Column「平らにのびる」


文・撮影 | 小嶋まり

13

 幼い頃、驚くほど内気だった。そんなわたしにとって幼稚園は地獄のような場所だった。内気すぎるが故に協調性なし、団体行動には全く付いて行けず、いつもひとりぼっちだった。幼稚園には父が送り迎えをしてくれていたけど、父と一緒じゃないと教室の中にも入ることができなかった。周りの子たちは正門からひとりで颯爽と登園しているのに、わたしは父の後ろに隠れて父の背広の裾を掴み、誰とも目が合わないようにうつむいて教室までの廊下をトボトボと歩いた。朝礼中、先生がみんなの前でわたしの着ていたトレーナーを褒めてくれたときは、注目されるのが恥ずかしくてロッカーの横にある隙間にすっぽり入り込んで隠れたりした。先生や周りの子たちに何か伝えなきゃいけないことがあっても、話しかけようとすると頭の中が真っ白になってしまう。自由時間は、早く時間が過ぎることを祈りながら、水飲み場の横に置かれている岩の上にひとりぽつんと座っていた。

 ある日、岩の上にいつものように座っていると、女の子が話しかけてきた。色白で目がぱっちりしていて、ほっぺに浮かぶそばかすがかわいいみっちゃんだった。まりちゃん、ピアノ教室に通っているでしょ、わたしと同じ先生なんだよ、と、みっちゃんは教えてくれた。わたしは緊張してしまい、どんな返事をしたのか覚えていないけれど、その日からみっちゃんはわたしと一緒に岩の上に座るようになった。みっちゃんはおしゃべりだった。こちらが無反応だろうとお構いなしに話し続ける。よくわたしに質問もしてくれた。そのうちみっちゃんと打ち解けたわたしは、定位置だった岩から離れ、みっちゃんと一緒にわちゃわちゃと遊具やなんやらで遊ぶようになった。

 みっちゃんの家にもしょっちゅう遊びに行くようになった。みっちゃん一家は理容店を営んでいて、その頃ずいぶん繁盛していて忙しかったから、みっちゃんのご家族は料理人を2人雇っていた。ある日、みっちゃんの家に遊びに行くと台所で料理人さんたちが夕食を作っていた。テーブルについてみっちゃんとその様子を眺めていたら、みっちゃんが、わたし、みかんちゃんのこと好きなんだよね、と耳打ちしてきた。みかんちゃんとは、2人いる料理人さんのうち若いほうである。幼いわたしは、誰かのことを好きになるなんてことが本当にあるんだ!と、衝撃を受けた。その頃観ていたアニメ『らんま1/2』の恋愛劇が頭をよぎった。恋愛なんてお姉さんお兄さんたちがするものと考えていたわたしは、恋しているみっちゃんがとても大人びて見えた。幼心に取り残されてしまうのが怖くなり、わたしも誰か好きにならなくては!という焦燥に駆られ、幼稚園のなかで一番背が高いから目立っていた男の子のことを無理やり好きになってみたりした。

 みっちゃんはイタズラが大好きだった。みっちゃんの家で遊んでいたら、ちょっと電話しようよと誘われたのでついていくと、みっちゃんはダイヤルを回し、はい!とわたしに受話器を渡してきた。突然のことに困りながらも、もしもし、と出てみると、相手は警察官だった。みっちゃんは警察署に電話していたのだ。どうしていいかわからなかったわたしは咄嗟に、〇〇〇こうじ君知っていますか?と聞いてしまった。こうじ君とは、みっちゃんとわたしと一緒につるむようになった男の子が大好きな子である。幼稚園でお昼寝タイムがあると、みっちゃんとこうじくんはかわいくてモテる男の子の横に無理やり並んで眠ろうとするから、わたしはどちらかの隣に自分の寝場所をねじ込まないといけなかった。それはさておき、警察官が答える前に慌てて電話を切り、みっちゃんのほうを見ると、みっちゃんはガハハと笑っていた。訳のわからない咄嗟の一言が思いのほかウケたのが嬉しかった上に、生まれて初めて味わうスリリングな体験に快感を覚えてしまい、その日からふたりでイタズラ電話をよくするようになった。

 みっちゃんの家には出入り禁止の部屋があった。みっちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんは理容師という肩書き以外に裏稼業があり、共に霊媒師だった。霊媒師なんてものを知らなかったわたしにみっちゃんは、おじいちゃんとおばあちゃんは水晶玉を使って幽霊と話すことができるんだ、と教えてくれた。そんなスーパーパワーを持つ霊媒師カップルのもとを訪れる“特別なお客さん”は、出入り禁止の部屋に通され、お祓いをしてもらっていた。でも、みっちゃんは隙をみてその部屋にわたしを誘い込んだ。雛壇のような神棚の真ん中にどでかい水晶が置かれていて、みっちゃんはそれを覗き込むと、幽霊が見える!! と言った。ちょっと怖かったけど、わたしも見せてもらった。ドキドキしながら水晶玉を覗き込むと、下に敷かれている紫の敷物以外は全く何も見えなかったけど、幽霊見えた!! とウソをついてしまった。時に同調も大切である。

 続く。

01 | 12 | 14
正編 | トーチ (リイド社) 「生きる隙間
Photo ©小嶋まり小嶋まり Mari Kojima
Instagram | Twitter

ライター、翻訳、写真など。
東京から島根へ移住したばかり。