Interview | 沼 + 三沢洋紀


余白と隙間に潜む音

 大阪に「沼」という2人組のユニットがいる。タカハシシカロ(以下 T)と染谷 藍さん(さん、までがステージネーム | 以下 S)のふたりは高校時代に意気投合し、以後生涯の大親友であると共に、この「沼」という不思議な響きのトイポップ・デュオを十数年ほど続けている。

 ふたりを自由闊達に育てたのは、惜しくも7月末をもって40年の歴史に幕を下ろしたライヴハウス・BEARS(大阪・難波)。その歴史の中で自由な音楽の萌芽をひたすら育て続けてきた、日本アンダーグラウンドの最重要拠点と言っても過言ではないだろう。


 そんな沼が7月1日、約4年ぶりとなる2ndアルバム『いとまのすいけい』をディスクユニオンの「MY BEST! RECORDS」からリリース。プロデューサーに三沢洋紀(LABCRY)、音響エンジニアに原 浩一(SiM、the GazettE、Boris、BABYMETALなどを幅広く担当)を迎えた本作は、インディ・ポップやトイポップ的でありながらアシッド・フォークやサイケデリック・ロックのようにも感じられ、ふと耳に入る歌詞やふたりの歌声にはどこか刺すような雰囲気も漂う。フラットで平熱的な音像のようで、作品全体には強い慈愛と滋養が満ちている。とにかく掴みどころのない名盤だった。


 さて、『いとまのすいけい』の発売にあたって、レーベルからは以下のようなキャッチコピーが寄せられている。

静けさの奥で微かに揺れる、秘密めいた歌の気配。日常にそっと滲み込む“沼”の新たな風景。

 思えば、秘密というものは世の中からほとんど失われてしまったような気がする。誰もがマジシャンの種明かしのような自己PRに余念がなく、大抵のアーティストの人柄やキャラクター、バックボーンは出会う前にある程度把握できてしまう。秘密のない時代。そんな時代にもかかわらず、沼というユニットについての情報は調べてもほとんど出てこない。あるのは1stアルバム『はてしない青』(2022, daub)などの限られたリリース情報や簡素なバイオグラフィ、牧歌的な雰囲気のSNSアカウント程度のものだ。つまり、取材準備など一切できやしない。だから筆者は『いとまのすいけい』をただ繰り返し聴いただけ、という状態で、三沢洋紀氏が店長を務める神奈川・横浜は日ノ出町駅近くの「試聴室 その3」 へ足を運び、2時間弱のロング・インタビューを敢行した。

 その結果わかったのは、沼のふたりがとにかく強烈に快活であること、三沢さん(以下 M)と沼が大の仲良しだということ、みんな音楽が大好きだということ、BEARSという場所の重要性、大阪という土地の文化的な肥沃さ……といったことだった。楽しい取材、美しい作品、生きる力、etc.のような凡庸なフレーズが、コーラの泡やウーロンハイの氷のように溶けては消えていく。本稿からは「秘密めいた / 日常に滲み込む何か」の正体は見つからないかもしれないけれど、音楽は続いていくし、とにかく人間が持つパワーのすごさは伝わるはずだ。もちろん、沼の魅力も。


取材・文 | NordOst / 松島広人 | 2026年6月

インタビューカット撮影 | 久保田千史

タカハシシカロ + 染谷 藍さん (ディスプレイ内) + 三沢洋紀 | Photo ©久保田千史
L to R | タカハシシカロ / 染谷 藍さん (ディスプレイ内 | オンライン参加) / 三沢洋紀

――本日はよろしくお願いします。せっかく三沢さんもいらしているので、鼎談みたいな感じで進行できればと。
T 「よろしくお願いしますー!」
S 「よろしくお願いします」
M 「でも、僕は控えめでいいですよ(笑)。とにかく新作は藍さんがめっちゃがんばっていたからね。だからもう、藍さんに7割喋ってもらうくらいの感じ」
T 「音の話ですよね?」
M 「音っつうか、いろいろね。だって初でしょ?取材。今のうちに全部アピールしとこ」

――すごく仲がいいみたいですけど、三沢さんと沼のおふたりはどういう感じで出会ったんですか?
M 「ここ(試聴室 その3)に沼が出演してくれて。もう2、3回は出ているよね」
T 「BEARSからの流れですね」
M 「そうそう、流れで。前のレーベル(daub)のオーナーの長濱礼香さんが紹介してくれて。ふたりとも気さくなキャラだし、すぐうちの常連とも馴染んで」
S 「ぬるっと仲良くなりましたね」
T 「普通に飲みに行けるようなお店だったので、藍さんも私もすぐ馴染んだというか」
S 「すぐワンマンさせてもらえたのにはびっくりしたね」
T 「本当にね(笑)」

――『いとまのすいけい』で初めて沼の音楽に触れるかたも多いと思うので、結成の経緯や今までのことについてもお聞かせいただければと。
T 「出会いのきっかけは高校の軽音楽部でした。見学のときに藍さんが横に座っていて、私が話しかけて。好きなバンドが一緒で意気投合して同じバンドに入ることになって、高校3年間ずっと一緒に活動していました。“下衆milk.”っていうバンドです」

――名前がいいですね(笑)。
T 「いいでしょ!私たちの自慢やんな」
S 「そうね」
T 「今でも下衆milk.のメンバーとはずーっと仲よくて、もう15年以上の付き合いです」

――そこから「沼」というユニットになっていったきっかけは?
T 「高校卒業するにあたって、メンバー4人のうちふたりが進学するってなって。私と藍さんは進学したくないし、音楽やめたくないし、まだ遊んでたいみたいな感じで、じゃあふたりでやろうかって(笑)。でも、私も藍さんもリズム隊で、藍さんはドラム・ヴォーカル、私はベースだったんですけど、それじゃできないな、と。ふたりとも楽器へただし、曲も作ったこともなかったし。だから私がギターに持ち替えて、曲作ってみるわ!って。藍さんがその当時、銀杏BOYZの峯田さんがやっていた敏感少年隊(峯田和伸 + チン中村)をよく聴いていて。私はフィッシュマンズやPredawnを聴いていたんですけど、そういう音楽性を折衷した感じです」
S 「ちょっとアコースティックな感じで。それまでは銀杏BOYZとかのコピーをやっていて」
T 「当時は“パンクだパンクだ!”ってなってたもんね」
S 「そうそう。だから(下衆milk.とは)全然違うことをいっぺんやってみようかっていう」
T 「(トイポップ的な方向性に転向したきっかけは)藍さんがおもちゃ楽器を使ってみたいってなって、ふたりのそういうところが一致して。あとトクマルシューゴさんとかすごい聴いてたやんな」
S 「そうですそうです」
T 「知識が前提になるしっかりした音楽をやるっていうよりは、ローファイなもののほうが自然にやれるよな、って。ちなみに、“沼”っていう名前は私がつけたんです」

――下衆milk.から沼だと、ネーミングの雰囲気もだいぶガラっと変わった印象です。
T 「名前をつけるのがすっごい苦手で。当時、初ライヴが決まっているけど名前が決まっていない、どうしよう?ってなってたんですよね」
S 「とりあえず“もう出さなきゃアカンで”ってなってたんよね」
T 「そのとき出先で電車に乗っていたら、ふと“沼”っていう言葉が思い浮かんできて。さすがに変すぎるよなあ、とか思いながらも、“この電車が到着するまでに何の案も出なかったら沼にするで!”と言って、そのまま沼になってしまったね……(笑)」

――それで10年くらい続けていって、今回2ndアルバム『いとまのすいけい』をリリースしたわけですね。
T 「はい、18歳の頃からやから10年ちょいくらいですね。てか、藍さん飲んでんの?」
S 「え、飲んでええの?飲んだらよかったわ」
T 「私はちょっと喉渇きすぎてもうやらせてもらってますわ、ウーロンハイ!」
S 「早いっすね(笑)」
T 「もうマジで、今日はいろいろがんばったから」

――遠慮なくやっちゃってください(笑)。シカロさんは今はたまたま東京にいて、基本は大阪拠点ですか?
T 「そうですね、私が最近別の仕事でちょくちょく来ていて。でもメインは大阪です。家族もいますし」

――大阪といえば、やっぱりBEARSっていう存在は大きかったんですよね。
T 「かなりデカいよね。私たちの音楽人生が変わったきっかけもBEARSやんね」
S 「うん。それはそうやね」

――ふたりで初めてBEARSで観たライヴは覚えていますか?
T 「初めてBEARSで観たのって誰やっけ?まったく覚えてへんねんけど」
S 「私も全然覚えてへんな。(黒岩)あすかちゃんとか?」
T 「絶対違う!初めて出たときは黒岩あすかちゃんとann ihsaさんと児玉真吏奈さんで、そこに沼っていうのは覚えてるけど。最初に観に行ったんはマジで記憶ない(笑)」

――BEARSが「こういう世界があるんだ」と知るきっかけになっていったのは間違いなさそうですよね。三沢さんや山本精一さんも含めて、アンダーグラウンドな流れを関西で40年も背負ってきた場所ですし。
T 「そうですね、関西のアングラシーンを作ってきた人たちというか」
M 「関西ってみんな仲いいもんね。ジャンルはあまり関係なくて、横の繋がりがすごく豊か。あと、みんな本当に元気。なんなんだろうね(笑)」
T 「連絡先を知らなくてもライヴに行ったら“イエーイ!”みたいな、“みんな知ってるー、やったー!”みたいな感じ。小学生が公園に集まって“ヤッホー!”ってするような」

――僕もたまにDJで関西方面に呼ばれるんですが、クラブの人たちもとにかく元気で、いつも圧倒されます(笑)。
M 「阪急かな、デパ地下でセーラームーンのショウみたいなのをやっているところに通りかかったことがあるんですけど、子供たちがもう大騒ぎなの。改めて“すごいわ関西”って思って。低年齢層からもうそういうのが始まっている」
T 「そらそうよ。えっ、こちら(関東)はそうじゃないんですか?だってセーラームーンよ?」
M 「普通は静かだよ(笑)。関西はやかましいの」
T 「(関東が)みんなお利口さんすぎるんですよ!やっぱり日本を元気にするのは関西人っていうことですね」

――(笑)。でも『いとまのすいけい』はすごく静謐な雰囲気の作品でしたよね。詩はパンキッシュでしたけど。そういう二面性やギャップも、関西の音楽シーンのおもしろいところなのかなと。
M 「沼みたいなバンドって今いなくない?」
T 「いないです。いてたまるか!って感じですよ(笑)。こんな女の子もいないでしょ」
M 「うん。いそうでいないんだよね。静かな(音楽性の)人ってさ、喫茶店やカフェでかかっていそうな感じが多いけど、たぶん沼はかからないよね、全然。聴いちゃうからさ。深いんだよね」
T 「フフフ。まあパンク出身なんでね。聴き流せない音楽やってます、私たちは」

――沼ってフォーキーで優しい音楽性なんですけど、歌声やリリックが力強かったりして。あんまりいない存在だよなって思います。とにかく『いとまのすいけい』は素晴らしい作品でした。
T 「いいでしょ!藍さんががんばってくれたんでね。私たちには並々ならぬ愛があるんです。というか、私が藍さんを愛しているので、沼みたいなユニットができているのかも」
S 「この重めの愛に応える必要があって(笑)」
T 「でも“ぶっ殺すぞ!”みたいな気持ちもお互い持っているしね(笑)」

沼

――素敵な偏愛ですね。そんなユニットを三沢さんが今回プロデュースされたということですが、いかがでしたか?
M 「俺は今回ね、何の楽器も弾いていないし、ほぼ口出しもしていない。ただいただけ」
S 「でも、いるのといないとで全然違いましたね」
M 「ただそこにいるだけ。1mmでも他の人を入れたら、存在自体が変わっちゃうと思うので、もう全部ふたりでやってもらったんです。沼100%やね。あとエンジニアの原(浩一)さんを急かしたり、裏方としての仕事はやりました。じゃないとBEARSが閉まっちゃうから」
T 「そうなんですよ!BEARSの喪失感がデカくて……」
M 「なくなってしまう前に出さなきゃっていうことで、ものすごい急ぎましたよ、最後まで」

――BEARSの閉店は今年の7月末ですよね。これは今回のお話のなかでも重要なトピックかと思います。
T 「どうすんの?って思ってますよ、私。もう嫌や、泣きそうや、えらいことですよ……。(シカロ氏、泣き出す)」
M 「え?なんで泣いてんの(笑)?」
T 「そりゃ泣きますよ!治安も悪くなりますよ。関西バンドマンの衝動が発散できる場所がなくなって、みんなが殺し合いになっちゃうよ!」
M 「(笑)。でも相当デカいことですよ。僕もずっと実感がなかったんです。けど、最近になって“これってヤバいことかも”と思って」
T 「やっぱり実感出てきますよね、日にちが近づくにつれて。どうしたらいいの?」

――移転したいという話もあるようですが、やっぱり場所が変わると空気感なんかも変わっちゃいますからね。
T 「(移転の話も)まだ何も決まっていないみたいですし」
M 「今移転するのって大変だよ。BEARSに限らず、賃料とかもとんでもないことになっているし」

――関西シーンで言うと、今は大変な時期というか。逆に今、沼のような人たちが集まる場所ってありますか?おふたりの音楽的なホームとか、よく行く箱とか。
T 「梅田のムジカジャポニカとかHARDRAINとか?」
M 「ムジカジャポニカもいい箱だけど、ちょっと違うもんね」
T 「好きなんですけどBEARSとはまた違うんですよね。人としてのかたちを保っていける場所だし。BEARSはもう、溶けるための場所なんで」
M 「よそに出られない人たちが出る場所ですからね、そもそもが」
T 「限界を超えた人たちがいる場所だし」
M 「でも間に合ったね、アルバム」
T 「間に合いました、本当に。三沢さんと原さんと藍さんのおかげですよ」

――作品そのものもBEARSで録ったような感じなんですか?
T 「そうではなく、もう全部私の家で宅録ですね」

――精神的支柱としてのBEARSなんですね。そこでリリース・ライヴをやられる、と。一区切りみたいな、大変な状況になっちゃいましたけどいかがですか?
T 「いや、まあ私的にはいつも通りというか。逆にそれ以外の気持ちの持っていきかたがわからないというか。自然な事象だなと思っていますが、いかがでしょう?」
S 「まあ……そうですね」
M 「藍さん、なんか女優みたい(笑)。今日、My Little Loverの人みたいだね」
T 「藍さん、可愛いって!」

タカハシシカロ + 染谷 藍さん (ディスプレイ内) + 三沢洋紀 | Photo ©久保田千史

S 「えっ、私?」
T 「ごめん、話の腰を三沢さんが折りました」
M 「静かにしときます(笑)」
S 「はい(笑)。自分的にも、とりあえずシンプルにリリース→ワンマン→BEARSっていう、それだけで。できんかったらどうしようって思っていたので、最後に出られて嬉しかったです、本当に」
T 「間に合わせてくれたふたりには頭が上がりません。歌えなくなったりギター弾けなくなったり、私のせいですっごい大変だったと思うので」
M 「なんで歌えなくなっちゃったの?」
T 「妊娠 / 出産でのホルモン・バランスの変化と、私自身の病気の加速と、いろいろな事象が合わさってしまい」

――お子さんがいるんですね。2nd『いとまのすいけい』と1st『はてしない青』の間、4年ほど空いてますよね。今作の制作期間はどれくらいでしたか?
S 「2、3年くらいかかってるかな?そもそも音源を作るっていうことを細かくやっていなかったんで。曲がある程度できてきたから“アルバムにするか”ってなって、プラスで新曲が入っていって、っていう感じですね」
T 「録音自体はトータル2年くらいかな。そこから細かい修正だったりデザインだったりであーだこーだやって」

――三沢さんはかつて、BEARSでブッキングを担当されていたんですよね。
M 「うん。でももう20年前くらい、1996年から2005年くらいまでかなあ」
T 「私、読みましたよ、当時のインタビュー

――ちょうどLABCRYをやられていた頃ですね。
M 「もうね、大切な場所ですよ。BEARSがなかったら人生変わってたね」
T 「私もそう思います。BEARSがなかったらこんな真剣に音楽をやっていなかったかも。大事な場所です」

――三沢さんの拠点はしばらく横浜ですよね。
M 「そうですね、17、8年くらいこっちで過ごしているかな」

――離れつつも帰る場所であり続けている、と。そのBEARSを中心とした関西のシーンで、沼はどういうところで活動しているんでしょうか?
T 「変な感じで、歌もの的なシーンでの出演もあれば、ハードコアのイベントに呼ばれたりもするし。ロックみたいなイベントにも、アングラのわけわからん人たちにも呼ばれますし」
M 「大御所サイケおじさんにもかわいがってもらったりして(笑)」
S 「どんなジャンルのやつでも出てますね。地下アイドルみたいな人に呼んでもらったり」
T 「アイドル系のミスコンを模したイベントで、白いノースリーヴのミニスカみたいなのを履いてやったりもしましたし」

――マジですか?意外です。
S 「こっち(東京)でも秋葉原のアイドル・イベントに出させていただいたり」
T 「同世代でよく遊ぶのは黒岩あすかちゃんとか、HYPER GALの角矢胡桃ちゃんとか。あすかちゃんは20歳くらいの頃からずっと仲良くて、パーソナルな話も曲作りの話もしますし」
M 「音楽性も似てるの?」
T 「系統が近いのは黒岩あすかちゃんかな。HYPER GALは全然違ってノイズ〜電子寄りですけど、リスペクトしていますね。スタンスもかっこいいし、胡桃ちゃんの考えかたも大好きで。趣味も合いますし、サンリオ好きだったりとか、メルヘンの話もできる」
M 「サンリオ?何が好きなの、ふたりは」
T 「サンリオで言うたらコロコロクリリンかな、やっぱり」
M 「ちょっとわかんないな(笑)。藍さんは?」
S 「私は1位なんて決められません。けど、持ち物は基本サンリオです」

――改めて、本当に三沢さんと沼は仲良しですね(笑)。
M 「仲いいっていうか、店の飲み屋のおじさんと常連みたいな感じ」
S 「お兄ちゃんみたいな感じやんな」
T 「お兄ちゃんとか親戚のおっちゃんみたいな感じ。でも存在感はかなりありますよ。そりゃそうでしょ、あなたLABCRYの人なんですよ!」

タカハシシカロ + 染谷 藍さん (ディスプレイ内) + 三沢洋紀 | Photo ©久保田千史

――(笑)。やっぱりLABCRYは好きですか?僕も本当に大好きなバンドで、十数年間ずっと聴いています。実は今日、三沢さんにお会いできてすごく嬉しくて。
T 「もちろん好きです。昔のインタビューを読み漁ったりしていますよ。シーンを作ってきた人なんだなっていうリスペクトがあるし。よく渚にてや羅針盤と並んで“関西三大うたもの”みたいに言いますよね。(山本)精一さんも大好きです」
M 「でも(渚にて、羅針盤は)一回り上ですから。だから会ったことない人に会うと、俺もそれくらいの年齢だと思われる。“あれ、若いな?”って。ちょっと括りが違うんじゃないかなって思うけど(笑)」

――まあシーンが近いから、というか。ちなみに『いとまのすいけい』でエンジニアを担当された原 浩一さんは、大きいアーティストもやられているかたなんですね。アルバム作りは三沢さんが原さんにお願いしたことから進んでいったんでしょうか。
M 「原さんはLABCRYでもずっと一緒にやってきた人だから、原さんとやったらいいだろうな、っていうのが最初にあって。そこから始まったんですよね。それがキーになってリリース元レーベルの金野(篤)さんに相談して、サクッと決まりました。原さんもやりたいって言ってくれていたし。でも死ぬほど忙しくて時間がなかなか取れず、このままだと来年になっちゃうなって思って、そこをなんとか繋いだり」
T 「そんな中で、あんなに素晴らしい音にしてくれたっていうのが本当に嬉しくて」
M 「そもそもの始まりは宅録なんだけど、すごくまとまったよね」
T 「音に関しては本当に自信なかったんです」

――録り音にノイズがあえて残されている部分もあり、それも相まってすごく良かったです。
M 「あれはもともとの音源にノイズが入っていたから(笑)。活かすというか、もうそれを使うしかないっていうだけで」
T 「入院や出産があって録り直しもできない状態だったので、“もうこれでいこう”みたいな。音作りに関しては、藍さんと原さんと三沢さんにめちゃくちゃがんばっていただいて。私は何も言えませんね。本当に感動しました」

――三沢さんはプロデュースについて「いただけ」っておっしゃってましたけど、作られるところをずっと近くで見ていたわけじゃないですか。楽器は弾かずとも、原さんと同じく一番聴いていた立場から、今作のどこが良かったかをお聞かせください。
M 「それは沼のふたりに聞いたほうがいいんじゃないの(笑)?」
T 「なんで逸らすの!私、自分の曲や歌詞についての感想を人から聞く機会があまりなくて。だから客観的な意見を聞きたいんです」
M 「まあ、音かな。余白や隙間を持たせたいよね、という話を原さんと最初のミックスの段階でしていて。静けさに存在感があって、ちょっと謎の残るものを作りたいと。そこに藍さんの意見も入ってきて、最終的にごっちゃになった感じが結果的によかったよね。今、こんな音はなかなかないよ。ありそうでないような音、ふたりのバランスもあるんだろうし。さっきも話したけど、聴き流せない音楽というか。そこにSyd Barrettとか、PINK FLOYDなんかに近いものを感じたかも」
T 「嬉しい!聴き流せないっていうところにパンク精神があるのかなと思いますね。BLANKEY JET CITYで音楽を始めているし、パンクじゃないけど(笑)。音について言ってくださいましたけど、歌詞で印象に残ったものってありましたか?」
M 「どれも印象に残った。歌詞って言葉にして音に乗せることで初めて真価が発揮されるじゃん。歌詞カードを読むだけでもいいんだけど。どの曲も良かった。あと、藍さんの声との対比もいいよね」
T 「そうなんですよ。そこは私たちも一番に推したいところですね」

――ユニゾンしている感覚があって、聴いていて気持ちよかったですね。
T 「それをやりたかったんです。ずーっと」
M 「いいデュオですよ」
T 「藍さんが私という人間を認識してくれてて、かつ自分の活かしかたをちゃんとわかっているというか。私たちのどこが合わさったら良いのかを客観的に見てくれているのかなって思ってるんですけど、どうですか?」
S 「いや?意識はしていないですね」
T 「素敵!最高!やっぱ藍さんだね。大好き」

沼

――制作時のインスピレーション源になった作品やライヴってありましたか?沼は「直接これに影響を受けてこうしました」でやっていないユニットだと思うんですけど、なんらかの着想源はあるんじゃないかな、と。
S 「アレンジ的なところに関しては制作のアイディアを音楽から探すときはあるんですけど、例えば“めにうつる”はVULFPECKを聴いていたとき、ああいうブラック・ミュージックのハッピーなノリみたいなのがええなと思って。キーボードがあってリズムがあって、拓けていく感じの」

――VULFPECK!ちょっと意外なところでした。
S 「私、VULFPECKめっちゃ好きで。制作時にちょうど聴いていたんですよね。あとは“これが”っていうのはないけど、“こういう表現いいかも”って考えて聴いていましたね。今回入っている曲の半分以上は前から原型があって。ライヴは完全に自力で音を出すので、両手で収まる楽器でしかできないんですね。新しい曲は“めにうつる”、“夢を見たんだ”、“見えない雨”、“踊るように歩く”の4曲かな。そこらへんはタカハシ(シカロ)にギターと歌だけ先に録ってもらって、あとから宅録機器でアレンジを加えていったんで、今までとは違う作りかたをしていました。だから明確に“これに影響された”みたいなのはあまりないかな」
T 「私は誰を聴いていたっけなあ。あ、HAIMの『Women in Music Pt. III』(2020, Columbia)をめちゃ聴いていた夏があったんですよ。それを参考にして曲を作ったとかではないんですけど、ソロのライヴで収録曲の“Summer Girl”をカヴァーしたりとかしていました。あとは歌謡曲とかですかね」

――HAIMと歌謡曲!歌謡曲はいつ頃のものですか?
T 「80年代とかかな。あとは和田アキ子さんとか。結局シンプルなものってええよね、と思って、2コードだけで曲作ってみたり。それと、レコーディングが全部終わったあとのことですけど、オカダノリコさんっていう山陰のアーティストさんがいて。長濱礼香さんとの2マン・ライヴがBEARSであって、産後1ヶ月とかだったんですけど、赤子を連れて行って」

――お子さん、初BEARSですね。すごい。
T 「そういう状況も相まって、いたく感動しまして。それで、オカダノリコさんがCDを1枚だけ持ってきていたんですよ。みんな欲しがっていたんですけど、譲ってくれて。オカダさんもお子さんがいてはって、お子さんが病気になられたときに作った曲たちだっていうエピソードを聞いて、帰って聴いてみたらもうすっごく良くて。そのアルバムをまるまる1ヶ月くらい毎日聴くくらいのめり込んで。偶然なんですけど、沼とコード感が似ていたんですよ。それで私も子供への気持ちが溢れてきて、入院中だったりしたけど5、6曲できちゃって。『いとまのすいけい』に収録されているわけじゃないけど、また創作意欲が湧き上がってきました」

――やっぱり、母になってからのシカロさんは、作る音楽やライヴの感じも自分で変わったなと思いますか?
T 「はい。今までは生活のことや自分の感傷的な部分とか、身近なことについて“生きにくいから曲を作る”みたいな感じでやってたのが、“伝えたいことがあるから曲を作る”に変わったなって思いますね」

沼

――そういう変化を近くで見ていて、三沢さんと藍さんはどう思いました?
M 「いや、僕は久しぶりに会ったので(笑)。でも大人になったなあと思いました」
S 「昔とやっぱり曲の感じは完全に変わっていますね。歌詞の世界観もどんどんしっかりしてきていて。子供を産んでからの曲はまだあまり聴けていないんですけど、ここからもっと変わってくんやろうなと思います。沼の世界観をどうするかっていうのも、また変わりそうですね」

――ちなみに僕は「14時」っていう曲が特に好きでした。落ち着いているようで展開の壮大さにハッとさせられる、視界の開けるような音楽だなと。
T 「嬉しい!」
S 「“14時”は尺も長いし、そもそもずっとあった曲よね」
T 「7年くらいやっているんじゃない?」

――7年間も!
T 「私の中では最近作った曲っていう印象があんねんけど、気づいたらそのくらい経っていたのかあ。“14時”は、今までと違う曲作りをしてみようって思って作った曲です。自主制作のシングルでも出していて、そっちは6、7年前に録音した音源なんですけど」

――じゃあ今回のヴァージョンは新録みたいな。
T 「そうですね。“14時”はおもしろいことしたいっていう私たちの衝動が入った曲よね。ビールを開ける音が入っていたりとか」

――ビールをプシュって開ける音を入れるようなアプローチって、今はやろうと思えばいくらでもクリアにできちゃうじゃないですか、ASMRみたいなものもあるし。でもああいうものって逆に、ハッキリしすぎてるがゆえに嘘っぽさを帯びることもあって。その点で言うと、こうしてサッと入っているようなバランス感覚が新鮮だったし、温かみも感じました。
T 「たぶん、藍さんも私も思っている沼の在りかたが“身近である”ことと“彩らない”ことで。ありのままでやるっていう部分が共通していると思うんですけど……藍さん、それで合ってますか?」
S 「合ってますよ」
T 「だから三沢さんがただそこにいてくれたっていうのは、私たちにとって正解でしたね。人間性も音楽性もわかってくれているし、“沼という生き物”として見てくれているというかね」

――ミキシングなどの作業を一緒にやっていて、沼側と三沢さん側の意見が対立するようなことはありましたか?
M 「対立とかはないですけど、(曲が)できたときに藍さんが“ここは上げて”とか細かな点を指摘してくれたりとか。さっきの話でいうとビールの音も、最初はもっとクリアだったんですよ。でも藍さんが“ちょっと大きすぎる”と。最終的に藍さんに全部ジャッジしてもらう感じ。すごくがんばっていたと思う」

――藍さんは沼の要なんですね。
T 「本当にそうです。あと、全然ジャンルは違うんですけど私の旦那さんもミュージシャンで。家に機材を揃えてスタジオみたいなのを作ってくれてたりして、そこで録音もしたんですけど。“どう?”って聞いて、客観的な意見を参考にしてみましたね。旦那さんの存在も私にとってはすごく大きかったです。大好き。どうでしょう?藍さん。のろけすぎ?
S 「おおん……」
T 「ちゃんと聞いてよ!(笑)」

――なんとなく、こうした話し合いの機会をたくさん重ねてきたんだろうなと思いました(笑)。
T 「まあでも、基本的には藍さんが引っ張ってくれてますね」
M 「もしかしたらさ、関西と関東で離れてするやりとりも良かったのかもしれないね。俺なんかはタカハシさん(シカロ)の家に1、2回行ったくらいだったし。いろんな人の意見が入って、音がまた藍さんに戻って、と何度もパスし合って、結果いい感じになっていったじゃん」
S 「それはそうかもしれないですね」
T 「『塊魂』(2004, ナムコ)みたい。嬉しいですね」
M 「俺、全体ができて聴いたとき、本当にすごいなと思った。制作中に聴いてた1曲ずつでも良かったけど、並べてみると“これ、なかなかすごいアルバムかもな”って。今こういう作品を作る人っていないし。やっぱり人と違うことって一番いいよね。“ふたりで作った”っていうのも本当にいいじゃないですか。いい2ndができたね」
T 「うん、私もそれをポリシーに生きています、絶対に。藍さんの個性を消したくないし、私の個性も殺したくないし。だからこういう曲をこういう制作スタイルで作れて、本当に幸せ者だなと思いました」
S 「1回大阪に“どうですか”って様子を見に来てくれたときに、一応曲をちょっと聴いてもらったんですけど。あとはもう、できあがってから見てもらっているんで」

――そのときどうでした?制作過程の状態の作品は。
M 「まあ“沼だなあ……”って感じ(笑)。それ以上でも以下でもない。俺がどうこう言う感じじゃないなって」
S 「大阪に来てもらったときも同じことを言うてたよね(笑)」
T 「言われた言われた!“俺がどうこう……”っていうのを何回も言ってた。じゃないと私たちできないもんな。プロデュースされたら尾崎 豊みたいになっちゃうんで」
S 「飛び出しちゃうよなあ」
T 「盗んだバイクで走り出してたね」

沼

――とはいえ、沼のふたりだけでやっていたらこういう形にはなっていなかったはずですよね。「プロデュースしないプロデュース」というか。そこも絶妙ですね。
T 「間違いないです。私たちが最初からずっと言ってたのは、“めっちゃいい曲やけど出し方わかんないよね”みたいなことで。発信力とかないから“プロモーションしてほしい”、“マネージャー欲しい”ってずっと言っていました。他力本願で何言うてんねんって感じですけど(笑)」
M 「でもさ、沼にも歴史があるじゃないですか。1stもdaubからで、いろんな人が関わってきて。先住民がたくさんいるっていうことを考えたら、俺がいろいろやっても大嵐ですよ。そういうのはできないしね」
T 「三沢さんってそんな消極的な考えかたでしたっけ?」
M 「いやいや、そんなことないよ。でもやっぱり先住民がいる場合はね」
T 「それ、柴田(聡子)さんのインタビューのときも言ってましたよね!」
M 「言ってたかも。俺は先住民に対する敬いみたいな気持ちがすごくあって。でも、そこに原さんが入ってきたのがポイントのような気がするな。音が生き生きとし始めたというか」
S 「聴こえかたが変わりましたね。“こういうので全然変わんねや”ってびっくりして」

――原さんはBorisのような、いわゆる轟音系の作品にも相当関わってきているエンジニアさんですよね。そういう人が『いとまのすいけい』のエンジニアをやられてるっていうのもおもしろいです。
M 「まあ僕もLABCRYでずっとやってもらっていたからね。(ミキシング作業時に)原さん、“これもう関西やん!”って言ってた(笑)。それでやっぱりわかってるな、もう大丈夫だな、と」

――原さんも嬉しそうな感じだったんですかね、沼を受け止めて。
M 「そうそう。俺と原さんの中に、1枚だけお手本にしたアルバムがあって。沼とは全然違う作品で、それは内緒なんですけど。その作品も、隙間と隙間の音、余白にすごい存在感があって。だから僕らには“この感じだよね”っていうのがあったわけですよ」

――秘密は多いほうがいいと思います。今ってそういうものが全然ない時代じゃないですか。会う前からパーソナリティやキャラクター性もある程度わかってしまうし。僕は仕事の癖で入念に下調べをしてから臨むことが多いんですが、沼については久々にそうした情報がなく、『いとまのすいけい』1枚をひたすら聴いてから「はじめまして」で取材させてもらっていて。忘れていた感覚を思い出すような機会になって嬉しいです。なにより作品が最高でしたし。
T 「でしょ。最近はみんなね、情報過多で脳みそギチギチすぎるんですよ」
M 「あとね、沼はとにかく酒飲みなんですよ、ふたりとも。気を失うくらいまで飲むよね(笑)」
T 「飲みます!今もおかわりの機会を伺ってますもん(シカロ氏は試聴室 その3のウーロンハイを堪能中)」
M 「そういう人も今はあまりいないよね。アルコールに対しても真剣で、やっぱりちょっとヤンキー・マインドがありますね(笑)」
T 「まあね、お父さんは元暴走族だし」
M 「そうなの?(笑)」

――とにかく、どこまで行ってもふたりの地が出ている作品なんだなっていうのは、今日改めて伝わりました。
T 「でも、よっぽど藍さんのほうが普段ヤバいのに!今日なんて女優みたいに、お高く止まっちゃってさ。お酒どうしたん?取ってきいや。あんねやろ、どうせ」
S 「ええんすか?おかわりしても」

(しばし間を置いて……)

T 「 では、かんぱーい!あっ、藍さんいっちゃんイカつい酒持ってきてるじゃないですか!」
M 「ストロングゼロだ(笑)」
S 「フフフ」

タカハシシカロ + 染谷 藍さん (ディスプレイ内) + 三沢洋紀 | Photo ©久保田千史

――あれですか、家でも居酒屋でも、もちろん箱でも飲むし、みたいな感じですかね、ふたりとも。
T 「もちろんです。休みとかも全然朝から飲むしね。てか、もう藍さんの顔を見たら飲みたくなるし」

――パブロフの犬じゃないですか(笑)。
T 「だって藍さんに会うなら、まあ飲むやろなって前提やで?」
S 「嘘やん(笑)」
T 「いやいや!じゃなかったら“14時”みたいな曲はできないでしょ。だって、1stの“鉛筆から”っていう曲にも、バックでハイボール作っている音が入ってますから」

――沼は本当に「酒場音楽」ってことですね。カフェじゃなく。
S 「今回のやつでも氷の音、入れましたよ、“マッソの歌”に」

――そうした要素がうっすら全体にフィールド・レコーディング感を漂わせているのかもしれないですね。そういえば『いとまのすいけい』は、漢字にするとどういうニュアンスになるんですかね?「いとま」が「お暇」のいとま、というのは推察できるんですけど。
S 「“すいけい”は……私的には“水の形態”で“水形”だけど、タカハシは“水の風景”で“水景”。まあ両方あっていいなっていう感じです」
T 「それもあるし、“推測”の“推”に“計算”の“計”で“推計”とか。藍さんも、最初タイトルを考えてくれたときに言ってくれていたんですけど、それ自体も“水が揺蕩うみたいに、決めるものはなく”っていう感じだったんで。私はいろんな意味を含んでいて、すごくいいなと。私天才かと思ったもん、藍さんがそれ考えてくれたとき」

――すごくいいですね。タイトルにも多層的な引っかかりがあるっていう。でも、先ほど「名前を決めるのが苦手」とおっしゃってましたよね?
S 「音源をとりあえず送りきったあとに、“タイトルどうしますか”って金野さんとアイディアを出し合う時間があったんですけど……なんで思いついたんやろ?まあ“急がな!”っていう感じでしたね。タカハシさんの病状も一番しんどいときで相談できなかったので、自分で決めたんですけど」
M 「本当に良いタイトルだよね」
T 「藍さんがそれを伝えてくれたとき、“それしかないでしょ!”みたいな感じで、すごくスッときた。全部わかってくれているって思ったし、私の曲に込めた思いとか、ニュアンスとかエッセンスとか全部詰まったタイトルだなって」

――夢じゃなくて「いとま」っていうのがいいですよね。夢想的ではあるけどドリームポップではなく、酒場だし、現実的だし。何もない空白の時間って、現実のはずなのに意識がちょっと外れていくわけじゃないですか。そこを言葉にしているのがすごいなと。最後の曲の「にとなみ」とかも、わかりそうでわからない感じのワードセンスです。
T 「それはね、偶然なんですよ。最初は“ひとなみ = 人波”で、“そんなもん全部なくなっちまえ!”と思って書いた曲だったんです。でもタイトルを間違えて“にとなみ”って打っちゃっていて。藍さんにそれを言ったら“にとなみでええんちゃう?”ってなって、そのまま」
S 「なんか書き間違いとか多いよな。それが意外とあとから意味を成してくるというか。そういうことがよくありますね」

沼

――その不思議さも相まって、今くらい(取材時はカラスの鳴く夕刻前)の、昼でも夜でもない絶妙な時間にびっくりするくらいハマる作品ですよね。日常の、名前のついてないような時間帯に寄り添う音楽なのかなと思いました。
S 「めっちゃ嬉しい」
T 「そういうことを目指してます。私、そういう時間が愛しくて。生きてるっていうか、生活っていうか、身近なもの。「生きづらさを形にしたい」っていうところから私の曲作りは始まってて、今も自分の感じる「名前の付けられない感覚」を曲にしているつもりなので、すごく嬉しいです」
M 「あのさ、ロック・アルバムだよね、これって」
T 「そうなの。だって私の根底にあるのはロックンロールだもん」
M 「映画の『あの頃ペニー・レインと』(2000, キャメロン・クロウ監督)かなんかでさ、“こんなアルバムを家に飾っていたら不良だ”みたいな感じで、Simon & Garfunkelの『Bookends(ブックエンド)』が映ってるの。俺は当時それを見て“これってロックかなあ?”と思って。あのトロンとした目のジャケの感じとか、内容もソフトだし。でも『いとまのすいけい』全体を聴いたときに、俺、あの『ブックエンド』を感じたんだよ。“ロックだなあ”みたいな。よくやったよ」
T 「ロックンロールの中にもドリーミーがあるし、優しいものがあるっていうのを教えてくれたのはベンジー(浅井健一)なんですけど、それが逆になっているのが私の音楽の出しかたで。私はロックンロールだとみんなが感じる音楽は絶対作れないんですけど、魂はロックンロールなので」

――だから他にない質感の作品になってるし、沼もそういうユニットなのかなって。今日お話を聞かせてもらって、とにかくライヴを観てみたくなりました。
T 「観てください!」
M 「レコ発、東京でもやるよね。試聴室 その3でもやってくれるし」
T 「はい、やります!」

――観に行きます。じゃあ、最後の質問を。今回の対談を読んで「沼、おもしろいな」と、初めて知る人が多いはずです。そうした「はじめまして」の人に、どう伝わってほしいですか?
T 「“あなたはそのままで生きてていいんですよ”ということを、私はみんなに伝えたいです。これを通して、自分も“こんな感じでそのままでいっか”って気づけるような。私、最近そういうことばっか考えていて。自分をずっと嫌いなまま生きてきて、最近やっとそうじゃなくなったので。私たちのこの作品が、誰かの救いになればいいなと思います」
M 「藍さんは?」
S 「なんでしょう、誰かの邪魔をせず、何かに寄り添えるような曲に仕上がったと思っています。その集大成が『いとまのすいけい』になっていると思っていて。まあ、とにかくこのアルバムをええなあ、って思ってもらえたら嬉しいですね」
T 「藍さんが同じ気持ちで……嬉しい……(号泣)」

――熱いですね。じゃあ最後、そんな沼に三沢さんからの一言も(笑)。
M 「やめてよ、もう(笑)。でも、本当にいいアルバムなんで、とにかく聴いてほしいですよね。“みんなに寄り添える”ってふたりとも言ってたけど、実際一対一でしか聴けない濃いアルバムになっているとも思っていて。ちょっと尖ったアルバムだから、パーティでみんなでワイワイ聴くとかじゃなく、そっとひとりで聴いてもいい。そういう音楽だなと思いますよ」
T 「嬉しいよお(号泣)。私も音楽に救われてきたので。私の音楽も誰かの救いになりたいです!」

――最高です。バトンを渡していきたい、ということですね。本日はありがとうございました!

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染谷 藍さん Instagram | https://www.instagram.com/13_369/
タカハシシカロ Instagram | https://www.instagram.com/scl_775/
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沼「いとまのすいけい」リリース・ライブ沼「いとまのすいけい」リリース・ライブ

2026年8月8日(土)
神奈川 横浜 日ノ出町 試聴室 その3

開場 18:30 / 開演 19:00
前売 2,500円 / 当日 3,000円(別途ドリンク代)
予約: TIGET

[出演]
沼 / とうめいロボ

沼「いとまのすいけい」発売お祝い交流会

2026年8月9日(日)
東京 浅草橋 天才百貨点

開場 15:00
バータイム 15:00-17:00 / 18:00-21:00
ライヴ 17:00-17:40

ライヴチャージ 予約 1,500円 / 当日 2,000円(別途ドリンク代)
バータイムチャージ 500円(別途ドリンク代)
予約: sansujyuku@yahoo.co.jp

[出演]

[Food]
コルコニ

沼『いとまのすいけい』■ 2026年7月1日(水)発売

『いとまのすいけい』

MY BEST! RECORDS
CD MYRD172 3,000円 + 税

[収録曲]
01. 見えない雨
02. 下衆のうた
03. ゴッタルド峠
04. ダンス
05. めにうつる
06. 踊るように歩く
07. 14時
08. マッソの歌
09. ミファソファミレド
10. 点描
11. 夢を見たんだ
12. にとなみ