Review | 黒川紀章『中銀カプセルタワービル』


文・撮影 | ミリ (Barbican Estate)
Barbican Estate | Photo ©yui nogiwa

 今年4月末、黒川紀章設計、1972年に竣工した『中銀カプセルタワービル(Nakagin Capsule Tower)』が解体・建て替えを計画する不動産事業者に買収されることが決定した。私は酷く落胆したが、薄々感付いてもいた。これまでも何度も解体計画が出ては取り消され、ということを繰り返していたし、衝撃だったのはカプセルの住人の文字通り“冷蔵庫”であった1Fのコンビニ「ポプラ」が2019年4月に撤退したことだ。また最近はSNSでカプセル退去までのカウントダウンをしている住人も見られた。

 世界中にふたつとない「メタボリズム建築」の巨塔を保存、そして再生しようと奮闘している住人、カプセルオーナーのかたがたの他にも、取り壊し反対の署名をした人など、このビルに関わってきた人たちは数多くいるだろう。私は超短期間ながらカプセルに“住んで”、“創作活動”をした人間として、当時私が撮り溜めた写真と一緒にレポートしていきたい。

Photo ©ミリ
最初は最低限の荷物で入居したが、備え付けの棚は想像以上に大容量で持て余した。キッチンはなく持ち込んだ調理器具はケトルのみ。備え付けの冷蔵庫はもちろん故障しているため野菜不足は深刻で、サラダを買ってきたところ。

 「メタボリズム」とは生物学用語で“新陳代謝”の意で、1960年に日本で開催された「世界デザイン会議」をきっかけに川添 登、菊竹清訓、粟津 潔らのグループに、東京大学大学院の丹下健三研究室に所属していた当時26歳の黒川紀章が加わって発表した建築運動である。建築物や都市が、社会の変化に合わせて生物の細胞のように新陳代謝を繰り返し、成長していく計画案が数多く発表された。しかし実現に至ったものは少なく、『中銀カプセルタワービル』も当初のコンセプトであった、古くなったカプセルの取り替えを実現できないまま、激しく老朽化してしまった。それでもメタボリズム建築の実存する稀少な例として世界中の建築ファンの垂涎の的だ。『中銀カプセルタワービル』は、1970年の大阪万博で黒川が設計したパビリオンのひとつ『タカラビューティリオン』に感銘を受けた「中銀グループ」の創業者・渡辺酉蔵が黒川に設計を依頼し、社員の反対を押し切って竣工された。

 当時は都心のビジネス用セカンド・ハウスとして、1カプセル380~490万円ほどで分譲し、140戸のカプセルは即完売したそうだ。販売時の貴重なパンフレットによると、1Fのフロントにはホテルのようなコンシェルジュのいる受付があり、コピーやFAXなどの事務サービスのほか、シーツ交換も依頼できたそうだ。1970年の「日本万国博覧会」(大阪万博)での黒川のカプセルは、黒川自身のプロデュースによる圧倒的に遠い未来、SF的演出が地下1F~4Fのフロアそれぞれでされていたと言うから、『中銀カプセルタワービル』は早くもその夢を実現してしまったのだ。


『中銀カプセルタワービル』の前身となる、1970年大阪万博の『タカラビューティリオン』の内部はもっとカラフルで個性的で興奮してしまう。鋼管とステンレス製のカプセルの結合により構成されたパビリオンはレイアウトと増減の自由、新陳代謝していく建築の無限の可能性を表現していた。

 私が『中銀カプセルタワービル』を知ったのは小学校低学年ぐらい、家族と車で首都高を走っていたときだ。銀座に差し掛かるカーブの右手にキューブを積み上げた気味の悪いビルがあり、所々飛び出して見えるキューブが今にも落下するか、こちらに飛んできそうに思えた。崩壊直前のジェンガのような薄暗いビルの異様さ、恐ろしさに憧れを抱いていた。

 都内の高校に通い始めると郊外の実家から少し遠かったこともあり、『中銀カプセルタワービル』でひとり暮らしをしたいと両親にプレゼンしていた(親には一蹴されたが当時は賃貸物件として普通に住宅情報サイトで公開されており、家賃は月5.5~6万円であった)。またその頃は銀座エリアの映画館でアルバイトをしていて、高校生だったため22時に劇場を放り出されると、夜の『中銀』を下から見物して、ドンキに寄って帰宅したものだ。

 2019年3月、長年の夢が叶って私は『中銀カプセルタワービル』の1カプセルをマンスリー・レンタルする機会を得た。10平米、約6畳の部屋に、ユニットバスも含まれる。トイレの水は流れるが、10年ほど前に全館給湯のボイラーが故障、配管の不具合も多発したため、風呂のお湯は出ない。銀座の銭湯に行くか、ビルのパティオに設置されたシャワー・ボックスを使う日々だった。オーナーのかたが設置してくださっていたエアコンではカヴァーできず、とにかく寒さに震えていたが、世界的名建築で、それも銀座8丁目の空中に浮かんで暮らした1ヶ月間は、間違いなく私の人生で最良の時間だった。

 中に入るまではその意味がよくわからなかったのだが、ビルはそれぞれ13階建てと11階建てのツインタワー構造になっており、3階以上のフロアは屋外の連絡デッキで繋がっている。首都高と汐留のビル群、浜離宮を臨むA棟に対し、私が借りたカプセルは裏路地側B棟の9F。眺望は好くないが、1972年の分譲時の姿を状態良く残したオリジナルに近いカプセルだった。

Photo ©ミリ
夜になるとスタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』(1968)に登場するスペース・ポッドのようだ。もちろん同作はカプセル内で何度も繰り返し観て、HAL9000によってポッドに閉じ込められる恐怖も味わった。私の借りたカプセルは玄関入ってすぐの場所に冷蔵庫(故障中)が備え付けられている。
Photo ©ミリ
ユニットバスの中に居ると、まるで『2001年宇宙の旅』のディスカバリー号で人口冬眠中の科学者たちのような気分。鏡と洗面台、シェルフに至るまで円形、半球で統一されたデザインがかわいい。風呂はお湯が出ず使えないのでスーツケース置き場にしていた。

 私はこのとき、自分のバンドBarbican Estateを始めたばかりで、日夜メンバー3人でカプセルに集まり、楽曲を製作していた。幅2.5m、奥行4m、高さ2.2mの立方体カプセルは、6つの面のうちコア・シャフトにジョイントする1面以外は完全に宙に浮いた状態で独立しているから、空気が防音材替わりになっていたというわけだ。共用廊下に居れば持ち込んだアンプの音は漏れ聞こえてしまうが、実際住んでいた期間に他のカプセルの住人の生活音が聞こえたことはなかった。そうして私たちの最初のEP『Barbican Estate』に収録されている曲のほとんどが、『中銀カプセルタワービル』で生まれた。生物の新陳代謝にヒントを得たが、逆に宇宙船のようにどこまでも無機的なデザインを産み出した、ある種不合理にも思える黒川建築のおもしろさが、少しは反映できていることを願う。

Photo ©ミリ
ツイン・タワーを繋ぐ連絡デッキに面したカプセルの窓には、飛行機の尾翼のようなかっこいい目隠しが付いている。
Photo ©ミリ
1Fフロント部分。分譲時のパンフレットによると管理人やフロントマンの他、タイプやコピーなどの事務仕事を依頼できる“カプセル・レディ”、ビルのメンテナンスを行う“カプセル・エンジニア”なる者も常駐しており、夢のようなサービスを受けられたとのこと。皮肉なことに現在は、住んでいた私でも足早に通り過ぎたくなるほど湿度が高く不気味だった。しばしばエレベーターを使わずに階段を下ったが、『中銀カプセルタワービル』は下層階に行くほどに湿度が高くて肌寒く、明らかに痛み・損傷が激しくなっていた。下層階の連絡デッキは外壁の剥離も激しく、タバコを吸うのも少し危険。

 SNSで他者とのヴァーチャルな繋がりが加速する昨今、実生活は反対にどんどん個人主義的なものになった。さらには昨年から始まった世界的なパンデミックにより、良くも悪くも人々は内なる探求を進めているように思うが、カプセルの住人は狭小空間をそれぞれ個性的に改装して、テレワークはもちろん、ライヴ配信など、“ニュー・スタンダード”などと呼ばれることをずっと前から当たり前に実践していた。まったく、メタボリズムの考えと黒川紀章は、先の時代を行き過ぎていたと打ちのめされるばかりだ。

 技術的にはカプセルの交換・再建は可能なはずで、こうして私たちがやっと『中銀カプセルタワービル』に追いついてきたにも関わらず、ひとつのカプセルも取り換えられずにその歴史に幕を閉じようとしている。建築も、服も、思想も、こうも何の印もない、無難な物ばかりで良いのだろうか。同じようなタワー・マンションが乱立する東京はおもしろくない。今こそカプセル・タワーが沢山建てられるべきだし、高層化しても良いだろう。

 メタボリズムの建築物は、なにも『中銀カプセルタワービル』だけでなくてもよい。他にも黒川が発表した「東京計画1961 – Helix計画」(1961)は、DNAの二重螺旋構造に着想を得た、海上にアメーバ状に広がる巨大な空中構造物だ。スティーブン・スピルバーグの『レディ・プレイヤー1』(2018)で、荒廃した未来都市に住む主人公の家は明らかにこれを意識していたが、もし「Helix計画」が実現していたとすれば、全戸オーシャン・ビューはもちろん、『中銀カプセルタワービル』のコンセプト同様、古くなった家は入れ替えが可能で、東京湾を埋め立てることなく、爆発的に増える人口もカヴァーできたはずだ。個々の家、そして建築を愛し、永く使い続けようというサステイナビリティの理論は、今こそ我々全員のゴールではないだろうか。


映像作家ピエール=ジャン・ジルーの『Iivisible Cities パート1 #メタボリズム』(2015)では黒川の「東京計画1961 – Helix計画」や、磯崎 新の「空中都市 – 渋谷計画」(1962)など実現しなかったメタボリズム建築が3Dグラフィックで東京湾海上に、または実在する東京のビル群の中に登場する。当時はあまりに斬新だったかもしれないメタボリストたちの発想は、2020年代の私たちの生活には案外容易にフィットしそうだ。

 もしもチャンスがあれば、本当に解体されてしまう前に「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」が開催する、「中銀カプセルタワー見学ツアー」に参加してほしい。代表の前田さんは、英ロンドンのバービカンでお仕事をされていたかたでもあり(!)、建築のどんな質問にもわかり易く親切に答えてくれる。

ミリ Miri
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ミリ (Barbican Estate)東京を拠点に活動するエクスペリメンタル / サイケデリック / ノーウェイヴ・バンドBarbican Estateのベース / ヴォーカル。ロック・パーティ「SUPERFUZZ」などでのDJ活動を経て2019年にバンドを結成。2020年3月、1st EP『Barbican Estate』を「Rhyming Slang」よりリリース。9月にはヒロ杉山率いるアート・ユニット「Enlightenment」とのコラボレーションによるMV「Gravity of the Sun」で注目を浴びる。同年10月からシングル3部作『White Jazz』『Obsessed』『The Innocent One』を3ヶ月連続リリース。今年3月19日にLana Del Reyのカヴァー「Venice Bitch」をYouTubeとIGTVで公開。4月9日に「The Innocent One」のMVを公開。

明治学院大学芸術学科卒。主にヨーロッパ映画を研究。好きな作家はヴィム・ヴェンダース。