Interview | DEATHRO


10th Anniversary ~愛、与えてられていますか?~

 “神奈川県央No.1ロック・ヴォーカリスト”DEATHROが3月11日にデビュー10周年を迎えた。1stシングル『BE MYSELF』(2016, Royal Shadow)から一貫して、今や絶滅危惧種である20世紀のビートロックに執着し続け、果てしなく迷走しながらディケイドを駆け抜けてきたDEATHRO。本人いわく偶然の連続であり予想していなかったことばかり起こり続けた10年の間に、DEATHROの何が変わり、何が変わらなかったのか。

 なお、本インタヴューは1月にリリースされた最新シングル『たどりついたら県央愛川』(Royal Shadow)の録音とミックスが行われた東京・西調布 Studio REIMEIで実施されたため、エンジニアの新間雄介(VINCE;NT, SAGOSAID | 以下 S)にも一部同席してもらった。また、近年のDEATHRO(以下 D)のメイクとスタイリングを担当し、インタヴュー当日の撮影にも立ち会ってくれたJENN(以下 J)も同席している。


取材・文 | 須藤 輝 | 2026年2月
撮影 | 山口こすも
メイク | JENN
協力 | Studio REIMEI (東京・西調布)

――2016年3月11日にデビュー・シングル『BE MYSELF』をリリースしてから10年になりますね。
D 「なんか、予想していなかったことばかり起こり続けた10年でした。思いがけない出会いがあって、それをきっかけにいろんなところに連れていってもらったり」

――例えば?
D 「2023年11月にTHE BREATHと一緒にUSツアーをやったり、2025年2月から3月にかけて単独でニュージーランド・ツアーをやったりとか。DEATHROを始めたときは、海外でライヴをするなんてまったく考えていなくて。しかも、自分からインターナショナルなほうへシフトしていったんじゃなくて、本当にたまたま、偶然が重なってそういうことになったんですよ。ドメスティックな活動にしても、家の近所の宮ヶ瀬ダムや相武台のスケートパークでショーを企画するというのも2016年の時点では思ってもみなかったんで、すべてが偶然の連続と言っていいかもれない」

――逆に、2016年の時点で予想していたこと、あるいは「こんなふうになったらいいな」と思っていたことはあります?
D 「最初は、DEATHROとして活動し始める前にやっていたハードコア・パンク・バンド、COSMIC NEUROSEのイメージからいち早く脱却したいと思っていました。“元COSMIC NEUROSEのDEATHROがソロでやっている”じゃなくて“ソロアーティスト・DEATHROは、以前はCOSMIC NEUROSEというバンドをやっていた”みたいな感じにならなきゃなって」

――わりと早い段階で脱却していませんでした?
D 「はい、幸いにも。2016年って、当時DEATHROのサポートをしてくれていたFUCKER(谷ぐち順 | Limited Express (has gone?) | Less Than TV)とYUKARIちゃん(Limited Express (has gone?), ニーハオ!!!!)のドキュメンタリー映画『MOTHER FUCKER』(2017, 大石規湖監督)を撮っていた時期で。2人がことあるごとにDEATHROをいろんなところに連れていってくれたんですよね。例えばLess Than TV主催の“METEOTIC NIGHT”というイベントで愛知、福岡、福島、岡山でライヴをやらせてもらったり。そうやって1年目から各エリアの人たちに挨拶回りみたいなことができたおかげて、早々に“元COSMIC NEUROSE”から解き放たれたという実感はあります。あと、デビューした当初にテライショウタさん(GOFISH, SIBAFÜ)と“お互いに2年に1枚は絶対にアルバムを出そう”と約束したんですけど、DEATHROは10年でオリジナル・アルバムを5枚出しているんで、そのペースも今のところ守れているかなって」

DEATHRO | Photo ©山口こすも

――55歳定年制というのは、最初から決めていた?
D 「いや、最初からじゃないんです。でも、自分の好きな氷室京介が55歳で引退しているし、あとソロのキャリアを始めた頃、中野孝次という作家の著書をよく読んでいて。もともとはドイツ文学者で、有名なのは『清貧の思想』(1992, 草思社)とか『ハラスのいた日々』(1987, 文藝春秋)なんですけど、彼が教鞭を執っていた國學院大学を“自主定年”したのが55歳のときだったんですよ。たまたま自分の尊敬する人たちが55歳で一区切りつけていたから、自分もそのくらいまでは続けたい。もちろん、いつまで続けられるかわからないですけどね。41歳、実家暮らしの子供部屋ロック・ヴォーカリストなんで、もし両親に何かあったら今みたいにのうのうと続けてはいられなくなる。だから年々、焦りが募っているんですよ」

――焦っているんですか?
D 「タイムリミットが迫ってくるじゃないですか。近年、過度にスケジュールを詰め込んでいるのは、自分の中で“いつまで続けられるかわからない”という実感が、DEATHROを始めた30歳の頃より強くなっているからで。あれもこれもやろうと、けっこう欲張りになっているかもしれないですね」

――「あれもこれも」の最新のケースが、先ほど話に出た相武台のスケートパーク「BIFFLE skategarage」にて、今年の2月に開催された「BEATSLIDE 2026」ですよね。その前に、同じく「あれもこれも」のひとつであろう、宮ヶ瀬ダムで毎年開催されている野外フリー・ライヴ「BEATDAM」の話をしましょうか。
D 「僕の地元の愛甲郡清川村の宮ヶ瀬ダムに野外音楽堂があって、そこで2019年からやり始めたから、もう7回やっているんですね。初回の“BEATDAM”は5月に開催したんですけど、DEATHROのキャリアでいうと3rdシングル『STARDUST MELODY』(2019, Royal Shadow)を出したタイミングで。ゴールデンウィーク中だったこともあって“BEATDAM”の前日と前々日に大阪の難波 BEARSと東京の下北沢 SHELTERでレコ発ワンマンをやったんです。しかもBEARSのライヴがたしか20時スタートで、終演後そのまま東京に車で向かって昼の12時くらいからSHELTERでライヴをするっていう。24時間以内に大阪と東京でワンマンをやって、翌日に“BEATDAM”だから、その頃から詰め込み型ではあったのかも」

――「BEATDAM」を始めたきっかけは?
D 「2018年に、DAYBREAKの石浦さんが“荒魂 GIG”というイベントを宮ヶ瀬ダム野外音楽堂でやって、そこにDEATHROも呼んでもらったんですよ。もともと“荒魂 GIG”は、2015年にCOSMIC NEUROSEがラスト・ライヴをやったりした多摩センターの三角広場で開催されていたんですけど、三角広場がライヴで使えなくなっちゃったんで、宮ヶ瀬ダムに場所を移したという経緯があって。僕は恥ずかしながら、そのときまで地元に野外音楽堂なるものがあるのを知らなくて、自分もそこでイベントを企画したいと思ったのがきっかけですね」

――「BEATDAM」は、ただただ楽しいです。
D 「僕自身、多摩センターの三角広場とかもそうなんですけど、オープンな場所でやるのが好きで。それもやっぱり、“偶然”見にきた人がいる可能性が高いから。要は、本来だったらDEATHROを目にするはずのなかった人がいるかもしれない。そういうシチュエーションが、自分的には燃えるんですよね」

――それは、DEATHROさんはアウェイが好きだから?
D 「アウェイ好きなのもあるし、わかっている人の前でわかっていることをやるよりスリリングでおもしろいなって。もしかしたら苦情が来るかもしれないし、自分の望まないリアクションがあるかもしれない。そういうおもしろさは、USとニュージーでツアーをしたときも感じましたね。例えば、ニュージーのツアー・ファイナルをやったヴェニューが、タカカというめちゃくちゃ小さな町にあるバーで。普通に飲んだくれている地元の人たちの前でいつものように“Free Palestine!”とか“Boycott Israel!”というMCをしたら、翌日タカカのストリートで、そのライヴを観ていた人からなんか文句をつけられて……」

――シオニストに絡まれた?
D 「どちらかというと、単なる逆張りみたいな人でした。でも、めちゃくちゃ気分悪かったけど、それはそれで良いことだったんじゃないかという気もします。チケットを買ってライヴハウスに足を運んでくれる人とは、ある程度は価値観が共有できている、コンセンサスがとれているじゃないですか。そういう、ある意味でクローズドな場所で何かを訴えるよりも、その訴えをコンセンサスの外側に向けることのほうが、もしかしたら意義があるんじゃないかなって」

――結果としてネガティヴなリアクションが返ってきたとしても。
D 「うん。DEATHROは、やっていることは予定調和っぽいけど、求めているのは予定調和の外にあるものだったりします」

DEATHRO | Photo ©山口こすも

――DEATHROさんのライヴにはハードコア・パンク・シーンと接点のなかった人もたくさん来ていますよね。それはハードコア・パンクの外側に訴えが届いた結果と言えるのでは?
D 「それは、めちゃくちゃ嬉しいリアクションですね。その一方で、そういう DIY なシーンとはまったく違う方面から来た人たちに向けて自分のオピニオンを表明するのは、最初はちょっと勇気が要りました。でも、僕自身がこういう考えかたなんで、そこで引かれてもしょうがないですよね。ライヴに来てくれている人たちがDEATHROのスタンスに賛同してくれているのかわからないけど、そもそも賛同する、しないはあまり重要じゃないのかも」

――DEATHROさんが一方的に言いたいだけだから。
D 「言いたいだけだし、“自分とは考えかたが違う”と思う人がいても全然構わない。例えば“Make America Great Again”な人の前でも歌えます。その人にとっては、さっき話したニュージーランドの逆張りっぽい人がそうだったように、不愉快なパフォーマンスになるかもしれないけど。とにかく自分と意見の近い人だけとやるみたいなのは、なんか違うなって。もちろんクローズドなサークルのよさもあるし、全員が全員オープンである必要はないと思います。あくまで自分がそうしたいだけなんで」

――「BEATSLIDE」についても聞かせてもらっていいですか?
D 「相模原と座間の間にある相武台というところにBIFFLE skategarageというスケートパークがあって、ここ何年か、月に1、2回くらいのペースで滑りに行っていたんですよ。ドラムセットがあるというのは聞いていたので、いずれ何かできないかと考えていて。今年の2月にJUDY AND THE JERKSとBAD ANXIETYとACTUAL FEARが日本に来ることになったから、良いチャレンジになるし、彼らと一緒にやったら絶対に楽しいだろうと思ってイベントを組んだら、本当に楽しかったという」

――楽しかったですね。本当に。
D 「ああいうことが家の近所でもできるという発見もありました。“BEATDAM”もそうだけど、背伸びをしなくても、自分の手の届く範囲で、近場でも楽しいことができる」

――DEATHROさんにとっての“近場”は都内在住の自分からするとそこそこ遠方なんですが、その道のりも遠足みたいでわりと楽しいし、会場に着いてライヴを観たら、「BEATDAM」であれば「3時間かけて来た甲斐があったぜ」となります。
D 「そう、欲をいえば“BEATDAM”と BEATSLIDE”は、道中も楽しんでほしい。ライヴだけじゃなくて、その前後とか過程をね。まあ、逆行していますね。多くの人が手間とか時間をかけたがらない時代に、わざわざ電車とバスを乗り継いだり、面倒くさいことをしないといけないから」
J 「DEATHROの“ガラパゴス”をみんなに見せるという意味もあるんじゃない?」

――それだ。素晴らしい指摘。
D 「その側面もあります。歌詞に書かれている自分の生活圏とか身の周りの景色の解像度が上がると思うし、上がってほしい。あと“BEATSLIDE”に関してひとつ言っておきたいのは、相武台でスケートパークを運営しちゃう羽鳥さんがやっぱりすごい。そういう人がいてくれて、本当にありがたいです」

――2022年にAVEで初めてインタヴューしたとき、DEATHROさんは気持ちは常に僻地でいたいと……。
D 「言いましたね。有言実行しています」

――同時に今、自分でサウンドシステムを集めていて、どこか僻地に持ち込んだりできないかなとも言っていて。相武台のスケートパークでライヴをすると聞いたとき「あ、僻地にサウンドシステム持ち込むやつやるんだ?」と思いました。
D 「それは全然覚えていませんでした。じゃあ、常にそういうマインドでいるんですね。“BEATDAM”は“BEATDAM”で楽しいけど、根が飽き性なんで、恒例になってくると何か別のことをやりたくなっちゃって。ついでにいうとDEATHROのサウンドも、この10年でけっこう変わっています」

――アルバム毎に音作りが違いますもんね。ちょっと前にDEATHROさんと話したとき次のアルバムは音だけじゃなくて音楽的にもガラッと変えますと言っていました。
D 「そうでしたっけ?実はもう曲を作っていて、サポート・メンバーから“エッグパンクっぽい”と言われました。ここ最近、DEVOとかOINGO BOINGOを聴いたりしていたからかもしれない。結局、その時々の自分のブームが反映されちゃうんで」

――5thアルバム『ガラパゴス -GALAPAGOS』(2025, Royal Shadow)を作っていた頃はブルーズを聴いていましたよね。
D 「狂ったように聴いていましたね。今はもうブルーズ熱はだいぶ落ち着いていますけど、『ガラパゴス』にはその影響が見られます。例えば歌詞にローカルな地名を入れたり。歌謡曲でいえば“雨の御堂筋”(欧陽菲菲 | 1971, 東芝音楽工業)みたいな感じを、自分のビートロックのスタイルにはめ込められたらなって。初期の頃は“県央(マチ)”とか“イオンモール”とか、モチーフがもうちょい抽象的だったんですよね。それが“愛川町中津”とか関口交差点のデイリーヤマザキとか、より具体的に、要は面で捉えるんじゃなくて点で刺すようになった」

――1月にリリースされたシングル『たどりついたら県央愛川』(Royal Shadow)も、タイトルからそのものずばりですね。
D 「あ、これのA面曲はタイトルありきで作ったんですよ。『ガラパゴス』を出したとき、チラシに“たどりついたら県央愛川”と書いたらなんか気に入っちゃって、曲にしようと。あとはサビの“迷走いまだ果てしなく”というラインを歌いたかった。やっぱり“迷走”なんですよね」

――迷走って、自覚的にできるものなんですかね。
D 「どうなんですかね。どちらかというと試行錯誤に近いのかな?バンドの編成も、今は4人に落ち着いているけど、6人でやっていた時期もあったから」

――迷走というのが本来進むべき道から外れることだとするならば、DEATHROさんの進むべき道、あるいは目的地ってあるんですか?
D 「DEATHROの目的地?日本武道館とか?」

――正気ですか?あんな日の丸がぶら下がっているところで歌えるんですか?
D 「嘘です。でも、ぶっちゃけて言うと3rdアルバム『FEEL THE BEAT』(2020, Royal Shadow)のあたりまでは、ちょっと背伸びしてキャパシティを大きくしようとしていたところがありますね」

――今はそういう欲求はないんですか?
D 「なくなっちゃいました。やっぱりコロナで……そう、コロナのインパクトはでかいですよ。あの時期に、キャパシティ云々というのがハリボテのようなものに思えてきちゃって、微かにあった上昇志向みたいなものはどこかに消えていきましたね。あとキャパシティを大きくすることによって、逆にライヴに行くハードルが上がってしまうこともあり得るじゃないですか」

――チケット代が高くなる?
D 「そうなるのが嫌だから、やれることは自分でやって、経済的なハードルを下げるほうにシフトしていったかもしれないですね」

――『ガラパゴス』のレコ発ツアーは大阪、愛知、東京すべての会場が入場無料の投げ銭制でしたよね。そういえば結果をちゃんと聞いていなかったのですが、どうでした?
D 「皆さんのお気持ちで、ツアーの経費とかは全部賄えました。ただ、来てくれた人の客層とか人数は、チケット代を2,000円取っているときとあまり変わりませんでしたね。それはワンマンだったからというのもあるかもしれない。本当は“DEATHROっていう人のことはよく知らないけど、タダだから観てみようかな”という人を呼ぶつもりもあって……というのは単に自分の目論見が外れただけであって、試みとしてはやってよかったし、来てくれたすべての人に感謝しています。それも踏まえて、今後は“BEATSLIDE”みたいに変わったシチュエーションでもっと何かやりたいなって。すでにいくつかアイディアはあるんですよ。地元・愛川町の、自分が子供の頃から通っていて、今でもリソグラフを刷らせてもらっている“たまのや”という文房具屋でライヴをやるとか」

DEATHRO | Photo ©山口こすも

――おもしろそう。シングルの話に戻りますが、2曲ともここStudio REIMEIで録っているので、(カウンターの奥でミックス作業をしている新間に向かって)新間さーん、ちょっとだけいいですか?
S 「はいはいはい」

――DEATHROさんの録音って、エンジニアからはどう見えているんですか?
S 「録音の観点からすると、今回に限らずDEATHROさんの録音はいつも革新的でもあり斬新でもあって。例えば『ガラパゴス』のドラムはマイク1本だけで、しかもマイクに紙コップを被せてカセットMTRで録ったんですけど、そういう手法だけじゃなくて、たぶん考えかたも普通じゃない……というか“普通って何?”という話になってくるけど、とにかく一般的なレコーディングとは違いますね」
D 「ガチガチにミュートする感じとか」
S 「そう。機材とかも、ヴィンテージの機材にこだわる人はたくさんいるし、僕も好きなんですけど、DEATHROさんは、なんて言えばいいんだろう?古いものも使いはするけれど……」

――90年代製のFERNANDESのギターとベースを使うとか、そういう話?
S 「そうそう。そういうふうに、こだわりがズレているのがかっこいい」
D 「わりとビギナー向けの、BOSSのSD-1 SUPER OverDriveとかを使ったり」
S 「そうそうそう。初心者向けとか値段的には全然高くないものを使っておもしろい音を出すのがすごく上手だし、それが革新的というか、少なくとも僕はそういうことをやっている人をほかに知らないです」
D 「それも、さっきから言っている背伸びをしないスタイルに近いかもしれないですね。経済的に無理をするんじゃなくて、ハードオフで2,000円とか3,000円で売っているものでいかにやるか」
S 「僕も作業しながらインタヴューを聞いていましたけど、そういう“背伸びしないでいかにやるか”みたいな、DEATHROさんの生い立ちとか今までの活動の中で培われてきた思想が録音にも表れているような気がします。それはパンク的でありつつ、でもDEATHROさんはパンクとかハードコアのシーンに留まらないでいろんな人と関わっているじゃないですか。そうやってジャンルに囚われない感じの人が僕は好きだし、自分自身もそうありたいと思っていて。だから、例えば僕がやっている音楽はハードコア・パンクともビートロックとも違うけれども、DEATHROさんがREIMEIを練習とか録音で使ってくれたり、ただ遊びに来てくれたりするのは、すごくありがたいですね」
D 「恐れ多いですよ。DEATHROがやっていることはね、時代遅れの音楽……いや、自分でもつい“時代遅れの”とかよく言っちゃうんですけど、もう時代がどうとかって……」
S 「関係ないですよ」
D 「自分がそう思っているだけかもしれないですね。僕自身がローティーンの頃に聴いていた音楽をいつまでもやっているような感じなので」

――時代も国も関係ないですよね。例えば海外のバンドが日本でDEATHROさんと対バンすると、みんなDEATHROファンになって帰っていくじゃないですか。
D 「なんでだと思います?」
J 「いつもめちゃくちゃgood vibesでやっているからじゃない?これは良いことなんだけど、DEATHROさんは恥を知らない人間でしょ?」
D 「恥を知らない?恥ずかしがっていないという意味なら、そう」
J 「でしょ?“I’m too cool for this”とかは全然ないから。わかる?」

――「そういうのは俺のクールなイメージに似合わないから」みたいな?
J 「そうそう。海外のパンクだと、自分のタフガイ・イメージを気にして“そんな恥ずかしいことできないよ”とか言う人もたまにいるけど、そういうのないでしょ?」
D 「ない。子供の頃から散々こういうことをやってきたんで、いまさら恥ずかしがっていられない」

DEATHRO | Photo ©山口こすも

――ブランコで遊んでいる子の前で歌ったり。
J 「どういうこと?」
D 「ブランコに乗っている子は、ブランコから降りるまではその場から離れられないから、その間ずっと歌っていました。最初は黒板の前で歌っていたんだけど、それだと教室の外に逃げられちゃうんで」
J 「それは英語で“captive audience”というんですよ。子供の頃からcaptive audienceするの?」

――DEATHROさんは、自分がやることはすべてかっこいいことだという信念を持ってやっていますよね?
J 「Exactly! しかもめちゃくちゃピュアな感じがするじゃないですか。ほかの人はかっこよくないとか見下したり比べたりするんじゃなくて、ただ自分がかっこいいと思うことをやっているだけ」
D 「まあ、自分にとってかっこいいものというか、自分が聴きたい音楽を作っているというのが大前提としてあるし」

――DEATHROさんがこの世で一番観たいアーティストって、DEATHROですよね。
D 「そうなんですよ。MODERN DOLLZの系譜にあるビートロックで、めちゃくちゃラディカルで、リリックにもそういうラディカルなフレーバーがあるけど、それだけじゃない。ちゃんとラブソングもある。そういうのをやりたい。でも悲しいことに、それを自分では観られないんです」
J 「でも本当に海外の、めちゃくちゃパンク・シーンで有名なバンドの中にもDEATHROが大好きな人が多いんですよね。だから、また英語になっちゃうけど“Your favorite punk band probably likes him”なんですよ」

――あなたのお気に入りのパンク・バンドも、たぶんDEATHROが好き。
D 「玄人向けっていうこと?」

――いや、違うと思います。むしろ万人向けでは?
J 「好きになる理由はわからないけど、POWERPLANTもJUDY AND THE JERKSも日本に来たときDEATHROのシャツをいつも着ていたじゃない」
D 「自分は門外漢だから?例えばハードコア・パンクのイベントに出ると、ひとりだけメイクをしてスーツを着ているからちょっと目立つとか。実際、門外漢だから肩肘張らずにやれている感覚もあって」
J 「目立つよりも、やっぱりパフォーマンス的にも曲的にもso uniqueすぎて、みんな覚えるよね」
D 「音楽的なドメスティックさみたいなものが刺さっているところもあるのかな」

DEATHRO | Photo ©山口こすも

――以前、THE BREATHのMasaさんが似たような分析をしていました。海外のバンドの人たちは普通に日本のアニメを観ているから、そこで流れるジャパニーズ・アニソンと、DEATHROさんのジャパニーズ・ビートロックを重ねているんじゃないかと。
J 「そうそう。メロディックで、楽しい、みんなで一緒に歌えるロック・ソング。それプラス、恥ずかしいとか全然思わずに、自分の好きなことを全力で楽しむというアティテュードが、特にバンドをやっている人たちにとっては“解放”っていう感じなんだと思う」
D 「紆余曲折ありましたけどね。初期の頃は、自分の思うように歌えなかったりして、けっこうピリピリしているときもありました」

――今はそういう感じではないですよね?いつ頃ピリピリしなくなりました?
D 「それもコロナの前後くらいかな。だからやっぱり、あの時期でいろいろ変わった気がします。コロナに関わる規制が緩和されてすぐの2023年3月に、今でもすごく仲よくさせてもらっているUSのJUDY AND THE JERKSとニュージーランドのUNSANITARY NAPKINが立て続けに日本に来たじゃないですか。その経験もでかかったですね。特にスタジオオリーブ(神奈川・横浜)でJUDY AND THE JERKSを観たとき、サウンドチェックは雑談しながらゆるい感じでやっていたのに、ライヴが始まった瞬間“バーン!”ってめちゃくちゃぶちかましていて。それでいて、背伸びをしているようにも見えないから“これだ!”と思ったんですよ。自分の手の届く範囲とか、自分の手に持っているものだけで楽しいことをメイクできるんだって、すごく大きな影響を受けました」

――JUDY AND THE JERKSのフレンドリーで気取らない、でもライヴはキレキレな感じ、最高ですよね。それはメンバーが被っているBAD ANXIETYもALLERGICもACTUAL FEARもそう。
D 「その2023年のJUDY AND THE JERKSのジャパン・ツアーに帯同していたRyan(Fetter | NAG, HOT EARTH, PRIMITIVE FUCKING BALLERS etc.)に“アメリカに来いよ”と言われて、社交辞令かなと思ったら、その7ヶ月後にUSツアーを敢行することになったという。同じように、2023年にUNSANITARY NAPKINと日本で行動を共にしたことがきっかけで、2025年のニュージーランド・ツアーが実現したんですよね。しかも、そのツアーではDEATHROのサポートをUNSANITARY NAPKINのメンバーというか、厳密には同じメンバーがやっているDISPLEASUREが努めてくれて。まさかね、ニュージーランドに自分のバンド・メンバーがいることになるとは予想だにしていませんでした」

――THE BREATHのインタヴューをしたとき、ベースのYagiさん(SOCIO LA DIFEKTA, UNARM)が、ハードコア・パンクは固定メンバーでなくても成立するという意味のことを言っていました。
D 「あ、そう。そういうふうな活動をしたくてソロ名義にしたというのもあるんですよ。メンバーを固定しないで……と言いつつ、結果的に不動かつ癖の強いメンバーでやらせてもらっていますけど」

――なんで今のメンバーに固定されたんだと思います?
D 「なんでドラムに川又まこと(GREEDY FAT CAT, GUMMY BOYS, Not It? Yeah!)、ベースにYUKARI、ギターにIxTxOxP(THE BREATH, UMBRO)と、今はちょっと固定ではないけど小野寺陽多(ソドム)なのか……やっぱり、みんな楽しいから」

DEATHRO | Photo ©山口こすも

――普通ですね。
D 「難しいっすね」
J 「流れじゃない?」
D 「うん、流れというか、これも偶然ですかね。なんで彼らを誘ったのかというと、2016年前後に毎週のように会っていたのが、まことさんでありYUKARIちゃんでありオノちゃん(小野寺)だったから。イトーちゃん(IxTxOxP)はその少しあと、当初ギターを弾いてくれていたFUCKERがライヴに出られないときにヘルプでお願いしていたら、そのまま定着していった感じです。そういう偶然を大事にしてきたし、自分が作る音楽に関しては“こうしたい”という明確なかたちがあるけど、それ以外の部分は流れに身を任せてしまったほうが楽しいなって、この10年で思うようになりました。逆に、100%自分のイメージだけでやっていたら、満足してすぐに飽きちゃったかも」

――今言った「それ以外の部分」って、スタイリングやアートワークも含まれます?
D 「そうそう。今日もメイクをしてくれたJENNだったり、CDやマーチのデザインを手がけてくれている井上貴裕くん(SHUT YOUR MOUTH)だったり、CDジャケットやライヴ・フォトを撮ってくれている小野由希子さんだったり、映像の撮影と編集をしてくれているKohei(KR-RIFLE, LACUNA SONORA, UMBRO)だったり、自分をサポートしてくれる才能と出会えたこともでかいし、それも思いがけないことでした。井上くんは昔からの親友でもあるけど」
J 「私は、ただ遊んでいるだけ。たまに“メイクをしている人です”と紹介してもらえることもあって、それはそれで自分にとって嬉しいことだけど、ただの友達です」
D 「USとかニュージーとか思いがけないところに行けたのも、今話したような思いがけない出会いがあったのも、自分から無理やりコネクトしたという感じじゃなくて。あくまで自然な流れでやれているので、そういう流れを生んでくれている人たちには本当に感謝しています……なんの話をしていたんでしたっけ?」

――ニュー・シングルかな?じゃあ、「たどりついたらいつも県央愛川」は……。
D 「“いつも”はないです。吉田拓郎がモップスに書き下ろした“たどりついたらいつも雨ふり”(1972, 東芝音楽工業 | Liberty)に引っ張られましたね。でも、僕もそこからインスパイアされました。氷室京介もカヴァーしているので。実は“いつも雨降り”と“県央愛川”は、同じ音数なんですよ」

――失礼しました。「たどりついたら県央愛川」はデビュー・シングル『BE MYSELF』のB面「BOYS & GIRLS」から脈々と続く県央ソングですが、わりとポジティヴ?
D 「疎外感はないかもしれないですね。以前は、地元のことを歌うにしても空虚で何もない場所みたいな感じだったけど、ここ数年は楽しいことをある程度やれているから」

DEATHRO | Photo ©山口こすも

――「V0ID WEEKEND」(『愛 FOR YOU』2022, Royal Shadow)だったのが、V0IDじゃなくなってきた。
D 「やっぱり田舎者なんでね、大都市、近場でいえば東京23区に対するコンプレックスみたいなものがあったけど、地元でも目を凝らしてみれば、BIFFLEの羽鳥さんのように楽しいことをやっている人もいるし、いろんな可能性を感じられるようになった。そういうふうに気持ちが変わっていった10年だったかもしれないし、もし変わったのだとすれば、それは間違いなく良い変化だといえますね」

――どこの僻地でもそうだといいですよね。
D 「そこがね、けっこう難しいんですよね。僻地を自称していても愛川町は神奈川県にあって、がんばれば東京まで車で2時間弱で行けるという環境があるから、そういうことができるという側面もある」

――「たどりついたら県央愛川」は地元の歌ですが、2番サビの「同じ月の下 殺される君」で一気に視野というかレンジが広がる感じがします。殺される君が誰なのかは、曲を聴いた人によって違ってくると思いますが。
D 「今、理不尽に命を奪われている人たちということですよね」

――そういう状況と、愛川町での生活が地続きである、みたいな。
D 「そこでステレオタイプなスクリーモみたいに“それでも僕は何もできずここで立ち尽くす……”という感じにはなりたくないんですよね。もちろん誰しも万能ではないからやれることは限られているし、この先も世の中はどんどん悪くなると思いますけど、だからといって卑屈になるんじゃなくて。DEATHROの歌詞っぽくいうと、そんな世界にもきらめいているものは絶対にあるし、そのきらめきを守らなきゃいけない。すみません、抽象的で」

――「たどりついたら県央愛川」は曲の構造もヤバいですね。ギターのアルペジオから始まって「バラードかな?」と思ったら直でサビに突っ込むという。
D 「それをやりたかったし、やったら、反応してほしかった人が真っ先に反応してくれて。去年の10月に J.COLUMBUS(Lil Mercy | PAYBACK BOYS | WDsounds | Riverside Reading Club)と“GREAT DOUBLE BOOKING”をBUSHBASH(東京・小岩)でやったとき、PAYBACK BOYSのニガラくん(Ngrauder)に“新曲ヤバすぎでしょ!Bメロとかなくて、アルペジオからいきなりサビでドン!ってなってまたアルペジオに戻るって、完全に頭おかしいよ!”と言われてめっちゃ嬉しかったですね。これは隠れファクターですけど、ニガラくんとあたけさん(ALP$BOYS, COFFINS, SUPER STRUCTURE)に分析してほしいという欲求が、自分が音楽を作る理由の何%かを占めています。さっきも言ったように、新しい曲もいろいろ作っているんで。速いかな?」
J 「何が?10年が?」
D 「いや、曲を作るのが」
J 「めちゃくちゃ速いです」

――自分の一番好きなアーティストの曲をいち早く聴きたいわけですもんね。
D 「そうか、だから急いで作るのかも。自分の好きなアーティストの曲を聴くためには、自分がデモを作ってメンバーにシェアして、リハーサルして、レコーディングしてもらうしかないから」
J 「じゃあ、自分で自分の推し活をやっている?山田哲朗さんがDEATHROのNo.1ファンで」
D 「自分がファナティックとアーティスト、さらにプロデューサー、マネジメントまで兼ねている、すべてが自作自演の推し活ですね」

DEATHRO | Photo ©山口こすも

――先ほどオープンな場所でやるのが好きと言っていましたが、それも自分の推し = DEATHROを知らない人に……。
D 「あ、そうかも。“これが私の推しです”と、いろんな人に見せて回りたい」

――それは、ナルシシズムとはちょっと違うように見えるんですよね。
J 「うん。ピュアすぎてナルシシズムには見えない。山田哲朗とDEATHROというキャラクターは同じ人だと思う?」
D 「最初は分かれていたけど……」

――昔は「よし、俺は今からDEATHROだ!」みたいなスイッチを入れないとDEATHROにならなかった?
D 「そういう側面もありました。それが、だんだんニュートラルになっていって……」

――どっちが本当の自分なんですか?今、僕らと話しているのは山田哲朗?それともDEATHRO?
D 「どっちもかな」
J 「でも、子供の頃からcaptive audienceしていたのは、心の中のDEATHROでしょ?」

――心に飼っていたDEATHROが徐々に山田哲朗を侵食して……あっちで新間さんがすげえいい顔をしています。
S 「めっちゃいい話」

――じゃあ、自己愛と言っていいのかな。
J 「自己愛って、いつも悪い意味で使われるわけではないでしょ。結局、自分が一番好きな人間は自分だし、自分で自分を好きになれたら一番良いじゃないですか。もし自分のことを本当に愛せたら、それは自分が理想の自分になれたということにならない?ほとんどの人はそれができていないと思うし、私もできていないんだけど」
D 「理想の自分にになりきれないところもも含めて、自分が好き」
J 「だから、こんなにもみんなに愛を与えられるんじゃないですか?もう、自分のことが大好きすぎて、その愛が溢れてきて、みんなにも届いちゃう。でしょ?」
D 「愛、与えてられていますか?」
J 「与えられています」
D 「開き直りとも言えるかも。自分以外の人間にはなれないから、自分を好きになるしかない」
J 「私もそうだよ。自分が大好き」

DEATHRO | Photo ©山口こすも

――DEATHROさんが理想とするDEATHRO、あるいはDEATHROさんがなりたいDEATHROって、どういうDEATHROなんですか?
D 「DEATHROがなりたいDEATHROには、もうなっています。いや、なれていないかな。自分では見落としていると思うから、そういう場合は言ってください。“今のあなたは、あなたがなりたいあなたとは違っていますよ”って」

――そんなのわかるわけないじゃないですか。
D 「でも、“なりたいDEATHRO”とはズレるかもしれないけど、けっこうメンバーからいろいろダメなところを指摘されたりするんで、そういうふうに突っ込まれやすいのは良いことなのかなって。黙って腹に溜められるよりも」

――ある種の隙はありますね。
D 「“隙”って言いました?ちょうど一昨日そういう話をしたんですよ。NO EXCUSEのYuukiくん(BAUMKUCHEN, Buenos Caminos)と“BEATSLIDE”のプチ打ち上げをしたとき、彼が“この間のJUDY AND THE JERKSもBAD ANXIETYもACTUAL FEARもめっちゃかっこよかったんだけど、ちょっと隙というか、余白がある感じがすごい新しかった”と言っていて。もしDEATHROにもそれを感じてくれているんだったら、DEATHROのなりたいDEATHROになれているかもしれないですね。常に余白を持っていたい」

――ああー。
D 「ほら、例えばこういうインタヴューで、自分で歌詞とかを全部解説するアーティストもいるじゃないですか。もちろん解説する、しないは個人の自由だし、それを求めているリスナーもいるかもしれないけど、僕はあまりそういうことをしたくなくて。それよりも、聴いてくれた人それぞれに独自の解釈をしてもらいたいんですよね」

――シングル『たどりついたら県央愛川』のB面「NEVER SURRENDER」はBLITZにインスパイアされたとか?
D 「そう思ったのならそう思ってくれていいんです。それはそれで自分にとっては発見だし、そういう思いがけない発想をしてもらうことにこそ、リリースすることの意義を感じているので。やっぱり“リリース”という言葉がいいんですよね。以前、大阪のレコード・ショップPUNK AND DESTROYのさざなみさんが“リリースって、要は解放とか放流みたいな感じで、自分の手から離れる、自分だけのものじゃなくなるのが好きなんだよね”と言っていて、僕も完全に同意見なんですよ。リリースすることによって、その曲の持つ意味が増えていく。誤解や曲解も含めて」

――布袋寅泰に「サレンダー」(1994, 東芝 EMI)という曲がありましたよね。
D 「ありましたね。じゃあ、それに対するディス・ソングと受け取ってください。布袋が“サレンダー”なんで、DEATHROは“NEVER SURRENDER”。自分の頭の中には自分でその曲に与えた意味しかないけど、リリースしたことで“NEVER SURRENDER”にBLITZリスペクトと布袋ディスという意味が与えられました。自分自身も10代の頃にそういう聴きかたをしてきたんでね。今ほど情報がない中で“これって、こういうことなのかな?”って。そういうのをいまだに大事にしたいと思っているから、できるだけ余白を、聴く人が想像を膨らます余地を残したい」

――この流れで「NEVER SURRENDER」についても聞いていきますが、こちらオーソドックスなビートロックですよね。
D 「それは意識しました。DEATHROの王道ビートロックを作りたくて、だからサビから始まったりしているんですけど、B面にしちゃったんですよね。そこが、自分のちょっとズレているところなのかもしれない。もしかしたら“NEVER SURRENDER”をA面にしたほうがシングルとしてのインパクトがあったのかもなと、思わないでもないです」

――たしかにどちらがA面でも成立しそうですね。個人的には7”シングル『ときめき c/w NO HYPER』(2023, Royal Shadow)も両A面みたいに感じましたが、A面とB面のバランスは考えている?
D 「考えます。例えばデビュー・シングルはA面の“BE MYSELF”がストレートなビートロックだったんで、B面はあえてまっすぐじゃない、自分の屈折したサイドみたいな“BOYS & GIRLS”を持ってきたり」

――「BOYS & GIRLS」はまだ寂しかった頃の県央ですよね。
D 「そうです。あ、寂しくなくなっちゃったから、Bサイドがどんどん薄れていって、A面とB面の境がなくなっちゃったのかもしれないですね。ある時期までは屈折しているほうがかっこいいと思っている自分もいたんですけど、自分のやりたいことを素直に出すことのかっこよさに気づいたんじゃないかな。いや、違うかな?」

――ビートロックというのは今でも意識しているんですか?
D 「むしろ初期の頃よりも強く意識するようになりました。2ndアルバム『NEUREBELL』(2018, Royal Shadow)のときは“MISTAKExxx”っていう、あえて王道を外した16ビートの曲を作ったりもしましたけど」

――初期の頃って、孤立した県央出身のロック・ヴォーカリストが主に東京のライヴハウスをアリーナやスタジアムに変えようとしていたじゃないですか。でも、県央にも人が集まるようになった今、心の中のスタジアムはどうなっているんだろうなと思って。先ほど、キャパシティ云々の話もありましたけど。
D 「心の中のスタジアムは、規模感的には80’s FACTORYになっちゃったかもしれないですね。80’s FACTOR というのは、MODERN DOLLZとかが出演していた、福岡に2年半だけあった(1982年閉店)ライヴハウスなんですけど」

――いわゆるビートロックの有名どころって、アリーナもしくはスタジアム・クラスになったけれど……。
D 「そのルーツになったバンドはそうじゃなかったっていう」

――相当気に入っていますね、MODERN DOLLZ。
D 「はい。MODERN DOLLZの影響を受けたBOØWYとかが武道館、そして東京ドームまで上り詰めたのに、本人たちは天神のビブレホールとか都久志会館でやり続けるという……このインタヴューをAVEに持ち込んだとき“MODERN DOLLZの話ばかりしちゃうかも”と予告しましたけど、その通りになりつつありますね。でもやっぱりね、同じ福岡のTH eROCKERSとかTHE ROOSTERSとかTHE MODSが東京に進出していく中で、自分らは地元にこだわって、ビブレ屋上で野外ライヴ“天神開放地帯”を企画したりして」

――それは今のDEATHROさんっぽいですね。MODERN DOLLZは昔から好きだったんですか?
D 「いや、名前は昔から知っていたんですけど、ちゃんと聴くようになったのはここ最近です。うちの兄の幽閉(HARD CORE DUDE)が“このインタヴューにMODERN DOLLZと、BOØWYとかCOMPLEXの関係について書いてあるよ”と教えてくれて、それを読んで、MODERN DOLLZのヴォーカルの故・佐谷光敏さんがCOMPLEXのヴォーカルになるはずだったというのを知るみたいな。結局、“最近のDEATHROはMODERN DOLLZばかり聴いている”というところに着地しちゃうんですかね。“S”の表記が“Z”に変わってからのTHE ROOSTERZも聴いていますけど」

――THE ROOSTERZも、スタジアムというよりはライヴハウス寄りじゃないですか?
D 「じゃあ、紆余曲折を経てそっちに戻ったのかもしれないですね。なんか今日は、いろいろわかったような気がします。DEATHROは自分で自分の推し活をやっているとか。いや、実をいうと“推し”という言葉はあまり好きじゃないんですけどね。要は、コンテンツを発信する側がファンの感情を商品化しているようで……というエクスキューズを入れつつ、これからも自作自演の推し活をがんばります」

DEATHRO | Photo ©山口こすも

――自分のナルシシズムを肯定していく過程で見えてくるものって……いや、DEATHROさんにその過程あるんですかね?最初から肯定していません?
D 「あたかも僕に葛藤がないような」

――あります?ナルシシズムに?
D 「あ、ナルシシズムに対して?」

――ないでしょ?素晴らしいと思います。
J 「やっぱり他人と比べることがまったくないから、嫌なナルシシズムにならないでしょ」
D 「そうなんですかね。以前、井上くんに“音源とライヴだけだとDEATHROの内面みたいなものが伝わらない”と言われたことがあって。もっとシリアスで、お堅い人だと思われているのかも」

――思われているのかな?
D 「わからないですけど、自分では、そんなにDEATHROの世界観を作れていないんじゃないかなって……」

――……。
D 「そう思っているのは自分だけですかね。世界観ってなんですか?」
J 「“BE YOURSELF”しかないでしょ?」

――それだ!最高の締めをありがとう、JENN。
D 「じゃあ、もう余計なことを言わないほうがいいですか?」

DEATHRO 10th Anniversary Japan Tour "ULTRA-D" / ニーハオ!!!! WORLD!!!!TOUR2026!!!! DOUBLE KICK OFF SHOWDEATHRO / ニーハオ!!!!
10th Anniversary Japan Tour "ULTRA-D" / WORLD!!!!TOUR2026!!!!
DOUBLE KICK OFF SHOW

2026年4月29日(水・祝)
神奈川 横浜 Music Bar Journey

開場 16:30 / 開演 17:00
前売 2,000円 / 当日 2,300円(税込 / 別途ドリンク代)
LivePocket

[出演]
DEATHRO / マダムロス / ネムレス / ニーハオ!!!!

DEATHRO 10th anniversary Japan Tour
"ULTRA-D"

DEATHRO 10th Anniversary Japan Tour "ULTRA-D"

DEATHRO 10th Anniversary Japan Tour "ULTRA-D"| 2026年5月1日(金)
大阪 難波 BEARS

開場 20:00 / 開演 20:30
当日 2,000円(税込)

出演
DEATHRO / SUPER BALL

DEATHRO 10th Anniversary Japan Tour "ULTRA-D"| 2026年5月2日(土)
福岡 大橋 music studio BASE

19:00-
当日 1,500円(税込)

出演
ACADEMY FIGHT SONG / DEATHRO / STRANGE OBSESSIONS

DEATHRO 10th Anniversary Japan Tour "ULTRA-D"| 2026年5月3日(日)
"HARD CORE FRONTIER" DEATHRO Live in Hiroshima
広島 Subculture & BAR HUG
開場 18:30 / 開演 19:00
当日 2,000円(税込 / 別途ドリンク代)

出演
DEATHRO / NEVER AGAIN / ACE IN THE HOLE / shsh / JAMJAMJAMBO
DJ: LOVECATS / RODRIGUEZ

DEATHRO 10th Anniversary Japan Tour "ULTRA-D"| 2026年5月4日(月・祝)
"KISSLAND x PATROLTIME Japan Tour 2026" Day 4
愛知 名古屋 HUCK FINN
開場 18:00 / 開演 18:30
前売 3,000円 / 当日 3,500円(税込 / 別途ドリンク代)
U23 1,500円(税込 / 別途ドリンク代)

出演
DEATHRO / KISSLAND / MÜRMÜR / PATROLTIME / SHIBAFÜ

DEATHRO 10th Anniversary Japan Tour "ULTRA-D"| 2026年5月5日(火・祝)
"Chaos of Intersection" Vol.2
山梨 甲府 Bodega Studio 東スタジオ
開場 16:00 / 開演 16:30
当日 2,000円(税込)
U22 1,000円(税込)
U18 入場無料

出演
BYE BYE NEGATIVES / DEATHRO / GOAT / 経血 / LADYSNOWBLOOD / Pü Relax Plan

DEATHRO 10th Anniversary Japan Tour "ULTRA-D"| 2026年5月6日(水・祝)
静岡 Livebar Freakyshow

開場 15:30 / 開演 16:00
当日 3,100円(税込 / ドリンク代込)

出演
AGONY A.D. / DEATHRO / HALF KILL / ジャミー / ラルク~マン~シエル / SHIGE SEA / STUPID BABIES GO MAD
DJ: Daichi / Tindonk

DEATHRO 10th Anniversary Japan Tour "ULTRA-D"| 2026年5月16日(土)
less than TV northsquad presents "10th Anniversary Japan Tour ULTRA-D Northside" Vol.2
北海道 札幌 brew it + スタジオシーラカンス
開場 18:30 / 開演 19:00
前売 3,000円 / 当日 3,500円(税込 / 別途ドリンク代)
U23 1,500円(税込 / 別途ドリンク代 / ※ 要身分証)
予約

出演
DEATHRO / DON KARNAGE / NO REST
DJ: SakkumanX (SLANG, IZ) / shoulder tackle

| 2026年5月17日(日)
less than TV northsquad presents "10th Anniversary Japan Tour ULTRA-D Northside" Vol.2
北海道 旭川 livehouse MOSQUITO
開場 18:30 / 開演 19:00
前売 3,000円 / 当日 3,500円(税込 / 別途ドリンク代)
U23 1,500円(税込 / 別途ドリンク代 / ※ 要身分証)
予約

出演
DEATHRO / GOd mOUnTain / 破廉恥 / mirage dive
DJ: BEATØFF / shoulder tackle

DEATHRO 'たどりついたら県央愛川'■ 2026年1月28日(水)発売
DEATHRO
『たどりついたら県央愛川』

Royal Shadow
CD RS-29 1,000円 + 税
https://ultravybe.lnk.to/RS-29

[収録曲]
01. たどりついたら県央愛川
02. NEVER SURRENDER