Review | David Bowie『Crystal Japan』 | 京都・正伝寺


文・撮影 | ミリ (Barbican Estate)

 David Bowieを敬愛している。多くの人々にとってそうであるように、私にとっても彼の音楽、身体、アティテュードは美の象徴であり、崇拝していると言える。無論Bowieは“Ziggy Stardust”、そして地球に落ちてきた男として最も異星人に近い存在だったが、同時に私は彼をとても身近な存在にも感じている。単に好きなアーティストだから、ではなく、親戚のような感覚である。なぜなら私は約10年間、自身のあらゆるSNSのアイコンに『Aladdin Sane』(1973)のBowieの画像を使用しているからだ(Twitterはバンド活動上差し支えるのでつい最近変更を余儀なくされた)。

 そのためか、忘れもしない5年前の2016年1月10日、彼がBlack Starになってしまった日にはたくさんのかたから私にメッセージが届いた。それまで人生を指し示してくれていた人の喪失に、悲しみに打ちのめされていたが、自分の誕生日よりもはるかに多いLINEやDMの数に笑えてきたことを記憶している。タイムラインの刷り込みとは、無下にできない。

 彼の死の数ヶ月後には英ロンドンに行き、彼が生まれ育ったブリクストンにある壁画「David Bowie Memorial」に手を合わせた。その後はBowieがIggy Popと暮らした独ベルリンも数回訪ねた。1977年から79年の“ベルリン三部作”が制作されたHansa Studiosをうろつき、ベルリンの壁崩壊の引き金を引いたとされるコンサートの会場であり現国会議事堂前の広場「プラッツ・デア・レプブリック」ではもちろん『Heroes』を聴いた。Bowieは死後も様々な地に連れていってくれたが、コロナウイルスの流行で世界中が混沌とする2020年、彼はまたも私を新たな場所に導いた。そこは、京都市北区の西加茂にある臨済宗南禅寺派の寺院「正伝寺(しょうでんじ)」だ。

 11月、私の所属するバンドBarbican Estateは京都でのライヴの機会を得た。私は中学校の修学旅行以来、十数年ぶりの訪京だったが、バンドの遠征のオプションとしてどうしてもこの寺に足を運びたかった。1979年、Bowieが宝酒造の焼酎『純』のCMに起用された際、自らがロケ地として指定した場所だから。


元々は別の寺院でのロケを予定していたが、Bowieが自ら正伝寺を指定したことは宝酒造の関係者らに証言されている。中年層の大衆焼酎だった「純」はCMの効果で若い世代を中心に大ヒット、イメージの刷新に成功したそうだ。

 市内中心からバスで約30分、長閑な住宅地を抜けて山道を10分ほど歩いた竹林の先に、無駄な装飾の無い簡素で、しかし厳かな境内の正伝寺が現れる。中に足を踏み入れると、“獅子の児渡し”と呼ばれる白く輝く枯山水庭園と彼方に見える比叡山の紅葉のコントラストに息を飲んだ。岩や石はなく、唯一サツキの刈込は右から左へ七、五、三と配置されている。この美しい曲線のリズム感、ダイナミズムが、CMのためにBowieが書き下ろしたとされる楽曲「Crystal Japan」(1980)のヒントになったのではないかと想像した。ヘッドフォンを取り出して曲を聴くと、まるでサツキが震え、白い小石は沸き立って宙に浮かび上がる奇妙な情景が見えてくるようだった。

正伝寺 | Photo ©ミリ (Barbican Estate)

 寒さに耐えられる限り、縁側に座って庭を眺めていたが、ふと目線を上にやると、木天井に夥しい数の赤黒い染みがある。正伝寺は伏見桃山城の御成殿の遺構を移築したものと伝えられているが、この“血天井”と呼ばれる縁側の天井は、関ヶ原の戦いの直前、伏見城に立て籠った徳川方の武士380名あまりが落城の際、切腹し、果てた廊下の板を移築、再利用している。美しき静寂と共に諸行無常の世界が広がっているのだ。私はすぐに小林正樹の映画『切腹』(1962)や、今井 正の『武士道残酷物語』(1963)を思い出した。後者は第13回「ベルリン国際映画祭」で金熊賞を受賞するなど、いずれも海外での高い評価を得ているし、もしかしたらボウイもこれらを観ていて、日本の退廃的な滅びの美学に思いを馳せたのかもしれない。

 アレン・ギンズバーグ(Allen Ginsberg)や、はたまたスティーヴ・ジョブズ(Steve Jobs)など1960~70年代のカウンター・カルチャー、ヒッピー・ムーヴメントの中で狂乱のサイケデリックを通過した人々がしばしば禅に行き着いているが、Bowieもまた、西洋の退廃的美学を取り入れたグラム・ロックの寵児として君臨し、行き着いた場所のひとつが京都、そして正伝寺であったのだろう。何百年にもわたり京都の山奥にひっそりと佇む正伝寺。しかしその存在は地元の人にもあまり知られていない。Barbican Estateのトネリは“京都ハーフ”だが、現に彼の親戚たちもこの寺を知らなかったそうだ。紅葉の燃ゆる11月の3連休にも関わらず、正伝寺には観光客もほとんどいない。ウイルスのパンデミックによるディストピア的世界の中で、静寂で荘厳な小宇宙を保っていた。

 一斉の混じり気のない枯山水庭園の中で、真白なシルクのシャツとパンツを身に纏い、両者の美しさを際立たせたBowieはやはり宇宙人なのである。冒頭、ミーハー旅行者且つ、文字通りの混じり気である私自身の記念撮影の写真を配置したことをお詫びしたい。私はこの先、京都に行く度に正伝寺を訪れるだろう。否、ここを訪ねるためにまた京都に行くだろう。あの日は胸がいっぱいになってしまったので、正伝寺ともうひとつ、「晦庵 河道屋」さん(Bowieも通っていたという江戸時代からの老舗蕎麦屋)で、天ざる蕎麦を頂いただけですぐに東京に帰ってきてしまったから。正伝寺に通うことでBowieにも、宇宙にも近づきたい。願わくば、スターマンとして我々を待っている彼に辿りつきたい。

ミリ (Barbican Estate)

 最後に、今回私たちBarbican Estateが出演した京都 METROで開催されているDJ & ライヴ・パーティ「SUNNY SUNDAY SMILE」にこの場を借りて心から感謝したい。新旧のインディ・ミュージックが一晩中爆音で鳴るロック・パーティで、もちろんBowieも流れる(Barbican Estateの出番の直前は「Rebel Rebel」で繋いでもらった。私たちの音楽も反骨精神はあるが暗いので少し戸惑った)。驚いたのは、今イギリスで聴かれている現行のバンド・サウンドがほとんど全てレコードでかかっており、鮮度が非常に良い。大好きな曲で踊って、新しいバンドを見つけにぜひ足を運んでほしい。

ミリ Miri
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ミリ (Barbican Estate)東京を拠点に活動するエクスペリメンタル / サイケデリック / ノーウェイヴ・バンドBarbican Estateのベース / ヴォーカル。ロック・パーティ「SUPERFUZZ」などでのDJ活動を経て2019年にバンドを結成。2020年3月、1st EP『Barbican Estate』を「Rhyming Slang」よりリリース。9月にはヒロ杉山率いるアート・ユニット「Enlightenment」とのコラボレーションによるMV「Gravity of the Sun」で注目を浴びる。同年10月からシングル3部作『White Jazz』『Obsessed』『The Innocent One』を3ヶ月連続リリース。

明治学院大学芸術学科卒。主にヨーロッパ映画を研究。好きな作家はヴィム・ヴェンダース。