Feature | 「COMPLEX FM」


放って送れ。COMPLEX FMの本気度。

文 | 松永良平
写真 | 石原一麦 Kazumi Ishihara (MUGI)

 “配信”と“放送”の違い。ラジオ番組のコーナー向けに選曲してしゃべる仕事をこの9月まで月イチでやっていたので、ときどきそんなことを考えていた。今は配信アプリで“放送”も“配信”されるのだから、その境目は曖昧だ。だが、やはり取り組むにあたっての気持ちに、違いはある。

 “配信”とは、今では「音声や画像データを配って届けること」という意味合いで使われる場面が多いが、もともとは「新聞社などがメディアとしての信用に基づいてニュースを送り届けること」を指していた。つまり、送り手と受け手の関係が保証されているニュアンスが大きい。音源やトークを聴くサブスクリプション・サービスにも、毎月定額を払うという信用の補償金が存在する。

 いっぽう“放送”では、送り手と受け手の関係はもっとゆるく大きい。英語では“broadcast”で語源的には「広く投げる」という意味合い。「放って送る = 放送」とはうまい漢字を当てたものだと思う。放った先の相手がそこにいてもいなくてもあまり関係がないというか。もちろん聴いてもらえたらうれしいけど、「ついでに」や「通りすがり」に目や耳に入る可能性も自ずと受け入れている。

 ayU tokiOこと猪爪東風(この原稿では“アユくん”と表記する)と、パートナーであるやなぎさわまちこが運営するレーベル「COMPLEX」で「FMラジオをやる」というニュースを目にしたとき、「ああ、アユくんは“放送”がやりたいんだな」と直感的に思った。手をかけたプロセスに対して同じくらいの見返りを求めるというより、そもそもプロセスに手をかけることに喜びを見出してしまうのが彼のおもしろさで、当然その成果は「当然のクオリティを認められる」ものであるよりも「放って送られたい」に決まってる。

 このプロジェクトのタイトルは「COMPLEX FM Powered by みちくさ」。2022年9月3日土曜日、1日限定(正午から8時まで)。インディ・ショップが立ち並んでマーケット的に賑わう東京・下北沢の新名所「BONUS TRACK」の一画にある設けられた特設スタジオから、半径50mの範囲内で半日ほど放送を行うという計画だった。事前には放送をサポートするスポンサーの募集も行われた。スポンサーとなったショップや会社に対しては、CM内のBGMとサウンドロゴがCOMPLEXチームで制作され、放送内で繰り返し流れる。また、制作した音源は『ジングル & CM集(仮)』として、COMPLEX レーベルからリリースされる可能性もあるとのことで、ささやかながらそこにも手がかかっているし、夢がある。協賛金は一口5万円というから、気まぐれに出せる金額ではない。逆に言えば、それが彼らの本気度の表れでもあった。

| COMPLEX FM スポンサー
2nd』誌 (株式会社ヘリテージ) | BONUS TRACK (東京・下北沢 | 株式会社散歩社) | catchball studio | de.te.ri.o.ra.tion | 株式会社 FMC | 株式会社 Huuuu | シモキタ – エキマエ – シネマ『K2』(東京・下北沢) | ニュービデオシステム | ネオ公共ファミレス酒場 PUBLIC (東京・阿佐ケ谷) | ほうれん草農家 菅江 (群馬) | 高村牧場 (北海道) | 日記屋 月日 (東京・下北沢) | ヤマザキショップ 代田サンカツ店 (東京・世田谷代田)

 特設スタジオには、アユくんとまちこさんが操作する卓と、その奥に円卓と椅子とマイクが置いてある。ブースの内と外を分けるパーテーションはない。音が筒抜けの原始的な状態。創世記のラジオみたいな感じかな。

 ところが、発信機の性能が思ったよりも低く、どうも電波は50mも飛ばないことが放送前に判明した。それどころかスタジオに隣接したパティオ的なスペースさえも満たせない。計画上はボーナストラックの中をラジオを持ってうろつけば、どこでも受信可能のはずだったが、どうもうまくいってない。スタジオの外に置かれたラジオをスピーカー代わりにして聴くのが精一杯という感じ。最初からつまづいた、とも言える。

 でも、放送の告知を知って訪れた人たちはみんな聴こえる場所に集まってきて、ラジオから流れてくる声に耳をそば立てている。いわば“街頭ラジオ”みたいな感じ。思った光景とは違うかもしれないが、ほんわかとした人間味が生まれていた。そして不思議なもので、そのほうが「このハコの中で何かやっている」感が出るんだよね。綿密に計算してクールにかっこよくやりとげられたらそりゃいいだろうけど、いま見えている光景のほうがずっとアユくん的だし、COMPLEX的だと思える。

 個々の放送についてはBONUS TRACKのnoteに詳細なレポートもあるので、以下は、ずっとスタジオの中で放送の様子を見ていた僕の雑感を当日のメモ書きを元に記したい。

COMPLEX FM

| COMPLEX STATION
COMPLEX Official Site

 12時台と15時台にそれぞれ30分ずつ。やなぎさわまちことban(COMPLEX)によるミニ番組。ずらずら続くスポンサー紹介が昔のラジオ番組みたい。2人のしゃべりはちょっと緊張している感じ。プロっぽくない硬さにシンパシー。

| COMPLEX FM x KiQ「みみかきラジオ」
KiQ Instagram

 ayU tokiOとの出会い。自主レーベルをやるということ。ベーシスト・礒部 智の界隈での重要性。急にうまくなった。

| OCHA∞ME∞RADIO
OCHA∞ME Instagram

 OCHA∞MEのミニアルバム(10月発売)の曲を宇宙初オンエア。ガールズトーク。とにかくオチャメの人たちと一緒にいるのが好き。みんなで歌うのはアユくんの提案。「ハートがまっぷたつ」(レコードの日に発売された笠木 忍のカヴァー)。リスナーの投稿に対する「大ちゃめ」「中ちゃめ」「小ちゃめ」の判定がおもしろい。

| 夏目知幸と一緒に考えよう!!
夏目知幸 Instagram

 実際に相談者(一般の方)がスタジオに来場しての生相談。
相談1: 兄の友達と付き合うかどうか
相談2: 仕事を辞めて好きなことをやるべきかどうか
 相談を終えて2人に「暇だったら3人で焼肉行く?」と誘う夏目くん(本当に行ったっぽい)。「音楽とか映画とか好きになっちゃったらずっと子供みたいなんだよ。どうしたらいいと思う?」ぽろっとこぼれる言葉がよい。

| 本村拓磨の「魔城ガッデム」
本村拓磨 Instagram

 超しゃべり慣れてる感じかと思いきや、けっこう行き当たりばったり。熊のピップちゃんがマスコット(「だいじょうぶ」「ガッデム」はしゃべれる設定)。思い出のギャグ漫画は?アユくんとの出会いやゆうらん船のこと。ゆうらん船「Parachute」のリミックス・オンエア。お便りが一通だけ。「アユさんには今後もロマンを追求し続けてほしい」とのメッセージ。

 ココナッツディスク吉祥寺店・矢島和義店長とアユくんがホスト。ゲストは柴田聡子。CMが流れていた「サンカツ」さんはテラハの聖地。柴田さんとアユくんの出会いはMAHOΩ。MAHOΩ「僕らに愛を」(お蔵出し音源)。柴田聡子『冬のデモ』」からも1曲。世代は違うけどラジカセでテレビを録っていた。MDの登場で体験がジャンプアップした。「音楽聴くの楽しかったー!」と柴田さん。一番好きな歌詞は?レコードのおもしろさ(最近の録音をアナログにするのはおもしろい)。

| サトアのなんちゃらラジオ in ボーナストラック
SaToA Official Site

 大福屋→寄り道衝動買い問題。ガシャポン『純喫茶』まとめ売り→転売問題。スタジオ帰りは楽器を背負ってるので重みがあって集中力がなくなり衝動買い、家に帰って冷静になると買ったもののことを忘れてる。


 以上の放送を、ときどき別の原稿も書きながら見たり聴いたりした。ウォッチャーなのに、別の仕事していいのか?だってラジオでしょ?“ながら聴き”して楽しめる、それはラジオから決して失われてほしくない個性でしょ。

 事前に「音楽よりもトークがメイン」だとアユくんから聴いてはいたけど、本当にそうだった。みんな口から生まれてきたんじゃないのと思うほどよくしゃべる、というわけでもない。バンドメンバー半分ずつ交代しながらしゃべったOCHA∞MEはにぎやかだったけど、本村くんのしゃべりは不穏なくらいマイペースだったりした。放送を聴きながら、ラジオへの向き合い方ってどんなんだったっけ?と思い出させるような午後。この不思議で朗らかな時間が持っていたのは、“本気”と“ごっこ”の二者択一ではなくて、どっちにも振れる針を持っていこうよというメッセージなんだろうか。

COMPLEX FM

 それにしても、全プログラム中のチャンピオンはSaToAだった。彼女たち自身がポッドキャストを何回もやっているという経験値もあるだろうけど、特に目新しい話題もなく、空気の抜け切ったところからあんなに話が実り豊かに転がるのかと、ひそかに衝撃を受けた。狙ってもできない、崩れそうで崩れずにスイングしてゆく会話のグルーヴはSaToAの音楽そのものだった。いや、それを言うなら、どのプログラムからも彼ら彼女らの音楽そのものを感じていた。曲が流れていなくても、だ。そのグルーヴを活かした空気作りこそが「COMPLEX FM」というステーションなのだった。

 機材面とか、発信機の工夫とか、改善すべき点はいろいろあるだろうけど、次の放送にも期待する。手間を惜しまず、失敗を恐れず、「誰がどれくらい聴いたのか?」みたいな数字や傾向分析にも左右されない。見知らぬ“あなた”にリーチできるかどうかは、電波が届いたかどうかじゃなくて、届くつもりでやってるかどうかだなと実感した。ぼくはきっとこのCOMPLEX FMというスゴロクの「いいふりだし」に居合わせた。

COMPLEX Official Site | https://complex-revision.tokyo/

new solution 8ayU tokiO pre.
new solution 8

2023年1月20日(金)
東京 渋谷 WWW
開場 18:00 / 開演 19:00

前売 4,000円 / 当日 4,500円(税込 / 別途ドリンク代)
一般発売: 2022年10月22日(土)10:00-
e+

出演
ayU tokiO / 柴田聡子 (Band Set)
DJ: 矢島和義 (ココナッツディスク吉祥寺)