Review | はしもと珈琲『Akioブレンドコーヒーカップ』


文・撮影 | 梶谷いこ

 子どもの頃は「“茶飲み”のいこ」と呼ばれていました。とにかくお茶を飲むのが好きで、実家の居間にあるテーブルにはいつも、番茶の入った大きなヤカンがドカンと置かれていたものです。それを1日にひとりで2lは飲んでいたのではないかと思います。お茶好きは今も変わらず、職場で飲む飲み物ももっぱらお茶。それもほうじ茶でないといけません。もっと言うと、京都にある「柳櫻園」というお茶屋さんの『香悦』という雁がねほうじ茶。これが仕事の友に欠かせないというこだわりようです。とにかくお茶ばかり飲んでいると言っても間違いありません。

 しかし、原稿中は別。日中は勤めに出ているので、原稿にとりかかるのは退勤後や休日になります。そこで原稿スイッチを入れるために、普段飲まないコーヒーが必要になるのです。ただし日常的に飲むというわけではなく、豆から買ってきても飲みきれないため、飲むのはスーパーで買ってきたドリップパックばかり。お茶と違ってうまいもまずいもよくわからないので、そこにあまりこだわりはありません。そんなわたしとコーヒーの距離はなかなか縮まりませんが、その間にいつもあるのが、今回紹介するコーヒーカップです。

はしもと珈琲『Akioブレンドコーヒーカップ』 | Photo ©梶谷いこ

 京都・洛北、今宮神社の鳥居のすぐそばにある、「はしもと珈琲」のオリジナル・グッズとして売られているものです。見覚えのあるタッチのイラストは、そうです。「OSAMU GOODS」で知られる原田 治の仕事。ポットから注がれるコーヒーで描かれた“akio”の文字は「京都の朝は、イノダコーヒの香りから」で知られる「イノダコーヒ」三条店初代店長を務めた焙煎職人・猪田彰郎から取られています。

 一見、「イノダコーヒ」や原田 治と関係がないように思える「はしもと珈琲」で、なぜこのコーヒーカップがオリジナル・グッズとして売られているのでしょうか。そこには深い理由がありました。実は、「はしもと珈琲」の焙煎職人・橋本政信は「イノダコーヒ」出身。そのご縁で、猪田がブレンドしたコーヒー「Akio BLEND」をこちらで買うことができるのです。また、猪田の大ファンだったという原田が、そのパッケージのイラスト・デザインを買って出ました。それがそのまま、コーヒーカップにも使われているというわけです。

 原田の猪田に寄せる信頼は厚く、2005年9月15日の「原田治ノート」には、

イノダコーヒ三条店で猪田さんが焙煎して淹れてくれたコーヒ(ヒーとのばさない)にハマってしまったのが、ぼくの珈琲を旨いと思った最初なのでした。

と書いているほど。

はしもと珈琲『Akioブレンドコーヒーカップ』 | Photo ©梶谷いこ

 これはきっと、原田にとってうれしい仕事だったに違いありません。わたしは、このコーヒーカップを眺めるだに“眼福”という文字が頭に浮かびます。塗りと線のバランスが絶妙で、いくら眺めてみても飽きることがありません。黄金比とはこのことか、と思うのです。さらに特筆すべきはコーヒーカップのボディ。ぽってりとした厚みがあって、よく手に馴染む程よい容量。これは、「イノダコーヒ」で実際に使われているものと同じコーヒーカップです。

 この、たっぷり厚みのある飲み口が、原稿を書きながらコーヒーを飲むのにちょうどいいのです。まず第一に冷めない。作業の合間にコーヒーを口に運ぶことになるので、いつまでもアツアツを楽しめます。それに、丈夫なので多少遠慮なしに使えるのも助かります。また、猪田の著書『イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由』(アニノマ・スタジオ)によると、カップの形は味にも影響があるようです。

 ひっくり返してみると、“M’s COMPANY”と刻印があります。その下には“KYOTO”の文字が。試しにインターネットで検索してみましたが、どうしても製造元らしき情報は見つかりません。よくよく思い返してみると、京都にある他の「イノダコーヒ」出身のかたが経営する喫茶店でも、同じかたちのカップが使われているのを見たことがあります。もしかして、暖簾分けのようなかたちでコーヒーカップの仕入先と取引できるのかもしれません。

はしもと珈琲『Akioブレンドコーヒーカップ』 | Photo ©梶谷いこ

 京都におすすめの喫茶店はたくさん、たくさんあります。有名どころから、検索にもひっかからない近所のお店まで、いろんな種類の良さがあって、好きなところを訊かれたらしばらく話し続けてしまうかもしれません(やむにやまれぬ事情があって、京都の喫茶店情報に少しだけ詳しくなってしまいました)。

 そこでもし、「コーヒーは自家焙煎。サービスも申し分なくて、地元の人に愛されている、気軽な雰囲気で、リーズナブルなお店」を訊かれたら、「はしもと珈琲」は真っ先に名前を挙げる好きな喫茶店です。家から距離があるため頻繁に通っているというわけではないのが心苦しいのですが、行けばやっぱりうれしい、良いお店。なんの変哲もないというような顔をして、奇跡みたいな場所だな、と思うのです。この原稿も、そんな「はしもと珈琲」のコーヒーカップ片手に書いているところです。

はしもと珈琲 Official Site

〒603-8233 京都府京都市北区紫野西野町31-1
075-494-2560

9:00-18:00
年中無休

※ 営業時間は変更となる場合があります。

梶谷いこ | Photo ©平野 愛
Photo ©平野 愛
梶谷いこ Iqco kajitani
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1985年鳥取県米子市生まれ、京都市在住。文字組みへの興味が高じて2015年頃より文筆活動を開始。ジン、私家版冊子を制作。2020年末に『恥ずかしい料理』(誠光社刊)を上梓。その他作品に『家庭料理とわたし――「手料理」でひも解く味の個人史と参考になるかもしれないわが家のレシピたち』『THE LADY』『KANISUKI』『KYOTO NODATE PICNIC GUIDEBOOK』などがある。