Review | 백예린『Every letter I sent you.』 | IT’S ALL GOOD『It’s All Good』


文・撮影 | 久保田千史

| 백예린『Every letter I sent you.』
Blue Vinyl, 2020

 子供と某大型総合スーパーマーケットに木ネジを買いに出かけ、2人して無言で売場フロアまでのエスカレーターに乗っていたところ、不意にJulia Holterさんの「Feel You」が流れてきて、大好きな曲ということもあって不思議な気持ちになりました。友人から聞いたところによれば、某はオーソリティの意見を採り入れて店内音楽を選定しているのだそうです。出先でチャートものや懐メロ、またはそのインストゥルメンタル・アレンジ以外の音楽を聴けるというのは素晴らしい試みですね。

 店内BGMに多く用いられるヒット曲のアレンジは、基本的に歌メロをトレースしているから、リズム主体の近年のヒット曲ではなかなかキビしいもんがあります。そうでなくとも、大量消費の顕現たるロケーションに付随する音楽は、他に代え難い陳腐ネスがある。BGMが、とうに過ぎ去った消費の黄金時代でこそ有用な手法であったことを我々が知っているが故の感覚でしょう。実際、木ネジだけを買ってまっすぐ帰るのです。笛吹きに乗せられて、買わないものをウキウキでわざわざ見たりしない。だから、エレベーター・ミュージックやらミューザックやらを再考と称して愛でる行為には、墓掘りの所作が伴います。ところが「Feel You」の場合、ツルハシとランタンを手に昼間のラウンジに居合わせてしまったような格好になってしまいます。

 「Feel You」がオープニング・トラックとして収録されているアルバム『Have You In My Wilderness』(2015, Domino)の発表時、ありがたいことに機会をいただいてHolterさんにお話を伺ったのですが、ご本人は同作について1960年代のポップス = “暖かいサウンドの黄金時代”に影響されている気がする、と教えてくれました。1人称視点ではないような言いかたには、音楽性の再現を目的に制作してはいないという経緯が含まれているのですが、1980年代生まれのHolterさんがリアルタイムの黄金時代を知らないという意味でもありましょう。当然筆者も知りません。Holterさんや筆者を含む世代の若年期にあたるアーリー90sにおいて、60年代のポップスに触れられる最短距離は店内音楽やTVCMであったように思います。HolterさんとLaurel Haloさん、HaloさんとDaniel Lopatinさん(Oneohtrix Point Never)の関係性からもそのバックグラウンドが感じられますよね。商品としての音楽が隆盛を極めた時代は、“黄金時代”の音楽が消費の促進剤として機能した時代でもあったのではなかろうか。現代の店内で聴く「Feel You」から生じる妙な気持ちは、その記憶にも起因するのかもしれません。

 ペク・イェリンさんの音楽にも、かなりの近い妙な気持ちにを抱きます。2018年に話題となった久保田利伸「LA・LA・LA LOVE SONG」のカヴァーに象徴されるように、ミッド90sの日本R&B歌謡や、その向こう側に広がるソフトロック / シティポップからの影響を隠さない音楽性から、“ノスタルジック”と評されるペクさんだけれども、ご本人はまさにミッド90s生まれなので、当然“消費される音楽の黄金期”をリアルタイムで知っているわけではありません。ペクさんが物心つく頃には、少なくとも日本では「LA・LA・LA LOVE SONG」はモール・ミュージックでしたし、“ロンバケ現象”ってなんだったんや……って感じだったはずです。ペクさんは墓を暴いたのです。ノスタルジーでもなんでもありません。しかも、トラップをはじめ、近代における消費されゆく音楽の意匠がさりげなく挿入され、グレイヴ・ディガーがそのまま6ft下に足を突っ込んでいるような画すら浮かびます。パッケージの美しいフォトブックもゴシックな死の薫り。過去・未来・現在の死を並列化したかの如き内容です。悲しいニュースが続く韓国の現状も反映されているのでしょうか。JYP Entertainmentを離れる選択をしていなければ、こうはならなかったようにも思えます。時の拘束から解き放たれるのであろう瞬間のイメージが、この作品の甘美な側面でカーテンのように揺れている気がしてなりません。まとめると、最高です!

| IT’S ALL GOOD『It’s All Good』
Fairly Social Press, 2020

 郡山のBEHIND THE 8BALL、横浜のFIGHT IT OUT、鹿児島のLIFESTYLE、東京のNUMBとROCKCRIMAZからのメンバーが集ったオールスター系新バンドが、デビュー作をFairly Social Pressより発表。CROWN OF THORNS、SUBZEROタイプのNYHCをめちゃくちゃソリッドに洗練させた極悪感がかっこいい!抜き差しでグルーヴを作ってゆく方法論は、NYHCがフロア・ミュージックであることを改めて提示しているかのようです。かつ、同じ音源を使っていても良いDJと悪いDJがいるのと同様に、ベテランにしか出せないであろう演奏テクニックも浮き彫りにしています。めっちゃタイトなんだけど、ジャスト過ぎない感じはハードコアならでは。SEKIさんのドラミングはまじ宝ですね。2曲しか聴けないけど、アートワークやインクの乗りも含めて、愛着が湧くアイテムです。Back Ta Basicsの7”を一生懸命探していた頃の気持ちが蘇るなあ。