 )によるアルバム全11曲の完全解説が実現。取材場所は本氏の自宅。本氏の愛犬・モコゾウの熱烈な歓迎を受けながら、この夏最大の話題作の内側に迫った。


取材・構成 | 伴ジャクソン (男の墓場プロダクション) | 2019年8月


――遂に待望の1stアルバム『℃-want you!』が完成しましたね!

 「ありがとうございます! このアルバムは幼少期から聴いてきた身近な音楽が無意識に積み重なってできた感じなんです。そもそも収録曲の半分はソロ・デビューのお話をいただく前からあった行き場のないデモ曲でしたし、コンセプトなんて全然なくて、まとまりもないですけれど、1曲1曲“こういう歌が作りたい!”と全力投球した分だけ爆発力があるアルバムになったと思います」

――では、さっそくアルバム収録曲について語って頂きましょう。これまで7″シングルを4枚出していますが、その中から1stシングル、そしてアルバム1曲目に選ばれたのが……。

| 01.Don’t Touch Her!

 「THE SUPREMESやTHE SCOOTERS、『Majiで恋する5秒前』みたいなモータウン・サウンドをやる、という明快なヴィジョンがありました。それが一番聴く人にも受け入れてもらえるかな、という気持ちもあって、まずこれを最初に出したんです」

――気弱な男の子が恋に奔放な女の子に振り回される、という歌詞ですが、こういう世界観はどこから?
 「子供の頃から銀杏BOYZなんかの報われない男の子の姿を描いた歌ばかりを聴いてきて、そういう世界観こそがパンクだな、と思ったんです。私自身は女性ですから、それを自分自身で体験することができないけれど、せめて歌詞の中だけでは一人称を“僕”にしてかわいそうな男の子の世界を歌いたいと思いました」

――ちょっとウジウジした歌詞なのに曲はメチャメチャにポップ。このギャップもたまらないです。7″が出た時の反応はいかがでしたか?
 「おかげさまで反応も良くて、あっという間に売り切れちゃいました。本さんが描いてくれたジャケのコーラスガールも、自分の曲のコンセプトがしっかり明示できていて良かったです」
 「ジャケットは基本僕が勝手に作っているんですよ(笑)」
 「いつも本当に“最高!”です」

| 02.Cherry Coke

――2曲目は最新シングルで、これまたグッとくるソウルチューン。
 「あのドラムパターンを使った曲が作りたいなっていうのがまず頭にありまして、詞に関しては……『アメリカン・グラフィティ』(1973)っていう映画があるじゃないですか」

――62年のアメリカの青春群像を描いたジョージ・ルーカス監督作品ですね。
 「あの映画で描かれるような、いわゆる“ティーンエイジャーの一晩の物語”っていうのがすごく良いなと思ったんですよ。大人になるといろんなしがらみが出てきますけど、10代の頃はときめきとキラキラした想いだけで恋愛ができましたよね。そういう気持ちを忘れたくないなという思いを込めました」

――その感じはビンビンに伝わりますね。
 「あと、“音楽と恋は似てるね”というフレーズが入っているんですが、これって私の実感なんです。恋すると良い曲が書ける時があるし、良い曲を聴くと好きな人を思い出したり……素敵な音楽に触れた時のドキドキと、恋した時のドキドキって同じだなって。実は今回のアルバムで伝えたいことってそういうことで、その意味でもこの曲はすごく大事な位置にあるんです」
 「あとこの曲は、僕から唯一“こういう曲を作って欲しい”とお願いした、ちょっと珍しいものでもあって。『Don’t Touch Her!』の評価がすごく高かったので、次はあの路線でもうちょっとスピードを高めつつ、70年代のフリーソウル感を出してみようよ、って提案したんです」
 「はい、“アルバムのリード曲”という明確な指示がありました」

| 03. 君だけさ

――「木綿のハンカチーフ」を髣髴とさせる、泣きの詞&メロディが強烈な破壊力を持つ名曲ですね。
 「まさに『木綿のハンカチーフ』やユーミン(荒井由美)の『ルージュの伝言』みたいなドラマのある曲が大好きなんですよ。歌詞だけで登場人物のバックグラウンドもわかるような内容にしよう、と決めて作りました。あと、初めて宅録に挑戦したのがこの曲ですね。なぜか海外からの反響もすごくて……どうしてなのか、いまだにわからないです(笑)」

――ちなみに、この曲を宅録第1曲に選んだ理由は?
 「簡単そうだったからです(笑)。ドラムマシーンのサンプル・パターンがそのまま使えたので。とはいえ、世に問う初めての曲なのでめちゃめちゃ作り込みました。そういう意味でも大事な曲です」

| 04. Sandcastle

――これはウォール・オブ・サウンド風味のミディアムソングで、また違う一面を感じさせる曲ですね。
 「かなり昔に作ったデモ曲止まりのもので、アルバムが出なければそのまま消えていく運命だったと思います。いつ書いたかも覚えてなければ、何に憧れて作ったのかも今となっては定かではなくて」
 「デモの段階では“サマータイム”っていうタイトルでした」

――なんで改題したんですか。
 「私、曲のタイトルを決めるのが本当に苦手なんですよ。この時はコーラスに“サマータイム”というフレーズが入っていたので“もうこれでいいや”と思って。でも、後になって“このままではちょっと……”と考え直して、悩みに悩んだ末にネットで“夏 英語”“オシャレ 英語”みたいな感じでキーワード検索をして」

――ワハハハ!そんな雑なアプローチを!
 「で、“砂の城 = Sand Castle”っていうのが引っ掛かって。崩れていくひと夏の恋のイメージと重なったので、“これだ!”と」

――あとこの曲は、他のものと比べて随分詞のヴォリュームが少ないですね。
 「この曲、実はもっと長くて、オリジナルの1番のところで終わらせているんです」

――ええっ!
 「曲がとにかく長かったんです。さっきも言いましたけど、ドラマのある歌詞が好きなもので、ついつい書き過ぎちゃって。だから1番のA・B~間奏~サビで終わるという、ちょっと変わった構成になっています」

――ちなみに、“カーステから流れてきた「Sea of Love」”はどのヴァージョンだったんでしょうかね。
 「それ、気になったでしょう?Phil Phillipsの『Sea of Love』だったら、おそらくTHE HONEYDRIPPERSのカヴァーだろうなと思っていたんですが、訊いたら全然違ったんですよ!」

――え、僕もそう思っていたんですが……誰なんですか?
 「……サザン(オールスターズ)です」

――えー!もしかしてサブタイトルみたいについている、あの曲(「涙の海で抱かれたい~SEA OF LOVE」)ですか?
 「それです!実はサザン、大好きなんですよ」

――で、渚の別れを描くこの曲に続くのが……。

| 05. On The Beach

――絵に描いたような直球のサマー・チューンで、杉 真理さんのコーラス参加が実に贅沢ですね!
 「これ、シャネルズの初期に憧れて作った曲なんです」

°C-want you!

――ええっ、これまた意外なアーティスト名が飛び出しましたね。「ランナウェイ」「街角トワイライト」とか、井上大輔さんの曲の頃ですかね。
 「はい。デモのコーラスはもろドゥーアップでした。MAGIC, DRUMS & LOVEのFUNK O’ney The Diamond(田代タツヤ)が、“絶対これ、好きだから!”って薦めてくれたので聴いたら“最高じゃん!”って」
 「80年代にオールディーズっぽいアプローチをしているアーティストが好き、と言われたので、“じゃあ杉さんの『素敵なサマー・デイズ』はどう?”って聴かせたら、これまた気に入ってくれて。そこから、杉さんにコーラスの依頼をすることになりました」

――杉さんのコーラスをお聴きになった感想は?
 「いやー、何か不思議な感覚です。手に届かないはずの、現実とは思えない声が自分の曲に入っているなんて……。実は杉さんとはまだお会いしていないので、余計にそんな感覚がありますね。コーラスの歌詞まで提案して頂いて、本当に嬉しかったです」

| 06. Crazy June

――これまたナードな男の子の恋心を痛快なロカビリー・サウンドで歌い上げる、ノリノリの曲です。
 「これはヒルビリー・バップスの『ビシバシ純情』『微熱なキ・ブ・ン(とびきり16歳)』なんかの曲のイメージでアレンジをお願いしました。曲を作る時に何を大事にするかはアーティストによって違うと思うんですが、私の場合は歌詞、曲の世界観なんです。オールディーズに憧れて作ったJ-POPへのさらなるオマージュ、みたいな感じを狙っています」

――ちなみに作詞の際には、その物語を作るところから始まるんですか?
 「はい、登場する男の子の年齢、どんな女の子が好きか……みたいな設定をいっぱい考えてメモしてから詞の物語を作っていくんです」

――じゃあ、詞が完成するまでには結構時間がかかりますね。
 「友達の恋バナなんかも取材して、参考にさせて頂いています(笑)。具体的な出来事はそんなに反映されていませんけれど、“〇〇な時にはこんな気持ちだった”みたいなことを聞いたら……」

――心の中で「メモ、メモ」と。
 「やっていますね、フフフ」

| 07. 愛のナンバー

――僕らのようなオジサンが聴くと涙腺直撃の1曲ですね。紛れもない名曲です。
 「これも随分昔から弾き語りで歌っていた曲で、作った時の記憶はないんですよ」

――こんな名曲を作っておいて、何も覚えてないってある意味すごいですよ(笑)。
 「自宅で作っていた風景だけはボンヤリと覚えていますね(笑)。あ、一番最初のデモには、当時自分が好きだった人のLINEの着信音が入っていました。“ピコン!”って」

――まさに“愛のナンバー”になっていたと(笑)。歌詞に“レコードが抱きしめるから”とありますが、レコード“を”抱きしめるから、ではないんですね。
 「ああ、主人公が音楽に抱きしめられているイメージなんです」

――レコードを聴きながら過去に消えた恋を思い出すという内容ですが、やはりそこは実体験から?
 「はい、これまで出会ってきた恋に、それぞれ音楽との思い出が残っていますから……。人は変わっても音楽は変わらなくて、聴く度にその時の心に戻れるのが切ないですね」

――おとぎ話の牛尾健太さんによるギター・ソロがまた泣かせます。
 「℃-want you!は収録の時、本当に泣いていましたからね」
 「初めて私が買ったアナログ・レコードっておとぎ話で、私の中で牛尾さんは“王子様”なんですよ!」

――おお、夢のような話じゃないですか!
 「私が曲で一番泣ける要素ってエレキ・ギターなんです。そんな大好きな牛尾さんのギターをこんな形で聴けるなんて……」
 「僕が勝手に牛尾君をブッキングしただけなんですけれど(笑)、まさかそんなに好きとは知らなかったなァ」

°C-want you!

| 08. Knockin’ On My Door

――これは音楽へのドキドキワクワクに溢れた1曲ですね。
 「武藤(星児)さんが曲を書いて私が詞を書いた唯一のコラボ作です。これはバンギャの曲なので……」

――バリバリに実感がこもっている?
 「はい。私も高校生の時バンドマンに恋しちゃっていて、バンドへのドキドキなのか恋のドキドキなのか、わからなくなっちゃって(笑)。学校が終わって電車に乗って、都内のライヴハウスに行くんですが、女子校生にとってはもうそれだけで冒険なんですよね。そんなことだけでドキドキできたなんて、今改めて考えてみたら“青春だったなァ”なんて思っちゃって」

| 09. きっと愛は続くのだ

――切なさ全開のJ-POP感満載の最高曲、という感じです。個人的には、このアルバムの曲で一番泣けたかもしれません。
 「『ゆかちゃんが愛した時代』(2019)という、平成の終わりをテーマにした映画のために書き下ろしました。平成元年生まれの女の子が主人公で……私より5歳年上の気持ちを想像してまとめました」

――その世代の気持ちって、具体的にどんなものなんでしょう。
 「31歳なので、“そろそろ結婚したいな”“夢を形にしたいな”なんていう感じで……まだまだ若いですけれど、1つの区切りをつけなきゃいけない、そんな感じでしょうか。歌っている間に“あ、これ、私の歌だな”と思えるようになりました。あと、これは銀杏BOYZに憧れて書いたところもあって(笑)」

――ここでもオマージュが(笑)。ちなみに、歌詞の中で映画に触れられていますけど、個人的に“胸をギュッとされる映画”って何かありますか。
 「『下妻物語』(2004)です!」

――おおっ、中島哲也監督の。
 「大好きなんですよ、ロリータとヤンキー、両方に憧れました。あと洋画は、字幕を見ているとたまに良いフレーズになるのがあるんです。そういうの、参考にしちゃってます」

――刹那の思いは失われていくけれど、その重なりで毎日は繋がっていく、という歌詞のイメージに関しては。
 「自分の日常にすごく近い内容だと思います。夢がひとつ叶ったらまた次の夢を見て、やりたいことがいろいろあるのに時間が過ぎていく……みたいな時代の目まぐるしさを描きたいとは思いました」

°C-want you!

――聴いてると“やばい、今、何とかしなきゃ!”みたいな気分になるんですよ(笑)。
 「本当ですね、“早くしないとあれこれ終わっちゃうよ!”っていう焦りの歌なのかもしれません」

| 10. Midnight Love

 「これはロックンロールがやりたくて。高校生の時に好きだったTHE MOONLIGHTSというバンドの『真夜中に僕等』という曲が好きで、その憧れからできた曲ですね」

――こちらも1stシングル収録曲。「Don’t Touch Her!」とアルバムを挟みこむ構成になっていますが、これは意識されて?
 「いえ、そこまでは考えていなかったです。これは元々高校生の時にやっていたバンドBOY FROM HELLで演奏していた曲で、アップビートで盛り上がるからライヴのラストでいつも演奏していたので、自然にアルバムのラストに持ってきた感じです」

――シングルの時に比べると、曲が随分と長いような……。
 「ああ~、実は“曲が長過ぎる!”と言われてシングルの時は途中でフェイドアウトされちゃったんですよ(笑)」
 「半分以上カットしたよね(笑)」
 「だから今回、やっと完全な形で聴けるんです」

――英語がリッチに入った歌詞ですが、やはりこれも……。
 「“英語 粋な告白”のネット検索で(笑)。もう全然深い意味はないです」

――でも、それくらいの内容の方が、ポップソングとしては合格ですよ(笑)。

| 11. モコゾウ・ブギ(ボーナス・トラック)

――本さんの飼っている犬・モコゾウのテーマソングという、異色の1曲ですね。
 「でもこれ、意外に人気曲なんですよ!」
 「オールディーズ・ポップのムードでアルバムを統一したかったんですが、やっぱりこれも聴いて欲しい1曲だな、と思いまして」
 「本さんから“モコゾウの歌とか作ってみたら?”とアドヴァイスされて、“喜んで!”みたいな感じですぐ作っちゃいました。あと『住所不定無職のテーマ』へのオマージュを込められています」
 「どんな曲でもシングルA面クラスの良曲ばかりになっちゃうので、“いかにもB面ぽい、気の抜けた軽~い曲”が欲しかったのでそう言ってみたんですよ。そしたらこれまた良い曲で(笑)、結局シングルは(『君だけさ』と)両A面扱いにして」

――嬉しい悲鳴じゃないですか。
 「°C-want you!の底知れぬ才能に改めて震えましたね。あと、それがあったのでRYUTistの楽曲提供(『Majimeに恋して』)も安心して任せられたところもあります」

――モコゾウの取材はたっぷりと?
 「その頃はまだ会ってなくて、基本Twitter情報のみです(笑)」
 「写真と動画を眺めながら。歌詞の中に“Watching Rainbow”というのがあって、何だろう?と思ったら、これだったんですよ(モコゾウのオモチャ箱から虹色の虫のぬいぐるみを出す)」

モコゾウ

――お~、上手い引用ですね!
 「歌詞は韻も含めて上手くいった、と自分でも思います」

――以上11曲。7″シングル4枚は瞬く間に完売でしたから、世間的にはこのアルバムで℃-want you!を知る人も多いと思います。
 「そうですよね。収録曲のすべてが憧れとトキメキからできている、まさに青春が詰まったアルバムを出すことが自分の新たなスタートとなって、こんなに嬉しいことはありません。是非『℃-want you!』をいろんな方に聴いていただきたいです!」

°C-want you! Twitter | https://twitter.com/c_wantyou/
雷音レコード official site | http://rhion.jp/

℃-want you! '℃-want you!'■ 2019年8月30日(金)発売
℃-want you!
『℃-want you!』

CD RHION-25 2,300円 + 税

[収録曲]
01. Don’t Touch Her!
02. Cherry Coke
03. 君だけさ
04. Sandcastle
05. On The Beach
06. Crazy June
07. 愛のナンバー
08. Knockin’ On My Door
09. きっと愛は続くのだ
10. Midnight Love
11. モコゾウ・ブギ *

* Bonus Track